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逝かない身体(川口有美子)

逝かない身体―ALS的日常を生きる (シリーズケアをひらく)逝かない身体
―ALS的日常を生きる

(2009/12)
川口 有美子

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医学書院の「シリーズケアをひらく」の一冊。このシリーズはこれまでかなり読んでいるが、なぜか近所の図書館ではバラバラにしか入ってなくて、相貸で読んだり、買ったりも多い。この『逝かない身体』も、年明けに蔵書検索したときには入ってなくて、入るんかな入らへんかなと思っていたら、気づくと入っていたので借りてきて読む。

『日本の路地を旅する』とともに、ことしの大宅賞をとったそうだ。

この本の「ALS的日常を生きる」というサブタイトルを見て、読んでみたいと思っていた。ALSは神経難病の一つで、漢字で書けば「筋萎縮性側索硬化症」という。私の母が罹った病気も神経難病の一つ、SCDだった。本になっているのでいえば、ALSは『モリー先生との火曜日』のモリー先生が罹った病気であり、SCDは『1リットルの涙』の木藤亜也さんが罹った病気である。難病というのは、原因が分かっておらず、治療法が確立されていない、といったことを指す。
ALSもSCDも、症状や進行の具合は個人差も大きいが、おおむね「自由を失っていく病気」というところが似ている。それまでできていたことが、できなくなっていく。母の場合は、話すこと、書くことが困難になっていき、バランスをとれなくなってふらふらと歩いていた後は車椅子を使うようになり、しだいに飲み込みにくくなってむせたり、車椅子に乗っても座位を保つことが難しくなり、だんだん排泄のコントロールも難しくなり…といった経過をたどった。

母が難病友の会や難病連へ行っていた頃には、まだ学生だった私が付き添っていくことも多かった。母の病気の進行は早いと言われていたが、母よりもずっと病気の進行が早く、発症から半年で這うこともできなくなったという同病の方もあった。病気の進行は本当に個人差が大きい。母が死んで11年になるが、まだ母が発症して間もなかった頃にお会いした同病の方で、今も(私の目から見れば)ほとんど同じような症状で過ごしている方もある。

病気は違うけれど、川口さんが親の病気を知り、本や事典などでその病気を調べ、あるいは医者の話を聞いてこういうところまで自由を失っていくのかと重い気持ちになったことを書いているところを読むと、私も同じように図書館であれこれと本を調べたことを思い出す。大学にいた私は、医学部の図書館にも行って、母の病気が載っている本をあれこれと見た。母に長命はのぞめないのだなあと思っていた。

この本の著者・川口さんの母上は、ALSの中でも重いTLSになる恐れがあると医者に言われ、最終的には眼球を動かすこともできなくなった。文字盤を使っての意思疎通もできなくなった。

「意味の生成さえ委ねる生き方」

母上とのコミュニケーションに悩んだ川口さんは、そのころALS患者として世界的に有名だという橋本みさおさんに会いに行っている。意訳ともいえる橋本さん式のコミュニケーション法を知り、橋本さんに外出に付き添って"意訳者"ともなった川口さんは、こう書いている。

▼自分が伝えたいことの内容も意味も、他者の受け取り方に委ねてしまう──。このようなコミュニケーションの延長線上に、まったく意思伝達ができなくなるといわれるTLSの世界が広がっている。コミュニケーションができるときと、できなくなったときとの状況が地続きに見えているからこそ、橋本さんは「TLSなんか怖くない」と言えるのだ。軽度の患者が重度の患者を哀れんだり怖がったりするのは、同病者間の「差別だ」ともいう。…
 (中略)
 …ALSの人の話は短く、ときには投げやりなようでもあるけれども、実は意味の生成まで相手に委ねることで最上級の理解を要求しているのだ。人々の善意に身を委ねれば、良く生きるために必要なものは必ず与えられる。彼らはそう信じている。そうあってほしいと願っている。(p.211)

書くことが日常だった母が自筆では書けなくなり、ワープロで1字1字かなりの時間をかけて入力してくる文章も入力や変換がうまくいかずに判じ物のようになっていき、そういう風に「表現(表出)の手段」を取り替えても、最後にはどれもダメになるんやろうなと私は思っていた。自分から発することのできない身体をもって生きることは、どんなことやろうと考えたこともあった。

このところ福島智さんにまつわる本をいろいろと読んだこともあり、コミュニケーションにとって言葉は大きな道具であり、しかもそれは一方向ではコミュニケーションとはいえないのやなあとつくづく思ったが、このALSを生きた母上を書いた川口さんの本を読んで、生きている存在そのものがうみだすコミュニケーション、というようなことを思った。川口さんは汗をかくこと、血流の変化にともなう顔色の変化などを書きとめている。そして、そのコミュニケーションは当然その場にいる者どうしの間にある。

「意味の生成さえ委ねる」のは、盲ろう者の福島さんに通訳者が周りの状況を伝える時にもやはり「委ねている」ところがあるのやろうし、そこには通訳者が福島さんを慮って(察して)取捨選択して伝えるというコミュニケーションのあり方もあるんやろうなと思った。

*橋本みさおさんに関わる「さくら会 闘えALS」
*山崎摩耶『マドンナの首飾り―橋本みさお、ALSという生き方』中央法規
*川口さんのブログ「What’s ALS for me ?」
 
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2010.04.26 Mon 22:24 らんどく  #vZbA1Su2
【追記】
久しぶりに難病連などのサイトを見ていると、母が診断されていたOPCAは、以前(母が生きていた頃)は「SCD」に分類されていたが、2003年度以降、SDSやSNDとともに「MSA」に分類しなおされたそうだ。

OPCA、SDS、SNDは別々の疾患と報告されていたが、病理学的にみて同じ疾患の症状の現れ方の違いだということが分かったから、らしい。

OPCAは難病情報センターのサイトで「進行が著しく速い」と書かれている。
SCDとOPCA  [URL][Edit]






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Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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