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母からの贈りもの(松崎運之助)

東京・横浜の6日間のあいだ、5泊させてもらったフェミックス同僚の中村さんちで松崎運之助(みちのすけ)さんの『母からの贈りもの』を読む。

母からの贈りもの母からの贈りもの
(1999/11)
松崎 運之助

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表紙の絵は、松崎さんの母・ヤエさんのかいた色鉛筆画。本文にもいくつかヤエさんの絵が挿入されている。
満州からの引き揚げの途中で、ヤエさんは子どもをなくす。運之助さんの兄である。運之助さんのあとにうまれた弟2人もなくしている。

誕生日は、自分を命がけで生んでくれた母に感謝する日、そして、親の話を聞く日だと思っていた運之助さん。「おまえの命のうしろには、無念な思いで死んでいったたくさんの命がつながっとるとよ」と、生きていることがどれだけ大変なことか、どれだけ大切なことか、ヤエさんは毎年くりかえし話して聞かせたという。

ヤエさんの話を読みながら、私は母の涙を思い出す。私が小学生だった頃、中国残留日本人孤児たちの肉親を探す訪日調査のもようをテレビで見ながら、母が涙を流していたことがある。子どもの頃の写真と、親とわかれた当時のエピソードがテレビに次々とうつる。
「お母さん、なんで泣くのん?」と訊いたら、「だって、かわいそうやんか」と母は泣きながら言うのだった。

残留孤児となった人たちは、母と同じくらいの年頃の人が少なくなかった。あれは自分だったかもしれないと母は重ねていたのだろうと思う。


中村さんは、この夏、長崎で「松崎さんの母を追いかける旅」をしてきた。「これが、喫茶店ウミノのマッチ」と見せてもらう。

一昨年の『We』148号に、松崎さんのインタビュー「路地裏の豊かさ」が載っている。

松崎 …誕生日になるとおふくろの前に座らされてね。生まれたときの話をするわけ。満州のどこでどんなふうに生まれて、そのころどれだけの人が死んでいったか。一緒にいた何々ちゃんも死んだ、何々さんも途中で死んだ。その人たちのお余りをもろうて、命をつないできたと。ここまで、かあちゃん一人じゃ育てきらんよ。みんなに助けてもらって、励ましてもらって大きくなったことを忘れちゃいかん。あんたが大きくなったら、そういう人に対して、社会に対して、必ず返していかんとあかんよ、と。…(p.7)

この号の特集タイトル「今いるところでどれだけ自分を生きられるか」は、松崎さんの言葉からとられている。

松崎 …大事なのは、自分が今いるところでどれだけ自分を生きられるか、というそれだけの問題でしかないんじゃないかなぁと。(p.21)

この松崎さんのインタビューのあとに、松崎さんが個人で出している「路地裏通信」に載った、カフェ・バッハの田口文子さんのお話が転載されている。

カフェ・バッハは、「山谷の労働者に、日本一のコーヒーを飲ませたい!」と、自家焙煎のコーヒーにこだわり、続けてこられた店である。

そのカフェ・バッハへ、日曜の会議がすんだあとで中村さんたちと久しぶりに伺った。ものすごい雨の中だったが、店内はいつもとかわらず穏やかで、店に出てこられた田口さんともお話ができた。

バッハで修業した方が大阪でなさっている喫茶店や、バッハの豆を使っているお店のことを教えていただいたので、そのうちそちらの店も訪ねてみたい。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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