FC2ブログ
 
読んだり、書いたり、編んだり 

埋もれた声 大逆事件から100年/安保とその時代

父ちゃんが手のしびれが続いてるとかいうので、この暑さで一人暮らしのじじいが大丈夫かと先週のやすみの日に久しぶりに様子見に行く。もっとしぼんでいるかと思っていたら、思いのほかフツウだったので、ちょっと安心した。手のしびれのようなのは医者にかかってビタミン剤を処方されているそうだが、はっきり軽快しているわけではないらしい。年相応なのか、どこか不調なのか、暑さもひどく判然とせず。

半日ほど実家にいる間、父ちゃんが録画した番組をいくつか見る。
「埋もれた声 大逆事件から100年」と、「安保とその時代」シリーズの「1 日米安保を生んだ"冷戦"」と、「2 "改定"への道のり」
大逆事件といえば、幸徳秋水や菅野スガばかりを知っていたが、和歌山の新宮近くから6人が連座していたという。僧侶だった人、町医者だった人、学校の先生だった人、新聞記者だった人…この6人の家族や縁者もまた、「国賊」「逆賊」と非難され、社会から排斥され、差別され、長いあいだ苦労の多い生活を送ってこられた。ご遺族の何人かがそのことをぽつりぽつりと語られた。学校では周りの子に口をきいてもらえず、教師にも「逆賊の子ども」と言われ、職に就こうとすれば「親は大逆事件の関係者か」と訊ねられる。引っ越しも、何度したかわからない。

連座した6人のことも番組は伝える。この人たちは、部落差別や貧困をなくそうと活動していた。事件から何十年もたって、関係者の名誉回復を求める動きがおこった。新宮では「大逆事件」の犠牲者を顕彰する会が結成されている。私は新宮へは20年くらい前に行ったことがあるけれど、大逆事件にかかわることは全く知らなかった。

「安保とその時代」シリーズは、録画してあった4回分のうち、2回を見た。なぜサンフランシスコ講和条約は西側諸国のみとの講和だったのか、なぜ安保は日米の2国間のものになったのか。全面講和、軍事基地の反対を訴える人たちもいたが、冷戦ゆえだった、ということか。旧安保条約によって、国内には多くの米軍基地が残った。石川の内灘では浜を試射場として接収された村民たちが、座り込みを続けて、土地を返還させた。本土での最初の基地闘争だという「内灘闘争」のことを私は知らずにいたが、さすが石川出身の同居人は学校で聞いたことはあるという。各地で基地反対の運動がおこり、安保がある以上どこかにこういう場所が必要だと「内灘闘争」のさなかに政治家がしゃべっているシーンがあったが、その「どこか」は、結局、米軍統治下にあった沖縄になったのだ。

父ちゃんは、私が前に読んだ『天皇百話』を図書館で借りてきて読んでいた。「これはおもしろい」と言う。たしかにこの本はおもしろかった。うちの近所の図書館には所蔵がないから、相貸でないと読めないのだ。

そして、ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』の増補版をすすめられた。この本に書かれているのと場所は違うものの、父ちゃんが敗戦後に広島で経験したのと似たようなことが書かれていると言っていた。
Genre : 日記 日記
 
Comment
 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
Trackback
 
 
http://we23randoku.blog.fc2.com/tb.php/1508-57739215
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第66回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ