FC2ブログ
 
読んだり、書いたり、編んだり 

死刑でいいです(池谷孝司)/死刑のある国ニッポン(藤井誠二、森達也)

木曜(11/5)に『罪と罰』を読み、金曜(11/6)に『死刑でいいです』を読み、昨日はちょうどリクエストしてたのが届いたので『死刑のある国ニッポン』を読んだ。むずかしい、むずかしい、むずかしい。

死刑でいいです --- 孤立が生んだ二つの殺人 死刑のある国ニッポン
『死刑でいいです』は、「孤立が生んだ二つの殺人」というサブタイトルをもつ。16歳で母親を殺し、少年院を出て再び大阪の姉妹殺害事件をおこした山地悠紀夫(ことしの夏に死刑執行された)を追ったルポである。再犯を防止するヒントを見つけたいという思い、そして"他人に共感しづらく「反省」という気持ちを理解するのが難しい"山地の特性を理解し、そういう人の孤立を防ぐにはどうしたらいいかを考えたいという思いをもって続けられた取材をまとめた本。

ひとつの論点は「反省なき更生」である。

▼日本社会はまず「反省」を求める。しかし、山地のように反省が難しい人には無理に迫るのでなく、再犯防止を優先した矯正教育で更生させるべきだという考えが出始めている。いわば「反省なき更生」ともいえる考え方だ。

その後に、少しずつ反省の心を理解できるよう訓練できれば、悲劇は減らせるのではないか。「死刑でいい」と考えて人を殺す人間に、厳罰化は抑止効果がない。(p.227)

『死刑のある国ニッポン』は、藤井誠二と森達也の対談集。『罪と罰』の鼎談のなかで、ずいぶん森達也がけなされていたので、その鼎談に加わったひとり藤井と、森の対談は、どんな話になるのかと、半日ほどかけて読んだ。

死刑廃止から存置への「転向」派だという藤井と、結論を出すことは苦手だけれどこれについてはもう惑わない、悩まないという死刑廃止派の森。

藤井は、この10年あまりずっと、とくに殺人事件の被害者遺族の取材を続けてきた。

▼藤井 …被害者遺族を取材してわかったことの一つは、「彼らの究極の目的は死刑だ」という、社会の勝手な思い込みがあるということ。死刑廃止論者の大半もそう思い込んでおられたのではないかと思います。

 死刑という加害者への罰は遺族の方にとって最終的な「目的」じゃなくて「途中経過」。ぼくはよく「被害後」という言葉を使うのですが、遺族らが長い被害後を生きるうえで、いったい死刑は心境にどう影響を与えるのかということが、社会は全然わかっていないと思った。(pp.46-47)

森は、得体の知れない、わけのわからない集団と思われていたオウムを、信者の一人を追うかたちで『A』、そして続編の『A2』というドキュメンタリーにまとめている。その、オウム以後の"セキュリティ意識"についてこんな風に語る。

▼森 …僕は「許せない」というフレーズがとてもシンボリックだと思うのだけど。最近では事件が起きるたびに、誰も「許せ」などと言っていないのに、メディアも政治家も一般市民も「許せない」と口走ります。ずっと不思議だった。何に対しての否定形なのか。

 最近になって気づきました。この否定形は、寛容だった過去に対してです。かつてなら許せたけれど今は許せないとの意識の表れです。このセキュリティ強化の意識のひとつの帰着点が、死刑判決と執行の増加です。(pp.144-145)
 
Comment
 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
Trackback
 
 
http://we23randoku.blog.fc2.com/tb.php/1155-e00b410d
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ