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読んだり、書いたり、編んだり 

ふたりの本棚 ナリコとノリコの往復書簡(近代ナリコ、市川慎子)

ふたりの本棚 ナリコとノリコの往復書簡ふたりの本棚
ナリコとノリコの往復書簡

(2010/06/11)
近代ナリコ、市川慎子

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本や古本好きのふたりの往復書簡。『We』でも今、まさに「往復書簡」というタイトルの木村栄さんと向井承子さんの連載をしているところだが、このナリコとノリコの「往復書簡」は、どっかに連載でもされたものなのか、あるいは一年ためて本になったものか、来歴までは本に書いてないので、はっきりわからない。

往復書簡といえば、こないだ読んだ百合子と芳子の書簡集は、まさにふたりが書きたくてたまらず、返事を待ちこがれ、待つ間にもまたしたためるという勢いで交わしあった書簡を時間順にまとめたものだった。手紙がいって、返事がかえる。その往復があってこそ「手紙」という気がするが、わざわざ"往復"と銘打つところには、行くだけで返らない「手紙」が多いんかなあと思ったりする。

中村のイヤギ(張領太)

昨晩は、映画「中村のイヤギ」を見にいった。上映後に、監督の張領太(ちゃんよんて)さんの話もあった。

「イヤギ」とは「話」という意味。在日3世の張さんは、伊丹の中村地区へ入り、カメラをまわす前から数えると3年弱かけて、隣接地へ集団移転する前の中村を撮った。森達也の「A」「A2」をみて、「ドキュメンタリーってこんなことができるんや」と思ったそうだ(活字派の私としては珍しく、これは2本ともDVDをもっている)。

映画の冒頭では、韓国併合条約の一条がうつされる。

韓国皇帝陛下ハ韓国全部ニ関スル一切ノ統治権ヲ完全且永久ニ日本国皇帝陛下ニ譲与ス
Genre : 映画 映画

伊丹・中村地区のこと

新・伊丹史話伊丹の中村地区について図書館でレファレンスを頼んだら、『生きられた法の社会学』『構造的差別のソシオグラフィ』とあわせて、『新・伊丹史話』(伊丹市立博物館、1994)と『聞き書き伊丹のくらし~明治・大正・昭和~』(伊丹市立博物館、1989)が出てきた。

中村地区については、『新・伊丹史話』の第四章「近現代の伊丹」のなかの「市域の交通の発展」に伊丹空港のおいたちとして書かれているところに記述がある。

「大阪の飛行場は、大阪市が計画中の大和川尻の埋立地に決定した」が、「埋立工事が室戸台風に遭遇するなどして、遅々として進ま」ず、逓信省が昭和11年(1936年)の7月に「予備飛行場として神津村の地を選定し、同年12月から工事を始め」た、これが伊丹空港のそもそもの始まりである。(p.427)

だがその後も阪神風水害の被害があるなど工事は遅れるばかり、伊丹中学・阪神工業や大阪府下の中等学校の生徒を勤労奉仕に大々的に動員して、飛行場は完成したという。開場式は昭和14年1月17日、この空港は「大阪第二飛行場」として開かれた(「第二」というのは、当初の飛行場予定地=大和川尻の埋立地に計画されたというほうが「第一」だったからだが、結局この第一飛行場は実現しなかった)。

そして中村地区の淵源ともいえる空港の拡張工事が、大陸への航空路の進出のためとしておこなわれた。そのことについてはこう書かれている。
▼国民徴用令にもとづいて、多数の朝鮮人労働者が強制的に連行され、各地の鉱山や工場で働かされたことは周知の事実ですが、この飛行場拡張にも、16年から18年にかけて、1000人近い朝鮮人労働者の導入がみられます。彼らがきびしい軍の監督と劣悪な生活条件のもとで、飛行場建設に貢献したことを忘れてはならないでしょう。(p.430)

国民徴用令」というところが目を引く。

生きられた法の社会学(金菱清)

生きられた法の社会学生きられた法の社会学
(2008/04/01)
金菱 清

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なぜ国民国家は法外に放り出された人びとを、生活保障の対象にできないのだろうか。(p.204)

伊丹空港、通称では兵庫の地名がつくこの空港は正式には大阪国際空港という。通称と正式名の名のとおり、行政区分としては、兵庫県伊丹市と大阪府豊中市・池田市にまたがって空港はある。この空港の敷地内、猪名川に近い滑走路のすぐ脇の「中村地区」では、長く人が暮らしを立ててきた。そのほとんどは在日朝鮮人。ここは日本最大規模の「不法占拠」地域だった。

「不法」ゆえに、航空機の離発着による激甚な騒音と振動の被害を受けながら、その対策はとられず、「不法」ゆえに、行政サービスも行われずにきた。

この「不法占拠」に対して国と伊丹市が異例の移転補償を行うことになった。しかも、隣接地への集団移転により地域コミュニティが保持され、地域に住む人たちの文化的ユニットが承認された施策だった。

「不法占拠」への「移転補償」はこれまで例がないという。"常識的に"考えれば「盗人に追い銭」と言われかねないこの施策実施を考えるには、「公共性を積極的に増進させる」あるいは「公共性をよりよいかたちで組み替える」という視点が必要だと著者は言う。

人間の条件 そんなものない(立岩真也)

人間の条件 そんなものない人間の条件 そんなものない
(2010/08/18)
立岩 真也

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8月以来、社納さんにいただいたこの本と、買ってきた『虹色ドロップ』が枕元の常連本。どっちも、ちょっとずつ読んでいる。

立岩さんの本は、これまで対談集とか共著本はいくつか読んだことがあるが、単著にはなかなか手が出なかった。ご本人がこの中で「私はごく普通のことを普通に書いてるつもりなのだが、どうもそのようには受け取ってもらえず、面倒なことを書いてる人だと思われていて、残念だ」(p.304)と書いている。私は「面倒だ」とは思わないけど、立岩さんの本を読んでいるとアタマがうまくついていけないことが多く、このよりみちパン!セも、張り切っててっぺんからめくっていたら、途中で寝てしまったりした(きっと暑さのせいだ)。

挿画は他のパン!セ本と同じく100%ORANGE/及川賢治で、各章の扉マンガがおかしい。VIでは「立岩先生の引用チョーむずかしい気がするんですけど」と描かれている(笑) あちこちめくってみた結果、私はこの本を後ろから読んでいくことにした。

いちばん後ろのパートは対談をおさめた「三人のひとと話してみた」という大きなオマケのようなページ。社納さんとの2001年の対話もおさめられている(この元は今でもwebでよめる→ここ)。社納さんもその時のことを思い出してブログに書いている。

昨晩は、対談パートをまた読んでから、「XII 材料も仕事も分ける」という最後の章を読んでいた。落ち着いてよく考えてみぃ、大丈夫やで、と言われてるようである。

一本の樹からはじまった(土岐小百合)

一本の樹からはじまった一本の樹からはじまった
(1994/06)
土岐 小百合

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こないだ聞いた「ときたまUSTREAM展覧会」のトークがおもしろく、とくにこの「ときたま」の土岐小百合さんをもっと知りたいぞと、土岐さんの本が図書館にあったので借りてきて読んでみる。

これは、土岐さんの実家(渋谷区広尾)の庭にあった一本の「けやき」、土岐さんが生まれるよりずっと前からここに生えていた「けやき」を、切ることになって(相続税のために叔父さんがマンションを建てることになり)、その「けやき」を、ごみにするのは忍びない、何かのかたちで残せないかというところから始まった「一本の樹プロジェクト」のことを書いた本。

切りたおしたあとに調べられたところでは、この「けやき」の樹齢は103年だったという。

空をとぶ小人たち(メアリー・ノートン)

空をとぶ小人たち空をとぶ小人たち
(1969/01)
メアリー・ノートン

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川をくだり、リトル・フォーダムの「模型の村」にある一軒におちついたアリエッティたち。この「模型の村」はポットさんという、まるで借り暮らしやのような、つまり「ものをつくるのに、いろいろほかのもので間にあわせたり工夫したりするのが、たいへんじょうず」な人が、細かいところもゆるがせにせず一つひとつ作っていった村で、すべてがアリエッティたちの背丈にちょうど合わせたようなサイズなのだった。

見物客の残しものもあるから、今までにないくらい豊かな借りものもできる。父ポッドは村をぶらつきながら口笛を吹き、母ホミリーは家の仕事をしながら歌をうたい…こんな完全な「安住の地」はないかもしれないというようなところだった。

けれど、アリエッティには秘密があった。

牛追いの冬(マリー・ハムズン)

牛追いの冬牛追いの冬
(2006/02)
マリー ハムズン

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『小さい牛追い』の続編。前作と同じく、四人きょうだいの上ふたり・オーラとエイナールの存在感は大きいが、下のふたり・インゲリドとマルタも少し大きくなって、読んでいて存在感がましてきた感じ。

スヴァルタがうんだ子牛が、みんなの期待に反して牡牛だったとき(牝牛なら市に出して売る)、子どもたち、とりわけエイナールはこの子牛を生かしておくようおとうさんたちに嘆願した。子牛はブタといっしょにクリスマスに殺してしまうことになっていたから。

何を聞かされても、エイナールは子牛のいのちを救おうという望みを捨てず、ものすごい計略を考えついた。最後の手段として、それを実行して…

ふたたび、時事ネタ(斎藤美奈子)

ふたたび、時事ネタふたたび、時事ネタ
(2010/06)
斎藤 美奈子

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『たまには、時事ネタ』(たまじじ)に続く、斎藤美奈子の時事ネタもの。こんどのは、「婦人公論」の連載だけでなく、「DAYS JAPAN」の連載と「共同通信」配信のものを加えて編んである。本になるにあたり、今年の春の時点での追記がほうぼうに書き込まれている。

収録されているのは2007年~2009年。ほんの2、3年前のことやのに、2007年て…と自分がどこで何をしてたか、それもちょっとぼんやり。で、後ろから(時間的に近いほうから遠いほうへ)順に読んでみた。
そういやそんなこともあったなー

あのころ、先生がいた。(伊藤比呂美)

あのころ、先生がいた。あのころ、先生がいた。
(2007/12/21)
伊藤 比呂美

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伊藤比呂美はこないだ『女の絶望』を読んだが、それと同じく、『虹色ドロップ』で夏石さんが紹介してるのを読んだら、また読みたくなって借りてきた。

探してみたら、私はこの本を2008年の3月に読んでいた。伊藤比呂美が、かつて習った小・中・高の先生のうち、おぼえてる人について書いたもの。

また読んでもやはりおもしろい。私も「おぼえてるセンセイの記」を書いてみようかな~と前に読んだときにも思ったが、このたび読んでもやはり思った。

常識の蹴やぶりかた。
自分をつらぬく強さ。


そんなのを、伊藤比呂美はあの先生、この先生から学んだのである。

地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?(久繁哲之介)

地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?地域再生の罠
なぜ市民と地方は豊かになれないのか?

(2010/07/07)
久繁 哲之介

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図書館で借りたときに、ぴらっと開いたそのページが、広島の「甘党たむら」(2008年末に閉店)の話で、これがよかった。猿猴橋という地名もなつかしい。広島に3年間住んでいたころ、猿猴橋の電停近くにあった韓国料理屋へよく食べにいった。

広島駅前にあった「甘党たむら」はあんこがたっぷり入った二重焼きをひとつ70円で売っていたそうだ。そして二重焼きをふたつ注文すれば、日本茶をつけて店内で飲食できた。店内は、歩き疲れた高齢者、電車待ちのひとたちがそれぞれにくつろぎ、二重焼きふたつ140円で、時には1時間以上もおしゃべりに興じていたという。

この「甘党たむら」は著者にとって、結婚相手の母の店、義母の店だった。駅前の一等地で、140円で1時間も居座られては利益がほとんど出ない、顧客回転率も悪い、適正価格は3倍だ、と著者は義母に言ったことがある。だが、義母の意見は違った。

つながりゆるりと(うてつあきこ)

つながりゆるりと―小さな居場所「サロン・ド・カフェ こもれび」の挑戦つながりゆるりと
小さな居場所「サロン・ド・カフェ こもれび」の挑戦

(2009/12)
うてつ あきこ

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去年の終わりに読み、そのあと「頭のフタを開けたりしめたり」でも紹介したので、すでに二度ほど読んだ本だが、貸出の旅に出ることになり、その前にと久しぶりに読む。

この本の裏バージョンともいわれる『We』164号に載せたうてつさんのインタビューをまとめるときには、私がテープ起こしをした。電話でも少し話したので、声や話す雰囲気は知っていたが、うてつさんに初めて会ったのはことしの5月、うてつさんが大阪へ遊びにきたときだった。

活動の経緯を思いとともにまとめたこういう本は、もちろん著者ご本人やその活動の実際を知らなくても読めるし、知らないからこそ読む部分もある。うてつさんと知り合い、もやいのコーヒーを飲み、Weフォーラムの屋台村ではコーヒーの販売に来られたおじさんたちともお会いして、そうしてから読む本は、いっそう具体的に奥行きをもって感じられるところが多かった。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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