FC2ブログ
 
読んだり、書いたり、編んだり 

子ねこチビンケと地しばりの花(荒井まり子)

子ねこチビンケと地しばりの花―未決囚十一年の青春子ねこチビンケと地しばりの花
―未決囚十一年の青春

(2010/04)
荒井 まり子

商品詳細を見る

著者・荒井まり子さんは、三菱重工爆破事件を起こした東アジア半日武装戦線“狼”グループの一員として逮捕され、「精神的無形的幇助」を罪とされて、12年にわたり服役した。

荒井まり子さんは“狼”メンバーではないが、大道寺将司さんや片岡利明さんと友人で、かれらを支援したということが罪に問われた。「何かをしたこと」が問われたのではなく、「精神的無形的」なものが問われたところに、(大逆罪みたいやな…)と思う。大逆罪そのものは刑法から消えたけれど、考えただけでも罪、その刑は死刑しかないという大逆罪のココロは消えてない気がする。
子ねこチビンケと地しばりの花まり子さんと、姉のなほ子さんの名は、たしか大道寺さんの『死刑確定中』や松下竜一の『狼煙を見よ』にもあった(イニシャルだったかもしれない)。こういう女性メンバーの本があって、今年復刊されていると教えられて、近所の図書館にないのでリクエストしてみたら、購入は見送りになり、ヨソの図書館から旧版が相貸で届く。旧版のカバーは、丸木スマの「母猫」。

獄中結婚した夫の彰さんにあてた手紙のかたちで、まり子さんの半生が書かれた本である。

この本の前半は、逮捕されるまでのまり子さんの人生、幼い頃から中高時代、そして東京での大学生活の中途までが書かれている。文章のところどころに、獄中でまり子さんが描いた絵が入っている。子どもの頃の遊びの風景、学校に入ってからのさまざまなできごと、親のこと、教師のこと、そのなかで感じていたこと。

まり子さんの父は高校教師で、組合活動をしていたといい、まり子さんの母は松川事件の救援活動に関わっていたという。その中で、まり子さんは「金持ちと警察と政府と自民党は悪い奴」(p.75)と思い、小学生だった60年安保のときには「岸信介という日本の首相はとても悪い人であり、樺美智子さんという若い女学生が殺された。直接殺したのは警察だが、警察にそういうことをやらせているのは岸信介である。アメリカから黒い飛行機がやってきてまた戦争を始めようとしている。おとうさんはそういうことをやめさせようとしてデモに行った。隣の国の韓国の李承晩という大統領も岸信介の仲間で悪い人である」(pp.75-76)という政治認識をもっていた、と書いている。

子どもにとって親や教師の影響は小さくないが、しだいに反抗心も芽生えてくる。とりわけ、親が教師で、その親が勤める高校へ行くことになったまり子さんには「荒井先生の娘」がつきまとう。いやなものだったろうなと思う。

高校3年の進路指導のときに、お父さんをついで先生になるのかと言ってきた担任に、ムキになってこんなことを言ったそうだ。
▼「学校の先生にだけは絶対なりたくありません。親やあなたたち先生方を見ていると、教師というのは本当にいやだと思います。いつも一人の人間である前に教師であり、それがどこに行ってもついてまわり、自由にものを考えたり、言いたいことを言ったり、やりたいことをやったりできないでしょう。必ず教師としてどうなのかということで自分に枠をはめてしまい、ものすごく窮屈でしょ?」(p.132)

わかるなーと思う。私も、教師にだけはなりたくないと思っていた。そのまり子さんが書く「柳沢先生」の話は、いいなあと思った。

期待に胸をふくらませて、まり子さんは法政大学に入る。全共闘運動の盛んな大学だったという。東京という町で、世間知らずだった自分を知り、すでに中卒で働いていたかつての同級生との溝を感じ、「いまだに親のスネをかじって勉強できる特権」をまり子さんは度々考えたようだ。親の仕送りをことわり、朝と夜はアルバイト、昼は全共闘シンパの仲間たちとの研究会という日を送る。

まり子さんにとって、大道寺さんたちとの研究会は、唯一疎外感を抱かずに主体的に参加できる運動だったという。宮城から東京へ出てきて驚いたことは、女の子たちが華やかで綺麗なこと、運動に入っても、女だから対等な仲間と認めてもらえず、与えられる地位は「××君の恋人」であったり、暗黙に期待されているのは「可愛い女」であることだったり。そんな中でうつうつとしていたまり子さんには、女が男の付属物として扱われることのなかった研究会の場は魅力的だった。

中卒や高卒と称して、町工場で働いたり、ときにはキャバレーで働き、まり子さんは「学生の特権」を感じるとともに、女性が男性の下に割り当てられる「現実」を肌身で感じたと書く。当時を振り返って自分がどうだったかを書いてあるところをずっと読んでいると、闘いたいけれど闘えないことに悩み、自分は何をすべきかと生真面目に迷う若い姿が見える気がする。

自分には何ができるのかと悩みながら「何もやってないうちに逮捕されてしまった」あと、"自供"の過程や、メンバーたちの一斉逮捕後に自死した姉のこと、獄中での経験、とくに女性収容者に対する差別のすさまじさが、本の後半では書かれる。

▼人を変えようとするということは、教えようとする、間違いや誤ちを正そうとするということでしょ。とすると、それは自分は何ごとかを知っていて相手は知らない、自分は正しくて相手は間違っているということが前提になるよね。変える人間と変えられる人間との関係は、指導-被指導という一方通行の関係でしかなく、一方は指導する主体、変革の主体であり、他方は指導される客体、変革される客体でしかない。こんなことは、たとえそれが成功したとしても共に生きる、共に闘うということにはならないよね。(p.292)

本の終わりに書かれるこのまり子さんの言葉がこころに残る。
 
Comment
 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
Trackback
 
 
http://we23randoku.blog.fc2.com/tb.php/1613-1043feda
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第67回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ