読んだり、書いたり、編んだり 

2月に読みおわった本

2月に、てっぺんから最後まで読んだ本(と、見た映画)のリスト。月初と月末に劇場で映画をみる。月初にみた「ミルカ」を糸口に、インドとパキスタンの分離独立がらみの本をいくつか読む。図書館で出してもらって借りてきたものの、まだ読めていない本もある。

(確定申告…)と思いながら、短い2月をまずは「ブックマーク」発行の支度にあてる。ニッパチ発行でこの数年やってきたが、曜日の関係もあって月末の今日は印刷と折りまで終え、発送は弥生の明日。

しばらく前から坂道を歩いたりすると息切れしていたので、もしやと思っていたら、1月末の健診で、やはり貧血がちょっと悪化していることが分かり、1年ぶりに鉄剤をのむ。

まだ寒い日もあるけれど、日は少しずつ長くなり、近所の梅もほころびはじめて春の気配。

置かれた場所で咲きなさい(渡辺和子)

置かれた場所で咲きなさい置かれた場所で咲きなさい
(2012/04/25)
渡辺和子

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クリスチャンの人から貸してもらった本。ものすごく売れている本だということと、この著者が、二・二六事件で父親の渡辺錠太郎を目の前で射殺された経験をもっていることは知っていた。

事件当日、父と床を並べて寝[やす]んでいた著者は、「死の間際に父がしてくれたこと、それは銃弾の飛び交う中、傍で寝ていた私を、壁に立てかけてあった座卓の陰に隠してくれたことでした」(p.130)と記す。その父が、外国駐在武官として、第一次大戦後にはドイツやオランダに駐在して身をもって語っていたのは「勝っても負けても戦争は国を疲弊させるだけ、したがって、軍隊は強くてもいいが、戦争だけはしてはいけない」(p.129)ということだった。

著者は、30歳間際で修道院に入り、修練の後に、岡山のノートルダム清心女子大に派遣される。その翌年、前学長の急逝をうけて、36歳にして次期学長に任命され、以来こんにちまで学園でつとめている。

本の冒頭に「修道院というのは、無茶と思えることでも、目上の命令に逆らうことは許されないこところでしたから」(p.11)と書いてあり、へぇー修道院という場所はそんなところなのかと思う。東小雪が書いていた宝塚音楽学校の凄まじい上下関係の話をちょっと思い出す。

街の本屋はねむらない(奈良敏行、田中淳一郎)

街の本屋はねむらない街の本屋はねむらない
(1997/06)
奈良敏行、田中淳一郎

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たしか、こないだ読んだ『一箱古本市の歩きかた』に書いてあったのだと思うが、東京の往来堂書店は、「本の学校―大山緑陰シンポジウム」の分科会での、定有堂書店(鳥取)の奈良敏行さんの発言に感銘を受けて、安藤哲也さんが新たな店をつくったのだそうで、その大山シンポの分科会の記録だという本が、近所の図書館にあったので借りてきて読んでみる。

1996年9月に米子市で開かれた「本の学校」の第二回シンポの分科会「書店は地場産業」での報告に加筆し、インタビューを加えてまとめたという本。奈良さんの「町の本屋という物語」と、東京の恭文堂書店の店長・田中淳一郞さんの「コミュニティーとしての本屋」、さらに(おそらく田中さんを相手にした)インタビューが入っている。

大山シンポのごっつい報告書は前に5冊揃いで買って、図書館に寄贈したけど、96年の報告書にこの話は載っていたっけな…

奈良さんは、「かつて本屋が普通にやっていけた時代がありました」(p.18)と述べている。
▼私の考える本屋というのは、もっと受け身で、控え目な地味なものという気が致します。…(略)… 〈普通〉というのは、とくに仕掛けを必要としなかったということです。働くことの喜びの延長に、意欲や試みが工夫されるわけですが、それは、ここでいう仕掛けとは違うように思います。(p.18)

〈普通〉とは、人が日常的に往き来をする〈往来〉にあることだと思う、とも書いている。そして、〈本屋の青空〉の話がいい。

ひみつの王国 評伝 石井桃子(尾崎真理子)

ひみつの王国 評伝 石井桃子ひみつの王国
評伝 石井桃子

(2014/06/30)
尾崎真理子

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図書館で借りた600ページ近くある分厚い本を、後ろに予約待ちの人がいて延長できないので、数日かけてせっせと読んだ。石井桃子は1907年(明治40年)にうまれ、2008年(平成20年)に101歳で亡くなった。

石井が書いた本や訳した本を私もいろいろ読んでいるが、この本でくりかえし言及される『ノンちゃん雲に乗る』や、『クマのプーさん』、『プー横丁にたった家』は、タイトルはよく知っているものの、ちゃんと読んだことがない。プーさんは、むしろ絵の好きな友だちともども、スケッチうまいなあとシェパードの挿絵のほうに興味があったことを思い出す。

晩年に(90代の仕事!)、プーの作者・ミルンの大部の自伝を訳した石井は、そのことを「私が自伝を訳してるのは、ミルンはどういう生涯の中で、どういう動機であの本を書いたのか、やっぱり知りたかったからですよ。…(略)…あの魔法使いのミルンは、いったいどういう育ち方をした、どういう人だったのか。ちゃんと知りたいと思ったんですね。」(p.172)と語っている。

著者は、最後の章で、ミルン自伝を訳していた2002年の石井のこんな言葉も引く。

紛争屋の外交論―ニッポンの出口戦略(伊勢崎賢治)

紛争屋の外交論―ニッポンの出口戦略紛争屋の外交論―ニッポンの出口戦略
(2011/03/08)
伊勢崎賢治

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伊勢崎賢治さんの新しい本、『本当の戦争の話をしよう』を読むまえの、旧著によるウォーミングアップ。『国際貢献のウソ』に続き、もう一冊読んでみる。

ご自身の経験をふまえて戦争と平和を語り、拉致問題、領土問題、沖縄の基地問題、日米同盟といったテーマで、これらの外交問題の打開策を論じている。

前後して、映画「ミルカ」を見て、『インド独立史』をはじめインドとパキスタンの分離独立についての本を読んで、それらの本に掲載されていたインド亜大陸の地図もよくよく見たので、伊勢崎さんが"紛争屋"として入った初めての現場「民族間対立に端を発した暴動の絶えないインドのスラム」(p.8)での住民運動オルグの話は、そういうのの根っこに分離独立があり、イギリス帝国の長いあいだの支配があるんやなーと思った。

太陽の塔(森見登美彦)

太陽の塔太陽の塔
(2006/05/30)
森見登美彦

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この人の名前は知っていたが、本を読んだことはなかった。こないだ、最寄りの図書館が蔵書点検で休みのあいだに、久しぶりに2駅隣の図書館へ行ったときに、ブックトラックに並んでいたこの文庫の太陽の塔というタイトルがどうしても気になって、借りてきた。

表紙カバーの左上に太陽の塔の絵がかいてある。文庫巻末に解説を寄せている本上まなみが「実は、わたしは万博公園のすぐ近くで育ちました」(p.232)と書いているのと同じように、私も万博公園の近くで生まれ育った。保育園の遠足も万博公園だったし、小学校の毎年の写生会も万博公園だったし、なにかというと万博公園だった。私が小5まで住んでいたのは、万博公園まで子どもの足で遠足というほどの位置にある団地だった。

私が子どもの頃には太陽の塔の屋根※もまだあった。おそらく、この小説の主人公・森本は、屋根から顔(てっぺんの未来の顔)をのぞかせた太陽の塔を見ていないのであろう。万博公園から歩いてすぐのところにあったマンションに住んでいた森本は、週末になると両親に連れられて公園に出かけた、という。

▼…私の人格の底辺界隈はほとんど万博公園の風景で埋め尽くされている。その風景の中ににゅううっと屹立して、あたりを睥睨しているのが太陽の塔であった。 …(略)… 私の場合、まずそこに太陽の塔があった。太陽の塔には人間の手を思わせる余地がなかった。それは異次元宇宙の彼方から突如飛来し、ずうんと大地に降り立って動かなくなり、もう我々人類には手のほどこしようもなくなってしまったという雰囲気が漂っていた。 …(略)… むくむくと盛り上がる緑の森の向こうに、ただすべてを超越して、太陽の塔は立っている。(pp.115-116)

主婦の天気図(木村治美)

主婦の天気図(文藝春秋)主婦の天気図
(1979/01)
木村治美

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次号の「ブックマーク」を支度中。掲載予定のPさん(このミニコミを始めた人)の古文書がらみで、調査。木村治美のエッセイ集にまつわる引用箇所があり、しかし原稿用紙にはその本の題名が書かれていない(この原稿用紙に書いた時期も推測しかできない)…。

木村治美のエッセイで主婦モノ、読んだのはおそらく1983年の春頃、という手がかりをもとに、版元のサイトには"主婦論の原点"とか書いてあったし、図書館でこの本を借りて読んでみるも、ハズレ。Pさんが原稿用紙に引用している箇所と似たようなことは書いてあったが(「ブロンテ姉妹の牧師館」など)、同じではなかった。

しかも、図書館の本を読み終わって気づいたが、この本は1979年刊だった(その後に出た文庫版が1982年刊だったので、私の勘違い)。

からくさ図書館来客簿 冥官・小野篁と優しい道なしたち(仲町六絵)

からくさ図書館来客簿 ~冥官・小野篁と優しい道なしたちからくさ図書館来客簿
冥官・小野篁と優しい道なしたち

(2013/05/25)
仲町六絵

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だいぶ前から、「ブックマーク」読者の方におすすめだと伺っていたものの、最初に聞いた頃には図書館に見当たらず、しばらくして探してみたら、こんどは予約待ちがたくさんついていて、気長に待っていた。

届いた本をみると、自分では手に取らない感じのカバー装画で、扉も同じ風情のイラストだった。といっても、持ち歩きにカバーをかけたので、絵はほとんど見ずに、字を読む。読み終わってカバーをはずしてみると、このカバーや扉に描かれた姿が主人公の小野篁と時子様のひとつの「イメージ」なのだろうが、私が文章からイメージしたのとはちょっと違っていた。

京都にある私立の「からくさ図書館」で、館長の姿をした冥官(1200年にわたりあの世とこの世を行き来して業務にあたっている役人)の小野篁と、1200年前には臣下と姫君という間柄であった時子様(いまは冥官の見習いとして篁についている)とが、この図書館にやってくるお客の悩みに対応する。

国際貢献のウソ(伊勢崎賢治)

国際貢献のウソ国際貢献のウソ
(2010/08/06)
伊勢崎賢治

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伊勢崎賢治さんの新しい本、『本当の戦争の話をしよう』を読んでみたいと思い、ウォーミングアップに図書館でちょっと前の本を借りてきて読む。この人の名前をおぼえたのは、『使える9条』の「外交力のなさを、9条のせいにするのはフェアじゃない」※を読んだとき。

著者は、国際NGO、国連、日本政府を渡り歩いてきた"武装解除のプロ"である。

各章につけられているタイトルは、本のタイトルと同じで、国際貢献=エエこと、と何となく思ってるようなアタマには、ぐさーっとくる。一般に「NGO」とか「国際協力ボランティア」とか「国連」「ODA」といったものに持たれているイメージを、それは事実とはかなりちゃうねんでと著者は指摘する。各章のタイトルでも、それが分かる感じ。

NOヘイト! 出版の製造者責任を考える(ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会/編)

NOヘイト!  出版の製造者責任を考えるNOヘイト! 出版の製造者責任を考える
(2014/10/30)
ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会(編)

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出た頃から気になっていた本。入手してみると、思っていたより小さい本だった。李信恵さんの『#鶴橋安寧―アンチ・ヘイト・クロニクル』を読んだあと、続けて読む。

「出版業界の製造者責任」についてのシンポをまとめた三章でとくに印象に残ったのは、1995年のオウム事件のときに、何を書いてもオウムからの反論がなく、書き放題の風潮のなかで「記事の裏をとるという最低限のタガが外れてしまった」という、かつて週刊誌記者をしていた人の話。

▼これが日本のマスメディア、特に週刊誌の質を落とすきっかけになったと思います。最近の週刊誌にも、すさまじい見出し文句が毎週並び、韓国や中国側の反論をあえて無視して、裏取りのない記事を書き連ねている。ヘイト本もこの流れのなかにあります。マスメディアが記事の作り方の基本に立ち返り、ジャーナリズムとしての体制をもう一度作りなおさないと、この現象はなくならないのではないか。…(略)… マスメディアが立ち止まって、きちんとした記事づくりに立ち返ることをわれわれが応援しなければ、この国の未来は厳しいと思います。(p.90)

この「タガがはずれた」ことは、四章の「ヘイトスピーチと法規制」のなかで、弁護士の神原元さんが述べている"知る権利の危機"につながっていると思える。

インド独立史(森本達雄)

インド独立史(森本達雄)インド独立史
(1972/09)
森本達雄

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こないだ「ミルカ」というインド映画がオススメ!とおしえてもらい、ちょうど頃合いの時間に上映している映画館のあたりに行けたので、見た。

インド映画、という以外の情報をまったく得ていなかったので、いまいち話が分かっていなかったが、インドとパキスタンの分離独立の紛争をからめつつ、その紛争で身内を殺されたミルカがインド代表の陸上選手となっていく話…を描いたものだった。ミルカが走る映画でもあった。2時間半ほどの長い映画だったが、寝ることもなく、合間の歌や踊りも楽しめた。

映画を見て、私はインドとパキスタンのことを知らんなーと思い、この『インド独立史』という古い本を借りて読んでみた。

映画の主人公・ミルカのようなシク教徒の話は少ししか出てこなかったが、インドが大英帝国に支配されていた頃から、ガンジーの非暴力運動、そして統一インドとはならずにパキスタンとの分離独立に至った経緯を読んで、ヒンドゥーとムスリムの対立の根深さ、今も続くインドとパキスタンの対立の根っこが少し分かった気がした。

読み終わってみると、「まえがき」の冒頭に、要点がぎゅーっと書いてあるように思った。この本が出たのは1972年、インドとパキスタンの独立から四半世紀が経とうとしていたとき。もう40年以上前である。

ひと呼んでミツコ(姫野カオルコ)

ひと呼んでミツコ(姫野カオルコ)ひと呼んでミツコ
(1990/04)
姫野 カオルコ

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むかし読んだ『ひと呼んでミツコ』がまた読みたくなって、久しぶりに読んだ。長ーーい待ち時間に読んでしまう。

この本は平成になったばかりの頃に出たんやなーと思う。ページの下に、注をつけて説明してある語句は、とくに古い映画とかかつての風俗にまつわるものは、私にはぴんとこないものもあって(そもそも私には、なんとかの香水だというミツコが分からず)、さらに若い人だったらどうやろうなあと思った。音楽を聴くのは「テープ」の時代である。

あとがきには、"律儀の味方"とある。
▼極悪非道な悪者をこらしめる正義の味方ではなくて、もっと、世間に堂々とまかりとおっている微妙な悪をこらしめる律儀の味方がいれば。
 これが、ミツコというキャラクターを思いついたきっかけでした。(p.338)
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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