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「空白の十年」被爆者の苦闘(広島県原爆被害者団体協議会)

▼広島県被団協「空白の十年」編集委員会『「空白の十年」被爆者の苦闘』広島県原爆被害者団体協議会(2009年8月)=昨年のニュース記事(平和メディアセンター)

広島県被団協(広島県原爆被害者団体協議会)による手記集。図書館でみつけて借りてきた。爆心地近くで直接被爆した人だけでなく、救護のために広島市内へ入った入市被爆の人たちも多く書いている。

被爆からの10年、被爆者はほとんど見捨てられ、忘れられていたという話は、他の本でも読んできた(たとえば文沢隆一の『ヒロシマの歩んだ道』)。

被団協のサイトにも、「多くの被爆者にとって被爆直後の10年(1945~55年)は、行政の支援もわずか、親族や知人にも頼れず、相談先となる本格的な被爆者団体もまだなく、ただ耐えて生きるほかない時期でした」とある。その「空白の十年」を振り返るアンケートとともに、寄せられた手記を71篇おさめたのがこの本である。
被爆直後の数日のもようを読むと、想像はしてみるものの、想像を絶するというしかない。広島市内はそれなりに見知った場所だけに、付録の「原子爆弾被災状況 広島市街説明図」をひらいてみると、やはり、これだけの範囲を壊滅させた原爆の威力をおもう。

身体の具合がよくない人、理由のわからぬ症状に苦しむ人も多い。体力自慢だったのに、被爆後は健康に自信がもてなくなったという人。「被爆者はいいネ。医療費がタダで、手当もあるし…」と心ない人たちに言われ、こんな体になっても「被爆者はいいネ」と言われなければならないのかと綴る人。また、自分だけでなく子どもに影響があるのではという不安が続く。

被爆者に対する差別偏見は手記のなかでもかなり見られる。当時は週刊誌などにも、被爆者の不安をあおるような記事がずいぶん出ていたらしい。「結婚は難しい」「火傷の痕を他人に見せたりしないように」と言われていた人、「原爆症の不安を抱いて結婚」した人、「被爆者であることを話さないまま」結婚し、のちに配偶者から責められたり、「だました」と言われた人、「被爆者だとわかっていたら断っていたのに」と言われた人もいる。

「編集後記」には、被爆者の平均年齢が既に75歳を超えていることから、「被爆者の手記集は、恐らくこれが最後になるだろう」とある。親を失い、家族を失い、また健康を損なった体で、生きるために無理に無理を重ねるように働き、貧しさに耐えてきた人たちの手記は、60年余り経っても苛烈で、読んでいてしんとしてしまう。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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