読んだり、書いたり、編んだり 

3月によみおわった本

3月に、てっぺんから最後まで読んだ本のリスト。ほかに読みかけの本が数冊。年度末でもあって、3月下旬になるまでめちゃくちゃに忙しかったが、大きく体調を崩さずに3月を越せそう。
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これでよろしくて?(川上弘美)

これでよろしくて?これでよろしくて?
(2009/09)
川上弘美

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この本はすでに文庫になってるらしいが、おもしろいと聞いたので、図書館で単行本を借りてくる。川上弘美を読むのは久しぶりな気がする。

日々の自分の足跡をたどってみると、"買いもの道"は、まるでけもの道のように、決まりきった道筋になるなあという菜月だが、その考えごとは、あっちこっちに飛ばそうと思っているわけではないのに、すぐ横っちょにずれていく。「油断していると、知らない間にわたしはどんどんいろいろ連想してしまうのだ。そうすると、最初に考えていたことは、自然にどこかにみえなくなってしまう」(p.5)という菜月。

ある日、買いもの道の途上で、菜月は土井母に声をかけられた。土井母とは、そのむかしつきあっていて振られた男の子の母である。

土井母は「あたしの入っている会に、一緒に来てみない」と菜月を誘い、(え、勧誘?)と身を硬くする菜月に『これでよろしくて? 同好会』という名刺大のカードを差し出した。

菜月はこの同好会に結局参加する。この同好会で扱われる議題がおかしい。集まっている人も、とりどり。土井母が「この人は、結婚正社員、という職業の人だから」という人がいたりする。その土井母は「あたしの結婚はアルバイトみたいなものだけどねえ」と言うのだ。

ヘンな日本美術史(山口晃)

ヘンな日本美術史ヘンな日本美術史
(2012/11/01)
山口晃

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この本が近所の本屋で平積みになっていた頃、なんべんか、ぺらーとめくっては、買おうかな~と思いつつ、結局図書館で予約待ちをしていて、こないだまわってきた。

この本で山口が言及している「絵」とか「美術」作品は、実際にどっかで見たことがあるのも少なからず含まれていたが、なんというか、私がぼやーっと見ていたのとは全然違うところからパシーッと光を当てられたような、私が「見たつもり」でいた絵やら作品は、もしかして、こんど見たら全然違うように見えるかも…と、しまいまで読んで思った。

たとえば写実的な絵のことを"写真みたい"と評して、しかもそれが「スゲエ」という意味あいだったりするのは、やっぱり美術の教育というのが、こんなのがエエのやと指し示してきた結果なのかなーとも思った。

私が5年まで通った小学校(いまは廃校になった)では、毎年春に写生会があった。そして、どの学年も、毎年万博公園へ行って絵を描いた。写生がものすごくうまかったM尾君のことを、いまでも思い出す。その「うまいなあ」というのは、見たままのサイズで建物が並んでいるとか、遠近法がくるってないとか、今思えば、"写真みたい"なうまさなのだった。M尾君の絵は、真ん中にばーんと観覧車を描いたら、そのまわりはちまちまとなってしまうような絵とは違うものだった。そういうのを、私も含めてまわりの子どもは「うまいなあ」と思っていたのだな、と思う。

そんなことを思い出すと、「写生」というのを学んでしまったら、できなくなってしまうことがあるねんデという山口の指摘は、天動説じゃなくて地動説だというくらい、私にはどっかーんときた。

「升田学ヒトスジ展|空地」@伊丹郷町館と、「升田学ヒトスジ展」@クロスロードカフェ

伊丹の郷町館(酒蔵)での「升田学ヒトスジ展|空地」と、「升田学ヒトスジ展」@クロスロードカフェを見にいく。

ハリガネで一筆書きの要領でつくった作品、ということは頭では理解できるが、実際に前に立つと、これはどこからどうやってつくりはったんやろ? 上から? 下から? どこから? これをどうやってここまで持ってきて展示しはったんやろ? と、不思議でたまらない。

先に酒蔵で、照明が変わるなかでしばらく見て、それからクロスロードへ行って、ケーキセット食べながらまた趣の違う作品を見て、また酒蔵へ戻ってみると、さっきとは照明が違っていて、その光の具合が変わるのとあわせて、作品がまた全然違うふうに見えるのが、ものすごくおもしろくて、酒蔵を閉める時間まで、飽きずに見ていた。

くっきりとハリガネの影が床に落ちる光もあれば、にょきにょきと立ち上がったようなハリガネが輝く光もあって、と思うと、タイトルの「空地」を強調してみせる光もあり、光というのは、こんなにも作品の表情を変えるのだと、びっくりした。

升田学ヒトスジ展|空地

郷町館もクロスロードも、3/31(日)まで(月休)。
Genre : 日記 日記

「逃げ遅れる人々 東日本大震災と障害者」上映会(3/30吹田、3/31豊中)

ドキュメンタリー映画「逃げ遅れる人々 東日本大震災と障害者」の上映+映画にも登場する南相馬のお二人のお話が、3/30(土)に吹田で、3/31(日)に豊中であります。私は、豊中の上映に行く予定です。
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映画上映と南相馬からの報告 「逃げ遅れる人々 東日本大震災と障害者」上映会吹田:330日(土) 13時半~17時

映画上映と南相馬からの報告
「逃げ遅れる人々 東日本大震災と障害者」上映会

会場 岸部市民センター 多目的ホール
 吹田市岸部南 1-4-8
 ※阪急「正雀」西口徒歩4分/JR「岸辺」徒歩9分
 アクセス http://suitacc-ogbc.jp/kishibe/map/
参加費 500円
共催 大阪でひとやすみプロジェクト・ぷくぷくの会
チラシ
http://www.j-il.jp/temporary/20130330suita.pdf

3.31講演と映画のつどい 「逃げ遅れる人々 東日本大震災と障害者」上映豊中:331日(日) 13:00~16:15

3.31講演と映画のつどい
~東日本大震災を忘れず、私たちの未来に活かすために~
「逃げ遅れる人々 東日本大震災と障害者」上映(字幕、副音声、手話通訳つき)

会場 豊中人権まちづくりセンター4階
 ※豊中市岡町北3-13-7
 阪急「岡町」から徒歩10分、「豊中」駅から徒歩15分
 アクセス http://www.tcct.zaq.ne.jp/jinken/access.htm
参加費 500円
主催 一般財団法人とよなか人権文化まちづくり協会&大阪でひとやすみプロジェクト
チラシ
http://www.tcct.zaq.ne.jp/jinken/2012/13.3.31tirasi.pdf

ワーキング・ホリデー(坂木司)

ワーキング・ホリデーワーキング・ホリデー
(2007/06)
坂木司

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これの続編のほうの『ウィンター・ホリデー』を先に読んだあと、こっちは予約待ちしていた。

元ヤンキーでホストの大和の前に、「おとうさん」と小5の進があらわれる。誰だこいつと思うも、どうも自分が知らない間に、元カノが一人で産んで育てた息子らしい。店で客に手をあげてホストをクビになった大和は、経営者ジャスミンに宅配便の仕事を紹介されて、昼の仕事にかわる。

大和のもとに進が転がり込んで一緒に暮らした夏休みが、「ハチさん便」の仕事に精を出す大和と、まるでよくできた主婦のような進と、その周りの大人たち、子どもたちを交えて描かれる。

▼「どうせぼくのあだ名は『お母さん』だよ! 神保くんて見かけは悪くないのに、中身がおばちゃんみたいって言われてるよ!」(p.45)

この"おばちゃん入ってる"小学生と、いきなり小5の息子があらわれて親子関係にジタバタする俺との、ひと夏の悲喜こもごも。

ウエストウイング(津村記久子)

ウエストウイングウエストウイング
(2012/11/07)
津村記久子

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最寄り駅であるターミナル駅近くの、廃線になった貨物レーン地下の長いトンネルを抜けると現れる椿ビルディング。中庭のようなスペースをはさんで、西棟と東棟がある。

四階建て地下一階の西棟、その四階にある設計会社に勤めるネゴロ。東棟は全フロアが土質試験の試験センターが入っていて、ネゴロは西棟からその東棟をながめる。

ネゴロがさぼり場所にしている西棟四階の廊下の先にある物置き場。そこは、ヒロシが塾の休み時間の隠れ場所にしているところでもあり、フカボリがさぼり場所にしているところでもある。

ネゴロと、ヒロシと、フカボリと、三人それぞれの会社や塾や生活の話がちらりちらりと混じりながら、この古い椿ビルディング内の店や人間もようを描いて、話は淡々とすすむ。それぞれが会社や塾からちょっと離れる隠れ場所となっている物置き場で、三人はお互いに顔をあわせることなく、それでも自分以外にここに出入りする人間がいることは分かっている。

津村さんの他の小説とおなじく、大きな盛り上がりがあるわけではないが、そんな日常にも、ちょっとした事件はある。

文芸あねもね(東日本大震災復興支援・チャリティ小説同人誌)

文芸あねもね文芸あねもね
(2012/02/27)
東日本大震災復興支援・チャリティ小説同人誌

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「女による女のためのR-18文学賞」の受賞者などによるこのアンソロジーがおもしろかったと聞いて、借りてくる。もとは、2011年7月に、売り上げの全額を寄付する目的で、電子書籍で発売された同人誌で、それを紙の本として作り直したものだという。10人の、10作品が掲載されている。

「R-18文学賞」の人の作品は、電子書籍はまだ読んだことがないけど、紙の本で出ているものは、ときどきまとめて読んできた。けっこう、いいよなと思うのが多い。

『文芸あねもね』の10作品は、それぞれに、ちょっとぎょっとしたり、あーなんかわかると思ったり、そういう感情があるのかと思ったり、こりゃ栗田隆子さんのいう"「気持ち悪い」男"やなあと思ったりしながら読んだ。

収録作の中ではかなり長かった「真智の火のゆくえ」が、私には印象深かった。真智には、もしや「マッチ」が掛けてあったりするのか?と読み終わってからオヤジギャグのようなことも考えた。ものがたりの冒頭はこんなだ。

▼幼い頃から、思い描くのは火のイメージだ。
 人差し指と親指で、一本のマッチをつまんでいる。辺りは暗い。私以外には誰もいない、何も見えない。でも火は、照らすための火ではなくて、いつか放つための火だった。(p.159)

はだしのゲン わたしの遺書(中沢啓治)

はだしのゲン わたしの遺書はだしのゲン わたしの遺書
(2012/12/19)
中沢啓治

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昨年12月に中沢啓治さんが亡くなった。白内障で視力がおとろえ、数年前に漫画家を引退されたが、原爆の経験を伝える講演活動はずっと続けておられたという。

『はだしのゲン』を最初に読んだのは小学校のとき。学童の本棚だったか、学校の図書室か、学級文庫か、どこにあった本だったかは忘れたが、こわくてこわくて、でも何度も読んだ。小学校の3年ぐらいのときには、市民ホールかどこかで、映画の「はだしのゲン」を見た。漫画で、ピカドンのあと、ゲンの父と姉と弟が家の下敷きになって火につつまれて死んでいくことは知っていたが、それが実写版の映画で描かれていて、倒壊した家が火につつまれる場面では、見たあとで「もう、お姉ちゃんは死んでたのかなあ」と言ったことをおぼえている。

ゲンは中沢さん自身だという。

この本には、表紙カバーにも、中の見開きにも、『はだしのゲン』から、いくつかの場面が掲載されている。ゲンの物語を思い出しながら、そこにうつしだされている中沢さん自身の「あの日」からの経験を読む。

「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」 男45歳・不妊治療はじめました(ヒキタクニオ)

「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」 男45歳・不妊治療はじめました「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」
男45歳・不妊治療はじめました

(2012/06/15)
ヒキタクニオ

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ヒキタクニオというと、絵を描く人だと思っていたら、いつの間にか小説なども書いているそうだ(全然知らんかった)。この『「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」』は、『精子提供』『生殖技術』とあわせて書評欄にとりあげられていたのを読んで、ちょっと読んでみたいなと思い、予約して待っていた。その書評では、妻の身体には何の支障もないのに不妊治療で負担がかかるのは妻ばかりだということがヒキタさんの本を引いて書かれていたと記憶する。

不妊の話は、その原因が探られるにしろ、対処に取り組むにせよ、女のほうの苦労がずいぶん大きいせいか、出ている本も、女性の話が多い。だから、『ジャムの空壜』みたいな話は、私には珍しく思えたし、ヒキタさんがどんなことを書いているのかも読んでみたかった。

ヒキタさん45歳、妻は10歳年下だという(40代になって初めての子ですという男性には、こういう妻がひとまわりくらい年下というパターンがけっこうある気がする)。

▼子どもがそんなに欲しければ、もらってくればいいじゃん、なんてことを簡単に言う人間もいる。私だって以前はそうだった。しかし、不妊治療を始めてみて、子どもが好き、子どもが欲しい、というのとは、ちょっとちがうのだ、と思った。
 自分には生殖機能があるのかどうか、そこを見極めたい、という欲求があるのでは、と感じた。
 私の場合にかぎっての話だが、子どものいる私の家庭など想像できない、それが幸せなのかどうかなどまったくわからない。それでもがんばるしかないというのは、人間が持っている生殖への本能があるからではないか、と思う。不妊治療をしている人間にとって、子どもを持つ幸せなどわかるはずもない目標なのである。(pp.132-133)

「生殖機能があるのかどうか、そこを見極めたい」という欲求は、"妊娠の機能があるのだから使ってみたい"と思うとか、"妊娠可能な年齢のタイムリミットに焦る"とかいうのと、もしかしたら似ているのだろうか、と思った。が、単に、あれこれと考える時間が長くなった末に頭に浮かんでくることのような気もした。避妊に懸命に取り組んでいるときには、自分の生殖機能は当然の前提だろうから。

長い終わりが始まる(山崎ナオコーラ)

長い終わりが始まる長い終わりが始まる
(2011/10/14)
山崎ナオコーラ

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こないだ読んだ『…二人組…』がおもしろかったので、山崎ナオコーラの別の小説を借りてみる。

大学のマンドリンサークルで、楽器の演奏にうちこむ小笠原は、4年になって申し訳程度に就職活動もやってみるが、ぜんぜん身が入らない。小笠原は演奏をよりよいものに仕上げたいと思っているが、サークルのみんなは音楽を極めることよりも、仲良く「友だち作り」をしたあと「思い出づくり」をするのが目標なのだ、と小笠原には感じられる。だが、同じサークルの田中だけは違う、音楽をやりたいはずだ、と小笠原は思っていた。

田中が指揮者のDVDを見せてあげるというので、駅でおちあった。「後ろに乗って」というので田中のママチャリの荷台をまたぐと、田中は「女の子は普通、そういう風に座らないから」(p.27)などと言う。しかたがないから小笠原は横座りに直す。ここを読んで、はいはい、私もそういう風には座らないよと小笠原に親近感がわく。

田中のうちで、指揮者のDVDをみて、駅前の焼き鳥屋で軽く食べたあと、田中が「泊まってけば?」と言う。何もしない、母親は今日は仕事で帰って来ない、と言う。

ベッドで並んで寝て、田中が何もしないことはなくて、ギューギューと舌を吸い込まれ、「これ、脱ぐ?」と言うので、小笠原が自分で脱ぐと、「女の子は普通、自分では脱がないよ。」とまた田中は言うのだ。

なんやねん、「女の子は普通…」って。

「PAT in Kyoto 京都版画トリエンナーレ」→「本の梯子 book ladder」→「刺繍作品展 ファンタジー」

八坂神社の桜やっと次号『We』の入稿もすんで、ひさびさに休みらしい休み。

田中恒子さん(『We』176号インタビュー)に券をもろてた京都市美の版画展と、今日からはじまった「本の梯子」展と、あと海月文庫の刺繍展を、同居人とハシゴ。

雨がぽつりぽつりと降り出したなか、八坂神社、円山公園をぬけて京都市美まで歩く。八坂神社では、もう桜がだいぶ咲いていた。
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第41回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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