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読んだり、書いたり、編んだり 

女子漂流 うさぎとしをんのないしょのはなし(中村うさぎ、三浦しをん)

女子漂流 うさぎとしをんのないしょのはなし女子漂流
うさぎとしをんのないしょのはなし

(2013/11/06)
中村うさぎ、三浦しをん

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この本が出た頃に一瞬見た気がするが、その後忘れていた。こないだ図書室で見かけて、中村うさぎと三浦しをんが二人でどんなことしゃべるのかと借りてきて読む。二人には「中学から女子校、中高一貫校、横浜市内にあるキリスト教系」という共通点があるという。

その「女子校」時代をベースにしたような、女子校の女子はどんなもんなのか、女子校の女子の恋愛もようとエロ、二人の日常から、「漂流」し続ける女子の生き方…みたいなことが語られている。

どこまでが「うさぎ」独自、「しをん」独自のことなのか、どこまでが「女子校」括りの話になるのか、そこはなかなか線引きが難しいように思うが、対談を終えて本にする際に書いたのであろう、しをんのまえがきと、うさぎのあとがきがおもしろかった。

夏の階段(梨屋アリエ)

夏の階段夏の階段
(2009/05/11)
梨屋アリエ

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アンソロジー『手紙。』に入っていた「雲の規格」を含む5篇をまとめた『夏の階段』という本があるとおしえてもらって、借りてきて読む。巴波川(うずまがわ)高校を舞台に、5人の視点でそれぞれ物語が書かれている。

疾風怒濤のとしごろ、多かれ少なかれ学校で見せている顔とは違う自分があって、そのズレに悩んだり、同級生には見られまいとしたり、自分は誤解されていると思ったり…している。

といっても、同級生がそんなに周りのことを見ているかというと、みんな自分のことでいっぱいいっぱいで、そうでもなかったりするのだ。大人になったら、なんであんなことで悩んでたんやろ…というようなところで、いらいらし、どきどきし、はらはらしている。

そして、視点が変わると、同じ人物の印象もずいぶん変わる。「雲の規格」でポエミー緑川として出てきた千映見も、河野健治が友人としてつるんでる福田も、河野視点を離れてみると、違うたたずまいが見えてくる。

歌わせたい男たち(作・演出=永井愛)

歌わせたい男たち(作・演出=永井愛)
▼二兎社「歌わせたい男たち」
 作・演出=永井愛
 出演=戸田恵子、大谷亮介、小山萌子、中上雅巳、近藤芳正

芝居を収録したDVDをみる。2005年初演のこの芝居が数年前に再演されたとき、行きたいな~と思い、新聞の切り抜きを冷蔵庫に貼っていたが、結局行けずじまいだった。

そのときは、脚本の『歌わせたい男たち』を読んでガマンした。

DVDのパッケージには「笑える悲劇」とあったが、ほんまに、笑えて、そしてこの芝居並みにというか、芝居以上にというか、「歌ってちょ~~~!!」と校長が懇願する悲劇の事態は進行してしまっているのだろう、と思う。

あい 永遠に在り(高田郁)

あい 永遠に在りあい 永遠に在り
(2013/01/09)
高田郁

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貸してもらって読んだ本。タイトルにもなっている「あい」は、幕末から明治を生きた蘭学の医者・関寛斎の妻の名。4つの章は「あい」に掛けて、「逢」「藍」「哀」「愛」とつけられている。

貧しい生まれだった寛斎は、母の姉の嫁ぎ先である関家に預けられ、苦学して医を志す。養親のすすめで関家の親戚だったあいと結婚。医者として世のために尽くし、貧しい人からは診療代をとらなかったという。後には徳島藩の御典医となり、戊辰戦争では軍医もつとめた。

医者として名を上げ栄誉もきわめたような寛斎は、73歳のときに、それまでのすべてを捨てて、北海道開拓に赴く。子どもたちにも止められたというが、決心はかたく、寛斎とあいは北海道へ向かう。

著者の高田郁さんは、安定した生活を捨ててまで北海道へついていった妻のあいのことが気になって、この物語を書いた。寛斎については資料も多くあり、寛斎を書いた著作もいろいろあるというが、あいについて残っている資料はほとんどなく、そこから高田さんはあいの姿を描きだす。

光の闇(佐伯一麦)

光の闇光の闇
(2013/04/24)
佐伯一麦

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なんだか寝付けず、いちど起きて本を読む。
カバーの絵は松本竣介の「水を飲む子ども」。収録作にも竣介の絵にふれたものがある。

「あとがき」に著者はこう書く。
▼ずいぶん前から、欠損感覚を通して身体感覚を探ってみる小説を書いてみたいと思い続けてきた。

 身近に、聴覚や視覚をうしなった知人がいたこともある。また、自分自身がアスベスト禍に遭い、身体の内面に思いを寄せることが多くなったせいもあるかもしれない。(p.210)

著者は「欠損」感覚と書くが、さいしょから、少なくとも物心がついて以来その感覚はなかったのだという人の話もあって、それはたとえば「生まれたときから聞こえなくて、それが私にはアタリマエ」というようなことで、そういう感覚や経験には「欠損」ではなくて、なにか別のことばがあればいいのになと思った。

るり姉(椰月美智子)

るり姉るり姉
(2012/10/11)
椰月美智子

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まえまえから気になりながら読んでなかった本が、図書室にあったので借りてくる。つくりが、『それでも彼女は歩きつづける』みたいだった(もしかしてカバー装画も同じ人か?)。タイトルになっている「るり姉(ねえ)」の周りの5人-姉のけい子、けいこの娘3人、さつき、みやこ、みのり、そしてるり姉の夫・開人(かいと)の視点で、時間が前後しながら5つの物語が綴られる。そこから、るり姉の人となりや、るり姉の存在が各々にとってどんなことなのかが、だんだん見えてくる。

同じ状況にあっても、人はそれぞれ反応がちがう。そういうことも、視点が変わり、時間が変わるなかで見えてくる。さつき、みやこ、みのりの3姉妹も、たとえばるり姉が検査入院したいうことに対して、それぞれに異なる態度をとる。同じ家で、同じ親で育って…という影響はそれなりにあるだろうけど、だからといってコピーが3人のようなことにはならない。

同じものを受けとめても、反応が違うのは、個性とか状況のめぐりあわせとか、そんなのも大きい。5つの視点で描かれる物語には、それぞれの感覚や人づきあいの仕方の個性が出てるなーと思う。

手紙。(小手鞠るい、安西みゆき、梨屋アリエ、神田茜、草野たき、若竹七海)

手紙。手紙。
(2007/11)
小手鞠るい、安西みゆき、梨屋アリエ、神田茜、草野たき、若竹七海

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「手紙」をテーマにしたアンソロジー。姫野カオルコの全編「手紙」という小説『終業式』のような印象はないが、それなりに楽しめた。

収録作のなかでは梨屋アリエの「雲の規格」がおもしろかった。主人公・河野健治の「オレはモテ男で、人気者で、すごい奴」だという自意識と、そこからうまれる同級生に対する「オレが1番で、あいつら2番以下」みたいな認識と、その間で「こんな弱みは見せられん」といったぐちゃぐちゃした感情や下心なんかがうずまくあたり。

河野が、友人でクラスメイトで同じ部活仲間の福田和磨を、いつもの教室ではなくて生物室で弁当を食おうと誘ったときに、福田のほうが「ぼくはね、生臭くて埃っぽい生物室で、男と二人きりで弁当を食うのを愉快に感じるような変態男ではないんだな」(p.81)というあたりは、河野や福田の性のありかたがどうであるにせよ、こういうセリフが出てくるところに、なーんかカナシイものを感じる…(ホモフォビア=同性愛嫌悪はいやなくらい蔓延しているので、自分の性のありかたとは別に、拒否のポーズをとる人は多い)。

あまからカルテット(柚木麻子)

あまからカルテットあまからカルテット
(2013/11/08)
柚木麻子

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図書室で見かけて、たしかこの人は『ランチのアッコちゃん』の作者だったな~と借りてくる。(『ランチのアッコちゃん』は、「ブックマーク」の複数の読者の方が読んだとかおすすめだとかであげてくださっているのだが、図書館ではいまだに百人を越す予約待ち状態で、なかなか近づけない。)

中高一貫の女子校で一緒だった女友だち4人組の話で、卒業して10年ほどが経とうという年ごろの物語はおもしろかった。だが、『百合のリアル』を読んだあとにこれを読んだせいもあるのか、冒頭のあたりは、なんというか「異性愛=アタリマエ」臭がただよってきて、読みはじめてしばらくは引っかかってしまった。

とはいえ、そこまで女だからどうのとか男だからどうのという人物が出てくることもなく、読んでいるうちに、あまり気にならなくなった。

花森安治伝 日本の暮しをかえた男(津野海太郎)

花森安治伝 日本の暮しをかえた男花森安治伝 日本の暮しをかえた男
(2013/11/22)
津野海太郎

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津野海太郎が書いた花森安治の評伝。津野自身が編集者として多くの仕事をしてきた人だ。その津野が花森に関する資料を読みこんで書いている。

▼…こんど酒井寛の『花森安治の仕事』をはじめとする関連資料をまとめて読んで、あらためておどろいたのだが、『暮しの手帖』というのは、じつは偶然のきっかけからはじまった雑誌だったのである。最初に思いついたのも花森ではない。たまたま知りあった大橋鎮子という女性で、まだ二十代だった彼女の提案をうけて、女性むけの生活雑誌をだすという計画が花森の頭にはじめて根をおろしたようなのだ。(p.11)

花森安治は、1911年、神戸にうまれ、敗戦時は33歳だった。私の祖母と一つ違いだ。祖母も、同じ時代にこういう歳だったのだと思いながら読む。大学まで出た花森と、敗戦時には学校にあがる前の子どもが3人いた祖母とは、同世代といっても、だいぶ違うのだろうけれど。

母さんがどんなに僕を嫌いでも(歌川たいじ)

母さんがどんなに僕を嫌いでも母さんがどんなに僕を嫌いでも
(2013/02/28)
歌川たいじ

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作者の歌川さんは、『じりラブ』のうたぐわさんでもある。この本が出た頃から気になっていたのだが遭遇できずにいた。こないだ久しぶりに図書館の書架をずーっと見てまわっていて、「ある!」と発見。さっそく借りてきて読む。さいごまで読んで、またてっぺんに戻って読んだ。

歌川さんが「遠い過去の自分とふたたび向きあって描いてみました」(p.126)という子どもの頃の虐待経験を描いたマンガは、『永山則夫 封印された鑑定記録』を読んだあとだけに、うぐぐっとくる。

「僕の味方は家族じゃなくて ばあちゃんと工場の人たちでした」という子ども時代。父の経営する町工場で、歌川さんが生まれる前から働いていた年配の女性「ばあちゃん」は、いつもいつも歌川さんの味方で、「たいていのことはばあちゃんさえいれば大丈夫だった」。そして、母が家出し、父にも無視された歌川さんの面倒を見てくれた工場の人たち。

「描くのは、苦しかったです」(p.126)というマンガは、読むのも苦しい。母の暴力、母との修羅場の日々、それは、中学・高校の頃から歌川さんを苦しめ、大人になっても、不意に過去にひきずりこまれてしまう。

坂口安吾全集04

坂口安吾全集04

(1990/03)
坂口 安吾

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近藤ようこが『戦争と一人の女』の漫画原作にした3篇が入ってる『坂口安吾全集04』を借りてくる。この分厚いちくま文庫版で18巻まである。ダザイやミシマは高校の頃にだいぶ読んだけど、私はアンゴを全然知らへんなーと思う。

この4巻には、戦後の出発点に発表されたものが収録されているらしい。近藤ようこが漫画原作とした3篇「戦争と一人の女」「続戦争と一人の女」「私は海をだきしめていたい」を読み、それから中上健次の解説「安吾―空翔けるアホウドリ」を読み、関井光男の「解題」を読んでから、巻頭の「白痴」を読む。

男友だちを作ろう(山崎ナオコーラ)

男友だちを作ろう男友だちを作ろう
(2011/06/11)
山崎ナオコーラ

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「ブックマーク」81号にもらった本のアンケートで、「インタビューとエッセイが合体したような、新しいスタイルの読み物だと思った」とあったのを読んで、もともとナオコーラを憎からず思っていたし、読んでないナオコーラ本だったので興味をもって借りてきて読む。

インタビューが、インタビューされた人のことを聞き出していくようで、半面ではインタビューしている人のことをうつしだす、というようなものかなあと思いながら読む。対談相手をつうじて、ナオコーラのことが見えてくるというか。

そして、そういうナオコーラとどなたかとの対談を読みながら、私はこの頃「仕事」ということが気になっていたのだなあと思う。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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