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私とマリオ・ジャコメッリ(辺見 庸)

辺見庸のこの本を借りてきたのは、11月の終わりに天音堂ギャラリーで梅田恭子展を見たときに、辺見庸の本はほとんど読んでいて講演会にも行ったりするという方からジャコメッリの話を聞いて興味をもったから(天音堂では「ジャコメッティ」と聞き、あの細長ーーい人物彫刻の人ですか?と訊いたら、いや写真家だと言われて、帰ってから調べてみて、「ジャコメッリ」のようだとわかった)。

梅田恭子さんの「ツブノヒトツヒトツ」は二度か三度みている。前に天音堂へ寄ったときに、梅田さんの作品がカバーになっていると、辺見庸の『自分自身への審問』を買っていた。

私とマリオ・ジャコメッリ―「生」と「死」のあわいを見つめて私とマリオ・ジャコメッリ
(2009/05)
辺見 庸

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私は以前は毎週のように「日曜美術館」を見ていたが、去年くらいからおもしろくなくなって、ほとんど見なくなっていた。この本のもとになったのは、「日曜美術館」で辺見庸が語った「私とジャコメッリ」だそうである。私はその放映を見ていない。

この本は、ジャコメッリの写真をはさみながら、辺見庸が「私とジャコメッリ」について書いたもの。テキストはもったいぶったような言葉遣いもあってわかりにくいなと思ったが、「モノクロであること」(ジャコメッリの写真はすべてモノクロであるらしい)について、モノクロの世界は想像の余地を与えてくれるのであって、それに着色するのは内的な作業だ、というところは、おもしろいなと思った。

ジャコメッリは、「白、無限の虚無。黒、無限の傷痕」と言っているそうだ。

あとがきで、辺見庸はこんなことを書いている。
▼世界を純粋客観的にとらえうるとするのは近代以降、今日にひきつづくひとの驕慢な幻想である。私たちはそれぞれの脳裡に秘めた知と想像(妄想)と狂気以上のものを世界に投影することは所詮できはしない。(p.111)

絵をみて「写真みたい」とホメる人がいるが、ああいうのは何をホメてるんやろうなあと思う。

辺見庸といえば『もの食うひとびと』『ゆで卵』などから始まって、10年くらい前にいっときだいぶ読んだけど、最近は全然読んでなかった。『自分自身への審問』をぱらっとやって初めて知ったが、2004年に脳出血で倒れたらしいが、その後また執筆や講演に復帰しているという。

去年の本で『愛と痛み―死刑をめぐって』というのがあるらしいので、こんど読んでみようと思う。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第67回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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