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読んだり、書いたり、編んだり 

一箱古本市の歩きかた(南陀楼綾繁)

一箱古本市の歩きかた一箱古本市の歩きかた
(2009/11/17)
南陀楼綾繁

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よくお便りをくださる「ブックマーク」読者のIさんより、"メッチャおもろいです"と伺って、読んでいなかった本を借りてくる。もう5年余り前に出た本だということに、読み終わって気づく。

著者も関わって、東京の通称"谷根千"エリアで、「不忍[しのばず]ブックストリートの一箱古本市」が始まったのが2005年の4月(もう10年前だ)。このエリアに住み始めて10年ほど経っていた著者と、その妻(『捨てる女』『世界屠畜紀行』、その他の著書のある内澤旬子さん)との「この辺りで古本市ができたら、面白いね」「お寺の境内を借りられたら、かなりたくさん本が並べられるなあ」(p.18)という会話が、そもそもの発端だったという。

内澤さんの「べつに一カ所に集めなくても、いろんな場所に少しずつ出したらいいんじゃない?」(p.19)とう発想から、イメージが立ち上がる。

▼お店の軒先を借りて、七、八カ所で開催する。スペースが限られているので、出店者が出せるのは一人一箱とする。量が限られているので、プロよりもシロウトの本好きを中心に集める…。当然、イベント名は「一箱古本市」だ!(p.19)

おさがしの本は(門井慶喜)

おさがしの本はおさがしの本は
(2011/11/10)
門井慶喜

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タイトルが気になって読んでみる。主人公は図書館のレファレンス・カウンターを担当する和久山隆彦。図書館によっては「調査相談」とか「しらべもの」という札がかかっているこのレファレンスという職務は、「調べもののお手伝い」をする。私は調べたり探したりはあまり苦にならないが、自分の調べでは限界と思うときや、違う切り口で探してほしいと思ったときには図書館でお願いする。

へぇぇ、そんな本があるんですか!と思うときもあるし、どうやって調べていったのか時間がゆるすなら詳しく伺いたいと思うときもある(図書館のカウンターは忙しそうなので、なかなかそういう機会はないが)。

私はこれまで住んできた自治体あるいは通勤通学先の自治体、さらには通ってきた学校の図書館、図書室、さかのぼれば近所のおばちゃんがやっていた文庫まで、ずーっと図書館の類に入り浸ってきたので、こういう図書館モノの小説を読むと、自分の経験に照らしてあれこれと思う。

「ほんの一部の人々しか貸出サービスを利用しない」(p.23)とか、「レファレンス・カウンターなどは存在しないに等しい」(p.24)などと読むと、これは話の展開に必要な場面設定なのだろうが、この図書館は朝から晩までどんな感じなのか、書架の高さはどれくらいで、どういう向きに並んでるのか、カウンターはどんな風かと想像するのだった。

主人公の和久山は、大学で司書資格をとり、公務員試験に通って、N市立図書館に入職して6年目。「しょせん図書館など知の宝庫ではない。単なる無料貸本屋か、そうでなければコーヒーを出さない喫茶店にすぎないのだ。少なくとも市民の目にはそうなのだ」(p.25)という諦めのような境地に至っている。

庶民烈伝(深沢七郎)

庶民烈伝庶民烈伝
(2013/01/23)
深沢七郎

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本読みの友が、いつだったか買っていた深沢七郎の本が発掘された!と読んだそうで、「おくまさんがね…」と内容にかかわるメールがきたところで、待って待って、まだ読んでないから待ってと、私も図書館で本を借りてきて読む。タイトルどおり、"庶民"の生き方が描かれたものである。

友の「おくまさんがね…」というのは、周囲を気遣って決して本音を言わずにいる母親おくまの話「おくま嘘歌」であった。嫁の心を考え、嫁いだ娘の気持ちを考え、おくまは「こう思わせたい」行動をとる。

ほんとうは娘の顔が見たくて婚家へ訪ねてきたのに、「坊の顔を見たくて来たのオジャンけ」(p.68)とおくまは嘘を言う。孫の顔を見たくて来たと言った方が娘が喜ぶと思ったからだ。その孫をおぶったおくまは、ちょっとの間に大きくなった孫が肩が痛くなるほど重いと感じる。それでも、苦しげにおぶっていては、かえって娘に心配させるから、そんな重い子をずっとおぶっていたのかと問われたときには、「なーに、いっさら、クタビれんでごいす」(p.70)と嘘を言う。

おくまの言動はずっとこんな具合だ。娘の家から帰ってきたとき、嫁も息子も疲れただろうと言ってくれる。たしかにくたびれているのだが、娘の家へ行って疲れて帰ってくるのは申し訳ない気がするし、そう思われては次に行くときに気がひけるから、やはりおくまは「なに、いっさら」(p.73)と嘘を言う。そうして、死ぬときにも嘘を言ったおくまが描かれる。

ナンギやけれど… わたしの震災記(田辺聖子)

ナンギやけれど… わたしの震災記ナンギやけれど…
わたしの震災記

(1996/01)
田辺聖子

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小松左京の『大震災 '95 』を読んだら、他にも記録が読みたくなって、図書館の蔵書検索で「阪神・淡路大震災(1995) 」の件名で引っかかった本の中から、伊丹で被災した田辺聖子の震災記を借りてみた。

これは、「私の家も実は少しばかり」(p.8)被害のあった田辺が、大好きな神戸のまちの復興に何か役に立ちたい、何か私のできることでと考えて、チャリティー講演会をしたときの話「ナンギやけれど…」と、書き下ろしの「わたしの震災記」をあわせた本。

1月16日の晩、ほんとうなら「締切の迫った原稿」を徹夜して書かねばならなかったところ、母がみんなを集めて催した新年宴会で軽く酩酊していた田辺は、「まあ、いいや、あしたでいいや」(p.15)という感じで寝てしまって、それで命拾いをした。

翌朝早くの大揺れのあと、仕事部屋をのぞいた田辺は、「大きな重たい書架が全部前かがみに倒れて、その下に私の仕事机がある」(p.17)のを見る。資料の棚もみんな倒れて、書類とガラスが散乱、資料戸棚の上にあった箱は「力任せに放り投げたみたいに、箱の角という角がみんな破れて」(p.17)いたという。

大震災’95 (小松左京)

大震災’95大震災’95
(2012/02/04)
小松左京

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阪神大震災を大阪の箕面市で経験した小松左京。この本は、毎日新聞で震災後の4月から1年にわたって小松が連載したものに、単行本では未収録の「阪神大震災の日 わが覚書」「自作を語る」をあわせて収めたもの。

本文は、「あの日から七十五日」というタイトルから始まっている。震災が襲った1994年度が明け、1995年度の始まった4月1日が「あの日から七十五日」であること、その日数は人のうわさも…と言われるように、すべては移ろいゆくという無常観を表したものだろうと指摘しながら、小松はこう続ける。

▼だが、私は逆に、この大震災発生以後二ヵ月余あたりから、この「巨大な災害」が、私たちの社会と生活にもたらしたショックと影響の「全貌」をとらえる作業にとりかかるべきだと思う。─なぜなら、あの時不意に、阪神間の足もとから牙をむいて襲いかかってきた、私たちにとっても、社会にとっても、まったく「未知の体験」だったあの大災厄のもたらした、衝撃と、どこまで広がるかわからなかった多元的な混乱も、このあたりでやっと鎮静化にむかい、それにつれて、この災厄の複雑な「全貌」と性格も、ようやくぼんやりと把握できるようになってきたからである。…(略)…

 いずれにしても、近隣周辺を含めて、この災厄に対する「記憶の痛みと疼き」の生々しいうちに、「総合的な記録」の試みをスタートさせなければならない、と思う。そして、その記録の集積を行う主体は、「市民」と、マスコミを含む「民間企業」の協同体が中心になったものでなければならないと思う。もちろん、市民、国民、営利法人の「税金」で賄われている「官」のシステムには、全面的な協力を要求する権利が、この主体にはあるが、決してその収集を、官に委ねてはならないと思う。(pp.10-11)

小松は、くりかえし「この大震災が噴き上げた、膨大多岐にわたる「情報」の収集と記録は、私たちみんなの手でやらなければならない」(p.12)と訴え、当事者一人一人がそれぞれ「自分の記録」をとろうと呼びかけた。

パスティス 大人のアリスと三月兎のお茶会(中島京子)

パスティス 大人のアリスと三月兎のお茶会パスティス 
大人のアリスと三月兎のお茶会

(2014/11/10)
中島京子

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図書館へ本を返しにいくと、珍しく(!)予約本が何もきてなかったので、久しぶりに本棚をあちこち見てまわって、中島京子の『パスティス』を発見して借りてくる。昨夏に出た本は、予約待ちがたくさんいるようだが、最新刊のこれが空いているとは!

『FUTON』に始まり、『イトウの恋』とか、『女中譚』とか、この人の"本歌取り"系の作品はスキなので、パスティーシュと語源を同じくする「パスティス」と名づけられた作品集、著者いわく、「まさに模倣だったりパロディだったり珍解釈だったりするごたまぜ世界の作品たち」(p.3)に、心うきうきわくわく。

パートは3つ、「男と女」、「ディストピア」、「ライターズ・ワールド」。字の色や紙の色、レイアウト、そしてイラストもよい。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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