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読んだり、書いたり、編んだり 

きのう、火星に行った。(笹生陽子)

きのう、火星に行った。きのう、火星に行った。
(2005/03/16)
笹生陽子

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こないだぶんぶん文庫で借りてきた一冊。笹生陽子の小説は去年だったか、一昨年だったか、しばらく読んだが、これは知らなんだ。

やる気ナッシングの小6、山口拓馬。席替えで、教室の窓際の一番うしろの席になって、居眠りしまくり。気がついたら、連合体育大会の個人走の部に出る選手に決まっていた。その日はとことんついていなかった。家に帰ると、部屋の中は段ボールの山、おまけにベッドにはおれじゃないやつが寝ている。拓馬が5歳の頃から、長いこと病気療養のため別に暮らしていた弟の健児が帰ってきたのだ。弟の言動がむかつく、むかつく、むかつく。

おまけに、そのトンボの化けもの何なんだ。健児が家に帰ってきてから、ずーっとはめたままの「超時空ミラクルゴーグル」。懸賞ハガキで当てた、大切なものだ、「これをかけると行きたいとこならどこでも行ける」と弟は言うが、おしゃれのつもりか、バッカじゃないの。

連合体育大会の説明会では、人気のなさそうなハードル走を希望したらすんなり通って、同じ学校の「でくちゃん」(デブででかくてぬぼーっとしていて、でくのぼうのようだからとそんな変なあだ名がついたという)と一緒になった。練習だとかめんどっちい。でくちゃんは「大会頑張ろうよ、ね? ふたりでさ」と言うけれど、なるべくやりたくない。朝練、昼練、放課後練、休日向けの自主トレ、とでくちゃんが書いてきた練習メニューに。、やってられるか、なんじゃこりゃと思い、塾が毎日あって、朝は低血圧で弱くてとすらすらウソをついて断った。でも、「じゃ、いっしょに練習できるの、お昼休みと日曜くらい?」と言うでくちゃんを断る勇気は、さすがになかった。

高峰秀子の捨てられない荷物(斎藤明美)

高峰秀子の捨てられない荷物高峰秀子の捨てられない荷物
(2003/03)
斎藤明美

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『芸術新潮』の1月号(ベン・シャーンの特集)→そこに載ってたクレー小論の後編→前編をたどって『芸術新潮』12月号(高峰秀子の特集)→そこで強く印象に残った斎藤明美の「まさに"食う"ように」から、この本を借りてくる。斎藤明美は、高峰の養女となった人。高峰のことを敬愛し、「かあちゃん」と呼んでいる。

高峰秀子=デコちゃん、というくらいは私もかろうじて知っていた。しかし高峰映画を見たこともなく、子役時代から働き続けた半世紀の役者人生、そしてたくさんの本を書いていることも、『芸術新潮』の「高峰秀子の旅と本棚」の特集記事で初めて知った。

高峰秀子が背負ってきたデカい荷物―女優業、デカい家、大量の家財、別荘、執筆業。そのなかでも一番捨てたかったのは"女優"だった。これさえ無くなればあとのものも自然となくなる。その悲願だった引退を、養母の死から一年後に果たした高峰は、デカい荷物を処分していく。

思い出の詰まった品もある。普通はなかなか処分できないものだ。そこのところを、斉藤のインタビューに、高峰はこんなふうに答えている。
▼…かあちゃんは『徒然草』が好きだろ。あの、何でもかでも『いと見苦し』のオジサンが書いてるじゃない、『身死して財残ることは智者のせざる処なり…』って。だから思い切って物への執着は捨てて、思い出だけを胸にしまおうと思ったわけ。思い出は何時でも何処でも取り出して懐かしむことができるし、泥棒に持っていかれる心配もないからね。…(p.257)

青いリボン(大島真寿美)

青いリボン青いリボン
(2011/12/06)
大島真寿美

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年明けに、妙にハマってぐるぐると3周ほど読んでいた大島真寿美の『虹色天気雨』『ビターシュガー』のことは、『We』176号の「乱読大魔王日記」で書いた。

この大島作品が原作のドラマを、昨秋テレビでやっていたと妹がおしえてくれた。「ドラマになってたんか」と私はあとから知ったが、「本もあるんやー」と妹は原作のことを知らなかった。ほかに何人かからも、ドラマをみた、でも本があるのは知らなんだと聞いた。有川浩の『阪急電車』もそうだったが、本がいいと、映像のほうを見るかどうかと迷う。私のアタマの中でくりひろげられている会話と風景のイメージを、なんとなくこわしたくない。

もうちょっと大島本を読みたくて、図書館で借りてきた『青いリボン』。高2の依子の両親は、もうずっと長いこと"家庭内別居"だった。びみょうな距離を保ちながら続いてきた生活が、父の転勤と母の海外長期出張を機に、動く。

父の転勤先の福岡へ行くか、母方の祖父母のいる北海道へ行くか、学校は転校すればとか休学すればと、両親それぞれの勝手な話に、「学校を変わりたくない」依子は、親友の梢との相談で、梢のうちへ居候することになる。

核家族の一人っ子のうえに、親がそんなびみょうな距離でいて、ずっと一人で暮らしているようだった依子は、梢に、その妹と兄、両親、おじいちゃん、おばあちゃんのいる大家族のなかで最初は戸惑う。

絵が「ふるえるほど好き」になる―MAYA MAXXのロシアの名画と旅ガイド(MAYA MAXX)

絵が「ふるえるほど好き」になる―MAYA MAXXのロシアの名画と旅ガイド絵が「ふるえるほど好き」になる
―MAYA MAXXのロシアの名画と旅ガイド

(2005/10)
MAYA MAXX

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こないだぶんぶん文庫のコマザキさんちへ行った。コマザキさんが『はなげばあちゃん』を出してきて、ちょっと読んで「読みにくいワー、読んで!」というので、代わって読んだ。大阪での原画展に3度通って、東京へ仕事で行ったときにもちょうど向こうで原画展をやってたのを見て、作者の山田さんにインタビューさせてもろた。読んでいるとまたムラムラとわくわくがこみあげる。また原画をみたいなあ。

本を3冊借りて帰った。そのうちの一冊がこのMAYA MAXXの『絵が「ふるえるほど好き」になる』。表紙には、マチスの「金魚」。MAYA MAXXがロシアのプーシキン美術館へ行ってきたときの、絵と旅のガイド。私はこの金魚の絵を、何年前だったか上野でみた(たしか都立美術館)。プーシキン美術館展がきてたのだ。この金魚の絵は、ポスターにばんばん使われていて、駅やそこらでポスターをさんざん見たあとに、美術館でみた原画は、ポスターの絵の大きさに比べると、こぢんまりと小さかった。鮮やかな金魚、さっさと描いたような筆づかいが印象に残っている。

「金魚」の絵についてMAYA MAXXが語っているなかで、とくにここがよかった。
▼…本当は細密にも描けるけれど、リアリティというのはそうじゃなくて、金魚や金魚鉢のある風景が、自分と同じように同じ比重で世界には存在しているということの納得ですよね。人間というものは、理性とか、いろんなものがある動物だから、自分が見ているからこそ風景があって世界があるという意識になりがちなんだけど、見ていてもみていなくても金魚は存在し自分も存在する、その同列な感じをね。そして、そう思ったときに、ワクワクすること、それがリアリティなんじゃないでしょうかね。…

 …だんだん歳をとっていくごとにマティスという人は、やっぱりこの世界というものは、祝福されるべきものなんじゃないかと思ったと思うんだよね。この世は、本来、自分がなにもしなくても美しいし、自分がいようがいまいが美しいんだと。ただ、いまこの画面に美しさを定着できるのは自分なんだっていうことですよね。(p.27)

『We』を販売していただいているお店

本屋さんでは、なかなかない『We』ですが(「地方小出版流通センター取扱」で注文していただけば届きます)、フェミックス事務所のあるスペースナナ(横浜・あざみ野)のほか、『We』を置いてくださっているお店もあります。
いまのところ、東京近辺のみですみません(関西も開拓したい!)
『We』176号も届いているはずですので、お近くの方はぜひ手にとってごらんください。

特集:支えあって軽やかに生きのびる
We176号【インタビュー】武藤類子さん(ハイロアクション)
壁が垂直に立ちはだかっているなら
私たちは横につながっていこう

【シンポ】土屋春代さん、樋口わかこさん、皆川万葉さん、長谷川輝美さん
被災地支援にいかされた〈支えあいの知恵〉
【複眼でみる】田中恒子さん
変わり続ける自分が楽しい―現代アートのある暮らし

** 『We』を毎号置いてくださっているお店のご紹介 **

東北ルネサンス―日本を開くための七つの対話(赤坂憲雄編)

東北ルネサンス―日本を開くための七つの対話東北ルネサンス
―日本を開くための七つの対話

(2007/08)
赤坂憲雄編

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『こども東北学』のあと、『「東北」再生』を読み、この『東北ルネサンス』を借りてきて読んでみた。

山内明美が『こども東北学』で、「まん中じゃないところにも目を向けてみよう」「ほんとうに、まん中なんてあるのかな」という問いを含んだものが"東北学"だと書いていたが、編者の赤坂憲雄はその"東北学"を提唱してきた人である。

"中央"からは、北の果ての辺境と言われ、蝦夷(えみし)が住む場所と言われてきた東北から、"日本"を眺めなおしてみる。収められている7つの対談は、どれもえらいおもしろかった。ぼんやりと「日本」はこんなもんやと思っていたのが、まるで違って見えてくるのだった。

掘り出しモノも好きな私は、三内丸山遺跡(と、その隣にあるという青森県美)へ行ってみたいなーと前々から思っている。この三内丸山の発見は、東北人の精神史に大きな影響を与えただろうと赤坂は言う。
▼それ[三内丸山遺跡の発掘]によって、東北に生きる人たちが自分たちの歴史をヤマト王権によって征服されて以降の千数百年ではなく、縄文を抱いたはるか一万年の時間のなかで語ることができるようになった。(p.175)

ただ、それも、佐賀で吉野ヶ里が発掘されたときには全国の考古学者がすぐに殺到したものの、三内丸山にはなかなか考古学者が来なかった、という。「東北のはずれの青森のそんな土地に、そんな巨大な遺跡が埋もれているはずがない、吉野ヶ里より大きな柱があるはずがない、そういう思い込みがあって、抵抗というか、非常に出足が鈍かったと聞いた」(p.180)と赤坂は語る。

そんなふうに"東北"は見られていたのだ、という話を読みながら、自分はいったいどう見ているのか、それ以前に東北は福島に2度行ったことがあるきり、私にはまだ地図で見る遠いところなのだった。

空き家再生ツアー(岸本葉子)

空き家再生ツアー空き家再生ツアー
(2010/11/02)
岸本葉子

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岸本葉子が小説を書いていたのは、まったく知らずにいた。NDC913の棚でこの本をみつけ、え?岸本葉子?小説?と思い、ぱらっと奥付をみると、これが初めての小説だと書いてある。借りてきて、読んでみた。

巻末の表題作は、たぶん尾道と思いつつ読んだ。父が生まれ育った尾道は、私がごく幼い頃に父の母、私にとっては祖母が亡くなって、何年かにいちど墓参りにいくところ、という場所。父の実家も、もうずっと前に手放されていて、今はどうなっているのか。かすかに、かすかに記憶がある。そう遠くないところに伯母が住み、私自身も広島県内に3年住んでいたことがあるから、それなりに馴染みのある場所。

一つひとつの短編集と思いきや、これが登場人物がゆるく連なる連作短編集なのだった。

岸本葉子といえば、"年上の酒井順子"のような身辺雑記風のものがかつては多かった。そのうち「ひとり」とか「シングル」がどうのこうのという書きものも増えてきて、この小説も登場するのはシングルの女たち。

好奇心ガール、いま97歳(笹本恒子)

好奇心ガール、いま97歳好奇心ガール、いま97歳
(2011/09/29)
笹本恒子

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笹本恒子さんが写真を撮ってる人だということは、ぼんやり頭にあったが、97歳ですか!とやはり年齢を知って、驚く。そういう反応がイヤだからと、ある時期まで笹本さんは年齢をはっきり言わずにきたそうだが、1914年うまれ、いまも現役というのはやはりびっくりする。もう20年近く前に死んだ私の祖母は、笹本さんと2つ違いの1912年うまれだった(もし生きていたら、ことしは100歳だ)。10年すこし前に死んだ母は50代だったから、ひとの寿命はそれぞれとはいえ、長いこと生きはる人もおるんやなあと思う。

一人称「わたくし」で書かれる、1世紀近く生きてきた笹本さんの人生。

ワインになぞらえた撮影の話に、写真家が人を撮るのは、そういうことかと思う。ただシャッターを押せば写る、というだけではない、写真家がひきだす、その人のすがた。

『We』176号(特集:支えあって軽やかに生きのびる)、内容の紹介

『We』176号の特集内容をご紹介。

特集:支えあって軽やかに生きのびる
We176号【インタビュー】武藤類子さん(ハイロアクション)
壁が垂直に立ちはだかっているなら私たちは横につながっていこう
【シンポ】土屋春代さん、樋口わかこさん、皆川万葉さん、長谷川輝美さん
被災地支援にいかされた〈支えあいの知恵〉
【複眼でみる】田中恒子さん
変わり続ける自分が楽しい―現代アートのある暮らし

巻頭インタビューは、ハイロアクションの武藤類子さん。昨年「9.19さようなら原発集会」での、武藤さんのスピーチは深い共感と感動をよび、ネット上をかけめぐりました。http://hairoaction.com/?p=774

スピーチを聞いてぜひお話を伺いたいと思い、福島県三春町に武藤さんを訪ねました。脱原発運動をなぜ始めたか、事故後の暮らしのこと、「相手の話にきちんと耳を傾ける社会をつくりたい」という武藤さんのお話を、ぜひお読みください。

特集2本目は、12月に横浜でひらいたシンポジウム「被災地支援にいかされた〈支えあいの知恵〉」の報告。3.11以降、被災地のコミュニティ再興のための支援や仕事づくりに取り組むフェアトレード団体の活動や思いをシェアするシンポジウム、人やコミュニティを元気にする支援のヒントがちりばめられた内容です。

3本目のインタビューは、数年前に和歌山近美へ1000点あまりのコレクションをどーんと寄贈した田中恒子さんの「変わり続ける自分が楽しい―現代アートのある暮らし」。かつては大学で家庭科教育に携わっていた田中さんは、生活はまいにち創造行為だといい、生活を革新していく授業にとりくんできた人でもあります。生きていることを楽しくするアートの力を感じるお話です。
 私がさいしょに田中さんのお話をきいた「せんばでアート」のこと(2010)

温かな学校を風土を育てていこうという授業実践「高校生のピア・サポート」の報告は、学校だけでなく、職場などでも参考になると思います。

↓その他のもくじ
Genre : 日記 日記

「東北」再生―その土地をはじまりの場所へ(赤坂憲雄、小熊英二、山内明美)

「東北」再生―その土地をはじまりの場所へ「東北」再生
―その土地をはじまりの場所へ

(2011/07/01)
赤坂憲雄、小熊英二、山内明美

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『こども東北学』のあと、この本を借りてきた。昨年の5月1日、3月11日から51日目に、半ば公開のかたちでおこなわれた赤坂憲雄+小熊英二+山内明美の鼎談を「I」に、山内と小熊の既発表のテキストをもとに書かれた2つの文章を「II」に、それぞれ収録した本。

「最後[ケガヅ]の場所からの思想」の末尾で、山内はこう書いている。
▼…未来の東北を奪還する手だてがあるとすれば、それはたぶん、「ほんたうの農業と漁業」のあり方を模索することだろうと思う。その道のりは、これまでとは比較にならないほど過酷だろうと思う。それでも、東北ならできると思う。ここは、地獄絵図のような生き死にの紡がれた歴史の中で、くり返し死の淵から再生をとげてきた場所だからだ。
 巨大な樹木が倒れたあと、無数の蘖[ひこばえ]があらわれるように、「東北」は、きっと再生する。(pp.122-123)

ハリール・ジブラーンの詩(神谷美恵子)

ハリール・ジブラーンの詩ハリール・ジブラーンの詩
(2003/09)
神谷美恵子

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どこだかで、ハリール・ジブラーンの詩の一部を読んで、図書館にあるかなーと探すと、神谷美恵子が訳して、それぞれの詩について寄せた解説とともに編んだ文庫本がみつかった。

アラビア語ふうに呼ぶと、ハリール・ジブラーン、アメリカではカーリル・ギブランと発音している人が多いようだと書かれているが、図書館では「カリール・ジブラン」とか「カリール・ジブラーン」という名前でも本がある。

レバノンで1883年に生まれ、アメリカで1931年に亡くなった詩人。

収録されている詩のなかで、こころにのこった一つは、ごく若いころに書かれたらしいという「おお地球よ」。神谷訳はアラビア語からの重訳で、しかも全体の半分位にすぎないそうだ(だれか全部訳してる人はおるんかな…)。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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