読んだり、書いたり、編んだり 

3月に読みおわった本

3月に、てっぺんから最後まで読んだ本(と、見た映画)のリスト。月初の日曜に「ブックマーク」83号を発送し、確定申告をなんとかすませたあと、予定していたスケジュールがちょっと変わって、時間が空いたので、今月は劇場へ3度運んで映画をみた。友だちが貸してくれたDVDもみた。

本を読んだらときどき発生する「なぞ」や「気になること」を追って、今月は近所の図書館のレファレンスにいつも以上にお世話になった。宮武外骨の本の書誌が気になって、和紙和装の『筆禍史』初版をヨソから取り寄せて見せてもらったのがひとつ。復刻版はあっても、現物があるなら見てみるものだなあと実感。梅にウグイスが群がっている…と思ったのはどうもメジロで、図書館にあった鳥の図鑑で「ウグイス」と「メジロ」を次々に引いてみると、ウグイスを「ウグイス科」とするものと「ヒタキ科」とするものとが混在していて、何か論争でもあるのか?あるいは科の分類が変わったのか?と資料をあたってもらったのがひとつ。このときは、私があれこれメモしているノートを「それはわくわくノートですか」と尋ねられた。

2月からまずひと月のんだ鉄剤のおかげで、貧血はだいぶ改善し、安定するまでもう少しとのことで、もうひと月続けてのんでいる。

気温の変動が大きくなってきて、雪が降るほど寒い日もあったのに、月末の今日は暑いくらいだった。近所の桜もどんどん開いて、満開も近い。

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サザエさんの東京物語(長谷川洋子)

サザエさんの東京物語サザエさんの東京物語
(2015/03/10)
長谷川洋子

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季刊誌『考える人』の、この冬号の「家族ってなんだ?」特集や、その後ミシマ社のサイトで読んだ編集長インタビュー※がおもしろかったので、以来「考える人」メールマガジンに登録。

メルマガは週に1度で、こないだは『サザエさんの東京物語』が紹介されていて、おもしろそう!読みたい!と思ったら、文庫になったばかりのようで、午後になって本屋へ行って買う。そして、日が暮れるまでに読んでしまった。

これは、サザエさんやらいじわるばあさんを描いた長谷川町子の実妹・長谷川洋子さんが"姉の素顔"、家族の中での町子のことを書いた本。著者は文庫版あとがきで、「私の見た町子像も、妹という限られた立場から見た町子の一面にすぎないこと」(p.222)をことわっている。

長谷川町子は極端な人見知りで知られたというが、それは一家で上京したあとのカルチャーショックがあまりに大きかったのかもしれない。うまれ故郷・福岡での小学校時代、町子の「悪童」ぶりがスゴすぎて、読みながらあちこちで笑ってしまう。帰ってきた同居人に読んで聞かせても笑っていた。

おもしろくて、そして3姉妹の「末妹」が書いたところに、3姉妹の「姉」の私はあれこれと妹のココロを想像し、姉たちの胸のうちを想像しながら、寝るまでにもう1周読む。

アメリカ様(宮武外骨)

アメリカ様アメリカ様
(2014/02/06)
宮武外骨

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『宮武外骨伝』を読んでいるとちゅう、出かけるときにカバーをかけて持って出たつもりが、リュックの中に本がなく、読むものがナイナイナイと、途中の本屋で在庫のあった外骨の『アメリカ様』を購入。うしろには、増補改訂版の『筆禍史』が(主に明治の部分のみ)抄録されている。

「アメリカ様」は、言論の不自由な時代を長らく過ごした外骨が、"勝ってくださったアメリカ様"がもたらした初めての言論の自由のなかで綴ったものである。本が出たのは1946年5月3日、この日は東京裁判の開廷日だったという。

序には"アメリカ様"のおかげについて、こんなふうに書かれている。
▼…今日の結果から云えば、この敗戦が我日本国の大なる幸福であり我々国民の大なる仕合せであった。もしも(万一にも)こちらが勝ったのであるならば、軍閥は大々的に威張り、官僚や財閥までも共に威張り、封建的思想の残存で、ますます我々国民を迫害し、驕傲の振舞、憎々しい態度、肩で風切り、反身になって、サアベルをがちゃつかせるに相違ない。その上、重税を課し、兵役を増し、軍備を倍加し、以て八紘一宇とやらの野心をつッぱり、侵略主義の領土拡大を策するなどで、我々国民はどんなに苦しめられるか知れない。これを思えば敗戦の結果、総聯合軍のポツダム会議で決定された我日本を民主化の平和国とするべき意図の実行で、代表的のアメリカ様が御出張、マックァーサー元帥の指導命令で日本の官僚、軍閥、財閥をたたき付けて下さる壮絶の快挙、これに加え、我国開闢以来、初めて言論の自由、何という仕合せ、何という幸福であろう。… (pp.14-15)

イスラームの世界観―「移動文化」を考える(片倉もとこ)

イスラームの世界観―「移動文化」を考えるイスラームの世界観
―「移動文化」を考える

(2008/02/15)
片倉もとこ

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『コーランを知っていますか』を読んだら、あれ、あれ、あの本を読みなおしたいと、本棚から出してきて読む。この本は、図書館で借りて文庫を読み、文庫の底本となった同時代ライブラリー版を読み、さらに元の単行本も読んでいる(バージョンが変わるにつれて多少の手入れがなされ、骨格は同じだが、衣が身に馴染んだ感じ)。

それから6年前に文庫を買い、ときどき読みたくなって、出してきて読む。私のメモによると2011年にも読んでるし、2013年にも読んでいる。

p.201の写真には、"「生きること」は「うごくこと」.人生の大半を移動して過ごす人たち"というキャプションがついている。そういう生き方のなかからイスラームはうまれてきたといえる。

なんど読んでも、この本のテーマである移動、動くという生き方に心ひかれる。「うごき」を重んじるイスラームの世界観にふれると、自分が開かれていく感じ。移動は、いく先々で、いろんな人たちとの出会いにつながる。

著者のいう"非構造的共生"の社会がもつ寛容さの一方で、「それなりに安定した平穏な世界が、民族紛争の絶えない世界へと変化していったのは、近代西欧がこの地域にはいってきてからである」(p.158)と著者は記す。すなわち「言語が政治的意味をもつようになり、公用語が設定され、一民族一国家の理念が浸透していったのであった」(p.158)と。

国民国家誕生のきっかけは"自由、平等、博愛"を叫んだフランス革命であったと著者が書いているところが、今回読んで、ぐわーんと響いた箇所。

貝のうた(沢村貞子)

sawamura_kai.jpg貝のうた
(1983/03)
沢村貞子

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おていちゃんの弟・加東大介の『南の島に雪が降る』には、おていちゃんの「後記」がついていて、この弟の本を読んだら、姉ちゃんの本もまた読みたくなって、本棚から古いのを出してきて読む。ずっと前から持ってて、何度か読んでる本で、この前に読んだのは2009年の暮れのこと。

私の記憶にしかと残っていなかっただけで、おていちゃんは、もちろん弟のことも、弟の出征のことも書いていた。母は陰膳をそなえ、妻である義妹ともども「生きて帰るという望み」を捨てずに待っていた。

8月15日、「終わったのよ、終わったのよ、私の旦那さまが帰ってくるのよ」(p.245)と言う義妹とおていちゃんは、手を握って家の中をぐるぐる踊りまわったそうである。

戦争中、弟はニューギニアで芝居をしていた。姉は、兄(沢村国太郎)の劇団に加わって旅から旅へと芝居を続け、ゆく先ざきで皇軍慰問をしていた。そのときに、口に出して言えなかった思いを、おていちゃんは書いている。

ヒトラーのウィーン(中島義道)

ヒトラーのウィーンヒトラーのウィーン
(2015/01/07)
中島義道

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もらった伝記マンガ『劇画ヒットラー』を読んだあと、遠出のお供になにか文庫本を…と本屋をうろうろして、この『ヒトラーのウィーン』を購入。水木しげるが追求した「アドルフ・ヒットラーとはいったいどんな人間だったのだろうか」に通じるものを感じる(この文庫のp.29に掲げられている「青年期のヒトラーを友人が描いた絵」は、水木しげるが描いたヒトラーの顔によく似ている)。

この本の中心はヒトラーが10代の終わりから20代前半の5年ほどを過ごしたウィーンでの話だが、著者自身が30代にしてウィーンで学んだ日々のことも入り混じって書かれている。著者の中島義道は1979年、33歳でウィーンに降り立った。

▼東京大学人文科学研究科の大学院で哲学の博士課程に進むことを拒否され予備校教師に納まったものの、まったく適性はなく、それも見限ってウィーン大学に(私費)留学するために、まさに清水の舞台から飛び降りる覚悟で誰ひとり知る人のいないウィーンに飛んだのである。(p.32)

こうした「私自身ウィーンで生活を一からやり直したという思い」(p.32)があって、著者はウィーン時代のヒトラーに特別の関心を寄せる。

コーランを知っていますか(阿刀田 高)

コーランを知っていますかコーランを知っていますか
(2003/08/28)
阿刀田 高

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最近は、なにか事件や事故があると「テロか?」「イスラムか?」みたいな反応が少なからずあり、そのたびにバランスをとるかのように「本来のイスラムの教えでは…」という記事も出たりする。

ここでイスラムの教えのことをもうちょっと知りたいと思い、図書館にあった本のなかから、阿刀田高の『コーランを知っていますか』を読んでみた。「イスラムへの理解は21世紀の大きな課題」(p.284)という立場で書かれたエッセイである。

こういうタイトルの本を、むかし母の本棚で見たような…と思ったら、阿刀田高は『~を知っていますか』シリーズとして、旧約聖書、新約聖書、ギリシア神話、イソップ物語、源氏物語…などを書いているらしい。出版年からすると、母の本棚にあったのは、聖書かギリシア神話であろう。

さて、「コーランには私たちの常識では割り切れない部分がある」(p.7)と話を始めた著者は、まずはユダヤ教、キリスト教とイスラム教の関係を語る。いまでは「ムハンマド」と書かれるが、この本では「マホメット」。私が習った教科書や資料集も「マホメット」だった気がする。この響きがなつかしい。

▼ユダヤ教もキリスト用も同じ唯一神を仰ぎ、これまでにも神の言葉を伝える聖典〔ユダヤ教の聖典や旧・新約聖書〕がくだされ、数多くの預言者〔モーセやイエスなど〕がこの世に送られて来たが、人々の胸にまだ充分に神の教えが届いたとは言えない。いよいよ最後にマホメットが現われ、もっとも充実した教典であるコーランがつかわされた、と、これがイスラム教側の見方である。(p.16)

阿刀田流にいえば「アラーはすべてをお見通し」。もともとは同じ神様の教えであって、だからコーランの話には、当然、聖書と似たところもある。

南の島に雪が降る(加東大介)

南の島に雪が降る南の島に雪が降る
(2015/03/10)
加東大介

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最初に本屋で見かけたときに、(締切の原稿がすんでから…)と思って、ちらっと見て棚に戻した本を、やはり読みたくて(原稿をすませて)翌日さっそく購入。

前日にパラパラと見たとき、巻末に沢村貞子の文章があって、なんで沢村貞子?と思っていたら、この『南の島に雪が降る』を書いた加東大介(出征時の芸名は市川莚司)は、おていちゃんの弟なのだった。前進座の役者として大阪での公演中に赤紙がきて、加東は西部ニューギニアのマノクワリへやられる。

昭和18年、当時すでに「ガダルカナルや東部ニューギニアは、敵の猛反攻に押しまくられて、日本はピンチに陥っている、と聞かされていた。」(p.21)

生きて帰れないんじゃないかというジャングルで、兵隊たちの滅入るいっぽうの士気を"鼓舞"するため、またイラだった気持ちをやわらげ仲良くに暮らしていけるようにしたいとの上官の命により、演芸分隊がつくられた。

ばたばたと戦友が死んでいくなか、自分たちも"必死"で芝居をした当時を、思い出して書いたものだという。非常時のなかで芝居をやる人、それを見る人たちのことが思われ… 買ってきた晩にどわーっと読んでしまったが、翌朝もう一度読みなおす。

いい本だった。

新しい免疫入門 自然免疫から自然炎症まで(審良静男、黒崎知博)

新しい免疫入門 自然免疫から自然炎症まで新しい免疫入門
自然免疫から自然炎症まで

(2014/12/19)
審良静男、黒崎知博

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電子書籍で買って読んだ同居人がめっちゃおもしろいと言うので、私も図書館で(紙の本を)借りてきて読む。この本のキモは、「まえがき」にダイジェストされている。

▼20世紀のおわりから21世紀の今日にかけて、免疫の〝常識〟は大きく変わった。
 たとえば、自然免疫による病原体認識という段階がなければ獲得免疫は始動しないことがわかり、従来の、自然免疫=下等なシステム、獲得免疫=高等なシステム、という図式が崩れ去った。自然免疫と獲得免疫は、どちらが上、下という関係でなく、相互に補完してわたしたちのからだを病原体から守っていたのだ。
 一方、最新の研究では、糖尿病、痛風、動脈硬化、アルツハイマー病など慢性炎症がからむ病気は、免疫システムによって引きおこされる自然炎症が原因とする説が有力になりつつある。そうなると、わたしたちがかかる病気の半数以上は、本来は病原体からからだを守る存在である免疫システムが原因となっている可能性が高い。(p.3)

20世紀終盤のブレークスルーは、それまで"ただなんでも食べるだけの原始的な細胞"と思われていた食細胞(マクロファージや好中球など)が、病原体を感知するセンサーをもっていると分かったことだ。そのセンサーであるTLR(トル様受容体)と、この受容体に結合する特定の物質(リガンド)が、リポ多糖(細菌の細胞壁成分)の認識するTLR4の発見をきっかけに、一気に解明された。

未闘病記―膠原病、「混合性結合組織病」の(笙野頼子)

未闘病記―膠原病、「混合性結合組織病」の未闘病記
―膠原病、「混合性結合組織病」の

(2014/07/31)
笙野頼子

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難病になった著者。いや、難病であったことが判った著者、というべきか。

専門医にかかり、治療をうけて、今までの(人には判ってもらいにくかった)種々の不調や難がそれなりに軽快し、へたりへたり、ぶり返しぶり返しながらも一応「なんでも/できる」ようになった、その自分なりには「上出来」のようすを綴る軽やかさ。

調子が悪くないって、こういうことやったんかーという感動。それは、体力なし子で一時は慢性の病名を告げられたことのある私にも少し分かる。想像できる。

劇画ヒットラー(水木しげる)

劇画ヒットラー劇画ヒットラー
(1990/08)
水木しげる

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「ブックマーク」83号でも紹介されていた伝記マンガ。よんだからあげるーと送られてきたのを、ありがたくよむ。同封の手紙には、「水木しげるが書いているのがいいなぁーと思う」と書いてあった。私がもらった文庫の初版が1990年(私の手元にきたのは、2014年の31刷り!)で、そもそもは週刊のマンガ雑誌に1971年に連載され、1972年に単行本になったらしい。

画家になる希望をもっていたヒットラーが夢破れて…という話は知っていたが、「これほどドイツ人を熱狂させ史上まれな独裁者となったアドルフ・ヒットラーとはいったいどんな人間だったのだろうか…」(p.22)というところを追求してマンガはすすむ。

ウィーンへ出てきた若きヒットラーは、人一倍自尊心が強く、自分がおもしろくないことがあるとしばしば狂暴な発作を起こす人物として描かれている。「本人は死ぬまで芸術的画家のつもりでいた」(p.33)という。

宮武外骨伝(吉野孝雄)

宮武外骨伝宮武外骨伝
(2012/03/03)
吉野孝雄

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2月に伊丹市美で外骨没後60年記念の「シャレにしてオツなり」を見てきたら、久しぶりに外骨が読みたくなって、図書館で復刻版の『筆禍史』を借りてみた。が、明治44年初版で大正15年に改訂増補されたものを写真製版して復刻した本は、当然のことながら旧字、旧仮名、文語体で、すらすらとは読めず。ところどころを拾い読み。

外骨自身が筆禍王のような人なので、その外骨がまとめた中古以来の筆禍史という内容にも興味はあるのだが、図書館で所蔵している外骨本のうち、この『筆禍史』だけが「ミヤタケ、トボネ」名で書誌がつくられていたのが気になったのもある。(☆)

どこかに「ミヤタケ、トボネ」の読みがあるのかと復刻版の『筆禍史』をあちこちひっくり返してみるが、それらしきところは発見できず。名前のことも知りたくて、外骨の甥にあたる(晩年の外骨と暮らした)吉野孝雄が書いた『宮武外骨伝』を借りてきて読む。

■外骨の改名の件
これまでに読んだもので、外骨が「廃姓」を宣言したことは知っていたが、喜寿を境に「ミヤタケ、トボネ」とよませるようになったことは初めて知った。外骨がうまれたときに両親がつけた名は「亀四郎」である。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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