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社会問題連続ベーシックセミナー 「セクシュアリティの多様性」

セクシュアリティの多様性金曜の晩は、「セクシュアリティの多様性」セミナーで、西千鶴さんの話を聞く(会場で『We』の販売もさせていただく)。

性別というのは、かたや「女」があり、向こうのほうに「男」がある、という風にばっちりクッキリ2つに分かれているものではなくて、「女-------男」と、つながった帯のようなものの一部だったり、その付近だったりする(必ずしも帯の上ではないのだよ、ということを西さんは言った気がする)。

「からだの性」「こころの性」「社会的な性」、について、自分はこういう帯のようなものの"どのあたり"か、あるいは帯からちょっとそれているのか、と考えるあたりは、ふんふんと分かる。グラデーションよね、と思う。「自分は何者か」を性でみたらどこになるのか。

そしてもうひとつ「誰が好きか」、その相手の性についても、こういう帯のようなつながったので考えることができる。そこも、まあ分かる。
分かった気になるが、「「女として、女が好き」って言ったときの「女」って誰?」という西さんの問いかけで、私はちょっとアタマがくるくるしてくる。分かったと思ったものが、するっとどっかへ逃げたような気になる。

ビアンといえば、「女として、女が好き」というのがおそらく一番短い説明になるだろうけど、その「女」って、誰? 「女-------男」がグラデーションなのだとしたら、その間の、どこからが「女」で、どこからが「男」なのだろう? 分けないで考えようと言われたのに、分けて説明されてる感じで、説明するためには、どこかで線を引き、どこかで区分けをしないことにはどうにもならないにしても、分かったような分からんような気持ちになる。

そこのところで、すっきりクッキリさっぱりと分かりたいとは思わないことが、きっと大事なのだろうと思いながら、西さんの話を聞く。

話を聞いていて、この社会で暮らしていると、しつこいくらいに「女か、男か」と言われてるよなあと思う。そしてまた、レンアイ圧力が、うっとうしいほどにスゴイ。そのレンアイってのは、当然もちろんのことながら「女は男が好き」で「男は女が好き」というヘテロのつがい。

西さんが「"女らしさ"から逃げ出したかったが、男になりたいわけでもなかった」と言うのには、ひどく共感した。女の裏返しは男、というわけではないのだ。
Genre : 日記 日記
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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