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海のいる風景―重症心身障害のある子どもの親であるということ(児玉真美)

海のいる風景―重症心身障害のある子どもの親であるということ海のいる風景
―重症心身障害のある子どもの親であるということ

(2012/09)
児玉真美

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『アシュリー事件』の児玉さんの旧著。10年前の本が絶版となり、生活書院から新版となって出た。旧著のサブタイトルは「障害のある子と親の座標」だったそうだ。広島弁とおぼしき中国地方のことばが交じる文章に、笑いをさそわれ、ときにゲハゲハ笑いながら一気読み。

旧著から10年、児玉さんの娘・海さんは25歳になり、「「障害のある子ども」なんて書ける時代は、とっくに終わってしまった」(p.4)とある。そして、児玉さんは、アシュリー事件と出会い、「子の権利と親の権利の相克」に直面する。

▼親の利益や権利は、必ずしも子どもの利益や権利とは重ならない。むしろ「親だから分かっている」「親の愛からすることだから」と親が自己正当化しつつ、また社会の方もそれを疑ってみようともせず、子の権利が侵害されていることは思いのほかに多いはずだ。それは、いったん気づいてしまうと、軽々に無視することのできない重い真実である。自分が親である立場で海との関係性を考え直すことを、私はアシュリー事件と出会うことによって迫られた。同時にそれは、自分が子である立場で両親との関係性を見つめ直す、遅ればせながら稀有な機会ともなった。(p.14)
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街場の読書論(内田樹)

街場の読書論街場の読書論
(2012/04/12)
内田樹

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ときたま内田樹のブログを読む。この人のここ数年にばかすか出た本は、ブログコンピ本が多いので、読んでいると、あーこれ確かブログで読んだなーと思う。この本は、おもに「書物」や「書くこと」について内田が書いたものが編まれている。

とくに5章の著作権棚におさめられている文章は、「『We』がこの頃ほんまに売れへんなー」ということと照らして、いろいろと考えることが多かった。たとえば「読書と書籍購入者」には、こんなことが書いてある。

▼ネット上で無料で読もうと、買って読もうと、どなたも「私の読者」である。本は買ったが、そのまま書架に投じて読まずにいる人は「私の本の購入者」ではあるが、「私の読者」ではない。私は「私の読者」に用があるのであって、「私の本の購入者」に用があるわけではない。
 著作権についての議論ではどうもそこのところが混乱しているような気がする。
 もの書く人間は「購入者」に用があるのか、「読者」に用があるのか。(p.312)

そりゃもう「読者!」に用があるわけだが、『We』をつくる経費もなんとか賄いたいから「購入者」もそれなりにいてほしい。「『We』がこの頃ほんまに売れへんなー」という実感からすると、(今のまま続けるのはかなり厳しいなア…)と思い、「こちらからお金を払っても申し上げたいことがあるので、本を書いている」(p.311)という内田の心向きを読むと、(私は『We』を出すことで何がしたいんやろう?)と思う。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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