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読んだり、書いたり、編んだり 

お囃子えりちゃん寄席ばなし(恩田えり[著]、新子友子[漫画])

お囃子えりちゃん寄席ばなしお囃子えりちゃん寄席ばなし
(2012/02/17)
恩田えり[著]、新子友子[漫画]

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何となく借りてきた本が、かなりおもしろかった。

ある日寄席に行き、その雰囲気に魅了されて、寄席という場で生きていきたい!と思った、えりちゃんが、「お囃子さんになりたいんですけど」と国立劇場に電話して、その後、三味線を習い、「寄席囃子養成コース」(国立劇場伝統芸能伝承者育成機関)を経て、プロになった。

養成コースでの同期は全員、三味線の名取だったというから、フツウの会社員だったえりちゃんが、「なりたい!」という思いはあったにせよ、寄席囃子になった(なれた)というのは、それなりに珍しい経験なのだろう。養成コース時代は、もうひっしこいてベンキョウし、練習した風である。

えりちゃんの歳ははっきりとは書いてないが、たぶん私よりちょっと下くらいか。会社員から、ひょいとこんな伝統芸能の世界に入る人も、いるんやなーというかんじ。

みんな、やさしかったよ―三百六十五日の愛の物語(児玉隆也)

みんな、やさしかったよ―三百六十五日の愛の物語(児玉隆也)みんな、やさしかったよ
―三百六十五日の愛の物語

(1977)
児玉隆也

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児玉隆也の本で、図書館にあったのを借りてくる。「この本は、児玉隆也さんの最後の本である」と巻頭にある。

児玉は、アンカーであり、リライターであった。この本のもとになった「三百六十五日の愛の物語」は、講談社の『週刊ヤングレディ』に連載されたもので、取材記者の書いてきたデータ原稿を「児玉さんの"目"で完成原稿にする、というシステムだった」という。

なので、児玉隆也という名で出ている本だが、当時の取材記者6人との合作ともいえる。若い人に取材を手伝ってもらったという意味では、『一銭五厘たちの横丁』もそうだというが、この本を読んで、ああこんなふうに児玉はアンカーをやっていたのかというのがよくわかった。児玉は、取材のやり方、原稿の書き方を身を以て示し、服装や言葉遣いなどにもうるさかったという。そうして鍛えられた6人は、いまそれぞれにアンカーやリポーター、ルポライターとして一人立ちしているとまえがきにある。その人たちの「三回忌までになんとかして児玉さんの最後の本を出したい」という思いが、この本になっている。

いのちと核燃と六ヶ所村(島田恵)

いのちと核燃と六ヶ所村(島田恵)いのちと核燃と六ヶ所村
(1989/06)
島田恵

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島田惠(しまだ・けい)さんの映画上映をこんどのWeフォーラムで考えているというので、島田さんの古い本を借りてきて読んでみる。これは、島田さんが初めて下北半島を訪れた1986年の夏、そして1986年の秋、1987年の冬、春、夏と数度にわたって六カ所村やその周辺に滞在した際の記録。六カ所村内を歩き回る中で、島田さんは多くの人から、さまざまな話を聞いている。

1986年の7月25日、島田さんは上野発の夜行列車「八甲田」で11時間以上揺られ、本州最北の半島の野辺地駅へついた。その3ヶ月前には、ソ連のチェルノブイリで原発事故があった。「下北半島の六ヶ所村というところに、核燃料サイクル基地が作られようとしている」という話を聞き、"六ヶ所村には何か大変なものができるんだな。とにかく行ってみよう"という気持ちで、島田さんは半ば旅行者気分でやってきた。

▼六ヶ所村は、下北半島のつけ根の東側、太平洋に沿って南北に長い村で人口約1万2000人。下北半島にあるが、正しくは上北郡六ヶ所村である。20年ほど前、『むつ小川原開発』という巨大石油コンビナートの開発計画があったところだ。しかし、土地は買収したものの、その後、企業は何ひとつ来ず、『むつ小川原開発』地域には、国家石油備蓄基地が建っているだけなのだという。核燃料サイクル基地は、その『むつ小川原開発』の失敗の上に、建設が計画されたものだった。(p.9)

たしか去年、鎌田慧の本『ルポ 下北核半島―原発と基地と人々』で、この半島のことを読んだなと、記憶を探る。

無念は力(坂上遼)

無念は力無念は力
(2003/11/13)
坂上遼

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ネットで「児玉隆也」と引くと、この表紙画像が出てくるので、なにかなと思っていたら、よくよくサブタイトルを見ると、坂上遼さんという探訪記者さんが、児玉隆也の38年の生涯を書いたものだった。近所の図書館にあったので借りてくる。これでも、もう10年前の本。

坂上さんは、児玉隆也の15歳下になる。『安井かずみがいた時代』を書いた島崎さんが、安井かずみの15歳下だった。それくらいの歳の差が、対象が生きた時代を共有しつつ書けるのかなと思ったりする。

▼ルポライター児玉隆也を知る人は少ない。12年間の編集者生活のあと、ルポライターになったものの、実質活動期間は3年にすぎないからだ。
 この間に書き残した原稿は、7千枚をゆうに超える。晩年親しかった『文藝春秋』編集長の田中健五が、『この三十年の日本人』(新潮文庫)の解説の中で、〈三年間に三千枚〉と記しているが、署名、筆名、無署名を使い分けていた児玉の遺族の手元に残る作品のコピーや大宅文庫などの資料から、その倍以上の枚数を書き上げていたことがわかる。
 人をして「地を這う取材」と称せられるほど、恐ろしく詳細なことまでも調べ上げている。最後の一年はガンと気づかぬまま、まるで死に急ぐかのような取材を続け、『ヤングレディ』『諸君!』『文藝春秋』『潮』『週刊朝日』に次々と作品を発表している。(p.1)

3年間に7千枚を書いたその取材エネルギー、坂上さんは、児玉の足跡をたどっていくなかで、それは児玉の「無念」と「上昇志向」が表裏一体となって噴出したものと思う、と書いている。

安井かずみがいた時代(島崎今日子)

安井かずみがいた時代安井かずみがいた時代
(2013/02/26)
島崎今日子

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読みますか~と貸してもらった本。著者の島崎今日子さんは『女学者丁々発止』とか『この国で女であるということ』の人だと分かるが、「安井かずみって、誰?」と思うくらい、私は知らなかった。

私がわかる歌だと、「格子戸をくぐりぬけ…」という『私の城下町』を作詞した人でもあるらしい。そして、カバーの袖を見て、安井かずみが1939年うまれ、というところに目がいく。安井かずみは、私の母と同い年で、早く死んだと言われる母よりも、さらに早く亡くなっていた。

もとは『婦人画報』という雑誌に連載されたもの。島崎さんは1回ごとに証言者を立て、本文に彼女の詞をもりこんで、「安井かずみがいた時代」というタイトルで書く提案をして、そのように書いた。

なんらかのかたちで安井かずみと関わった人たち(のうち、取材を受けてくれた人たち)が、さまざまに、自分が見聞きした「安井かずみ」を語っている。証言者によって、安井かずみを見る目、そして安井かずみと加藤和彦という夫妻を見る目は、違っていた。

障害と文学―「しののめ」から「青い芝の会」へ(荒井裕樹)

障害と文学―「しののめ」から「青い芝の会」へ障害と文学
―「しののめ」から「青い芝の会」へ

(2011/02)
荒井裕樹

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『季刊 福祉労働』138号の巻頭対談を読んで、読みそびれていたこの人の『障害と文学』を借りてきて読む。脳性麻痺者の文学について書いた博論の半分(もう半分はハンセン病者の文学を扱っているそうだ)にいくつか書きおろしを加えて一冊になっている。

「障害者が自身の障害に起因する苦しみや悩みを重要な動機とし、同時にそれを主題として描いた文学作品であり、またそのような作品を生み出していった一連の文学活動の歴史と意義について考えてみたい」(p.7)と、序章にはある。

そのために、この本では、花田春兆と、花田が長らく主宰してきた文芸同人団体「しののめ」、そして横田弘と、「青い芝の会」という、2人の脳性麻痺者と、2つの団体がとりあげられている。

第一部 「綴る文化」の戦後史
第二部 「いのち」の価値の語り方
第三部 横田弘の詩と思想

大規模収容施設に入れられ、あるいは自宅で家族の管理下に置かれ、社会から隔絶したところにいた脳性麻痺者たちが、徐々に仲間をつくり、自らの言葉を発しはじめるのが1950年代だという。1950年代は、日本の障害者運動の芽生えの時期でもあった。

震災トラウマと復興ストレス(宮地尚子)

震災トラウマと復興ストレス震災トラウマと復興ストレス
(2011/08/11)
宮地尚子

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▼東日本大震災は多くのトラウマ(心の傷)をもたらしました。「心のケア」の必要性についても、すでに多くの人が指摘しています。
 けれど、震災からの復興がもたらす傷つきについては、あまり気づかれていないように思います。復興はよいもの、望ましいものと思われがちだからです。(p.2)

宮地さんは、これまでの支援経験をもとに、「環状島」というモデルを使って、被災者と支援者との位置関係、そこに起こる葛藤や変化を説明する。とくに第3章の「支援者の位置」の話が、印象的。これは被災者との関係に限らない、「支援」という場でどこでも起こりうることだと思う。

▼支援者が自分のこれまで未解決の問題や過去の人間関係を被災者に投影させたりすることもあります。…(略)円自己の不全感を満たそうという気持ちが支援者の無意識の中にあると、被災者を支配しようとしてしまうこともあります。被災者が自分の思いどおりに動いてくれなかったり感謝してくれなかったりすると、腹が立って被災者に批判的になるかもしれません。(p.30)

私の中の男の子(山崎ナオコーラ)

私の中の男の子私の中の男の子
(2012/02/24)
山崎ナオコーラ

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「雪村には十九歳まで性別がなかった。」と始まる1ページ目で、つかまれた。

主人公の雪村は、19歳で小説家としてデビュー。それまでは、性別なんかなかったのに、性別がくっつけられる=周囲から「女の作家」と扱われることに、雪村は違和感を抱く。話を読んでいるかぎりでは、雪村は、けっこう"女らしい”見た目のようにも思えるのだが(フリフリの服を着てたり、胸がでかかったり)、小説を書く、という点で性別がどうのこうのと入ってくるのは雪村にはたまらないことらしい。

読んでいて、どの小説だったかの著者近影に「胴体」の写真を使っていた姫野カオルコのことを、思い浮かべた。雪村は、著者近影の写真として、編集担当の紺野(いくつか年上の男性)の写真を使わせてくれと頼んだりするのだ。(この本でも、後ろのカバー袖にある、著者近影風のイラストは、どう見てもおっさんである)。

この人の他の小説もそうだったが、なんだか課題レポートを読んでいるような、フシギな感じがある。雪村が、セルフレポートをしているというか。

〈わたし〉を生きる―女たちの肖像(島崎今日子)

〈わたし〉を生きる―女たちの肖像〈わたし〉を生きる―女たちの肖像
(2011/06/30)
島崎今日子

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主にAERAの「現代の肖像」に書かれたものをまとめた本。取材時から10年ほど経っているものも多いが、そういう時間の経過はあまり気にならない。

取り上げられているのは、作家、俳優、ジャズシンガー、漫画家、CEO、演劇プロデューサー、議員、学者、プロレスラー、スタイリスト、脚本家、写真家、プロボクサー、劇作家…等々。

本を読んだことがあったり(これが一番多い)、ライブへ行ったことがあったり、作品展を見たことがあったり、講演を聞いたことがあったり… 登場する人たちのことを全く知らないわけではないものの、ご本人がどう「〈わたし〉を生き」てきたかは、ほとんど知らない。

その知らないところが、ぐぐっと書いてある。

県庁おもてなし課(有川浩)

県庁おもてなし課県庁おもてなし課
(2011/03/29)
有川浩

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映画化されるということもあり、文庫化された本もばんばん売れているようで、図書館でも長蛇の予約待ち。文庫を買って読もうかな~と思いながら、図書館へ予約してみたら、さすがに大量に副本があるようで、思ったよりはやく本がまわってきた。

高知県庁に実在するという「おもてなし課」。その実在の部署で働く人と、有川浩自身のやりとりが、この物語がうまれるベースになっている、らしい。そのベースを、フィクションとして仕上げ、うまいこと話をばちっとあわせるところは、いつもながらうまいなーと思う。

巻末には「物語が地方を元気にする!?」の鼎談が掲載されている。そのなかで、"観光の未来についてイメージされていることはありますか?"という問いに、有川浩はこう答えている。
有川 観光って「来て、見て、帰る」では、もうダメな時代になってると思うんですよね。物語が欲しいんですよ。その土地に行ったことによる物語を、お土産に持って帰りたいんです。例えば、馬路村に簡単に行けたら、物語にならないんですよ。アクセスの不便さこそが、物語になる。観光客は、物語を体験しに来てるんですね。(p.453)

終わらない歌(宮下奈都)

終わらない歌終わらない歌
(2012/11/17)
宮下奈都

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『よろこびの歌』から3年後、高校を卒業した彼女たちは大人になりかけている。それぞれの道へ歩みだしている。彼女たちの世界や人間関係は、高校のときよりも広がって、その中での迷いや悩み、楽しみや喜びが描かれる。

前作では、章のタイトルがザ・ハイロウズの歌から採られていたが、こんどはザ・ブルーハーツの歌のタイトルが本につけられていた。章のタイトルはいくつかの楽曲から採られている。

借りてきた日に読んで、返却期限がきたので、返す前にもう一度読む。物語に登場する彼女たちの、もう倍以上の歳になっているけど、こういう気持ちわかるなーと思うところがずいぶんあった。小説を読むのは、おもしろいからとか、ひまつぶしとか、そういうのもあるが、ふだんはじっくり見ないでいる自分の感情や人の思いに向きあうようなところがあるなと思う。

最初の章と最後の章は、こんども御木元玲で、「歌」が通底した物語なのは前作と同じだが、こんどの本では芝居がかなり絡んでくる。玲の一人暮らしの部屋にときどきやってくる高校時代からの友達・千夏が、進学せずに歌やダンスのレッスンに通い、小さなミュージカル劇団に所属していて、その千夏の存在感が前作よりずっと大きい。

そのせいか、『幕が上がる』を思い出すところがあった。芝居って、こういうものかなと思ったりしつつ読む。

6月8日(土)14時~ 「普通に生きる」上映会@神戸/筋ジス書道家 石井誠さんの個展

2013年68日(土)、神戸で「普通に生きる」の上映会があります! 会場で『We』を販売させていただけることになりました。

14:00 開映 無料
会場:神戸市教育会館(神戸市中央区中山手通4) アクセス
主催:兵庫県重症心身障害児(者)を守る会
※なるべく事前予約を(=守る会事務局 tel 0798-47-4477)、余裕があれば当日参加も可能です

motherbirdドキュメンタリー映画
普通に生きる~自立をめざして~

ドキュメンタリー映画 普通に生きる~自立をめざして~日常生活のすべてに手助けと医療的ケアを必要とする子をもつ親の多くは、「もし自分になにかあったら、この子はどうなるの?」と大きな不安を抱える。

この映画は、重い障がいをもった我が子と地域の中で普通に生きるために、親の会を立ち上げ、行政を突き動かし、理想の通所施設「でら~と」を立ち上げた、静岡県富士市・富士宮市に住む親の取り組みと、自立への試みを、5年にわたり記録したドキュメンタリーである。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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