FC2ブログ
 
読んだり、書いたり、編んだり 

自主上映会:ドキュメンタリー映画「普通に生きる」(3/12、伊丹)

ドキュメンタリー映画「普通に生きる~自立をめざして~」週明けの月曜日(3/12)、伊丹のいたみホールで、映画「普通に生きる」の自主上映会
午後に3度上映です(上映時間 83分)。
13:20~ 15:50~ 18:20~

昨日(3/9)の神戸新聞に記事が掲載されています。
重度心身障害者の支援考えよう 伊丹で映画上映(神戸新聞)

私も上映会スタッフになり、当日会場にいます(主に公式パンフや「We」など販売担当の予定)。

なお、上記の神戸新聞記事にある3/24のシンポジウムは、「第2回ラーの会」、通称「ラーNishi」です。こっちにも参加します。詳しくは、JUNOさんのブログ記事「第2回ラーの会 西宮大会」が、設立経緯など含めわかりやすいです。
スポンサーサイト



Genre : 日記 日記

なんにもないけどやってみた―プラ子のアフリカボランティア日記(栗山さやか)

なんにもないけどやってみた プラ子のアフリカボランティア日記なんにもないけどやってみた
プラ子のアフリカボランティア日記

(2011/10/21)
栗山さやか

商品詳細を見る

ふと借りてみたジュニア新書。返却期限のちょっと前にぴらっと読みはじめて、そのまま最後まで読んでしまう。

こんがりと日焼けサロンで焼いた肌のコギャルで、渋谷の109で服を売っていたプラ子こと栗山さんが、世界放浪の旅に出る。たまたま立ち寄ったアフリカで、自分と同じかもっと若い女の子たちが、HIVや末期ガンでぼろぼろになって苦しむ姿を知る。生まれた場所が違うだけで、こんなにも生きられる可能性が違う。そのことにショックを受けながら、栗山さんが「なんにもないけどやってみた」ボランティアの日々が綴られる。

知識も経験も力もないけれど、アフリカでいま目の前にいる人たちのために心をこめて取り組む栗山さんは、25歳のときに亡くした親友の心情に思いをはせ、自らを振り返り、生まれた場所が違うだけでこんなにも違う同時代の現実を思い知る。

佐賀のがばいばあちゃん/がばいばあちゃん 佐賀から広島へ めざせ甲子園(島田洋七)

佐賀のがばいばあちゃん (徳間文庫) がばいばあちゃん 佐賀から広島へ めざせ甲子園 (集英社文庫)

酒井順子の『おばあさんの魂』で出てきた「がばいばあちゃん」の話がえらいおもしろかったので、図書館で借りてきて読んでみた。「がばいばあちゃん」で検索すると、何匹目のドジョウというやつか、ずいぶんいろんな本がヒットするのだった。

「がばいばあちゃん」こと、おさのさんは1900年うまれ。元号でいえば明治33年、津田梅子が女子英学塾をつくり、吉岡弥生が東京女医学校をつくった年でもある。

広島でうまれた昭広(洋七の本名)が、佐賀のおさのさんに引き取られることになったのは、まだ若かった父が原爆症で亡くなったことが大きい。母は昭広と兄、ふたりの子を露天の居酒屋をいとなんで養おうとしたが、ちょろちょろする幼い子どもがいては難しかったのだ。

わたしの渡世日記(高峰秀子)

わたしの渡世日記(上) わたしの渡世日記(下)

1924年、大正13年に生まれ、2010年の暮れに亡くなった高峰秀子自身が書いた半生記。文庫としては朝日、文春、新潮と3度目の刊行。おおもとは1975年の5月から翌年の5月まで「週刊朝日」に連載されたものである。

生まれた家族のこと、養女にもらわれることになったいきさつ、5歳で子役デビューするに至った偶然から、映画界で生きぬいてきた年月のことが書かれている。そうした経歴の概略は、「芸術新潮」の特集号や、高峰の養女となった斎藤明美の本などでも読んでいたが、この文庫で上下2巻になる「渡世」日記はまたすごかった。

13歳のころから、高峰秀子は無学コンプレックスに悩みはじめた。
▼同じ十三歳の女の子に比べて、自分は、なんと物知らずの人間なんだろう……。今でこそ「大学を出たってアホウもいるさ」などと、やけくそな啖呵の一つも切れるけれど、当時の私は純情だったから「小学校もロクに行っていない情けない奴」と、自分で自分をののしり、同じ年頃の娘に嫉妬した。(p.150)

高峰の無学コンプレックスは、ずっとずっと彼女のうちに居座ったものとみえるが、一方でその無学ゆえに、自分はこうなのかもしれないと書く。たとえば谷崎潤一郎や新村出(広辞苑の編者)とのつきあいについて。

僕は、そして僕たちはどう生きるか(梨木香歩)

僕は、そして僕たちはどう生きるか僕は、そして僕たちはどう生きるか
(2011/04)
梨木香歩

商品詳細を見る

こんどの「ブックマーク」に、この本のことを書いている人が2人いて、私も借りてきて読んでみた。吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を下敷きにした作品らしいことは、タイトルと、ぱらっとめくって出てくる「コペル」でわかる。この本で「コペル」とよばれているのは、「僕」。

この小説は、時々ノートに向かっていろいろなことを書きつける僕=コペルが、「あの日のこと、そしてその後分かったこと等、一連の、僕の人生に重大な影響を与えたと確信している出来事」を書いたもの、というかたちをとっている。

母がやや遠方の大学に赴任してそこの職員宿舎に入り、体調を狂わせがちな母を気遣って父もそちらにいることが多くなり、14歳のコペルは、いま一人暮らしだ。こないだ読んだ『青いリボン』で出てきた高2の依子は、やはり両親が家を離れる機会に、一人暮らしではなく、友だちの家の居候になってたなと思い出したりする。
 
 
プロフィール
 
 

乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
    乱読ブログバナー
本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第66回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

amazonへリンク

 
 
最新記事
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
カテゴリ
 
 
 
 
Google検索
 
 


WWW検索
ブログ内検索
Google
 
 
本棚
 
 
 
 
リンク
 
 
 
 
カウンター
 
 
 
 
RSSリンク
 
 
 
 
月別アーカイブ