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ピストルと荊冠 〈被差別〉と〈暴力〉で大阪を背負った男・小西邦彦(角岡伸彦)

ピストルと荊冠 〈被差別〉と〈暴力〉で大阪を背負った男・小西邦彦ピストルと荊冠
〈被差別〉と〈暴力〉で大阪を背負った男・小西邦彦

(2012/10/17)
角岡伸彦

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近所の図書館にないのでリクエストしたら、去年の本ではあるが珍しく購入になったようだ。
『とことん!部落問題』とか、『ホルモン奉行』とか、『カニは横に歩く』などの著書がある角岡伸彦さんの作。飛鳥会事件で逮捕された"極道支部長"、小西邦彦を描いている。

小西と同じ立場の部落出身である角岡は、取材に乗り気ではなかった。好きで書いているわけではないともいう。
▼私は小西の批判を含めて、雑誌でも本書でも思うままに書いた。私が常に意識したのは、もし自分がそこにいたら、どうしただろうか、ということだった。市職員の立場で小西と接したとき、「それは無理です」と言えたのか? 銀行員であったら? 支部員であったら? そのような視点がない、「こんな悪い人がいますよ」といったような勧善懲悪型の記事や本にはしたくなかった。
 人間は単純に「善人」と「悪人」に二分されるわけではない。私も含めて、両方を持ち合わせている。ただ、小西の場合、双方の「量」と「質」が尋常ではなかった。(pp.249-250)

なのはな(萩尾望都)

なのはななのはな
(2012/03/07)
萩尾望都

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どこで読んだのだったか、"『なのはな』及び全ての作品を讃えて"と、萩尾望都がジェンダーSF研究会から生涯功労賞をうけた(※)というニュースをみて、マンガのリクエストをなぜか受け付けないというルールがある近所の図書館にあるか?と検索してみたら、あった。ので、借りてきて読んでみる。

2011年3月11日の震災で起こった福島での原発事故。次々と建屋が爆発し、そのなかで政府も電力会社も「大丈夫」と言っている。萩尾望都は、「胸のザワザワが止まらず、といって誰に聞いていいか解らず、何も手がつかないまま」(p.156)だったという。

キュリー夫人がラジウムを発見したところから始まる放射性物質の歴史を調べながら、萩尾望都は「人々がこの奇跡のような新しいエネルギーに魅了され、のめり込んで行く様子はハラハラします」(p.157)と書く。その力への欲望が、危険だと解っていても逃れられない呪縛のように思えて、ウランやプルトニウムを擬人化した三部作のアイデアが浮かんだのだという。

学校では教えてくれないお金の話(金子哲雄)

学校では教えてくれないお金の話学校では教えてくれないお金の話
(2011/07/15)
金子哲雄

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著者は去年41歳で亡くなった。その終い支度を書いた本は、図書館でもまだ何十人か予約待ち。テレビで活躍していた人らしいが、私はほとんどテレビを見ないので、知らず。でも、図書館に所蔵のある本だけでも12冊あって、すごい多作にびっくり。図書館にあった中から「14歳の世渡り術」シリーズ(河出書房新社)の本を借りてみた。

著者は「金銭感覚」を身につけようという。金銭感覚とは、先を見通す力、つまりは、これから先の人生を生きていくために、どれくらいお金が必要かを把握しておく能力のこと。「きちんとした金銭感覚を身につけて、世の中がどんなに変化しても、強く生き抜いていってほしい」(p.5)と、この本は書かれた。

"お金がなくてもゴージャスに暮らせる"という4章の「集才」の話がおもしろかった。それは得意だよという友だちをもとうというのだ。そういう友達を集めるには、自分もひとつでいいから得意分野をもとう。このことなら、とりあえずあいつに聞きにいこうという窓口になれば、人が集まってくる。人が集まれば、世の中の流れが読めるようになる。友だちはお金にも勝る財産だ、と著者はいう。

最後の子どもたち(グードルン・パウゼヴァング)

最後の子どもたち最後の子どもたち
(1984/05)
グードルン・パウゼヴァング

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『そこに僕らは居合わせた』を読み、『みえない雲』の人かと気づいてそれも読み、さかのぼって『最後の子どもたち』を借りてきて読む。

核爆弾が落とされ、生き残ったとしたら?
どんな状況で生きていかなくてはならないのか?

『みえない雲』は、チェルノブイリ原発事故からまもなく、もしこれが西ドイツのどまんなかで起こったら?というかたちで書かれていた。対して、この『最後の子どもたち』は、チェルノブイリ以前に、未知のできごとを物語として書いたかたちになっている。「現実」に起こったこととしては広島や長崎の被爆を参照しているようにも思った。

夏休み、家族で、母の両親が住むシェーベンボルンで過ごす4週間を楽しみにしていた、まもなく13歳になる「ぼく」を語り手に、物語は書かれている。両親と3つ上の姉、幼い妹とともに旅にむかう道中で核爆弾が炸裂したとおぼしき閃光と爆風にあい、倒木をのりこえながら、「ぼく」の一家は、祖父母たちの家へたどりつく。

隣人から、祖父母は、娘や孫たちの来訪を迎えるための買い物に、フルダの町へ出かけたと聞いて、「ぼく」の母は、フルダへ両親を探しに向かい、壊滅したフルダを目にして戻る。

『みえない雲』では、「ただちに影響はありません」とアナウンスされ、政府や軍が、原発事故の起きた一帯から人を出さないようにした光景が描かれていたが、この『最後の子どもたち』では、新聞やラジオによる発表もなにもなく、政府機能が途絶したもようが描かれる。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第67回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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