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読んだり、書いたり、編んだり 

冷やされて、風邪気味

この一週間は、雨もまじり、かなり蒸し暑かった。気温も高くなってきて、外へ出ると、電車やらバスやら建物の中、店内などが、やたらキンキンに冷えている。

どこもかしこもクーラーきつすぎ。
Genre : 日記 日記

妖怪と歩く―ドキュメント・水木しげる(足立倫行)

妖怪と歩く―ドキュメント・水木しげる (文春文庫)妖怪と歩く―ドキュメント・水木しげる
(1997/09)
足立 倫行

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朝の連ドラ「ゲゲゲの女房」は、3週目くらいからだいたい見ている。(今週は、こんな俗悪なものを子どもに読ませないよう要望する!という圧力団体が、貸本屋の店先で、しげる作の『悪魔くん』を罵っている)

ドラマのせいか、図書館では原作だという『ゲゲゲの女房』や、娘の『ゲゲゲの娘、、、』には、けっこうな予約がついているが、水木しげる本人の本は(たくさんあるせいもあるのだろうが)けっこう空いている。

父ちゃんの手術のもろもろに付き合ったあと、日曜の帰りに、本屋で『ミーツへの道』を買い、図書館では珍しくカードが空いていたので、ぶらぶらと書架をまわって、美術付近の棚でみつけた『妖怪と歩く』を借りた。水木しげるに2年くっついて書いたという人物ドキュメントである。

この、足立倫行という著者の名も、どこかで見たことがあるような気がするが、何か読んだことがあるのかとあれこれ検索してみても、どうもぴんとくるのがない。

帰って、布団にころがって、『ミーツへの道』を読んでしまい、それから『妖怪と歩く』を読んだ。

ミーツへの道─「街的雑誌」の時代(江弘毅)

ミーツへの道─「街的雑誌」の時代ミーツへの道─「街的雑誌」の時代
(2010/06/02)
江 弘毅

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父ちゃんの手術のもろもろに付き合ったあとの、日曜の帰りに買った本。その2日くらい前に、本屋で見かけて、ちらっと立ち読みしていた。帯にはこうある。

街と雑誌と人間と
街と付き合い、街で遊び、街を書く。そんな雑誌を作りたい! 京都・大阪・神戸の「おもろい」を詰め込んで創刊された『ミーツ・リージョナル』。個性豊かな仲間たちと巻き起こる出来事の数々…。「街場」のリアリティを全身で追いかけた名編集者の回想記。

Weフォーラムの参加申込みを受付中です

Weフォーラムの参加申込みを受け付けています。

全体会「ベーシックインカムで、つながれるか、変えられるか」、ならびに要予約(先着順)の分科会の参加申込みを、6/11(金)より開始しています。
※申込みには順次お返事していますが、メール・FAXなどを送ってから数日たっても返信がないという場合は、うまく届いていない可能性がありますので、お手数をおかけしますが、Weフォーラム実行委員会あてお問い合せください。 私はメール受付の担当です。

プログラムの全体は、こちら↓からpdfでご覧になれます(画像をクリック!)
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テキスト版のプログラムはこちらをご覧ください。

ご参加お待ちしていまーす

最後の授業(フェリット・エドギュ)

最後の授業最後の授業
(1995/11)
フェリット・エドギュ

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これも先週読んだ本。

「最後の授業」というと、ドーデの『最後の授業』、あのアルザス・ロレーヌのなんとかという話をまず思い出すが、この『最後の授業』は、エドギュという人の作。図書館のNDC分類によると、929.5(トルコ文学)。

この本のことを知ったのは、里見さんの『パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」を読む』におさめられていた一文によって。

図書館にあったので、借りてきて読んでみた。
不思議な文章で、散文詩のように思えたり(たとえば『ハートビート』『あの犬が好き』のような)、こういう小説もあるんかなと思い、いやこれはノンフィクションか?と思ったりした。

どこからかやってきた男が(その経緯が読んでいてどうもよくわからない不思議さがあるのは、男自身がなぜ自分がそこにいるかわからないという書き方をしているからだろう)、土地の言葉がわからないその場所で、子どもたちに自分の言葉を教えることを引き受け、それで冬を越すことになる。

希望の教育学(パウロ・フレイレ)

希望の教育学希望の教育学
(2001/11)
パウロ・フレイレ

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先週読んだ本。

「もし他人もまた考えるのでなければ、ほんとうに私が考えているとはいえない。端的にいえば、私は他人をとおしてしか考えることができないし、他人に向かって、そして他人なしには思考することができないのだ」(pp.163-164)

対話というのはデモクラティックな関係であるから、他者の思考を使い、他者に向かっておのれを開く可能性の追求であって、孤立のなかに果てていくものではない。(p.167)

スペイン人労働者の問題化のための学校…その理想とするところは、開かれた民主主義的な教育、問うこと、知ることへの情熱、好奇心、創造の喜びと危険をおかす喜び(危険をおかす喜びのない創造の喜びなんてありえない)を、子どもたちのなかに呼び起こすことだった。(pp.195-196)

父ちゃんの手術

父が白内障の手術を受けることを決め、この土曜の午後に片目の手術を受けた(次の土曜にもう一方の目の手術がある)。手術そのものは、十数分ですむものだけれど、術前の点眼麻酔やら診察、術後の診察と注意事項の確認など、もろもろ付き添って2時間あまり。

手術はぶじ終了。
Genre : 日記 日記

したくないことはしない─植草甚一の青春(津野海太郎)

したくないことはしないしたくないことはしない─植草甚一の青春
(2009/10/31)
津野 海太郎

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装丁と著者とタイトルからすると晶文社の本のようだが、よく見ると新潮社の本。津野海太郎の編んだ本、あるいは書いた本は、好きなのがいろいろある。

植草甚一のことは、いつどこで知ったのか忘れたが、「アホほど本を買う人」というのが私の認識であった。私も昔はアホみたいに本を買っていたことがあるが、そんなのは鼻くそみたいなもので、植草甚一の買いっぷりは桁が1つか2つ違う。そのことをだれかの本で読んだことがある(だれの本やったか忘れた)。

本を買うのは楽しいけれど、嵩の張るものなので、「植草さん、そんだけの本をいったいどうしてたんですか!!!」と私はずっと思っていた。この本を読んで、妻の梅子さんの言葉に(ああそうか、そらそうよな)と思った。

なにしろ人間の住む家じゃありません。本の住む家でしたよ、ずっと。(p.269)

しかもヤマで買ってくるのが汚い本ばっかり。「古本屋の店先に50銭均一、1円均一というヤマがあるでしょ、あれを出かけるたびにまとめて買ってくるんですから」(p.269)というような買い方である。それだけの購買力があるならカネモチかというと、この浪費癖のためにずーっとビンボウで、買い物資金の調達には苦心していたそうである。

オカマだけどOLやってます。完全版(能町みね子)

オカマだけどOLやってます。完全版 (文春文庫)オカマだけどOLやってます。完全版 (文春文庫)
(2009/08/04)
能町 みね子

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能町みね子の『オカマだけどOLやってます。』『オカマだけどOLやってます。ナチュラル篇』の2冊は、2年くらい前に読んでいた。この2冊が合本になって『完全版』文庫になったのは知っていた(買ってなかったけど)。

『縁遠さん』を読んだついでと、ここ数日ちょっとくたびれたなーと思い、本日の仕事をしまいにして、近所の本屋へ立ち寄ったときに、『完全版』文庫があったので買って帰る(今はもらいものの図書カードがあるのだ)。

単行本のときは横書きでもっとカラフルだった気がするが(もとはブログ記事だったこともあるのだろう)、文庫は縦書きでモノクロ版になっていた。単行本2冊を、加筆・再構成したものがこの文庫。

縁遠さん(能町みね子)

縁遠さん縁遠さん
(2009/02/04)
能町 みね子

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能町みね子といえば『オカマだけどOLやってます。』の著者(これは「チン子」付きでオーエルやってた著者の体験記であった)。この『縁遠さん』(「えんどお」さんとルビが振ってある)は出た頃にチラっと見たことがあったけど、読んでなかった。

図書館でひょいと見かけたので借りてくる。

「彼氏はいない。でもそこそこたのしい。」なりお、「彼氏はいない。でも別に焦ってない。」しながわ、「彼氏はいる。でもたまに本気で存在を忘れる。」佐藤という28歳の3人のはなし。

女中譚(中島京子)

女中譚女中譚
(2009/08/07)
中島 京子

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フト中島京子の本を思い出して、なにか新しいのは出てるかなと検索したら、去年の『女中譚』と、出たばかりの『小さいおうち』があった。

図書館にあった『女中譚』を借りてくる。タイトルからすると、『FUTON』『イトウの恋』のような、元ネタもののニオイ(『FUTON』は花袋の『蒲団』から、『イトウの恋』はイザベラ・バードの『日本奥地紀行』から、それぞれ着想したものである)。

収録されているのは3篇、「ヒモの手紙」、「すみの話」、「文士のはなし」。

学校でこそできることとは、なんだろうか(里見実)

『パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」を読む』の巻末広告に載っていた本から、『生きなおす、ことば』のあと、里見さんの『学校でこそできることとは、なんだろうか』と、フレイレ自身が『被抑圧者の教育学』を読み直したという『希望の教育学』を図書館で借りている(どっちも近所の図書館になくて相貸)。

学校でこそできることとは、なんだろうか学校でこそできることとは、なんだろうか
(2005/05)
里見 実

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東京へ行く前に途中まで読んでいたのを、東京から戻って、ゆっくり読み終える。

学校の可能性─個が学ぶ、他者と学ぶ、共同で学ぶ

こう小見出しのついたところで、テキストの読みを例にして「一人ひとりの読みをだしあい、「他人の読み」をバネにして、自分の新しい読みをつくりだしていくインタラクション。「それが「教室での読書」の他に代えがたい重要な特質だ。」(p.49)などと書いてある。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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