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「原発のない未来を考える」講演会(5/29、横浜・あざみ野)

※私は行けないのですが、横浜のかた、関東のかた、ぜひお運びください。お知り合いへの転送・転載も歓迎です。藤田さんの新しいインタビューを掲載した『We』172号は、できたてホヤホヤを当日会場で販売予定です。※

フェミックス事務所のあるスペースナナ主催、フェミックスも協賛の講演会です。講師の藤田祐幸さんには、『We』15号(1993年8・9月号)で「エネルギー問題と原発と」、『We』51号(1997年4月号)で、「絶望ばかりはしていられない」と、それぞれインタビューしています。次の『We』172号でも新たなインタビューを掲載予定です。
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原発のない未来を考える
─チェルノブイリ、福島の事故を繰り返さないために─
原子力発電で本当に私たちが知りたい120の基礎知識3月11日東日本を襲った激震と大津波によって引き起こされた福島原発の事故は、4基がいまだ危険な状態にある未曾有の事態となり、25年前のチェルノブイリに並ぶ大惨事として、全世界の注目を集めています。

物理学者である藤田祐幸さんは、スリーマイル島の事故以来、反原発の市民科学者の道を選び、チェルノブイリの事故調査のために現地を数回訪れ、原発事故のリスクのみならず原発労働者の被曝、放射性廃棄物の処分の問題にも警鐘を鳴らしてきました。エネルギー問題にも精通し、人生のすべてをかけて<原発のない社会>を提言してきました。

事故から2ヶ月がたち、次々と明るみに出てくる深刻な被害の状況について、また今後のエネルギー問題の解決法についてお聞きし、今私たちに何ができるのかを考えたいと思います。

日時:2011年5月29日(日) 9:30~11:30 (9:00開場)
講師:藤田祐幸さん(プロフィールは下記)
会場:アートフォーラムあざみ野 レクチャールーム(1F) アクセス

長沢芦雪 奇は新なり(MIHO MUSEUM、~6/5)

長沢芦雪 奇は新なり石山駅からバスで50分という、行くのに気合いが必要なMIHO MUSEUMで、「長沢芦雪 奇は新なり」展。今回の目玉は、去年みつかったという「方寸五百羅漢図」。方寸というのは、3センチ四方くらい。その中に五百はないけど、羅漢さんが三百くらい描いてあって、象なんかもいる。

石山から、1時間に1本のバスは、美術館までほんまに50分かかる(片道800円)。瀬田の唐橋を渡ったあとは、ぐんぐん山へ近づいていって、けっこうな山道をぐいぐいとバスは走り、目には新緑があざやか。山のなかでみる藤も、お手入れされた藤棚とは違って、かっこよかった。

前にここへ来たのは、秋の若冲展。その前の蕪村展は春季展だが、こんな新緑の季節に来るのは初めてやなと思った。
Genre : 日記 日記

土曜日は灰色の馬(恩田陸)

土曜日は灰色の馬土曜日は灰色の馬
(2010/08/07)
恩田 陸

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図書館の棚で、タイトルを見て、借りてきてみた本。7歳くらいから、えんえんとお話のタイトルを考えているという恩田陸。自分で書けるに越したことはないが、「書かれるべき」「あったらいい」物語のタイトルを、考えつづけているという。いまもストックがたくさんあって、その一つが「土曜日は灰色の馬」。

3つの章からなっていて、「I 面白い本はすべてエンタメ」、「II 少女漫画と成長してきた」、「III 暗がりにいる神様は見えない」。

蝶のゆくえ(橋本治)

蝶のゆくえ蝶のゆくえ
(2008/02/20)
橋本治

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本を持たずに出てしまい、出先の古本屋で一冊購入。『仲よく貧しく美しく』も読んだし、久しぶりに橋本治の小説を選んでみる。巻末の橋本自身の自作解説をぱらぱらっと見たら、『生きる歓び』『つばめの来る日』に続く3冊目の短編小説集とある。

あ~、あの「みかん」「あんぱん」とか、「ん」のつくタイトルの短編集の、続きの続きかと、ワンコインで買ってみる。

仲よく貧しく美しく(橋本治、島森路子)

仲よく貧しく美しく仲よく貧しく美しく
(1994/10)
橋本治、島森路子

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1993年5月の「夜中の学校」シリーズ完結記念イベントを本にしたもの。橋本と島森が、「学校」とか「セックス」とか「家族」とか「金」とか、そんなお題で夜中じゅうしゃべっている。

「学校」の話がおもしろかった。マドラ(広告批評)が「夜中の学校」と銘打ってやってた"学校"、その学校的なものって、何?

橋本 …学校に行くと子供だけでいろんなことをやれる。ある共同社会の中で自分が何かやれるというのが好きなの。
島森 そこまで徹底してたら、いっそ気持ちいいね。学校はそういうところで、つまり勉強するところじゃなかったのね。
橋本 そう。授業時間というのは、休み時間になるのを待ってる時間で、その間に、休み時間になったら何をしようか考えていた。(p.21)

「プリズム・ラグ ~手塚愛子の糸、モネとシニャックの色~」展(大山崎山荘美術館、~6/12)

「プリズム・ラグ ~手塚愛子の糸、モネとシニャックの色~」展大山崎の山荘美術館へ久しぶりに行く。もひとつ前の「山荘美学:日高理恵子とさわひらき」展も行きたかったけど、行きそびれた。今やってるのは、「プリズム・ラグ ~手塚愛子の糸、モネとシニャックの色~」展

これが、めっちゃおもしろかった。美術館のサイトや、チラシを見ても、おもしろそうなニオイはただよってくるが、現物を見ると、なんかもう「モノを見る目」が変わってしまうかんじ。

隠れてるものを、見えるようにしてみせる。そして、見立ても含まれていて、「ああ、そうか」と、気づくともう元のようには見えなくなる。目が更新されるというか。
Genre : 日記 日記

長崎の鐘(永井隆)

長崎の鐘 付「マニラの悲劇」長崎の鐘
付「マニラの悲劇」

(2009/08/19)
永井隆

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永井の複数の本のなかで、戦後いちばんに書かれたものだが、その内容のためもあってGHQの検閲による制限もあり、なかなか世に出なかったという(長崎原爆の実相を知らせるものだったためだという─たとえば西日本新聞によるこんな記事がある)。

これは、長崎被爆のドキュメントであり、永井の言葉でいえば「人間的手記」。被爆の瞬間から原子力による破壊の詳細、その後の治療行脚、原爆症についての克明な記録。

原子が爆裂するとどうなるか、いま『プルトニウム』という本を途中まで読んでいるが、永井の書くものから当時もこれだけのことは分かっていたのだと知る。放射線の影響についても、それまでの実験や臨床経験から分かっていたことはここまであるのだと知る。最近読んだ本のなかでは、『長崎の鐘』はよほどわかりやすいと思った。

この子を残して(永井隆)

この子を残してこの子を残して
(2010/07)
永井隆

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右手のダルさがつづく。『We』読者のMさんから「トラックボール」を譲ってもらってお試し中だが、慣れないせいで、カーソルが思わぬとこへ飛んでいったり、ちがうとこをクリックしたり。一昨日の晩はこんどは薬指方面がなんだか痛くなってきて、つらい。キーボードとマウスは筆記用具でもあるので、なんとか共存したい。

1ヶ月くらい前に『長崎の鐘』を借りてきて途中まで読んだところで、こっちの『この子を残して』も借りてきた。

「この子を残して」のことを私が知っているのは、むかし映画を見たからのような気がするが、いつどこで見たのかは記憶がはっきりしない。読んでみて、私は本を読むのは初めてやなと思う。巻頭の「この子を残して」とともに、本文カットに入っている、永井の描いた子供たちの絵や浦上天主堂の絵、誠一さん、カヤノさんが描いた父の絵などが、心にひびく。

うとうとしていた永井のほおに、カヤノさんが冷たいほおをくっつけて、「ああ、…お父さんのにおい…」と言う場面から書き起こされた文章は、カヤノさんが小声で「お父さん」と言う場面で閉じられる。「それは私を呼んでいるのではなく、この子のちいさな胸におしこめられていた思いがかすかに漏れたのであった」(p.25)。

ウシがゆく―植民地主義を探検し、私をさがす旅(知念ウシ)

ウシがゆく―植民地主義を探検し、私をさがす旅ウシがゆく
―植民地主義を探検し、私をさがす旅

(2010/10)
知念ウシ

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1月に、金時鐘さんの講演会「私の日本語の由来」へ行ったとき、そのあと途中まで電車で一緒だった『We』読者のももんがぁさんに、いま読んでる本と見せてもらったのが、この『ウシがゆく』だった。どこかで聞いた名前と思ったら、『植民者へ』の本にも出てきた人だった。

読み終わったら貸そうか~と言われ、こっちでも図書館でリクエストしてみますとすぐ後にリクエストしたのを、待って待って待って、やっと4月半ばに届いた本。ヨソからの相貸で、図書館で借りるとき「買いたかったんですが、買えなかったんです」と言われる。え、買えないの?まだ半年くらい前の本やけど…。

返却をぎりぎりまで延長して読んだあと、この本は手元においてくりかえし読みたいと思った。沖縄語とか、わからへんとこもあるけど、そのわからへんのを何べんも読もうと思った。

それで、本を探して本屋をハシゴした。(版元の在庫があるのかどうか、amazonではえらい値段のものしか出てこない。他のネット書店も「在庫僅少」。ということは、本屋に在庫があったら買えるなと思い…)

介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み(渡邉琢)

介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み介助者たちは、どう生きていくのか
障害者の地域自立生活と介助という営み

(2011/03)
渡邉琢

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「介助が仕事として成立したのはごく最近のことだ」(p.15)という冒頭のところで、頭が混乱する。介護保険ができて、支援費制度ができて、それで、「運動」か「ボランティア」か「家族」か「施設」だったのが、「仕事」になったということのようだが、じゃあ2000年以前のは何なのかな~と思ったり。

労基法とか最低賃金とか、そんなんでいうと、胸を張って「仕事」という感じではなかったかもしれないけど、「仕事」あったよなーと思う。

ただ、その冒頭のところで「?」と思ったあとは、大きく引っかかることもなく読んだ。こないだ講演会「しょうがいの重い人の今後のケアホーム」を聞いたあとでは、「24時間の介護保障のためには単純計算で月に744時間必要」とか、国本さんが言うてはったのはこういうことかとよくわかった。介護報酬の流れも、知らなかったところが、そんな風になってるのかとわかった。「代理受領」という仕組みがあって、「ダイレクトペイメント」という話もあるんやろうなと思った。

その手に乗ってはいけない!(辛淑玉)

その手に乗ってはいけない!その手に乗ってはいけない!
(2008/08)
辛 淑玉

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4月下旬に借りてきて、その日のうちに読んでしまう。

表題作は、こんな書き出し。
▼人権関係の講演会では、さまざまな差別と闘っている人たちと出会うことがある。うれしい出会いもあれば、不愉快なものもある。
 不愉快な出会いになってしまうのは、一生懸命取りくんでいる人にかぎって、他者の価値観やプライオリティ(優先順位)を否定する場合が少なくないからだ。(p.176)

そして、辛さんの講演会で「どうして○○の問題には触れなかったのか、がっかりした」と詰め寄る人の例を書きながら、支えあうべき人と、闘うべき相手を取りちがえている、手を取りあうことができない状態にもっていかれてはいけない、その手に乗ってはいけないのだとこの文章はとじられる。

巻末の「自分の無力を自覚して」が、ずどんと響く。

青葉繁れる(井上ひさし)

青葉繁れる青葉繁れる
(1974/01)
井上 ひさし

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♪あーおばしーげれる…とくると、私にとっては、ばあちゃんから口移しにおしえてもらった、「桜井のわかれ」の正成と正行のあの歌になるのだが、井上ひさしということは、青葉城の仙台かと、3/11の地震後の仙台が気になっていたこともあって、文庫で借りてくる。

仙台一高へ通った井上ひさしの自伝的小説でもあるらしい。妄想気味、性欲昂進気味の高校生群像をえがいた、仙台弁あふれる(私にはナマの口吻は分からないが)小説。かなり笑える。十代の後半、アホみたいなことに一喜一憂してたよなあと思ったりする。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第67回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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