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空色の空の下で―青葉学園物語(吉本直志郎・作、村上豊・絵)

空色の空の下で―青葉学園物語空色の空の下で―青葉学園物語
(1980/04)
吉本直志郎・作
村上豊・絵
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青葉学園物語の第4巻。秋から冬、中学3年の恵子や透が巣立つ春までの話。学園にいたけれど、寄宿制の聾学校へ入っていて、ふだんは仲間と遊ぶことの少なかったウーちゃん(雅夫)がこの巻では登場する。ウーちゃんも恵子や透とおなじ中3で、3人とも学校を卒業して就職する。恵子は、婦人服の専門店に住み込みのお針子さんとして、透は食品問屋へ、ウーちゃんは表具店へ。恵子が住み込みのお針子さん、というところに『夕凪の街 桜の国』をふと思う。

社会人となって、これまで仲間や先生と話していたように思ったままをそのまま気安く話しては職場ではうまくいかないという戸惑いや、「あんなところの子だから、気をつけんとねえ」という施設で育ったことへの偏見をうける経験が、透の目をとおして描かれる。
▼あんなところという言葉が透の胸につきささった。
 自分のことを、おぼえがわるいとか、とろくさいとかいわれるよりも、毎日みんなと楽しく生活している学園を、そんなふうにさげすまれ、いわれたことに、透はしんそこくやしさがこみあげてきた。(p.144)

ウーちゃんがはたらく表具屋は透がはたらく商店の近くでもあり、表具屋のおやじさんのはからいもあって、二人は配達の途中に会えば一緒にひとやすみしたり、しだいになじんでくる。透にとって、ウーちゃんと会える時間はほっとするときでもあった。ウーちゃんと道で会うと、しみじみとなつかしいような気持ちがみちてくる。そんなことは以前にはなかった。

その透とのつきあいが、ウーちゃんをほがらかにし、周囲とうちとけるようになってきたようだと、表具屋のおじさんが透に語る場面がある。「のう透くんや、雅夫はさだめし、こう思いあたったんじゃ。生きとるということはひとりじゃない。おおぜいの人のなかに生きとるんじゃと」(p.178)

その話を聞きながら、透は、恵子が学園によこした手紙を思い出す。「空がくもっているときでも、雲の上には、空色の空がひろがっています。だからわたしは、いつも空色の空の下にいます。どんなときでも明るく生きていけば、ほんとに自分のまわりが明るくなってきます。」(pp.179-180)

『さよならは半分だけ』では、寮長として頼もしい存在感のあった透も、世の中に出るとまだまだ子どもなんやなあと思った。原爆で身寄りをうしなったときに国民学校の3年だった透が中3を終えたということは、時代は1952年頃。統計資料によれば1952年の高校進学率は男子が52%、女子が42%。都市部と郡部でも差があったと思うが、全国をならせば、クラスの半数は就職、半数は進学だった時代といえる。青葉学園では透のひとつ上の弘明が高校へ進み、大学をめざしているけれど、それは例外的なように読める。施設の子どもたちの就学・進学環境と就職環境はどうなっていたのだろうと思う。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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