読んだり、書いたり、編んだり 

7月によみおわった本

7月に、てっぺんから最後まで読んだ本のリスト。ぐぐっと暑さが増してきて、うずまく思いもあって、きもちがささくれ気味のうえ、からだは疲れ気味。

6月いらい、もやもやしつづけている出生前診断のことでは、7月半ばに利光惠子さんの話を聞きに行った。そして、いろいろモンダイ含みだと思う岩波ジュニア新書(『理系女子的生き方のススメ』)のことは、『ヒューマンライツ』の8月号で書いた。

月末には、友人に連れられ、岡山のハンセン病療養所、邑久光明園長島愛生園を訪ねる機会があった。高校生の頃に『いのちの初夜』を読み、大学生のときに『隔離―故郷を追われたハンセン病者たち』を読み、そのあとも本や資料はいろいろ読んできたが、療養所を実際に訪ねるのは初めてのこと。

およぐひと(長谷川集平)

およぐひとおよぐひと
(2013/04/19)
長谷川集平

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朝から足がつってイタタタタとなって動けず、行く気まんまんだったのに行けずだった長谷川集平の講演会

「…ぼくが みたのは
 いえに かえるひとと
 とおくに いくひと。
 ぼくらのように
 テレビや しんぶんに のらないひとたち」


あそこで あったこと。
あそこで みたひと。
そのひとたちのことを はなそうとすると むねがつまる。
まだことばに できそうにない。

今日(伊藤比呂美・訳、下田昌克・画)

今日今日
(2013/02/13)
伊藤比呂美・訳
下田昌克・画

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元職場の図書室へ行った時に「これ、知ってる?」と元同僚さんに訊かれ、知らないですと借りてみる。表紙には、英語が書いてあって、洋書か?という風情。巻末に、英語の原詩も収録されているが、メインのところは伊藤比呂美による訳詩と、下田昌克の絵。

原詩は、気がついたらネットに出回っていましたという"よみ人知らず"の詩。伊藤の旧知の編集者、関口香がニュージーランドの子育て支援施設に行ってみたら、壁にこの詩が貼ってあったそうだ。

伊藤自身がそうだったように、「子どもはかわいいと思うし、かわいがりたいと思うけれども、生活に疲れはてていて、ときどきそれどころじゃない…という母親たち」(p.49)に、関口はこの詩を伝えたいと思ったそうだ。

幻想郵便局(堀川アサコ)

幻想郵便局幻想郵便局
(2013/01/16)
堀川アサコ

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ひまつぶしに借りてみたが、私にはあまりおもしろくなかった。

山の上の登天郵便局。ひょんなことからそこに勤めることになったアズサは、この郵便局がなにか違うことにだんだん気づいていく。

彼岸と此岸、冥界と現世との境目にあるという登天郵便局は、人間が死んだらここから冥界に行くという入口であり、死んだ人から生きている人への挨拶状を引きうけ、亡くなった人への手紙も配達する。

そういう話のなかで、亡くなった人、生きている人が交錯する。私には、とくに、アユムくんという、死んだ坊やについて、著者が書くいろいろが、引っかかった。

知っていますか?出生前診断一問一答(優生思想を問うネットワーク)

知っていますか?出生前診断一問一答知っていますか?出生前診断一問一答
(2003/02)
優生思想を問うネットワーク

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これも、以前に読んだ本だが、あらためて借りてきて読む。「はじめに」では、「医療現場で出生前診断が行われるようになって30年余りになります」(p.1)と書かれている。この本が出たのが10年前、つまり、私が生まれた頃から、出生前診断は行われるようになってきたということ。

それは、原発が動きはじめてからの年月ともほぼ同じやなあと思う。技術が、社会の中でどうかということを十分考える機会のないまま、導入されてきた、という点で、両者のあり方は似ている気もする。

この本で示されている「問」は18。なかでも、「治療法のない重い障害」だったら診断は必要なのでは?という問7のことは、ぐぐぐっとくる。そういう子は生まれてもかえって不幸ではないか、という意見に対して、どう答えられるのか。

本には、人によって何が不幸だと感じるかは違うということや、どこからが重篤だと線引きすることは難しいと書いてある。

ルポルタージュ出生前診断―生命誕生の現場に何が起きているのか?(坂井律子)

ルポルタージュ出生前診断―生命誕生の現場に何が起きているのか?ルポルタージュ出生前診断
―生命誕生の現場に何が起きているのか?

(1999/06)
坂井律子

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『子どもを選ばないことを選ぶ』ですすめられていた本のひとつ。15年ほど前の本だが、今読んでも、十分に通じる。

▼出生前診断技術(はじめは胎児診断と呼ばれた)は、登場したころ、胎児の段階で病気を発見し、治療することができる技術だと盛んに語られていた。しかし実際には治療不可能な「病気」や「障害」が見つかり、それを理由に胎児を中絶することに結びついていった。1970年代、医学は、中絶によって障害や病気を持った子が生まれてこなくなることを「出生予防」と呼び、治療できないものは予防するのが次善の道である、という考え方に基づいて、「この技術は人類の福音だ」と語った。
 しかし、この技術は「生命を選んでよいのか」、「自分の赤ちゃんをその生命の質によって選ぶことが出来るのか」という大きな問題を私たちに突きつけたのである。(pp.6-7)

そういう技術による検査を「受けたい人は受ける」ということと、それは「障害者差別にならない」ということは、本当に両立するのか? 検査は検査として充実させ、障害者福祉は福祉として充実させればよいのだ、というダブル・スタンダードというべき論理がみられるようになって、もやもやとしたものを胸に、著者は取材を続けていく。

すでに母体血清マーカーテストが、スクリーニング(ふるい分け)としてすでに普及していたイギリスでの取材からは、"簡便に受けられて、安心な検査"が、どれほどの葛藤と苦しみを妊婦に与えているかがかいま見える。

そして、こうした検査の過程で強調される「妊婦の自己決定」が、なお女性たちを苦しめているように思えた。自己決定を保証するためにカウンセリングシステムが確立されてきた、というのは、なんだかマッチポンプに思えてならなかった。

子どもを選ばないことを選ぶ―いのちの現場から出生前診断を問う(大野明子)

子どもを選ばないことを選ぶ―いのちの現場から出生前診断を問う子どもを選ばないことを選ぶ
―いのちの現場から出生前診断を問う

(2003/05/01)
大野明子

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何年か前にも読んだ本を、出生前診断についてのモヤモヤが続いて、また借りてきて読む。もう10年前の本だが、新型出生前診断という"血液検査で簡単に受けられる手法"がこの4月から始まり、それに「希望者が殺到」という状況を思うに、この本で書かれていることは、10年経った今も通じることだし、古びてないなと思う。

▼いかに美辞麗句で飾ろうとも、出生前診断の本質は、障害をもった子どもを人工妊娠中絶が可能な妊娠週数で見つけだし、排除することです。そして、そのおもな標的は、常染色体の数の異常として最も頻度が高く、かつ見つけやすいダウン症の子どもたちなのです。ダウン症は先天的な障害の一部にすぎず、しかも障害には後天的なもののほうが多いにもかかわらず、です。(p.29)

「知っておくことを避けられなくなってしまった現在、技術本位でない情報が必要だと思います」(p.2)と著者は書く。そして、「状況は個別ですから具体的には説明できなくても、たくさんの先輩たちがすくすくと育ち、家族とともに幸福に暮らしていることを知ってほしい」(p.3)と。

いま、はっきりと、出生前診断を是としない、という著者も、かつては、あいまいな姿勢だった。

母親やめてもいいですか(山口かこ)

母親やめてもいいですか母親やめてもいいですか
(2013/03/01)
山口かこ

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気になっていた本が、新着棚にあったので借りてくる。「広汎性発達障害の娘の母親」としての体験をえがいたコミックエッセイ。

「障害を持つ子どものお母さん」=明るくて、前向きで、優しい、太陽のような… そんなイメージがあるかもしれないし、実際に著者の知る「障害を持つ子どものお母さん」は明るく朗らかだというが、この本には、そんな母は登場しない。

娘が広汎性発達障害だとわかって、ジタバタ、ふらふら、迷走した「私」のこと、不安、葛藤、嫉妬、怒り、悲しみ、情けないこと、恥ずかしいことも含めて、「私」の体験が率直に表現されている。

オトナ婚です、わたしたち 十人十色のつがい方(大塚玲子)

オトナ婚です、わたしたち: 十人十色のつがい方オトナ婚です、わたしたち
十人十色のつがい方

(2013/02/20)
大塚玲子

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「結婚」て何??というのは、私にとって、かなり以前からの疑問のひとつ。いったい「何」があったら結婚で、「何」がなかったら結婚ではないのか、いまだに解けないナゾのひとつ。「何」をもって結婚だと言い、「何」をもってそうではないと考えるのか。

この本には、「カタチはなんでもいいじゃない」という第1部と、「中身もなんでもいいじゃない」という第2部にわけて、10の「つがい」が紹介されている。それぞれの「つがい」に付けられている目次のラベルは、こんなだ。

半同居婚、別居婚、おめでた事実婚、子連れ初婚、女×女婚、役割逆転婚、年の差婚、お見合い婿入り婚、浮気容認婚、じゃんけん妻氏婚。

このほかにも、コラムの形で「みなさまの声」が多数紹介されていて、「結婚」て何??に対して、そういうのもアリか、と思えるつくり。

たくきよしみつ氏 トーク&ライブ at 西成(7/28)

『We』183号(http://femixwe.cart.fc2.com/ca20/81/p-r20-s/)で、「勝ち犬・負け犬じゃない、狛犬だぜ!」の話を聞いた、槙邦彦さん(コマイナーズ)が、狛犬研究の師と仰ぐ、たくきよしみつさん来阪で、トーク&ライブがあります。槙さんのコマイナーズもウェルカム演奏をするそうです。行くで~~

大阪西成でトーク&ライブ■日時:7月28日(日) 14:00~

■タイムスケジュール:
13:30 開場

14:00 開演(コマイナーズによる前座演奏)
14:20 第一部 たくきよしみつ氏トーク
「フクシマ」は災害ではなく社会システムの問題
~原発25kmの自宅で見てきたこと
16:00 第二部 ライブ&セッション
17:00 終演

※資料代として500円いただきます
一時保育あり(ご希望の方は事前に予約をお願いします)

【主催】コマイナーズ・コレクティブ
【協力】西成青い空カンパ
【問合せ】090-4765-7310(マキ)maki@dogodog.com

■会場:釜ヶ崎ふるさとの家
(大阪市西成区萩之茶屋3-1-10 TEL:06-6641-8273)
Genre : 日記 日記

精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本(大熊一夫)

精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本
(2009/10/07)
大熊一夫

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『罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦』の浜井浩一さんに取材にいくことになり、あわせてこの大熊さんの本も読んでみた。

何年か前に、フランコ・バザーリアのことを知りたくていくつか本を読んだ(『自由こそ治療だ』とか『トリエステ精神保健サービスガイド』とか)のを、また読みなおしたいと思った。

多くの先進国で、脱施設化・地域化をめざす精神保険改革が始まり、精神科病床は減り、これまで入院していた人たちが在宅で暮らすための社会資源が増えていった、という。だが、日本は、そういう時代に、精神科病床を増やしつづけ、入院し続けている(させられ続けている)人が多数いて、在宅の暮らしを支える資源もたよりないままだ。

マニコミオ(精神病院)をなくす法を(通称バザーリア法)つくったイタリアは、20世紀の終わりまでに、すべてのマニコミオを閉じ、全土に公的地域精神保健サービス網を敷いた。

かつて、精神病院の鉄格子の内側に入り、『ルポ・精神病棟』を書いた著者は、このイタリアの多くのまちが、精神病院を使わずとも重い統合失調症の人たちを支えていることを知り、『ルポ・精神病棟』から39年経って、やっと解決編を書く機会が訪れたと、はじめに記している。

ききがたり ときをためる暮らし(つばた英子、つばたしゅういち/聞き手:水野恵美子、撮影:落合由利子)

ききがたり ときをためる暮らしききがたり ときをためる暮らし
(2012/09)
つばた英子、つばたしゅういち
聞き手:水野恵美子、撮影:落合由利子

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何ヶ月か、図書館で予約待ちしていた本が届いて読む。はて、私はどうしてこの本を知って、なんでリクエストしたのだったか、全く思い出せない。誰かから紹介されたような気もするし、新聞かなにかで見たような気もするし、しかし記憶がはっきりしない。

しかも、ネットで本の予約をしたり、貸出期限をチェックするたびに、予約リストにあがっているこの本のタイトルを目にしていたが、本が届くまで、私は、友達におしえてもらった別の本を予約していたのだとばかり思い込んでいて、本が届いて、あれ、違うと気づいたのだった。

「ききがたり」のこの本は、1928年うまれの英子(ひでこ)さん、1925年うまれの修一(しゅういち)さんのお二人の暮らしを、一年かけて毎月、朝・昼・夜とゆっくり一緒に過ごす時間をもつことでうまれている。

そうして時間をかけて聴きとってきたことが、「土を耕す」「シンプル・イズ・ベスト」「すべての暮らしは台所から」「大切なこと」という4つの章におさめられている。

英子さんの「自分に具わった感覚で、物事を判断する」ということ、それを通してここまで生きてきはったことが、こんなふうに語られている。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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