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誰もが幸せになる1日3時間しか働かない国(シルヴァーノ・アゴスティ)

昨日、図書館で予約本が3冊届いているところ、とりあえず1冊返して1冊借りて、閉館まで館内をぶらぶらしていると、この本が目に入る。

誰もが幸せになる 1日3時間しか働かない国誰もが幸せになる
1日3時間しか働かない国

(2008/06/26)
シルヴァーノ・アゴスティ
野村雅夫訳

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こないだ土日で終わった今年のWeフォーラムのテーマは「みんなで幸せになる方法」だった。「誰もが幸せになる」に、つい目がいくワケですわ。「1日3時間しか働かない」にも釘付けですわ。
その場でぴらぴらーっと立ち読み。
ぬぬぬ、なんかコレ、おもろいかも。
3歩あるいて、椅子を確保。もう少し座り読み。

むむむむ、コレちょっと読みたいッスよ、しかも木金と月末休館やし、今日ちょっとコレを置いて帰るには後ろ髪ひかれすぎ。

…借りて帰るか!ということで、ついさっき予約待ちして借りた本(なにがきっかけで予約したのかは忘れたけど、だいぶ前に頼んだ本)を、ぱらぱらぱらーとめくってみる。今晩どっち読みたい?明日どっち読みたい?土曜にあとまわしにできる本はどっちや?

ということで、だいぶ予約待ちしていた本ではあるが、そっちを返却し、『1日3時間しか働かない国』を借りて帰る。


ちょろっと読んでみて、なんとなく『パパラギ』を思い出した。『パパラギ』はたしか、文明社会の白人(=パパラギ)は、こんな暮らしをしていて、こんなことに執着していて、なんかヘンやで、という話を酋長がする、という物語だった気がするが、この『キルギシアからの手紙』(原著のタイトル)は、『パパラギ』がおちょくってみせた"文明社会"を、酋長とは反対の側から、つまり"未開"という側からではなくて、"未来"(桃源郷?)の側から、やはり照らしてみせたもののように思える。

乗ったヒコーキの技術的なトラブルで、たまたま「キルギシア」という国の首都に数日の足止めをくった「僕」は、この「キルギシア」とよばれる新しい社会、すばらしい社会に心を動かされて、「親愛なるみんな」へ手紙を書く。「キルギシア」は、アジアの真ん中に人知れずある小さな国。

その手紙のなかで、「キルギシア」がどんな制度をもち、どんな暮らし方をしている国なのかがしだいに明らかになる。「僕」は、ときに街の人たちに話しかけ、ときにキルギシアの「案内人」と語らう。その内容が手紙に記される。

▼このキルギシアという国では、どんな職場であっても、公共であれ民間であれ、一日に三時間以上働く人はいない。…残りの二一時間は、眠ったり食事を楽しんだり、創作活動をしたり、愛し合ったり、人生を楽しんだり、自分だけの時間を過ごしたり、子どもや仲間たちと交流して過ごすんだ。
 このようにして、生産力は三倍になった。充実している人っていうのは、嫌々やっている人がやっと一週間かけてできる以上のことを、たった一日でできてしまうからだろうね。…
 そうなると、僕らの社会の休暇の概念が、仕事についての考え方と同じように、ひどいものだってことがわかってくる。…休暇の時期になると、何百万もの人々が楽しむことを強制される。そして残りの時期は息つく間もなく働いたり、うまく仕事にありつけないかと夢見たり、毎日の義務的な労働からくる心身のトラブルを解決することに費やしてしまうんだ。
 一日八時間労働のメカニズムは、社会的な緊張や神経症や鬱や体の不調を生み出している。…(pp.11-12)

子どもたちは、勉強するんじゃなく、「学ぶ」。
▼勉強を通して得た知識というのは切り花に似ている。記憶という名の花瓶に入れられたその花は、いくら水を入れ替えても遅かれ早かれしおれてしまう。
 一方で、学んで覚えたことというのは、知りたいという強い気持ちが先にあるわけだから、いってみれば土にまかれた種に似ている。少しずつ成長して、やがては実を結ぶ。生い茂っては、また新しい種が芽生える。
 だから、学ぶということがかけがえのない楽しみであるのに対して、勉強というのはしばしばストレスや不安や病気の元になってしまう。(p.23)

かつては社会の歪みのせいで、みな感情にふりまわされていた。その歪みは、優しさと性欲と愛がばらばらになってしまうことに原因があるらしかった。
▼…愛情をつかさどる三つの構成要素…優しさと性欲と愛。性欲や愛のない優しさは偽善を生む。優しさや愛のない性欲はポルノを生む。性欲や優しさのない愛は神秘主義を生む。ほんの数年前までは、僕たちのところ[キルギシア]でもそういう病が社会を蝕んでいました。(p.48)

キルギシアでは、総理大臣も他の人たちと同じように1日3時間しか働かない。それで国が回るのかという「僕」の問いに「案内人」はこう答える。
▼私たちの原動力となる考え方は、どのレベルにおいても自分たちでやるということなんです。実際のところ、住民の一人ひとりが自分の運命の「作り手」であって、そういった人たちが互いに親密に結びついているんです。(p.62)

キルギシアの名誉市民になっているフランコ・バザーリアのことば。
▼「白衣なんか着るもんじゃないよ。医者であることは、制服ではなく行動で示すべきなんだから」(p.66)

キルギシアの憲法は一条しかない。すごく短いので、みんな覚えてしまっている。だから成文化されていない。それは
▼「何を発起するにあたっても、国家および国民の関心は、すべからく人間らしくあることに向かうべきである」(p.69)

▼…僕はみんなの中にものを生み出す力があるんだってことに気づいたんですよ。ちょっとやそっとじゃ消えない激しい力です。この力を今まで見過ごしていたのは、みんな、何かにつけてやらなきゃいけないことに追われてたからなんですよ。来る日も来る日も自分のための時間なんてわずかしかなくて、そのせいで大勢の人が鬱病やときには絶望感に苛まれていたんですから。…
 …働いて働いて、ただ働いてなけりゃならない。僕たちはそう信じ込まされていたんですよね。
 そして僕らは自らのはかりしれない価値さえも忘れてしまっていたわけなんです。僕たちは、わずかばかりの金のために、がめつい雇用主に自分を安売りしていました。しかも、そこまでして得るものは将来に対する不安と過去の傷跡としての徒労感だったんですよ。
 生きるためにどうしても必要な時間を僕たちから奪い去ってしまう仕事。僕たちはそんなものをありがたいとすら思い、自分自身をどこか遠くへ置き忘れていたんですね。(pp.82-83)

▼はじめて出会う人というのは運命の贈り物であって、それによって僕たちは自分の知らない一面を知ることができるんです。《すべての出会いは神秘を運んでくれる》なんてキルギシアの詩人が書いてるくらいですから。(p.94)

▼……あそんでいるときって、
    夢をむねいっぱいすいこんでるかんじです……
       キルギシアの男の子 (pp.122-123)


ツッコミを入れようと思えば、入れられる。夢物語かおとぎ話かと言う人もあるだろう。それでも、この本の扉にある、この言葉も胸にひびく。

……想像してみればいいんだ、その島を
              それだけでその島は
         本当に存在し始めるんだから
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第67回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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