読んだり、書いたり、編んだり 

4月によみおわった本

4月に、てっぺんから最後まで読んだ本のリスト。今月は、ゆっくりと時間をかけて読んだ本や、2周読みした本(しまいまで読んだら、またてっぺんから読む)が多かった。気温の上下が大きく、かなりさむかった印象の残る卯月であった。
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遠くの声に耳を澄ませて (宮下奈都)

遠くの声に耳を澄ませて遠くの声に耳を澄ませて
(2009/03)
宮下奈都

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宮下奈都の『よろこびの歌』がよかったので、何か読んでみたいと、図書館で別の小説を借りてきてみた。短編集らしい。

せかせかとは読めなくて、ゆっくりゆっくり、数日かけて読む。巻頭の「アンデスの声」と、なかほどの「ミルクティー」が、とくによかった。

そして、本が終わりに近づくにつれて、あれ、たしかこの人は、前の話に出てきたな…ということに、ちらほらと気づき、しまいまで読み終えて、もう一度またてっぺんから読んでいると、やはり、それぞれの収録作は、ひょいと、別の話に出てきた人物があらわれたりして、ゆるーくつながった連作のようでもあった。

カバーと、それぞれの話の扉につかわれている、網中いづるさんという人の装画もよくて、この人の絵を見てみたいなと思った。扉の絵はおそらくもとはカラーのものが、モノクロで、しかも小さく切り取ってつかわれているのだが、その小さく配された絵は、それぞれの話とゆるく響きあっているように思えた。

最重度・重複障害児 かなこちゃんの暮らし(武壮隆志、北村佳那子)

最重度・重複障害児 かなこちゃんの暮らし最重度・重複障害児
かなこちゃんの暮らし

(2006/01/31)
武壮隆志、北村佳那子

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4月上旬、We173号で話を聞いた李国本修慈さん(くにやん)が、北村さん宅へ伺うというので、なぜか私もついていく。

かなこさんのことは、この本や、ほかにも記事になったものを読んだり、たまにはブログものぞいたりして、少しは知っていた。でも、会うのは初めてだった。北村さん宅へおじゃまして、まずかなこさんの顔を見て挨拶、それからこの春に卒業した関大での聴講生ライフをゼミ仲間が撮った「伝える。」の映像を見せてもらったり、アルバムを見せてもらったり。

その晩の宴会には、母上の恵子さんが「育ての母」とも呼ぶ何人かのヘルパーさんも来られ、かなこさんの兄も食卓にあらわれ、宴半ばにはかなこさんの父上も仕事から帰ってこられた。

ビールを飲み、旺盛な食欲をみせるかなこさん。その宴会のさなかに、くにやんが、恵子さんにインタビュー。としごろの娘が、親の手から離れて生きていくのはあたりまえだというのは、"重い障害"がなければ、ごくふつうのことかもしれないが、かなこさんには"重い障害"がある。親が大事に大事に抱えこんでもおかしくないし、"重い障害"のある人は、親きょうだいが抱えられなくなったら、施設入所というのがこれまでよくある道だった。

けれど、恵子さんは、かなこさんが大学に通っていた間も、最初の数回だけ「挨拶」したほかは、ほとんどタッチせず、ずっとかなこさんに任せてきた。娘がかわいくてしかたがないという態度がありありとしている父上も、としごろの娘とのあいだに線を引いていると感じた。

そんな北村さん宅から帰ってきて、復習のように『かなこちゃんの暮らし』を読む。

3・11後を生きるきみたちへ―福島からのメッセージ(たくきよしみつ)

3・11後を生きるきみたちへ―福島からのメッセージ3・11後を生きるきみたちへ
―福島からのメッセージ

(2012/04/21)
たくきよしみつ

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「勝ち犬・負け犬じゃない、狛犬だぜ!」(We183号)の話を聞いた槙さんから、僕の師匠ですと、たくきよしみつさんの『狛犬かがみ』の本をもらった。それを、はぐはぐと読み、福島の石工、寅吉や和平、かっけー!と思っていたところ、たくきさんの「狛犬ネット」にたどりついて、利平・寅吉・和平の3代が彫った狛犬と、その生涯をまとめた『神の鑿』を購入。

送られてきた本には、たくきさんの著作やCDの一覧が入っていて、大人にこそ読んでほしいと書かれていた岩波ジュニア新書を図書館で借りてくる(立ち読み版)。

福島第一原発から20~30キロ圏になる川内村に住んでいたたくきさんが、3・11の地震と続く原発事故を、福島の中から、つつみ隠さず書いている。自分よりも、これから長く生きていく若い人たちに、一緒に考えてほしいと。

「「想定外」という嘘」「見捨てられた人たち・見捨てた人たち」「徹底して隠された汚染の事実」「川内村全村避難劇の裏側」など、あの日何が起きたのか、というところから、たくきさんは書きおこし、壊されたコミュニティ、放射能よりも怖いもの、エネルギー問題の嘘と真実、といった章を連ねて、3・11後の日本を生きるという終章へと、たくきさんが目にしたこと、耳にしたこと、調べぬき、考えぬいたことが綴られている。

四百字のデッサン(野見山暁治)

四百字のデッサン四百字のデッサン
(1982/10)
野見山暁治

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久しぶりに、ちょっと大きい本屋へ行ったら、「在庫僅少文庫フェア」というのをやっていて、ついつい棚の前でうろうろとする。「これを逃すともう手に入らないかも!」みたいな掲示もしてあって、まあ図書館へ行けば、たぶん読めるだろうけれど、「もうこれで終わりかも」という雰囲気に、棚の文庫を抜き差しする。

『四百字のデッサン』というタイトルはおもしろいなと思って、棚から抜く。野見山暁治って、こんな絵を描くのかとカバー装画を見る。

目次をひらくと、巻頭に「戦争画とその後──藤田嗣治」とあって、そのページをぴらぴらと見る。アッツ島玉砕の大きな絵ができた日のことも書きとめられていた。目次には、駒井哲郎とか田中小実昌の名もあって、ちょっと読んでみたくなり、読んだあとは、藤田の戦争画で修論を書いたKさんにあげればいいしと思って、買って帰る。在庫僅少フェアの思うツボである。

安心ひきこもりライフ(勝山実)

安心ひきこもりライフ安心ひきこもりライフ
(2011/07/30)
勝山実

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「勝ち犬・負け犬じゃない、狛犬だぜ!」(『We』183号)の槙さんと話していて出てきた本を読む。図書館で借りた本の表紙を見て思い出したが、出た頃に(読んでみたい)と思ってチェックしたまま忘れていたやつだった。

私とあまり歳のかわらない著者の勝山さんは、ひきこもり歴20年という。その経験をもとに、悪いひきこもりの暗黒面(親を見返してやろうという怨念、親の期待に全部応えて黙らせてやるというどす黒い欲望、就労活動についやしたがゆえの挫折感、後悔、自己否定、劣等感、等々)について、ひきこもりビギナーたちに、同じ轍を踏まぬよう注意を与えつつ、「安心ひきこもり」への道を説く。

勝山さんの話は、"ひきこもりをいかにして就労させ、社会参加させるか"という、ひじょうによくある問題設定をぶっとばしていて、そこがぐぐっとおもしろかった。槙さんが"就労支援してる気はない"、"仕事=ゴールとは思ってない"と言うのに通じるとこだと思う。

▼詰め込み教育だろうと、ゆとり教育だろうと学校で身につくのは学力ではなく、奴隷力です。工業生産向きの奴隷力を生徒に押しつける。競争で勝ち残ったやつが偉いという常識に対して、ひきこもりができることは「参加しない」ということに尽きます。(p.13)

▼人間は一人ひとり違うだとか、人生まわり道したっていいと言っておきながら、最終的には賃金労働者になるというたったひとつの頂上しか知らないような、自立支援ツアーに参加して遭難することのないよう、ひきこもりヤングはくれぐれも注意すべきです。(p.69)

参加しない!
これヤロ、という気がした。

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて(安田浩一)

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけてネットと愛国
在特会の「闇」を追いかけて

(2012/04/18)
安田浩一

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エピローグに、著者はこう書いている。
▼私は在特会やその周辺にいる者を糾弾するために取材を続けてきたわけではない。論争で彼らを打ち負かしたいと考えているわけでもないし、その力量もない。…(略)…
 私は知りたかっただけだ。それはけっして理解でも同情でもなく、ただ、在特会に吸い寄せられる者の姿を知りたかったのだ。(p.357)

著者は20代の自分を思い出している。寂しかった、東京のアパートには布団と本棚しかなかった、と。
▼どうせ自分はこんな社会では、うまく立ち回ることができないのであれば、いっそ、社会なんて壊してしまったほうがいいと真剣に思った。私をそこに導いたのはマルクスでもレーニンでもトロツキーでも毛沢東でもない。世の中をブチ壊すことで、ダメな自分もようやく人と同じ地平に立つことができるのではないかという、一種の破壊願望だ。
 だから、もしもそのとき――。私に差し出された手が在特会のような組織であったらと考えてみる。
 よくわからない。よくわからないけれど、その手を握り返していた可能性を、私はけっして否定できない。意外とがっしり抱擁しちゃったりしたんじゃなかろうか、とも思ったりする。(p.362)

一瞬の祭りでハネることだけに生きがいを見出す人々、それが在特会であり、かつての自分だと、著者は書く。あれは「あっち側」のひどい奴らだと、自分との間を画す線を引けない著者の気持ちが、わかるような気がする。「あなたの隣人ですよ」。在特会とは何者かと聞かれると、著者はこう答えるという。

生きのびるための犯罪[みち](上岡陽江+ダルク女性ハウス)

生きのびるための犯罪[みち]生きのびるための犯罪[みち]
(2012/10/06)
上岡陽江+ダルク女性ハウス

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「日本の社会では、依存症は本人の意志ややる気ではどうにもできない病気なんだっていうことは、いまだ理解されていない」(p.107)。そういう、どうにもできない病気とともに生きてきた人たちが、ひとつひとつの言葉を発し、仲間とわかちあいながら考えたこと、感じてきたことが書かれている本。

ちょっと誤解を受けそうなタイトルが案じられるけれど、これは『その後の不自由―「嵐」のあとを生きる人たち』につながる内容。「嵐」のあとをどう生きていくかは、多かれ少なかれ、この同じ社会に生きていれば、誰にも通じるところがある。

とはいうものの、子どもとして守られるとか、自分を大切にする経験を積んでくることができなかったために、たとえば「人権」といっても、この本を書いた人たちのなかには、学校で習ってもそんなのは全然実感がなかった、という記憶がある。

それが、〈人権(仮)〉の研究という章にいろいろと書いてある。人権に(仮)とつける感覚、そういう感覚をもつ人たちがいるということは、人権教育が大事とか人権ナントカが必要とかいうときに、ほとんど全く考えられてなかったんちゃうかと思う。

憲法には基本的人権とか書いてあるし、誰にとっても当然の権利だと言われるそれが、アタリマエのものだと言われるそれが、自分のこととは思えなかった、自分にそんなものがあるとは思えなかったと。そういう人にとって、(仮)と付けずにいられない人権とは、どんなものだったか。

ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪(今野晴貴)

ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪
(2012/11/19)
今野晴貴

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著者の今野さんは、POSSEができた頃の話が『We』に載っていて、名前だけはずっと知っていた(「希望の持てる働き方をめざして」)。私もたまには『POSSE』(日本で唯一の若者による労働問題総合誌)を読み、いろいろ本も出してはるねんなーと思っていた。若いなーと思っていた今野さんも、ことしは30になるらしい。

タイトルの「ブラック企業」、かつては暴力団のフロント企業というイメージを持たれる言葉であったというが、今使われる一般的な意味は「違法な労働条件で若者を働かせる企業」ということになろう(p.11)、と冒頭にある。"若者"を取って、「違法な労働条件で働かせる企業」ではないかとも思うが、今野さんとしては若年労働問題に焦点をあてているから、こういう書き方になるのだろうか。

ともかくこの「ブラック企業」という言葉は、明確に企業の側の問題を表している点が、「ニート」だとか「フリーター」という言葉で"若者の側の意識や態度の問題"が語られてきたのと、違っている。

世の中の問題設定の仕方がそのようになっていたからということもあるのだろうが、POSSEが関わってきた労働相談の場面でも、明らかに企業の違法行為があってもなお、「自分が悪いのではないか」と不安がる若者が多かった、という。

書店ガール 2 最強のふたり(碧野圭)

書店ガール 2 最強のふたり書店ガール 2 最強のふたり
(2013/03/19)
碧野圭

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『書店ガール』が文庫になって、ぐっとおもしろくなっていて、たまたま翌日、本屋をのぞいたら『書店ガール2』が並んでいて、しばし迷ったのちに、買ってきて読む。

ペガサス書房に辞表を出した理子と亜紀は、2人して別の大手書店チェーンの新興堂書店に転職する。理子は、この大型書店の店長に、亜紀は文芸担当として、仕事を始める。理子は、大きすぎるほどの書店で自分の役どころは…と思案し、亜紀は妊娠がわかって、こちらもいろいろと問題が発生する。

とくに、亜紀の夫の伸光は、「子供が3歳になるまでは母親の手で育てた方がいいっていうのは、常識だろ?」(p.95)とぬかす男なのだ。

書店ガール(碧野圭)

書店ガール書店ガール
(2012/03/16)
碧野圭

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この話は、単行本『ブックストア・ウォーズ』のときに読んでいて、本屋で文庫の裏をちらっと見たら、改題とだけ書いてあったので、読まなかった。

新刊文庫が本屋の棚からも消えたころ、貸しますよーと言ってもらっていた『安井かずみがいた時代』と一緒にこの文庫本が入って送られてきて、じゃあもう一度読むかと読んでみたら、文庫になるときにかなりの加筆修正があったらしく、単行本とはだいぶ印象の違う話になっていた。

単行本を読んだときには、職場の人間関係の、えらい鬱陶しい話がえんえんと続くなーという印象が強かったが、文庫では、本屋という場を行き交う人たち、そこでの仕事のおもしろさ、苦労や工夫、人と人それぞれの変化などがぐぐっと立体化するようで、そして本というモノが重なって、えらいおもしろかった(読み終わった次の日に、ちょうど出たばかりの『書店ガール2』をつい買ってしまったくらいだ)。

君は天皇を見たか―「テンノウヘイカバンザイ」の現場検証(児玉隆也)

君は天皇を見たか―「テンノウヘイカバンザイ」の現場検証(児玉隆也)君は天皇を見たか
―「テンノウヘイカバンザイ」の現場検証

(1985/06)
児玉隆也

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『一銭五厘たちの横丁』を読んだあと、むひー、この人すげー、もっと読みたい!と思って、図書館にあった本の中から、まず『君は天皇を見たか―「テンノウヘイカバンザイ」の現場検証』を借りてくる。初出は1971~74年の雑誌いくつか、それが75年に単行本になり、85年に文庫になっている。単行本が出た年に、児玉は亡くなった。

まえがきには、こうある。

(一) この小著は、天皇と天皇にかかわる人々への私の心象風景である。風景を描いたキャンバスには何色かの下塗りがある。たとえば、小学校の社会科の授業で憲法を教えられたとき、"民主憲法"だというのに第一章第一条のしょっぱなから「天皇」という文字ではじめるこのうっとうしさを感じた。その思いはいまもってかわらず、私と同時代人である皇太子を見ていると、なおさらうっとうしい。
(二) 収録したレポートは、ここ数年の間に発表したものから選んだが、第二章の証言部分については私の取材によるものでなく、月刊誌『潮』掲載の資料をお借りし、再構成した。
(三) レポートに登場する証言者や語り手の年齢、職業等は、いずれも発表当時のもので、すべて実名を原則としているが、一部匿名にした。なお初出誌は巻末に記した。
(四) …略…
 昭和50年1月15日 児玉隆也
(p.3)

章立てはこうなっている。

1章 君は天皇を見たか
2章 テンノウヘイカバンザイ
3章 君はHIROHITOを見たか
4章 聞き書き・戦後と私と陛下さま
5章 思召の構図
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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