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貧民の帝都(塩見鮮一郎)

しばらく前から、図書館以外に、近所の「人権まちづくりセンター」でもたまに本を借りている。本がナツカシイくらい古いのばっかりで、ホコリかぶってて、借りにいくたびに「研究か何かですか?」と訊かれる。「いえ、単に読むのが好きなんで」。

貧民の帝都 (文春新書)貧民の帝都
(2008/09)
塩見 鮮一郎

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こないだ借りてきた本。ほんのちょっと新しい本があるのだ。
明治5年、1872年の10月15日に、「東京養育院」ができる。ロシアの皇太子がやってくるというので、こじきを収容したものだという。この時点での養育院は、慈善でも福祉でもなく、ただ、ヨソの国からの客人から隠すため、人目にふれない場所にほうりこんだものだという。

その後、「首都の窮民や病者、障害者や孤児や老人の救済をこころみ、1997年(平成9年)に125年の幕をおろした」(p.3)という施設である。

この本は、東京養育院にずっと関心を寄せていた著者が、『養育院史』や先人の研究を参考にしながら、養育院と、スラムの都であった維新後の東京、それが現代に至るまでを描いたものである。

養育院ができた明治5年、3月には「市中風俗取締」というのもあった。この取締で「大道芸人は打撃をうけ、見世物小屋は封鎖された。6月には香具師[やし]もこれまでどおりの商いができなくなる」(p.63)事態だった。

明治5年は「人身売買禁止令」も出ており、このなかの一条で「娼妓の解放」もうたわれたが、「借金をチャラにされた遊女の大群が吉原から押し出されて盛り場をさまようことになった」(p,64)。

そして、ロシア皇太子が来たあと、10月26日には「乞食廃止令」が東京府知事の名で公布される。
著者の塩見鮮一郎は、このことを「歴史研究者のだれもがそのことを記述する意思をもたなかったのが不満」(p.68)として、その内容を引用している。
塩見によれば、「乞食廃止令」の大意はこういうことである。

▼「これまで乞食に米やゼニをあたえていたのは、その場のがれの行為でしかなく、結果、いっときの飢餓感をのぞくにすぎず、かえって相手を怠惰にしたので、もう、米やゼニをあたえてはならない。もっともこじきを17日までに処分したので、今後は徘徊することはないはずだが、よそから潜入してくる者がいるだろう。かれらを自家のひさしの下に寝させてはならない。見つけしだいに警察に知らせてつかませさせること。米やゼニをほどこした者には二銭の罰金をもうしつける。ただし、寄る辺のない病者、障害者は会議所において救助する。もし愛隣の気持ちから寄付をしたい者がいるなら、多寡の区別なく同所へさしだすのは自由である」
 江戸時代にあった仏教的な「ほどこしの文化」は完全に否定され、あまやかすとだめになるから、こまっていても助けるな、軒下で雨宿りさせてもならない。「働かざる者食うべからず」という今日につづくイデオロギーが、府知事の言葉として社会的に認知される。そういう意味でもこれは重要な文書なのだ。但し書きになってやっと、「愛隣の志」についてふれているが、同情する者は勝手に会議所にカンパしてよいというだけで、府知事当人はわれ関せずで平然としている。(p,69)

「働かざる者食うべからず」という今日につづくイデオロギーが、府知事の言葉として社会的に認知される。

養育院はその後、さまようことになる。あちらへ移転し、こちらへ移りする間にも、困窮者は増える。運営のための寄付もつのったが、そうそうまかなえるわけではなく、明治11年に東京府議会ができ、12年に東京府直営となり、運営費を地方税から支出するようになってからが、危機であった。

税負担軽減のための予算の絞り込みがおこなわれたからである。
東京府議会の議員は、節税を至上の課題として、養育院を目の敵にしたという。当時のはやりは「自由放任主義」つまりは公が貧民救済に乗り出したところで救えるのはわずかなのだから、社会の"自律"にまかせるがよい、というのである。どことなく今と似ている。というより、今の時代の根がここにあるのだろう。

議会では、議長や議員が「慈善事業は自然に懶怠の民を作る様になるから、寧ろ害あって益無きものである」(p.102)と主張したという。

できてから10年、明治の15年、ついに東京府議会は養育院廃止を決議した。「そこに保護されてしか生きて行けない病者や老者や幼い孤児がいるにもかかわらず、明治17年には予算を減額し、18年からは支給をやめた。」(pp.102-103) まるでどこかの地方公共団体の話のようである。

これに対して論を張ったのは渋沢栄一である。あのスゴイ財界人である。
明治7年から養育院の事務にたずさわるようになった渋沢は、その後57年にわたり、養育院の仕事を死ぬまで続けた。渋沢が昭和6年に没してのち、戦時下また戦後の紆余をへて、養育院は平成の時代まで続き、廃止となった。

この本は、養育院にずっと関心を寄せてきた著者が、『養育院史』や先人の研究を参考にまとめたものである。養育院への「収容」は、日常世界からの排除になるのか、それとも救済を意味するのかと「あとがき」に書かれている。

この本を読んで「福祉は怠惰をうむ」といった今も世間をのしている主張は、ずっと深く根があるのだと思った。
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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