読んだり、書いたり、編んだり 

5月によみおわった本

5月に、てっぺんから最後まで読んだ本のリスト。今月は、連休明けから『We』制作で一気にあわただしくなり、特集記事の1本が最後の最後までひっぱって休み返上になるなど、入稿までのドキドキが半端ではなかった。休みが飛ぶような状態になると、手紙がろくに書けなくなるが、本はわりと読んだ皐月。しかし、ブログに読書メモを書くよゆうはほとんどなかった。月初は薄ら寒く、後半は暑くなってきて、気温の上下があいかわらず大きいのがカラダに堪えた。月末に横浜ゆき6日間、そのあいだに梅雨入り。
-----

5/24~29のあいだ大阪不在です

次号We発送+会議、その他で、5/24~29のあいだ大阪不在です。
メールを見ない日があるかもしれません/いつもより返信おそくなります。

-----
私は行けないのですが、この期間のイベントなど
※お近くの方は、ぜひどうぞ

紙芝居劇むすび&ほなみ劇団 交流公演(5/25、宮城・石巻)
http://femixwe.blog10.fc2.com/blog-entry-513.html

民博で体験プログラム 「瞽女(ごぜ)文化にさわる」開催(5/25、大阪・吹田)
http://femixwe.blog10.fc2.com/blog-entry-506.html

「知るために、知らせるために」:ドキュメンタリーを見て語る『チョコラ!』(5/28、大阪・桃大)
http://www.andrew.ac.jp/newstopics2/2013/05/post-420.php
-----

では、行ってきます。
Genre : 日記 日記

境界を生きる 性と生のはざまで(毎日新聞「境界を生きる」取材班)

境界を生きる 性と生のはざまで境界を生きる 性と生のはざまで
(2013/02/26)
毎日新聞「境界を生きる」取材班

商品詳細を見る

毎日新聞で連載された「境界を生きる」が、加筆・修正されて本になったもの。とくに、性分化疾患(インターセックス)と、性同一性障害(トランスジェンダー)について、当事者や家族の経験、病院や学校、地域での対応、偏見の厚さと、それを破った事例などを取材している。表紙カバーのモデルは、小林空雅[たかまさ]さん。

空雅さんは、定時制高校の弁論大会で、「眠っている間さえも、本当の性別と異なる性の体と生活している違和感から逃れることができません」(p.136)と性同一性障害であることを公表し、その苦しみを訴えた。「…自分がコンプレックスだと思うことは、他の人からすれば気に留めることはないのかもしれません。自分(の体)が嫌なことに変わりはありませんが、それがあなたの個性だと言われると、少し気持ちが軽くなります」(pp.140-141)とも。

▼この世界は「男」と「女」だけでつくられていると考えている人は多いだろう。…
 普段の生活でも、トイレや制服、レンタルビデオ店の登録も、男女いずれかを選ばされることが当たり前だ。私たちはそんな社会で暮らしている。(p.10)

"性別"という大きな制度が、「生きたいように生きる」こと、「安心して生きること」を難しくさせている。何かに名前を書いたり、申し込んだりするときに、「男・女」という欄があると、(これは、何のために必要なのだろう)と考える。

全く悪気はないのだろうが、子どもが生まれた話には、ほぼもれなく「どっち?」という問いがつくし、恋バナの場面では、女性には「彼氏」、男性には「彼女」が相手だという前提を疑うことなく、話はすすんでいく。全く悪気のない人に、"性別"を当然視することの重さを伝えるのは難しいとよく思う。

ルポ 差別と貧困の外国人労働者(安田浩一)

ルポ 差別と貧困の外国人労働者ルポ 差別と貧困の外国人労働者
(2010/06/17)
安田浩一

商品詳細を見る

『ネットと愛国』の人の、別の本を読んでみる。奴隷労働ともいわれる「外国人研修・技能実習制度」(政府は、これが国際協力であり国際貢献だと言い続けている)によって日本で働く中国人の状況を第一部で、移民としてブラジルへ渡った日本人の子孫が、日系デカセギ労働者として働く状況を第二部で、それぞれ追ったルポ。

「単純労働者は受け入れない」というタテマエを崩ささない日本政府は、日本において単純労働に携わる研修生・技能実習生や日系人を、あくまで「例外」として位置づけてきている。けれど、その「例外」と位置づけられる人たちの働きによって、食べるもの、着るもの、自動車、家電など、日本の産品の多くは成り立っている。

研修生・技能実習生の制度がひどいものだということは耳にしていたけれども、第一部で明らかにされていく、この制度によって「働く」人たちの実態を読むと、たまらなくなる。消費者として手にするものの「安さ」や「国産という安心感」みたいなもの、それは下へ下へとしわ寄せされた要求を、最後のところでこうして「働く」人たちに無理やりのんでもらうことで成り立っているのだと、ぐさぐさと突き刺さる。

季刊 福祉労働 138号 特集:政権交代とインクルーシブ教育の行方

季刊 福祉労働 138号 特集:政権交代とインクルーシブ教育の行方季刊 福祉労働 138号
特集:
政権交代とインクルーシブ教育の行方

(2013/03/25)
福祉労働編集委員会編

商品詳細を見る

『かなこちゃんの暮らし』を読みなおし、あわせて、ちょうど、We読者の友人からおしえてもらった『季刊 福祉労働』の最新号を読む。

特集は、「政権交代とインクルーシブ教育の行方」。
もくじ
http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-2338-7.htm

かなりおもしろく、どの記事もよかったが、とくによかったのが、

●対談:今、私たちが70年代、80年代の障害者運動を語る意味/荒井裕樹×大野更紗
●人工呼吸器と共に普通学級への思い―名古屋市 一年一組 京ちゃんの進む道/林有香
●座談会:共に学び育つ子ども集団の経験をどう伝えるか/奥村凌也・高橋幸宏・坂口智 司会=木村俊彦
●届かない叫び―健聴者社会からはじき出された「ろう者」の世界で起きた事件を通して/永井哲

誰かが足りない(宮下奈都)

誰かが足りない誰かが足りない
(2011/10/19)
宮下奈都

商品詳細を見る

駅前広場に面した小さなレストラン。店の名は「ハライ」。
広場の真ん中には噴水があって、そのまわりに置かれたベンチにはいつも誰かが座っている。いつも一つだけ開いているベンチの向かいがハライ。オープンテラスのテーブルに運ばれる料理からいい匂いがしてきて、ベンチにいた人はがまんできずに店に入るのだという。

このハライを10月31日の6時に予約した、それぞれの人たちの6つの話。なにか生きづらい、うまくいかなくなってしまった、そんな人たちが描かれる。

よろこびの歌(宮下奈都)

よろこびの歌よろこびの歌
(2012/10/05)
宮下奈都

商品詳細を見る

この人の本は、太陽と豆がなんとか…いうタイトルの小説を読んだことがある。いい本だったなという印象が残っていて、こないだ文庫の棚を見てたら、これがあったので、借りてみた。

舞台は、新設の私立女子校。高校演劇をテーマにした『幕が上がる』の「歌」バージョンというか、「歌」をテーマにした高校生群像のものがたり。

ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シの7つの章のタイトルは、ザ・ハイロウズの歌のタイトルからつけられている。それぞれの章は、同じ高2の6人のものがたりで、話のキモになる御木元玲には最初と最後の章があてられ、他の5人の同級生の話があいだの章で書かれている。

お互いが、どういう位置にいるか、どういう関係にあるか、ということが、この7つの章を読むなかで、だんだんわかってくる。同じクラスメイトに対してもつ感情は、それぞれに異なり、憧れもあれば、敬遠もあり、さして関心がないという距離もある。

年間行事のなかでは、ほとんど"やっつけ仕事"のような合唱コンクールが、クラスで「歌」に取り組んだ最初。指揮者として推薦されて、御木元玲は自分なりにクラスの練習をすすめようとするが、どこかちぐはぐなことになる。「音楽は楽しい」はずが、こんな練習楽しくないよとクラスメイトから率直に言われもする。

合唱コンクールはぼろぼろだった。うまく歌えず、クラスはまとまらず、玲は音楽に対するわずかな自信も失いかけた。

障害者介助の現場から考える生活と労働-ささやかな「介助者学」のこころみ(杉田俊介、瀬山紀子、渡邉琢[編著])

障害者介助の現場から考える生活と労働-ささやかな「介助者学」のこころみ障害者介助の現場から考える生活と労働
ささやかな「介助者学」のこころみ

(2013/01/31)
杉田俊介、瀬山紀子、渡邉琢[編著]

商品詳細を見る

「介助者として働く・生きるとはどういうことなのか」を考え書いたものや、座談会、インタビューなどが集められた本。企画段階から本が出るまでにはかなりかかったそうで、結局のところ原稿を「書けた」人たちは、"自立生活運動に近い場所にいる介助者、男性、(相対的な)高学歴者"に偏った、ということが巻末には書いてある。

「介助」という言葉と「介護」という言葉には、何か使い分けがあるらしいということは知っていたが、(そういうことなのか)と、やっとこの本で分かったかんじ。「介助」とか「介助者」という言葉は、「主として障害者の自立生活運動の中で、おそらく80年代後半以降より意識的に用いられてきた用語」(p.5)で、旧来の庇護・養護型の「ケア」、「介護」に代わる言葉として用いられてきた、という。

とはいうもの、私や同居人が関わってきた「自立した障害者」のところでは、ずっと今まで「介護」という言葉が使われてきたし、今でも同居人が週に1、2度行くのは「夜介護」やし、正直なところ、こう書かれる「介助」と「介護」の言葉の違いは、私にはぴんとこないところがある(この本の中でも「介護」と使っている人もいる)。

「知的障害のある人の自立生活」「介助とジェンダー」「暴力サバイバーと介助」「野宿と介助」「ボランティア介護者と介助労働者」「介助と能力主義」等々の、いろんな切り口で、いろんなことが書かれているなかで、私にとって、ずどーんとインパクトがあったのは、2章で書かれている新田勲さんの「足文字」の話だった。

ひきこもりカレンダー(勝山実)

ひきこもりカレンダーひきこもりカレンダー
(2001/01)
勝山実

商品詳細を見る

『安心ひきこもりライフ』がおもしろかったので、さかのぼって『ひきこもりカレンダー』を借りてみた。『…ライフ』は、もう、ひきこもり仙人のような達観を感じたが、10年前のこの『…カレンダー』は、まだ、かなりナマナマしい。

勝山さんの親、とくに母親がかなり凄い人だったらしいことは『…ライフ』でも書かれていたが、こっちの本では、親が悪い、全部親が悪い、親が憎い、親に土下座させたいと、すさまじくののしってある。

たとえば冒頭。
▼まず、ボクの親が激烈でした。
 人並みの子供でいてほしい、他人に褒められるようないい子に育ってほしいと望むあまり、元来利口でないボクは母親の怒りに触れ、よく殴られたものです。子供を折檻して死なせてしまう親がいますが、あれはボクの親のことです。ニュースにならなかったのは、ボクが頑丈だったのと、従順に母親の要求に応えようと、生きるための必死の努力をした結果です。(pp.5-6)
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ