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生きなおす、ことば(大沢敏郎)

生きなおす、ことば―書くことのちから 横浜寿町から生きなおす、ことば
―書くことのちから 横浜寿町から

(2003/10)
大沢 敏郎

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『パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」を読む』の巻末に、関連本がいくつか載っていたうちの一冊。そこに載っていた数冊のうち、里見さんの『学校でこそできることとは、なんだろうか』にも興味があるのだが、あいにく近所の図書館にはなく、所蔵のあった『生きなおす、ことば』を先に借りてきて読んだ。

大沢さんが、梅沢小一さんとのことを書いているところ。ここがいちばん心に残った。大沢さんの識字に対する姿勢を根底からくつがえし、ただしてくれたのが梅沢さんだという。

識字の時間のさいごには、書いた文章をそれぞれが読む。梅沢さんが書いたなかで、読みかたのわからなかった言葉があった。梅沢さんがその文章を読むのを聞いて、大沢さんは「おかさん」の読みかたを知る。

▼梅沢さんの涙声が、ピンとはりつめた部屋にひびき、十七枚目のその場面になった。大きく息をすいこんだ梅沢さんは、今、亡くなっていったお母さんを呼びもどそうとするかのように、机から身をのりだしてのぞきこみ、部屋が割れんばかりの大きな声で「おっかさーん」と叫んだ。全身のちからをふりしぼった長い余韻の叫び声だった。(p.29)

その梅沢さんの語りを聞いたあと、大沢さんは胸がどきどきして、「ああ、どう読むのかを聞かなくてよかった」と思った、と書いている。そして自分が受けた学校教育とはこういうものだったのだ、と書く。
▼象徴的に言えば、ぼくのうけた学校教育は、この"おかさん"をみたとき、促音の「っ」や「あ」を入れることだった。梅沢さんの書く勢いに圧倒されていなければ、きっとこのことを言っていたはずだった。その人の生きてきた歴史や、その人が大切にあたためてきたかけがえのないたからものを無惨に踏みにじって、踏みにじったことを自覚もせず、素知らぬ顔をしていることができるのが、ぼくのうけた学校教育であった。(p.30)

大沢さんは、この梅沢さんの「おかさん」の叫び声を機に、識字の場で漢字や文章に手を入れることはいっさいやめることにしたという。

その人のそのままの文字や文章から、こころ深い人間に出会いたいと思うようになった。


▼寿町の識字では、識字の時間の最後に、出席した人が、自分の書いた文章をみんなのまえで読むのであるが、そのときぼくは、一人ひとりの人の読む声や表情や動作を、自分のちからで精一杯うけとめていくことにした。(p.31)

この本に引かれているさまざまな文章は、手を入れられることなくそのまま掲載されている。編集上はむしろそのほうがよほど大変だったろうと思う。思うけれど、そのままの、それぞれの人が書いたそのままの文章を読むと、書きたいことが、書かずにいられないことが、書かれているとわかる。

梅沢さんは、おかあさんのことを書きたかった。
5日かけて、20枚の文章を書かれた。

大沢さんは2007年10月24日に亡くなられた。『We』でもお話をうかがったことがある。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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