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読んだり、書いたり、編んだり 

昼寝の合間に読んだ本―神様のすること/転移/あの人は帰ってこなかった

26日(金)、27日(土)と2日続けて、京都であったBIJN(ベーシック・インカム日本ネットワーク)の集会『We』売りに行く。ありがたいことに、2日間で50冊ほど売れた。しかし、2連ちゃんでさすがにくたびれ、日曜の昨日は近所をちょっと散歩して、古本屋で本を1冊買って、帰って長い昼寝。

昼寝の合間に読みおえた本。

神様のすること 転移 あの人は帰ってこなかった (岩波新書)
平安寿子『神様のすること』幻冬舎
平安寿子の小説は、出ているのを見つけたら、とりあえず図書館へリクエストする。『神様のすること』も、しばらく待っていて、順番がまわってきた。

タイラ小説は、様々な仕事を転々としてきたという平安寿子自身の「これまで」が書かれてるんかなーと思わせるところがチラりホラりとあるが、今回のこれは、まんま私小説?

手元の広辞苑6版によれば私小説とは「小説の一体で、作者自身が自己の生活体験を叙しながら、その間の心境を披瀝してゆく作品」だとある。

死にかけては戻ってくる母を数年にわたり看ていた間の、母と父と自分とを、子どもの頃までさかのぼったり、ときどきの心模様を追求してみたりして、ぐりぐり書いた話。

▼記憶は嘘つきだ。でも、大事なのはエッセンスだと、わたしは強弁する。この世とはつまるところ、わたしに見えている世界のことなのだ。わたしは、わたしが作った観念の檻から出られない。けれど、時折、檻の中に光が差し込む。風が吹き込む。
 そして、わたしに思い出させる。この世に生を受け、生きてきたからこそ出会えた人たちのことを。(p.251)

こんなに疲れていなければいつものようにイッキ読みしたであろう小説だが、金土は1ページも読めず、数日かけて読みおえる。

中島梓『転移』朝日新聞出版
昨年の5月に亡くなった中島梓(=栗本薫)の「転移日記」。「私が文章を打てる限りは現状報告と遺書をかねて書いてゆくつもり」という記録である。そして、亡くなる10日前に昏睡状態に陥るまで、記録は続けられた。

平安寿子の小説がどちらかといえば「母もの」だったのと似て、中島梓のこの記録にも「母」がたびたび登場する。たまたま続けて読んだからかもしれないが、「母」が書かれると、それを書いているアスコやアズサは「娘」だなあと強く思う。

巻末に「栗本薫/中島梓 全仕事」というリストがある。本だけでも、膨大なものだが、舞台やライブもあり、そういう方面の活動を全く知らなかった私は、ただただ(ものすごい仕事量やなア)と圧倒される。

菊池敬一、大牟羅良『あの人は帰ってこなかった』岩波新書
昨日、散歩の途中で立ち寄った古本屋で買った。これは岩手の農村の、出征した夫を失った妻たち(戦争未亡人)の声をあつめた1964年の本で、私が買ったのは1982年の17刷。かなり読まれたものなのだと思う。どんな人たちが読んだのだろうなと思う。

編者の2人はともに岩手の出身で、大牟羅は『戦没農民兵士の手紙』を編んだ人でもある。

古本屋でぱらぱらと見ながら、これは前に読んだ『母たちの戦争体験』や、そこにも出てきた『石ころに語る母たち』につながる本やなあと思った。そして、これは『自分たちで生命をまもった村』の沢内村につながる話でもあるのだった。

この本で自分の生きてきた道を語る妻たちの住む横川目村はかつて岩手の東和賀郡にあり、沢内村は西和賀郡にあったが、その後両郡は合併して和賀郡となっている。

第一部「勲章の裏に刻む」は、この農村部落の9人の妻たち(その部落の未亡人の全員)の聞き書きをまとめたもの、第二部「叫ばずに来た二十年」は、他の地域で見聞きしたこともあわせ、戦争未亡人たちのかかえる問題を編者が記したものである。

未亡人たちは、最初のうちこそ気の毒がられもし、援助もされているけれど、「注がれる監視の目」があって、暮らしていくのにちょっとした手助けを得るのがかなり難しかったり、念入りに気を遣わねばならなかったりして、孤立していたり、あるいは何を言われてもと割り切ろうとしていたり、ともかく、ただ普通に暮らしてゆくことが難しいというのが強く印象に残った。

女なるがゆえの監視の目ではなく、未亡人なるがゆえに注がれる監視の目のために、うかつに男性と話そうものなら変な噂をたてられ、助けを求めればできているのではないかと言われ、では同性の女性ならいいかといえば、そちらは「夫を横取りされる心配」という警戒があったりすると書かれている。

ひとり身の女に対してがぜん不躾になる男性の例は、『We』で「ミボージン日記」を書いている竹信さんの話にも出てきたし、女性からも「夜の生活はどうしてらっしゃるの」といった、はなはだ興味本位の問いを投げられたりする話を、シングルで子どもを育てている人から聞いたこともある。

加えて、1952年に講和条約が成立してやっと入るようになった遺族年金は、未亡人たちの貧しすぎる暮らしを支えるものになったけれど、それも次第に「国からカネをもらっていながら」という目に変わりつつあると書かれる。

「女がひとりで生きる」ことへの、この寄ってたかっていためつけるような眼差しやふるまいは、ずっとずっとあるんやなあと暗い気持ちになった。

もう一つ、未亡人たちが、戦争を憎む言葉よりも、宿命や運という言葉で自分の身の上を語ることについて、そこに深い沈黙があるのではないかと編者が書いているところが印象深かった。

当初、未亡人たちの話を聞きながら、なぜ戦争を憎まないのだろう、と編者は思ったという。だがそれは、第三者的な見方で、自分がもし当の未亡人だったとしたら、同じようにしか言えないのではないかという思いに変わる。

▼…こうした私の見方が当るとすれば、戦争そのものを批判しないのも、「あんな戦争さえなかったら」「なに、戦争しなくてもよかったのに」と考えてゆけば、結局夫の戦死も、しなくてもいい戦争で戦死したことになる。言葉を代えて言えば"犬死"したことになる。そんな惨めさには耐え得ないからではなかろうか、そんな気もします。

 こう考えると、戦争を批判しないのも、宿命として甘受しているかに見えるのも、決して批判がないのではなく、また、宿命として甘受しているのでもなく、ここにも深い沈黙が隠されているかに思えるのです。そしてこうした深い沈黙が残されておればおるほど、誰かに訴えずにはいられぬもの、いや、訴えるというより絶叫せずにおれぬような思いが、常に胸底深く存在しているのではないでしょうか。ひとり未亡人たちだけでなく、遺族のすべてに…。(pp.194-195)

これを読み終えて、もういちど読んでみたいと『母たちの戦争体験』と、それから『石ころに語る母たち』を図書館でリクエストした。近所の図書館にないので、古い本やしどこかからの相貸になるだろう。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第68回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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