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大逆事件―死と生の群像(田中伸尚)

大逆事件―死と生の群像大逆事件―死と生の群像
(2010/05/29)
田中 伸尚

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住井すゑの『橋のない川』で、「幸徳秋水、名は伝次郎」は印象深くおぼえている場面のひとつ。学校の朝礼で、おそれおおくもテンノーヘイカを爆裂弾で…と校長が話すのだった。大逆事件は、そんな風に伝えられたのかと思う。100年前、韓国併合の年でもある。

▼「大逆事件」は、客観的に存在した犯罪事実が裁かれたのではなく、国家にとって都合の悪い思想を「殺す」ためにつくられた「物語」によって、個人が有罪にされた事件である。(p.267)
大逆事件といえば、幸徳秋水と管野すが。「かんのすが」は字は違えどヨミが同じ姓ということもあって(実家の本棚に絲屋寿雄の『管野すが』があったりもして)、この2人のことは多少なりとも知っていた。教科書や資料集で出てくるのもこの2人の名前くらいだったように思う。

24人が死刑判決を受け、判決から一週間後に12人が殺された。半数の12人は"恩命"で無期減刑されたものの、それは判決を修正するものではない。12人のうちには獄死した人もあり、自死した人もあり、長く獄中におかれたばかりでなく、「逆賊」「国賊」として、その身内や縁者も社会から非難と排斥をうけた。

大逆事件は幸徳秋水や管野すがだけではないことを、私は9月に見た「埋もれた声 大逆事件から100年」でやっと気づいた。12人が刑死したことは知っていたはずだが、幸徳や管野以外の人のことを私はまったくといっていいほど知らなかった。

この本を本屋で見かけてから、読んでみたいと思っていた。著者は、『ドキュメント 憲法を獲得する人びと』を書いた人でもある。

1997年頃から、大逆事件の遺族やその周辺を、著者は取材してきたという。その10年余りの「道ゆき」を雑誌『世界』で連載したものがまとめられたのがこの本。

26人が「大逆罪」で公判に付され、大審院の裁判は非公開、証人を1人も採用せず、一ヶ月ほどの審理で、24人に死刑、2人に爆発物取締罰則違反で有期刑の判決が言い渡された。判決から一週間後、1/24に11人が、1/25に管野すがが、死刑を執行されている。「大逆罪」は一審で終審、刑罰は死刑のみ。刑法からこの罪が削除されたのは1947年の10月。

無期に減刑された連座者のひとり・高知の坂本清馬と、刑死した兄・森近運平の妹である森近栄子によって、事件から50年経っての再審請求がなされた。それが東京高裁によって棄却されるまでの経緯を書いた数章、とくに「疑惑」を書いた13章は、「天皇の裁判官」ではなくなったはずの戦後の裁判官が、そして司法が、結局は明治国家の過誤を「過誤」だとは言わず、その確定判決を守ろうとする存在であったことを伝える。大審院判決の「戦後版」のようだったと著者は書いている。

三菱重工爆破事件は削除されたはずの"大逆罪"みたいやという気持ちもあって、司法の、しかも全員一致で、少数意見を述べる裁判官もいなかったという大逆事件の再審棄却のもように、くらい気持ちにさせられる。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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