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トリエステ精神保健サービスガイド 精神病院のない社会へ向かって(トリエステ精神保健局)

これも、「なんか、フランコ・バザーリアのことを書いた本ありますか」と図書館で訊いたら、『自由こそ治療だ』に続いて出てきた本である。

トリエステ精神保健サービスガイド―精神病院のない社会へ向かってトリエステ精神保健サービスガイド
精神病院のない社会へ向かって

(2006/04)
トリエステ精神保健局
小山昭夫訳
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イタリアはトリエステの精神保健サービスガイドを訳したもので、たぶん日本でもたいていの役所で配られる「くらしのガイド」的なものだろうと思う。訳者によると、2年ごとに改訂があるそうで、これは2004年版のガイド(LA GUIDA AI SERVIZI di Salute Mentale)の全訳である。
精神保健にかんして、どんな法律があり、それはどのような歴史のもと今のようになったのか、どういうサービスがあり、どうやったら使えるか、それぞれの精神保健センターや各種のプログラム、ボランティア団体、当事者団体などの特色や内容、そして連絡先がわかりやすくまとめられている。

巻頭の「精神保健と関連法」、ならびに巻末の「トリエステ:変遷の歴史」のなかに、バザーリアの話も出てくる。例えば、バザーリアの1979年の「ブラジル講演」の内容が、数カ所で引用されている。

▼「…大切なのは、私たちは不可能が可能になることを証明したことです。10年前、15年前、20年前、精神病院を破壊することなど不可能でした。ひょっとしたら精神病院は再び閉鎖的に、これまで以上に閉鎖的になるかもしれないし、それは私には分かりません。だが、いずれにしても私たちは狂気に取りつかれた人びとを別の形でケアできることを証明したのであり、この証明は本質的なものでした。私は、ある行為が広く行なわれるようになったとしても、それで勝利したことにはならない、と考えています。大切なのは別のことです。すなわち、いまや人は自分に何ができるかを知ったということです。これまでも私は繰り返し言ってきました、弱くて、少数派の私たちが勝利を収めることはできない、と。勝利を収めるのはいつだって権力なのだから。私たちにできるのは、せいぜい説得することくらいです。しかし私たちが説得できれば、それは私たちの勝利となるのです。そうです、状況は変化してきています。もう元には戻りません」。(p.101)

▼「…狂人は危険だから、精神病院に閉じこめておくべきだというイデオロギーが優勢を占めていました。それゆえ、そのようなことはないのだと説得することから、仕事は始まったのです。来る日も来る日も、私たちは監禁された人びととの関係が変れば、関係の意味も変ることを証明しようと努めました。看護師は、自分の仕事がこれまでと違うものにもなるかもしれない、転換の担い手になれるかもしれないことを納得するようになりました。他方、市民を納得させるには、患者を市中に、社会生活に戻してみることが何よりも必要でした。そうすることで敢えて町の人びとの私たちに対する反感をあおるようにしました。現実の事態の変化をはっきりと見せることで、一時的にせよ、緊張状態を生み出す必要があったからです。時を経るにつれて、街の人びとは何が起きているのか理解するようになりました。この新しい現実を見せることによって、看護師の訓練に重要なことはかれらが医師に依存する者ではなく、自分で決定を下せる職員になることであります」。(pp.104-105)

バザーリアは1971年にトリエステ精神病院の経営を引き受け、その10年前にゴリーツィア市で開発した治療的共同社会のモデルをもとに、トリエステでの精神病院を克服していく道を進もうとした。

その、ゴリーツィア市でたどった道は、「これまで病院が担ってきた多様な機能―治療、宿泊、保護、看護―に代えて、地域サービス網を構築することによって旧組織を克服し、転換するという道」(p.103)である。この道がどれほど困難なものであるかが、直後に記される。

▼それは非常に困難な挑戦である。第2次世界大戦後、フランスやイギリスでも数多くの改革実験が行なわれたが、治療の軸を病院から地域へ移すことに成功した例はどこにもないからである。改革プロセスのヒントになる確かな知識も体験もなかった。障害者は危険だという判断に立って作られた法律は、地域や地域社会が精神医学に基づいた治療活動のスタートや開放を許可するには、まったく不十分なものであった。(p.103)

1964年、バザーリアは、精神病院がどんな場になっているのか、それを破壊していくために「緊急を要すること」として、こんなことを書いているという。

▼「…本来精神病院は患者の攻撃性をなくし、治療するために誕生した場、その実逆に患者の個性を完全になくすために作られた場、全体が没個性化した空間を設定するような場になってしまう。精神病のそもそもの原因が個性や自由の喪失であるならば、病気と決めつけられ、度重なる監禁の対象となった患者にとって、精神病院は決定的に患者自身の自己を見失う場となってしまうだろう。いかなる計画もなく、未来は失われ、いささかの意欲もなく常に他人に左右され、1日がもっぱら組織が決める時間に細く設定され、組み立てられていては、個々の人間や各人の特殊な事情を配慮することなど到底出来ることではない。…」(p.103)


訳者は、このガイドブックを訳すために、「現地に行って施設を見聞し、そこで働いている人びとの作業行程を検証し、日本の現状とどういうずれがあるのか、日本語でどう説明したらよいのか、現実に即して解説しよう」(p.133)と、数度にわたってトリエステを訪問している。

「解説」の中では、トリエステで見た患者と患者をとりまく市民の交流の場面がいくつか紹介されている。訳者が、写真を撮っていいものかどうか訊ねたときの話。

▼…私は患者さんの写真をとる是非をノルチオ先生に尋ねた。即座に「問題ありません」という答えが返ってきて拍子抜けした。「撮るよ!と声をかけてやって下さい」とつけ加えられた。個人情報ナントカ法はどうなっているのか!日本では患者さんの顔を撮るのは最大のタブーなのにと思った。(p.136)

そして患者さんの目に「黒い線」など入っていない写真が数枚。こないだもらって読んだ、児童館のおたよりについての『広報スパイス・ブック』の話を思い出す。

毎月のおたよりで、行事報告に載せる写真を大切にしているという児童館の話。
▼たとえ字が読めない子でもこの写真は楽しみにしています。今、個人情報保護問題が言われていますが、それでも私たちの館は「人」を載せることを大事にしています。これまでに「載せて、載せて」とか「もっと大きく載せて~~」とかいう声はたくさん届いていますが、「載せないで」というのは一度もありませんね。もちろん、写真を撮る際に、事前確認をしています。(p.13)

「個人を大切にする」「個人情報を大切にする」というのは、写真を載せないことだったり目に黒線を入れることだったりするのだろうか、と考える。それこそケース・バイ・ケースだと思うけれど、どんな関係がそこにあるか、が大切なんやろうなあと思う。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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