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ビンボーひまあり(松下竜一)

日曜に読んだ『憶ひ続けむ』の著者、松下竜一の名はかすかに知っていたけれど、他にどんな本があったっけとなると、『豆腐屋の四季』とか『ルイズ 父に貰いし名は』くらいしか知らないのである。

昨日の夕方、本屋→近所の図書館と出かけ、調べものを少しばかりしたあと、書架にあった松下竜一の『ビンボーひまあり』をチラチラっと見たら、なんだかやめられなくなり、てっぺんに戻って読みはじめ、結局しまいまで読んでしまって帰ってきた。

ビンボーひまありビンボーひまあり
(2000/12)
松下 竜一

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この本は、松下竜一が出していた「草の根通信」に多少加筆してまとめたものだそうで、そのあまり売れることのないビンボーな作家の暮らしのひとこまを書いている。これがなんともいえず飄々としておかしい。

ちょうど娘の杏子に子どもができ、初孫にめぐまれた頃の話もあり、孫かわいさに家の中をうろうろする松下竜一の姿がほうふつとして、ほんまにおかしい。

印象深かったのは、H先生のこと。
高校の同期会で久しぶりに会った来賓のH先生は、松下によってこんな風に書かれている。
▼H先生の挨拶には心がこもっていた。…(中略)…終り近くに「平和が一番だ!」と力説されたのには、驚かされた。
 体育会系、生徒指導主任で鳴らしたH先生には右翼的なイメージがつきまとって、松下センセにはその平和アピールが意外に聞こえたのだ。(p.134)

H先生は、1945年の8月16日、高知の飛行場で戦争が終わったことを知る。18歳の予科練で、もう少し戦争が続いていたら、特攻で散っていただろうという人である。そのH先生は、松下のテーブルに来てこう語った。

▼「松下よ。世の中はどんどんおかしくなってきたぞ。絶対に戦争はいかん。戦死者を美化してはいかん。若い命がみんなみじめにむなしく死んでいったんだ。日の丸・君が代で戦死に追いやられていったんだ」(p.135)

H先生は、予科練の同期会にも出てきたが、だんだんまわりの言うことがおかしくなってきて、ついには同期会の終わりに“帽振れ”をやろうと言いだした。二度と還れぬ特攻機が飛び立つのを、帽子を振って見送ったあの“帽振れ”を、そんな形で懐かしがっていいのか、死んだ者たちが喜ぶのかとH先生は怒り、もう同期会には出ないことにしたという。そして、重ねて松下にこう語った。

▼「松下よ。おれはおまえのやってることをずっと見てるぞ。おまえのやってることは、いまの世に絶対必要なことじゃ。おれには文章も書けんし学もないから理屈はいえんが、ナマの体験はあるぞ、おまえがおれの体験を必要とするときはいつでも声をかけてくれ。--絶対に戦争はいかん。平和が一番じゃ。おまえが来てくれたのが一番嬉しいぞ」(p.136)

松下竜一は、高校七期で入学したが、高三で喀血して肺結核と診断され、一年間休学して、卒業は正式には八期である。だが、八期にはどうもなじみがなくて、正式なメンバーではないとやや後ろめたく思いながらも、セブン会と呼ばれる七期の会にまぜてもらっているのである。H先生は、そんな松下のことを「おまえが来てくれたのが一番嬉しいぞ」と大きな声で言った人なのである。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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