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読んだり、書いたり、編んだり 

女の絶望(伊藤比呂美)

女の絶望女の絶望
(2008/09/20)
伊藤比呂美

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こないだ図書館で夏石鈴子の『虹色ドロップ』を借りたら、目次を見ているだけでどきどきウキウキしてきて、目次からとんで、ちらっとあちらを読みこちらを読み、「あとがき」を読んだりしていると、ああもうたまらんと、次の日に本屋へ行って買ってしまった。目次は版元のポプラのサイトにある(「十二年」という文章の一部を立ち読みもできる)。立ち読みのできる「十二年」もいいのだが、「五月生まれの女の子」にずきゅーんときた(私も五月生まれやし)。

イッキに読むのがもったいなくて、ちびちびと読んでいる。

伊藤比呂美の『女の絶望』の紹介の一文もこの本にあり、図書館でまた借りてきた。この本が出た頃に、てっぺんのほうから途中まで読んだのだが、そのときはどうも乗らなくて、中途で返してしまったのだった。こんどはどうか。
「ひ」が「し」になる江戸弁のしゃべりで、伊藤しろみ(著者の伊藤比呂美ではない、ということになっている)が「身の上相談」にずんずんとこたえていくエッセイである。こんどは、ずんずんと読める。うひひと笑えて、ちょっとしっぽりする。この本も、目次を読むだけでもおもしろい。

▼「あたしはあたし」と思い、「あたしが一番大切」とはっきり思えるようにならなきゃ、「人は人」へ、たどりつけない。(p.252)

▼「あたしはあたし」
 これを唱えてるてえと、生き方にブレがない。苦労はするけれども、自分に真っ正直に生きられて、つまりは悔いが残らない、そう見極めました。
(中略)
ところがここにきて、呪文が効かなくなっちゃった。
 それが介護。人の思惑なんか気にしない、「あたしはあたし」、と今までいいつづけてきましたから、今回もいいたいんですけども、そうはいかのきんたま。親といえども自分ではなく、自分ではないといえども、やっぱり気にかかる。(p.263)

そして、伊藤比呂美の本を読んでしまってから、また『虹色ドロップ』をちらりちらりと読む。

この『女の絶望』のことを、夏石鈴子はこんな風に書いている。
▼…この本の良さ、伊藤比呂美の正しさを、果たして男や若い女がどれだけ理解できるのか大変疑問に思う。これがわかったら、ちゃんとした大人、とわたしは思う。一度、読んで下さい。(p.251)

虹色ドロップ虹色ドロップ
(2010/07/16)
夏石鈴子

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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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