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ルポ 母子家庭(関千枝子)

数日前に図書館へリクエスト票を出したときには未登録の資料だったので、新刊やけど買ってもらえるのか、それともどこかヨソから相貸かと思っていたら、リクエストしたタイミングがよかったのか、すぐに借りられた。

ルポ 母子家庭  「母」の老後、「子」のこれからルポ 母子家庭
「母」の老後、「子」のこれから

(2009/11/07)
関 千枝子

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関千枝子さんといえば、『広島第二県女二年西組』『この国は恐ろしい国』の著者。「全国婦人新聞」(その後「女性ニューズ」と改題され、2006年に休刊となった)の編集長を務めた人でもある。

このルポは、関さんが30年にわたって取材してきた母子家庭の暮らしの経済的な厳しさと、その生活の"命綱"ともいえる児童扶養手当のあり方を中心に、母たちの老後、そして子らのこれからを書いたものである。

児童扶養手当は1961年に成立した法律により、当初は「国が、父と生計を同じくしていない児童について児童扶養手当を支給することにより、児童の福祉の増進を図ること」(第一条)を目的としたものだった。

生別母子家庭の実状をうったえ、この手当の必要性を説いて、法の成立の立役者となったのは、山高しげりなのだという(私は婦選運動と母性保護運動の人と思っていたが、母子家庭の福祉にも大きな尽力をした人なのだ)。

死別母子家庭(その多くは戦争で夫や父を亡くした母子家庭)に対しては、「お国のために貢献した人の遺族」ということもあってだろう、世間の目は比較的あたたかいものだったが、生別母子家庭の母に対しては、ガマンの足りない女、勝手に別れた女という非難の目が向けられ、未婚や非婚で子どもをもった母は「おめかけ」よばわりされていた。そんな女に、なぜカネを出さねばならないのだ、という雰囲気は、今もまったくなくなったとはいえないだろう(かつてに比べれば相当よくなったそうだけれど)。

それでも、法律は「児童の福祉の増進を図ること」を掲げていた。子どもを育てるために必要な手当なのだという認識が、少なくとも条文にはあった。

児童扶養手当の最初の改悪が言われはじめた1983年から、関さんは母子家庭の取材を始めた。1983年、私は中学生だった。USAではレーガン、UKではサッチャー、日本では中曽根が、新自由主義とよばれるいろんなことを、つまりは小泉路線につながる「市場にまかせておけば万事うまくいくのだ」「民間でやれることは民間で」「たくさん稼いだもんがエライんじゃ」みたいなことをやりはじめた頃だ。

私が中学生のあいだに中曽根の靖国公式参拝というのがあり、高校生の頃には国鉄がJRになり、防衛費のGNP1%枠がなくなった。国鉄がJRになってからもしばらくの間はバスの行き先表示は国鉄のままだったことをおぼえている。関さんは、国鉄の民営化が"成功"し、労働者派遣法が成立したことを指摘している。

そんなヤスの時代、福祉の見直しが言われ、児童扶養手当もやり玉にあがった。離婚後7年で打ち切るとか、離婚時に夫の収入がいくら以上だったら支給しないとか、所得制限を引き下げるとか、未婚の母には支給しないとか、これ以後もそうだが、この手当を"改革"というときには、当事者にとっては文字通り死活問題になる改悪なのだった。

当事者の母たちは怒り、必死の反対運動が始まった。野党や日弁連、各地の弁護士会も反対意見を公表し、改正案は大幅に修正された。未婚の母への打ち切りや、7年で支給終了というのが撤回されたのは運動の大きな成果である。

しかし、このときに根本的に法の目的が変わった。
「父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与するため」となり、手当は子どもの権利─どんな状況で生まれようと健やかに育つ権利ではなく、離婚や未婚で子どもを育てている親が安定しておらず自立もしてないので、そこを助けてやる、というものになったのである。所得制限が引き下げられた影響も大きかった。

関さんは、貧困が、カネがないことが、生活の困難となり、生活の苦しさが暴力になってしまうことを書く。「児童扶養手当を一八歳まで引き上げる会」で、母たちはこんな話をしている。

▼…どんなに節約しても、金が足りなくなる。財布の底がみえてきた。明日のご飯どうしよう。子どもだけは何か食べさせないと…。オカネがないのに、学校の集金はもう明後日。どうしよう…。そんなことを考えるとアタマはもうグシャグシャ。子どもが何か声をかけてきても、ウルサイとどなってしまう…。子どもが口答えしたり、ちょっと悪さをすると、すぐ殴ってしまう、いけないとは思うんだが、と、一人が言いだすと実は私も、と大勢が言いだした。
 夫の暴力に耐えきれず、夫が子どもにまで暴力をふるうので、離婚を決意した、という人まで、つい子どもを、殴ってしまう、という。あまりに生活が苦しいと、イライラし、気がつくと…という。(p.102)

母子家庭の母を対象とした"就労支援"がいわれる。けっこうなことだと思う人も多いだろう。しかし、これがたいして役に立たない。いくら資格をとり、訓練をしても、まともに食べていける働き口はまったくといっていいほどない。

そもそも"就労支援"を掲げる厚生労働省の求人からしてこんな状態だ。
▼「母子終業自立支援センターで職業紹介を受けたところ求人の17件中11件が厚労省の各部署の求人だったので、さすが厚労省と思い、7件応募しました。しかし、面接までこぎつけたのは2件だけ、それも1年契約で更新は1回のみという条件でした。これでは安定した職になりません」(p.16)

こんな職でも、職に就けば「就労率」としてカウントされるのである。就労率が多少上がったといっても、目先のことなのだ。

根本の問題は、女性の(そして今では若年層の)賃金が安すぎることだ。男女の賃金格差はいっこうに変わらず、男性正規の賃金を100としたら、女性は半分以下、女性非正規では40くらいなのである。すでに年金世代となっている母たちの頃からこの水準はほとんど変わっていない。だから、ずっと苛酷なまでの働き方を続けてきたのに、とても食べていけない年金額の母たちは多い。

きびしい話が続き、読んでいて正直めいる。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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