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命いとおし 詩人・塔和子の半生(安宅温)

命いとおし―詩人・塔和子の半生 隔離の島から届く魂の詩命いとおし―詩人・塔和子の半生
隔離の島から届く魂の詩

(2009/01)
安宅 温

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塔和子の名は詩集『いのちの詩』で知っていた。数年前には、塔和子を描いたドキュメンタリー映画「風の舞」も見たことがある。

この本は塔和子の詩と半生を紹介したもの。子どもの頃にハンセン病感染がわかり、塔和子は瀬戸内にある島の療養所・大島青松園へ入った。家族や故郷との縁を切られてしまう患者が多かったときくが、塔和子のもとには父が何度となく見舞いに来てくれている。ただ、父と母は、和子のきょうだいには「和子は養子に出したのだ」という話をつくって聞かせていたから、塔和子が弟たちと会えたのは、父が亡くなる頃だったという。

療養所では、赤松正美と結婚している。ハンセン病の隔離療養所では、断種手術を結婚の条件とした。
▼伝染病であるからこそ、隔離をしたのに、断種手術をするということは、遺伝病でもあるという錯覚を庶民に植え付けた。(p.138)
このプロパガンダは相当な強さがあったはずで、療養所に入った人たちはみな既に「元」患者でありながら、故郷にも帰れず、亡くなってからのお骨も戻れないことが多い。家族や親戚との縁が切られたのも、縁者に患者がいるとわかると、きょうだいが離縁されたり、その子どもまでいじめられることがあったからだといわれる。

そういう話はこれまでも本を読んだり、話を聞いたりで知っていたので、療養所がある島やその地域で、患者たちはどううけとめられていたのかと思っていた。療養所のある島には長いあいだ橋が架けられなかったし、数年前にも熊本のホテルが元患者の宿泊を拒否したという事件があった。

この塔和子の半生を書いた本によると、この大島青松園のあった島の住民たちは、患者(元患者)とのつきあいに分け隔てがなかった、という。明治の終わり頃に療養所ができたときから数えれば、長い時間が経っているから、そういう風になれたということなのか、近くにいることでサベツ意識はかえって強まることもあるというケースもあるように思うが、そこらへんはどうなんかなと思った。

私は詩集を一、二冊読んだのと、映画「風の舞」を見たくらいしか塔和子は知らなかったけど、こんな人がこんな詩を書いてきたんやなあと、生きてきた人のなまなましさを感じたりした。

惜しまれるのは、誤字脱字がひどいこと。著者も編集者も、ここまで見落とすものかと驚く。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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