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罪と罰(本村洋、宮崎哲弥、藤井誠二)

次号『We』に、Weフォーラムの分科会で話していただいた原田正治さんのお話を掲載するにあたり、ここしばらくずっとまとめ作業をしながら、原田さんの本『弟を殺した彼と、僕。』を読み、原田さんがお話の中で少しふれられた光市事件の被害者遺族・本村さんの本も読んでみようと借りてきていた。

罪と罰罪と罰
(2009/04/16)
本村洋、宮崎哲弥、藤井誠二

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これと、本村さんのことを書いた『なぜ君は絶望と闘えたのか』を借りてきて、さらに東京事務所からこれも読んでと送られてきた『死刑でいいです』と、3冊のうち、まず昨日はこの『罪と罰』を読み、今日は『死刑でいいです』を読んだ。
この本は、二度にわけておこなわれた鼎談をまとめたものだという。鼎談のひとつめは、光市事件の加害者が死刑判決を受ける前、もういちどは、死刑判決からしばらく時間をおいてからおこなわれた。

本村さんが妻と娘を殺されたのは10年前。あ、母が死んだおなじ4月だったのか、と思う。
最後の章で、本村さんがこの10年間という時間のことを話している。

▼本村―
 …個人的な感情はやはり薄れてきているのかもしれない。

 十年という時は長いです。いろんな記憶が薄れていきます。例えば、妻や娘の声を今聞いて、的確に言い当てられるかと言えば、自信がないです。いろんな思い出も、自分では覚えてるつもりでも間違っていたり、劣化していったり、思い出が徐々に減ってきているのは事実だと思います。…

 …十年という時間の中で、いろんな感情が少しずつ流れていったり、考え方が変わってきたりしてることは事実です。事件当時、僕は二度と家庭を持つことはないだろうと思って生きていました。でも十年が経って、もう一度家庭を持ちたいと思いますし、自分の子をもうけて、自分の考えや思いを伝えたいと思い始めました。

 少しずついろんな思いとか考えが変わってきたということもありますし、自分自身も一つの事件だけに固執するのではなくて、いろんな方と出会ったり、話をすることで、視野が少しずつ広くなっていったと思います。ですから、世間から感情が薄れているというふうに詮索されても仕方がないのかなと。(pp.217-218)

この、10年という時間の中で、今はいない家族のことを忘れていってしまう自分を最初はゆるせなかった、自責の念にかられたと本村さんは語っている。

時間によって忘れていくというのは確かにある。

10 年前に死んだ母のこと、15年前に死んだ祖母のこと、あるいは5年前に死んだ恩師のことでは、なつかしく思い出す場面、ふとしたときに(ああ、こんなことがあったなあ)とか(こんな話をしたなあ)と思い出すことはあるけれど、同じくらい(あのとき、なんて言ってたっけ)と思いだせないこともあるし、自分の記憶も、それはあとから例えば残ってる手紙や文章を読んでそう思い込んでるだけじゃないのかと思うこともある。

そして、時間が、なまなましかった感情や強く激しい感情をやわらげもする。原田さんの本にもあったが、「人の感情は、変化する」のはそうだと思う。

もうひとつ、この鼎談を読んで印象にのこったのは、犯罪に巻き込まれてしまった人への対応は、どうしていいかなかなかわからないだろうということ。

▼本村―  …会社や僕の周辺の方は、僕への対応にとても苦労されたと思います。と言うのも、昨日まで会社の隣の席にいた男の家族が突然殺されて、その男が出社してきた。そのときにどうしたらいいのか、どんな言葉をかけたらいいのかというのは難しいですよね。本当に困ってたと思うし、すごく気を遣ってもらっていたのがわかりました。僕も申し訳ないなと思っていました。そうした犯罪に巻き込まれた方々にどう接するかというのは、なかなかマニュアル化できない難しいことだと思います。

 ただ大事なのは、事件のことで変に構えたり、距離をとったりしないことです。僕自身の経験で言えば、ある先輩が僕のところに来てくれて、「事件のことは知ってる。でもそのことについては何もわからないから、君に言うことは何もない。ただ、君と僕は会社で仕事をしてるんだから、君にはいつも通り接するし、仕事もお願いする」と。そう言って仕事の書類を預けてくれたのが嬉しかったです。

 僕はそれからも同じ職場で仕事をして、ちゃんと自分で生計を立てられてますので、そう思えば、あの先輩の言葉はとてもありがたいものでした。(pp.69-70)

本村さんがこういう対応が嬉しかったといって、じゃあ突然家族を殺された人にはこうするとマニュアル化できるわけじゃない。時代のせいもあるかもしれないけれど、原田さんの場合は、弟さんの死を知りたいと裁判にすべて通い続けるあいだに、会社でうまくやっていけなくなり、最終的には会社を辞めている。

この鼎談では、罪と罰について、死刑とは何なのか、メディアはどうだったのか、ということについても語っている。

死刑存続は、遺族の応報感情によるのか?
死刑は犯罪抑止に効果があるのか?
冤罪の危険性があるから死刑は廃止すべきなのか?

3人は、決して「同じ考え」の持ち主ではなく、ときには全く正反対の考えをもっていたりする。その3人が共有しているのは「社会をよりよくしたい」「この世から犯罪をなくしたい」との思いだという。

この事件は、メディアが被害者像や加害者像をつくりあげてしまった最たる例だと、原田さんは話していた。私はとくにテレビの報道はほとんど見ていないが、この本を読んでみて、あまり見ていないなりに思い出したこともあった。死刑のことも、私自身がほとんど知らないと思った。

罪と罰はどうあればいいのか、「死をもって償う」ことは可能なのか、原田さんのお話も思い返しながら、いろいろと考える。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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