読んだり、書いたり、編んだり 

3月に読みおわった本

3月に、てっぺんから最後まで読んだ本(と、見た映画)のリスト。「忙しい忙しい」と言わずに3月をすごせたのは、何年ぶりだろう。退職から一ヶ月、ようやく心身がゆるんできた気がする。退職後しばらくは、書類をだしたり手続きしたりで役所などをまわり、そのほかにも人と会ったりで外出が続き、ややせわしなかった。3月下旬になって、いろいろが落ち着いてきた。

一日の多くの時間を占めていた"仕事"がいったんリセットされて、そのぶん本をたくさん読めた。それも、手は編み物で動かしながら…といったゼイタクな読み方で。もう少し映画を見たいと思い、本の合間には借りたDVDをいくつか見た。それと上映会に一度。

2月からのみつづけていた鉄剤のおかげもあるのだろう、貧血はだいぶ改善されて、数値としては標準の範囲内に入った。ここでいったん鉄剤をやめて、食餌療法で様子をみることになった。

この一週間ほどでぐっと気温があがってきて、近所の桜はもう八分咲きというところ。まだインフルが流行っているというので気は抜けないものの、風邪をひかず、インフルにもやられずに冬を越せそうで安堵。

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サラの鍵 [DVD] クリスティン・スコット・トーマス、メリュジーヌ・マヤンス 他(出演)、ジル・パケ=ブレネール(監督)

サラの鍵 [DVD]サラの鍵 [DVD]
(2012/06/22)
クリスティン・スコット・トーマス、メリュジーヌ・マヤンス 他(出演)、ジル・パケ=ブレネール(監督)

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『ヒューマンライツ』誌の3月号で中村一成さんが映画「サラの鍵」のことを書いていたのを読んで、原作小説は読んでいたので、映画も見てみたいなーと思っていたら、女性センターの図書室にDVDがあった!ので借りてきて見た。

ナチスではなく、フランス警察がユダヤ人狩りをおこなったベルディヴ事件。その際に収容所へ送られながら、脱走し、生きのびたサラと、事件から60週年の記事を書くために取材をすすめるジュリアと、二つの人生が交差する。

収容所から逃げようとするサラともう一人を見つけた監視が、サラから「ジャック」と呼びかけられ、「リンゴをありがとう」と言われたときの表情。サラは「私は、サラ・スタルジンスキ」と監視に手を差し出す。

収容所という場で、名も無き「他者」にされてしまったなかで、相手の名を呼び、自分が名乗るサラ。その行為は相手を名をもった人として接するもの。監視が、自分の手に傷を負ってまで鉄条網のすきまを広げ、サラたちを逃がしたのは、サラの呼びかけに動かされたのだと思えた。

点滴ポール 生き抜くという旗印(岩崎航・著、齋藤陽道・写真)

点滴ポール 生き抜くという旗印点滴ポール 生き抜くという旗印
(2013/06/28)
岩崎航・著、齋藤陽道・写真

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仙台のKさんが「ブックマーク」81号で紹介してくださった『点滴ポール』は、近所の図書館にあって、すぐ借りてきて読んだ。図書館で借りた本をじーっと読んでいて、これは!と思い、近所の本屋で注文して買った。それから、また何度も読んだ。

仙台では、"『点滴ポール』でつながる仙台のマチ ~みんなでつくる旗印~"という、一冊の本で本屋がつながるイベントがひらかれていたそうで、Kさんも行ったと言ってたし、やはり仙台に住むSさんからも行ったよーと聞いた。
↓それは、こんな風だったらしい。
http://d.hatena.ne.jp/nanarokusha/20140114

著者の岩崎航(いわさき・わたる)さんは、五行歌というかたちで詩を書いている。「詠み手の言葉のリズム(呼吸の切れ目)で五行に分かち書きする」というもの。

私のこころに残った詩のひとつは、「痰」。
http://skynote21.jugem.jp/?eid=563(詩集では、p.137)

 今、あきれるほどの
 痰の多さにうんざりなのだが 
 それは体内での
 知られざる
 生の攻防戦の証しでもあって

はるか南の海のかなたに愉快な本の大陸がある(宮田珠己)

はるか南の海のかなたに愉快な本の大陸があるはるか南の海のかなたに愉快な本の大陸がある
(2012/05/22)
宮田珠己

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[※この本のことは、『ヒューマンライツ』の4月号に書いています=近刊]

新聞に載ってた本ネタ記事で、この宮田珠己の『スットコランド日記』という本を知り(念のため、「スコットランド」にあらず)、図書館の蔵書をみたら、どなたかが借りているところだったので、他の本のなかから最初に借りてきて読んだのが、この『はるか南の海のかなたに愉快な本の大陸がある』だった。

このタイトルは、なんとなく管啓次郎の『本は読めないものだから心配するな』を思いださせる(管啓次郎の本のことは、『We』175号の「乱読大魔王日記」で書き、それでこの宮田本のタイトルを見ると近しいものを感じるのだ)。

「乱読」で書いた最後には、管啓次郎の本から、ちょっとだけ引いてある。
▼読書の〈内容〉が水だとすれば、水はどんどん海という共有場に流れてゆけばいい。大洋にはたくさんの本の島が点在し、島にさしかかるたび、古いともだちや知らない島人たちが、海岸から手を振ってくれる。(「本の島々にむかって」、管啓次郎『本は読めないものだから心配するな』)

宮田が「はるか南の海の彼方の、幻の大陸を旅するような、そのとき目に飛び込んできたふしぎな景色に驚くような、そんな気分で書いていった」(p.2)という本は、「人間て、バカだなあ」と思ったり、「読んで、はっとした」り、自分の常識を覆されたり…といった人文系の本があれこれと紹介されている。

フクシマの正義  「日本の変わらなさ」との闘い(開沼博)

フクシマの正義 「日本の変わらなさ」との闘いフクシマの正義
「日本の変わらなさ」との闘い

(2012/09/12)
開沼博

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『1984 フクシマに生まれて』を読んで、ひさしぶりに開沼さんの名前を検索したのだったか何だったか忘れたけど、図書館で借りてきて読んだ。

開沼さんの本は、前に『「フクシマ」論』と、開沼さんが編者に入った『「原発避難」論』を読んだことがある。

この本は、サブタイトルにあるように、"「日本の変わらなさ」との闘い"を書いたものというのが、いちばん近いだろうと思う。「ことさら「3・11による変化」を見ようとすることよりも、3・11によってもこの社会がなお不変であることを見ることこそが求められている」(pp.107-108)というのが、開沼さんの立場。

「3・11以後、一般向けの媒体に発表してきた、評論、エッセー、ルポ、対談などと様々に分類可能な文の一部を、集め構成し並べ直したものだ」(p.378、あとがき)というこの本は、修士論文をほとんどそのまま出版した『「フクシマ」論』や、研究者方面の方々が寄って書いたらしい『「原発避難」論』の、論文ちっくな文章と比べると、だいぶ読みやすい。

字がつまり気味の400ページ近い本を読んでいると、開沼さんが追ってきたこと、問うてきたことが、いろんなかたちで繰り返し書かれ、語られていて、じわーっと分かってくる気がした。もういちど『「フクシマ」論』を読みなおしたいと思った。

"フクシマ"という対象を通して、近代をなりたたせてきた「支配する眼差し」がどう在ったのかを、開沼さんはしつこく追っている。

震災日録―記憶を記録する(森まゆみ)

震災日録―記憶を記録する震災日録―記憶を記録する
(2013/02/21)
森まゆみ

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著者は、2011年3月11日からの一年を「震災日録」として、自身のホームページに書き続けた。原稿用紙で数えればおそらく1000枚以上あるという、それらの日録を、まとめて新書にするにあたり三分の一に圧縮、そうすると「被災地と原発事故に関すること以外はほとんど削らなくてはならなかった」(p.256)という。日常のあれこれを削ると、まるで自分が使命感と情熱で走り続けたように見えるのが面映ゆいと書かれている。

とはいえ、「記録されないことは記憶されない」という思いで、著者は日々を書き続けた。

▼いま起こっている途方もない災厄について、何か分析したり、評言めいたことを書くことは私にはできない。だけど関東大震災について、東京大空襲について、書き遺されたリアルタイムの日録を読んで、あとでまとめた感想や記憶とは違うと納得することがある。新聞やテレビは大所高所から報道する。私は26年間、『谷根千』で小所低所から人々のかそけき声を聞き取ってきた。地域の日常を、被災地で見たものを聞いたことを書いておこうと決めた(3.21記)。 (p.1、発災直後)

やさしい版画教室(大田耕士 編)

やさしい版画教室(大田耕士 編)やさしい版画教室
(1984/08)
大田耕士 編

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「バレンに興味が…」と近所の図書館のカウンターで訊ねると、とりあえず書架ありだったものが出てきて、『版画に遊ぶ』とこの本を借りていた。

これは、児童書架から出てきたやつで、技法にかんしては「紙はんがのつくり方」から始まって、板紙凸版、板紙凹版、切り紙版、木版画、ステンシル、ドライポイント、エッチング、スチレン版…等々、イラスト入りで版のつくり方から刷り方、版の保管の仕方、後片づけまでをそれぞれ丁寧に書いたのと作品鑑賞とがこの本のメインになっている。

小学校や中学校でやった技法は、こんなんやったなぁ!と懐かしい。木版の多色刷りをこないだやって「鍵見当」と「引き付け見当」をおぼえた私は、「見当紙」という、刷る紙と同じ大きさで、版をどこに置くかの印を付けておく紙のなまえを見て、「見当(けんとう)」ってここにもあるんやなと印象深い。

最後に「バレンのつくり方」が載ってるところもよかったが、私がいちばんおもしろかったのは、編者(日本教育版画協会委員長、という肩書きがついている)が書いた「あとがき―はんが の はなし」と、「まえがき」だった。

▼はんがは、たのしい絵です。たくさん刷れば、たくさんの人に、そのたのしさをわけられる絵です。
 はんがをつくるのも、とても、たのしいです。紙にうつすとき、胸がどきどきするくらい、うれしく、たのしくなります。…(p.2、まえがき)

小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ(平川克美)

小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ小商いのすすめ 
「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ

(2012/01/20)
平川克美

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この本は、出た頃にチェックしたものの、そのまま忘却の彼方へ飛んでいた。『脱資本主義宣言』を読んだら、前に読んだ『経済成長という病』をもういちど読んでみたくなったが、『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』を読んでいたら、こっちの『小商いのすすめ』が言及されていて、あーそういえばこの本と思い、図書館で借りてきた。

平川は、『経済成長という病』のあと、『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』を書き、そしてこの本を書いたらしい(そして、この本とほぼ同時に『俺に似たひと』が出て、こっちは読んだ) 。

タイトルには「小商いのすすめ」とあるが、実務的、実用的な、こうやったら商いができまっせーといった話が書いてあるわけではない、という意味では、小商いそのものはほとんど論じられていない。

とはいうものの、「しかし、本書はまぎれもなく「小商い」についての考察なのです」(p.1)と、そのココロのようなものが書かれている。

創作市場(第5号) 版画に遊ぶ

創作市場(第5号) 版画に遊ぶ創作市場(第5号) 版画に遊ぶ
(1997/06)


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このところ、何カ所かで作品をあれこれ見たり、自分でも擦ってみたり、版画づいていて、「本バレン」に興味をもったこともあり、なにか「バレンのことや版画の技法のことを書いた本はないか」と図書館で聞いてみたら、とりあえず棚にあったこの本と、『やさしい版画教室』が出てきて、めずらしくカードに空きもあったので、借りてきて読みつつ眺める。

版画の技法と工程、それぞれの技法による作家と作品が、道具や作品の写真入りでコンパクトにまとめられていて、ふぅぅーーーーんとおもしろかった。とりあげられているのは、凸版(代表的なものは木版)、凹版(いわゆる銅版画)、平版(石版)、孔版(シルクスクリーン、合羽版、謄写版)で、こんなん学校の図工でやったなーというのもある。

先日は、和歌山県美へ「版画について考える 101年目の宿題」を見にいったこともあって、キャプションに書いてあるいろいろな技法のうち、もひとつよくわかってなかったのも、あーこんなふうにしてつくるのかと納得したり。

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」(渡邉格)

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」
(2013/09/25)
渡邉格

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何でこの本のことを知ったか忘れてしまったが、しばらく前から図書館で予約待ちをしていた。それが、『脱資本主義宣言』を読みおわるのを見ていたかのように、順番がまわってきた。

書類やら手続きやら月初からのいろいろが、とりあえず一段落して、久しぶりに手は編みものをしつつ、本を読む。手を動かしつつ朝から読んでいた本を、昼過ぎに読み終える。

「腐る経済」というのは、どうも「脱資本主義」と似ているようだった。『脱資本主義宣言』では、アメリカ様の儲けるご意向がばかすか通り、暮らしが急激に変わってしまった事態のひとつとして、「パン食」の普及についてずいぶん書いてあった。そういうのを読んだばっかりだったので、「パン」屋さんが「脱資本主義」みたいな話を書いてるのは、ちょっと「?」だったが、読んでいると、どうも似たニオイのする本なのだ。

リアル・シンデレラ(姫野カオルコ)

リアル・シンデレラリアル・シンデレラ
(2012/06/12)
姫野カオルコ

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本読みの友より「姫野カオルコの『リアル・シンデレラ』読んでー!」と便りが届く。姫野本はけっこう読んでるつもりだったが、これは読んでなかった。図書館には単行本しかなかったし、読んだあとは誰かにまわそうという算段で、本屋で文庫本を買ってきて読む。

姫野カオルコには、いろんな芸風の作品があるが、これは『昭和の犬』系だと思った。周りの人を描くことで、主人公の泉(せん)ちゃんという人が浮かび上がってくるかんじ。

友は「シンデレラ」というタイトルから、主人公の泉(せん)ちゃんを、どういうふうにシアワセにしていくのだろう?と思っていたそうだ。「シンデレラ」というタイトルの意味も考えてしまったという。読んでいるうちに、自分の想像をあちこちひっくりかえされて、「うぉー!こうきたか!の連続だった」と便りには書いてあった。

脱資本主義宣言 グローバル経済が蝕む暮らし(鶴見済)

脱資本主義宣言 グローバル経済が蝕む暮らし脱資本主義宣言
グローバル経済が蝕む暮らし

(2012/06/22)
鶴見済

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パーマカルチャーがなんとかいう講座へ、リック・タナカさんの「降りていくための処方箋」などが載った『We』175号を背負っていったときに知りあったのが、長屋の傍房の管理人さんだった。なんどか傍房へあそびにいき、お茶を飲み飲み編み物をしたり。

この本は、管理人さんから借りていた。「暮らしを持ち寄る集会所」になればと傍房をひらき、"物やエネルギーの消費に頼るばかりではない暮らし"をかんがえてこられたのだろう管理人さんのことや、自分の暮らしのことをいろいろと思いながら読んだ。

たぶん、よく言われるのだろう、「おわりに」でこう書いてある。
▼「脱資本主義」などと言うと、「社会主義にするのか」「カネを使わないのか」「昔に戻るのか」などと極端な反論が飛んできそうだが、どれも違う。少なくとも自分は、とりあえず理想とする方向に向かってみて、その先のことはその都度考えればいいという立場だ。なぜなら、どういう社会にすべきかは、それぞれの場所によって違う答があるはずだから。(p.214)
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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