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あの夜、君が泣いたわけ 自閉症の子とともに生きて(野沢和弘)

あの夜、君が泣いたわけ―自閉症の子とともに生きてあの夜、君が泣いたわけ
自閉症の子とともに生きて

(2010/09)
野沢 和弘

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野沢さんの本はこれまでいくつか読んでいる(『シカゴの夜から六本木の朝まで』とか『わかりやすさの本質』とか)。野沢さんはPandA-Jの編集長でもあり、Sプランニングの本もいくつか(ちょうど図書館の相貸で『親』が届いたところ)。毎日新聞の人なので、署名記事も読んだことがある。

昨日ぶらぶらと図書館の棚を見ていたら、野沢さんのこの本があって、こんなん出てたんやと借りてきた。新聞や雑誌に書いたものや書きおろしをまとめた本だという。
帰ってきてちょっと読んでみたら、そのまま最後まで読んでしまった。はっと気づいたところ、大笑いしたところ、私がこれまでに会ったことのある自閉症の人の顔を思い出しながら読んだところ、そんなこともあるのかと初めて知ったこと…。

「チョコレート」の話、それと通学路にある青果店の話がとくによかった。養護学校へ向かう住宅街の入り口に店を構えるその店のおじさん、おばさんは、「おはよう~」と声をかけ、生徒たちと挨拶をかわし、「いつも元気だねえ~」と声をかける。あるときおじさんが体調を崩して店のシャッターがしばらく下りていたとき、おじさんの病室には生徒たちの寄せ書きが飾られ、おじさんは、看護婦さんから「あら、学校の先生だったの?」と言われたと照れるのだった。

障害者への差別をなくす条例がこの国で初めてできた千葉県で、野沢さんは条例原案をつくる研究会に加わっていた。その際の、「みなさんのための通訳でもあるのに、どうして私ばかりがいつも手話通訳を連れてこなければならないのだ」と訴えた聴覚障害の委員の発言に、野沢さんはじめ、他のほとんどの委員が首をかしげ、わからずにいた。その委員の訴えの意味が、野沢さんにも分かる場面がやってくる。シンポジストも会場の人たちも手話で話し、野沢さんだけが手話が分からず、みなが何を話しているのか皆目分からずにいた。まったく話が分からない打ち合わせの場面で、手話通訳はいないのかとあせり、本番で自分のための「手話からの音声通訳」がいる会場に入って、野沢さんは「みなさんのための通訳でもある」という訴えの意味が分かったという。

自閉症をもつ子と生きてきて、野沢さん自身が「親」として感じたこと、たとえば青い芝の「母よ、殺すな」という訴えについて感じてきたこと、脳性まひ者から「親は嫌いだ。障害者を管理し束縛しようとする。親こそ権利侵害者だ」と言われて「障害者」といっても千差万別だなあと思ったこと、そんなことも書かれている。

いい本だった。時間をおいて、またゆっくり読みたいと思う。
 
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初めまして。
野沢さんの講演会、昨年行きました。千葉県での条例作成のお話などたくさんうかがいました。最後に、「この条例ができて、何か変わりましたか」という質問に「…いや…何も変わりません。変わらないように見えるけど、1cm、5cmくらいは変わったでしょうか」とお答えになったのがとても印象に残ります。そのあと続けて、電車に乗った時の野沢さんと息子さんのお話が続くのですが、、、(^・^)この ご本さっそく読みます。
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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