読んだり、書いたり、編んだり 

『へこたれん。』ではなくて『へこたれへん。』

米原万里の『言葉を育てる』を読んでいる。
言葉を育てる―米原万里対談集 (ちくま文庫)言葉を育てる―米原万里対談集
(2008/09/10)
米原 万里

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これは親本がなくて、文庫オリジナル編集の本。
対談集を集めてあって、かーなーりーオモロイ。

巻末の「解説」にかえて収録されている「素顔の万里さん」を読み(この文章だけでも相当オモロイ)、本のてっぺんの対談から順に読んでいって、辻元清美との対談の扉ページに誤字発見。
奥付をみるとすでに二刷なので、まだ誰も気づいていない可能性が高い。

129ページの、辻元清美のプロフィール紹介のところである。
▼…著書に『総理、総理、総理!!』『へこたれん。』などがある。

この後ろの方の本のタイトルは、 『へこたれへん。』 である。
↓これだ

へこたれへん。へこたれへん。
(2005/08/20)
辻元 清美           

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編集担当の方がどこのお生まれかは分からねど、東のお人であれば、「へこたれん」と「へこたれへん」は分からんかも…

昨日買った本と雑誌、これから読みたい本

私が編集発行人をつとめているミニコミ誌「ブックマーク」は1990年に始めて、途中までは隔月で、その後は諸事情により不定期発行でなんとか続いている。
昨日「ブックマーク」第71号の印刷発送をやった。

作業場所近くの本屋で、まず『女性学年報』の29号を買う。
   joseigaku.gif
「どこから向き合う?―女・フェミニズム・男女共同参画」という特集号である。こないだちょっと借りて読んだのだが、これは買っておこうと。発行元の日本女性学研究会でも買えるようですが時間がかかりそう。ネットで買うなら例えばここ

作業がほぼ終了して、手伝ってくれた2人とオイシイものを食べ、帰りにちょっと大きい本屋で、ひとしごとすんだイキオイで本を買う。
 日本の教師に伝えたいこと(ちくま学芸文庫)日本の教師に伝えたいこと
(2006/08)
大村 はま                

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言葉を育てる―米原万里対談集 (ちくま文庫)言葉を育てる―米原万里対談集
(2008/09/10)
米原 万里     

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怠ける権利 (平凡社ライブラリー)怠ける権利
(2008/08)
ポール ラファルグ        

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いずれも、「読んでみたい」とココロに留めていた本である。

帰ってきて、残り作業をしてから、「ブックマーク」発行の支度のためにここ数日お預けにしていたよしながふみの『大奥』第4巻、ようやく解禁。
去年までに読んでいた1~3巻から、通し読みをするのだ!
大奥 (第1巻) (JETS COMICS (4301))大奥 (第1巻)
(2005/09/29)
よしなが ふみ            

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大奥 (第2巻) (JETS COMICS (4302))大奥 (第2巻)
(2006/11/29)
よしなが ふみ            

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大奥 (第3巻)大奥 (第3巻)
(2007/12/20)
よしなが ふみ            

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ミニコミ「ブックマーク」は、タイトルから分かるように本ネタの、本でつながるミニコミです。
ちょっと読んでみたいと思われる方は、こちらまでメール
送り先の住所と宛名をお知らせください。見本を送ります。

夫婦で読むセックスの本(堀口貞夫・堀口雅子)

11月に『We』の読者や編集者など10人ほどでニキ美術館へ行った。
niki_museum.jpg
(中畝常雄さん撮影)

私は『ひげのおばさん子育て日記』の著者である常雄さんの運転するクルマに乗せてもらい、治子さんやシャチョーとあれこれとしゃべりながら那須へ向かった。

その車中で、「堀口さんからもらったのー」と治子さんに聞いた本がこれ。
各章トビラのイラストがオモロイ。

たぶん、夫婦関係だけでなく、人との関係を紡いでいく上で大切だろうなと思うこと。

▼私たちの限られた経験からではありますが、幸せな夫婦関係を続けていくには最低限次のようなことが必要だと思います。

 自己の存在を肯定的に受け入れること。
 それによって、相手の存在を肯定的に認め尊重すること。
 そして、一緒にいることが「気持ちよい」と感じられるように努力すること。

 これは、「言うは易く」で、実際にはなかなか難しいことです。頭で考えているとますます難しくなってしまいますから、まずは相手の肌にふれることから初めてもよいのではないでしょうか。ふれあうことは気持ちを和ませてくれますから、それがよい関係作りの糸口になることでしょう。(pp.217-218)

肌にふれるって、それはいきなりガバっとすっぽんぽんにならんでも、手をにぎるとか、そういうことから。

夫婦で読むセックスの本 (生活人新書)夫婦で読むセックスの本 (生活人新書)
(2008/09)
堀口貞夫・堀口雅子

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10月に読んだ本(その2)

その1の続き。

★★★★ オモロかった!
★★★☆ よかった
★★☆☆ まあまあ
★☆☆☆ 暇なら

10月に読んだ本(その1)

あれ、あれ、あれ何やったっけ…と最近とみに記憶が怪しいので、10月に読んだ本リストをつくる。

★★★★ オモロかった!
★★★☆ よかった
★★☆☆ まあまあ
★☆☆☆ 暇なら

ということで、記憶をたどって星もつけてみる。

組織を変える「仕掛け」 正解なき時代のリーダーシップとは(高間邦男)

組織のリーダーというものに切実に関心があるため、こんなタイトルの本を読んでみる。

組織を変える「仕掛け」 (光文社新書)組織を変える「仕掛け」 (光文社新書)
(2008/09/17)
高間邦男

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自分の言動が職場の士気を下げまくっていることに気づかないリーダー
自分では「目標を語っている」と思い込んでいるものの、何も語っていないリーダー
自分は人を動かす立場であって、自分が動く必要はないと考えているらしいリーダー
部下の言葉を受けとめるより先に、それをさえぎって自分の主張だけを通すリーダー
部下をひたすら罵倒し、存在を否定するような言動をするリーダー
自分の考えが部下や周囲に通じないのは「やつらの意識が低いからだ」と考えるリーダー

…と、つい、過去を振り返ってはナイナイづくしのリーダー像を思い描いてしまうのは、私がこれまで遭遇したろくでもない実例がいろいろとあるからだろう(嘆)。

▼もし、みなさんの周囲に、組織の雰囲気を元気で前向きなものに変え、高い業績を継続的に上げながら、人々の支持を集めているリーダーがいたら、その人の行動を思い出してみてください。きっと、そのリーダーの姿は、昔のリーダーのイメージとはちょっと違っているのではないでしょうか。

 そのリーダーは威張っておらず、気さくに人々に声をかけ、叱ることよりも褒めることのほうが多いでしょう。組織の中では、誰もが自由に意見をいえる、フラットでオープンなコミュニケーションが行われているでしょう。メンバーが主体的に考え、取り組める機会が数多く設けられ、失敗してもいいから挑戦することが推奨されているでしょう。組織の雰囲気は、自由で明るく楽しそうですが、それでいてメンバーは本気で仕事にコミットしていることが窺えます。(pp.8-9)

そうではないリーダーについての分析もある。

▼「現場に学ぶ」という言葉があります。まさに、変化は現場で起きているのです。にもかかわらず、トヨタの三現主義「現場・現物・現実」における「現場は宝の山、だから見に行く」という意識になりづらいのは、自分はわかっているという驕りや、自分の考えを否定したくないという意識のせいでしょうか。(p.29)

はやりの“ダイバーシティ”についても釘を刺してある。

▼同じことがダイバーシティでもいえます。
 「女性の活用」といい続けるのは、一見女性を尊重しているようですが、実は「女性」というラベルを貼って区別をしていることになります。あの人は外国人だとか、派遣社員だというのも同様で、インクルージョンせず、一体になることを妨げているわけです。

 組織がもっと力を発揮するには、このラベルを外し、同じ目的や理念に共感している仲間としてつながっている意識をもち、お互いに対等な一人の人間として接する必要があります。インクルージョンという言葉は、このことを表しています。

 女性の管理者数や高齢者や障害者の雇用率を考えることは、ダイバーシティの過渡期としては大切なことですが、いずれそういう数字が意識されなくなる状態が理想です。(pp.49-50)

トップダウンでもボトムアップでもない方法が紹介されている。

▼今日では「ホールシステム・アプローチ(a whole system's approach)」を行う組織が増えています。
 これは、ステークホルダーが一堂に会して話し合う方法です。影響関係のある当事者すべてが集まって話し合うと、複雑な問題や紛争を生成的に解決することができるという体験から生まれた手法です。この方法だと、トップダウンでもボトムアップでもなくなります。

 その場に全員がいて、互いに話をし、相手を話を聴いて、お互いの背景や想い、経験を共有し、みなで決めるので、誰もが尊重され、すべての人が主体性を感じることができます。(p.80)

それぞれの仕事を尊重することについては、著者の経験からこんな風に書かれている。

▼職場で「あれは私のやる仕事ではない」「あの仕事はあの人がやればいいのだ」という意識をもつと、価値のある仕事とない仕事の識別が生まれます。すると、どの仕事をしているかによって人を区別するようになります。仕事の種類や役割によって、尊重される人とされない人が出てきます。こういう雰囲気が、私は好きではありません。

 ヒューマンバリュー[著者が代表を務める会社]には、社長室も役員の椅子もありません。お客さまにお出ししたペットボトルやカップの後片づけやテーブルの雑巾掛けも、基本的にみなで行います。(p.141)

組織の一人ひとりの強みを引き出す、そもそも「強み」とはというこの部分にはハッとした。

強みというのは、他人からの評価です。ところが、多くの人が、「強みは何ですか」と聞かれると、自分が普段から心がけていることを答えてしまいがちです。これは、他人から自分の強みをきちんと聞いたことがないからです。(pp,151-152)

「自他非分離の場」、すなわち「自分と他の人々がまるで一つになったようなつながりを感じられる状態」の場をつくりだすには?

▼ストーリーを語りあい、コンテクストを共有すると、メンバーに内在する想いが響き合い、共感する場が生まれるのです。
 人はストーリーを聴くことで、物事の社会的な意味づけを構成し直します。自分で意味づけを変えることで、自らが変わっていくのです。(pp.182-183)

▼一般的に、組織がストーリーを広めるねらいは、理解してほしい事柄を物語にしたほうが、聞き手の関心を引きやすく、記憶に残りやすく、自由な解釈の余地があるので共感しやすいということでしょう。しかし、こういう理解でストーリーテリングを行っても、ストーリーのダウンローディングになり、自他非分離の場づくりや、知識の生成のエネルギーは湧き上がってきません。
 組織のすべての人にストーリーがあると考え、皆が自分のストーリーを語り、人のストーリーを聴き、受け止めたことを相手に伝え、お互いに喜び称え合う場が大切なのです。…(中略)…

 ストーリーは、このように語りつなぐことに価値があります。印刷物などの形に固めてしまうと、ストーリーがもつ本来のエネルギーが止まってしまいます。ストーリーとストーリーテリングは、異なる意味合いをもつのです。(pp.188-189)

これまで私はいくつかの職場を転々としてきたが、組織にとって風通しのよさ、言い換えれば情報共有はなによりも大切なことの一つと思える。
この本のしまいのほうに、情報共有について書かれていた。指標を「すること」ではなく、「達成したい状態」にするのがコツという。なるほどと思う。

▼例えば、「コミュニケーションによって情報共有をしたい」というねらいのアクションプランが「情報交換会を行う」だとすると、この指標は何になるでしょうか。
 よくあるのは「週に一回の情報交換会の開催」になります。これだと週一回開くことが目標になり、情報交換会が形骸化しても継続されてしまいます。
 そこで、情報共有ができている状態を測ることができる指標をつくります。
 例えば「全員が他のグループのプロジェクトの内容と進捗状況を知っている」とか「顧客からの電話に全員が出ることができる」「毎週、順番に自分の仕事内容を10分で紹介する」という指標にすれば、成果を検証することができます。(p.235)

とりあえず私がまずできそうなこととして、「達成したい状態」を指標にするのをやってみたい。

北極のムーシカミーシカ(いぬいとみこ)

久しぶりに『ながいながいペンギンの話』を読みたかったのだが、最寄りの図書館に見当たらなかったので、『北極のムーシカミーシカ (フォア文庫愛蔵版)』を借りてきた。

『ながいながいペンギンの話』も双子ペンギンの話だったと思うが、『北極のムーシカミーシカ』も双子モノ。北極グマのふたごの物語。

きびしい自然のなかで、生きていくために他のいきものを食べること、食べ-食べられの関係にあるいきものどうしが友だちになること、その間のことが、かあさんグマの言葉でこう語られる。

▼「いつか、ミーシカにはいったけれど、きびしいこの北のはてのくにでは、たべものをさがして生きていくということが、なによりもたいせつなことだから、親たちは子どもに狩りをおしえます。にんげんはアザラシやクマをとることを、クマはアザラシやニシンをとることを、そしてまたアザラシは、ニシンやタラをとることを、じぶんの子どもにおしえるのです。でも、ひとのいのちをとることが、どんなに、とられるものにとって、おそろしいことか、親たちだって知っているのです。ね、ミーシカ、わたしだって、オーラ[ミーシカとさいしょに友だちになったアザラシの子ども]のなかまをむやみにころしたくはありませんよ。でも、北極グマのおきてでは、親グマは子どもにアザラシの狩りかたを、一どはおしえなくちゃなりません…わたしたちが生きていくために」(p.192)
ムーシカミーシカ『北極のムーシカミーシカ (フォア文庫愛蔵版)』

官製ワーキングプア 自治体の非正規雇用と民間委託(布施哲也)

今年出た似たタイトルの本に『官製ワーキングプアを生んだ公共サービス「改革」』がある。そっちは図書館に入っていたのだが、こっちは入っていなかった。この選書の理由は不明だが、近所の図書館に所蔵のないこっちの本をリクエストしたら、他市からの相互貸借本で届いた。

数年前に「指定管理者制度」というのが導入されて以来、公共施設の運営は、それまで地方公共団体や外郭団体(役所がほとんど出資してつくった財団など)しかできなかったのが、株式会社やNPOを含め、民間もオッケーということになった。

役所の直営であっても、多くの公共施設、そして役所の窓口、その他公共の仕事を担う職場では、いわゆる非正規職員(嘱託とか臨職とかパートとかアルバイトとか、呼び名や働く時間はいろいろだが、正規職員とかなりの待遇差がある)がたくさん働いている。

「指定管理者制度」を導入している自治体は多い。そこでも、直営の頃と同じかそれよりもっと悪い条件で働く非正規の人たちがたくさんいる。
この制度を導入するメリットは、「役所が運営するよりもサービスがよくなる=利用者にとってよくなる」ということと「運営にかかるお金を節約できる」ということの2点が主にあげられている。お金の節約=人件費の節約は、当然といえば当然のことなのかもしれない。

なんで役所のほうがサービスよくできないねん?と素朴にツッコミたい。
役所がやるより、ヨソの団体がやったほうがサービスがよくなり、お金も節約できる。それを認めてもいい。ただし、こうツッコミたい。
じゃ、その施設を公共のものとして維持する意味は?

公共のものに、なるべくお金をかけないのがヨイと考えるココロは何なのか?
公共のものがなるべく小さくてヨイというならば、究極的には役所はいらない。

役人とは、パブリック(公の)サーバント(しもべ)という名のとおり、公のためにサービスする人たちではないの? ヨソに預けたほうがサービスがよくなるならば、お役人たちは、このあと何のために仕事をするのか? 

そういう疑問がいつもふつふつと湧く。

この本には、私の住む自治体でも思いあたるような話がいろいろと載っている。

コミュニティ図書室の運営に指定管理者制度を取り入れるので、それまで10年ほど働いてきた非常勤の人たちが辞めてほしいと言われ、このまま働かせてほしいと訴えたときの話。

▼「図書室の運営委員会にも協力を求めましたが、みなさんあまり関心がなく、私たちの言うことより、市職員の説明を信じていました」
 利用者の理解を求めるのが大事と、市は、地域住民への説明会を開く。この種の説明会は、そこで住民の意見を聞いて、その意見を行政に生かすのではと思いがちだが、そんなことはない。市の当初の方針はあくまでも変えないで、反対意見のガス抜きの場となる。(pp.26-28)

民間委託された場合により一層ひどくなる人件費の削減。

▼民間委託後に残された問題は、民間企業が、そこで働く社員をどう処遇するかになる。
 はっきりしていることは、自治体が企業に支払う委託料は、それまでの市職員に支払われていた人件費の総額以下となることだ。遠い将来が、どうなるかは知りえようがないが、民間委託後の数年間は、民間委託をする目的が経費削減なのだから人件費は当然削減される。では、民間企業の社員の具体的な人件費はとなると、委託料に企業の利益分を上乗せするのだから、当然のことだが、これまで働いていた自治体職員、それも嘱託・臨時職員以下ということになる。そして、民間企業の社員の構成はというと、一部の基幹社員は正社員だが、ほとんどはパート社員で、なかには責任者もパート社員であったりする。(p.149)

公共施設の運営に指定管理者制度を導入し、役所が直営でやるのではなく、ヨソの団体や民間へ仕事をまかせる。それによって管理・運営の責任の所在があいまいになり、議会や市民のチェックも届きにくくなることは、役所にとってメリットなのだろうか?もしもそういうココロで指定管理者制度が導入されているとしたら、それこそ「公共施設って何?」である。

▼[施設の管理・運営の]第一義的責任は自治体にあるが、二義的な責任は、指定管理者が持つことになる。そのことは、第三者への損害賠償責任が生じた場合に自治体の責任のあり方が違ってくる。賠償責任を負う自治体は、その賠償を、そのまま指定管理者に求めることも可能となるからだ。…(中略)…
 もう一つの効果は、自治体議会との関係にある。議会が執行機関へのチェックが働く場合が前提となるが、施設の管理を指定管理者へ委託してしまうと、議会の直接的なチェックは不可能となることだ。自治体にとっても望むところとなる。その結果は、その施設で働く人の労働条件をはじめとした内部的部分は、すべて指定管理者の裁量にまかされることとなる。…(中略)…この指定管理者制度も一部事務組合と同じように、その自治体議会と市民の監視は緩くなる。(pp.153-155)

著者は清瀬市議会議員だそうである。
この本、かなり急いでつくられたようで、春に尼崎であった労働争議のことも載っている。

公の仕事とは何なのか?
公共施設は、どういうものなのか?
安ければいいのか?

少々読みづらい部分もあるし、どうもよくわからないところもあるが、収めた税金がどのように使われるのが望ましいのか、「みんなのための仕事」として役人にまかせることは何なのか、住んでいる者が自分たちでできることは何なのか…そんなことを考えながら読んだ。

自治体というコトバに入っている「自治」、これをどうやっていくかが問題なのだと思う。

官製ワーキングプア―自治体の非正規雇用と民間委託官製ワーキングプア―自治体の非正規雇用と民間委託
(2008/06)
布施 哲也

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ぼくもぼくのことすき(野田道子・文/太田朋・絵)

『ぼくもぼくのことすき』は、タイトルだけは知っていた。でも読んでいなかったので、内容は知らずにいた。

先日お会いしたハニー・ビー代表の八木みどりさんに、この本のことをうかがい早速図書館で借りてきた。

ぼくもぼくのことすきぼくもぼくのことすき
(2003/12)
野田 道子太田 朋

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障害のある子もない子も共に学び育つ教育をつづけてきた大阪府豊中市の小学校。この作品はその統合教育の現場を取材して、毎日新聞の連載「読み聞かせ童話」のための物語として書かれたもの。

転校生のユイが入った3年3組には、ダウン症のソウちゃんがいた。お兄ちゃんのクラスには自閉症のケンくんがいる。

同じクラスに、同じ学校に、“障害のある子”が共にいることで、どうやってみんなで一緒に授業を受けるか、どうやって一緒に行事に参加するか、子どもたちは知恵をしぼり、いろいろ考えることになる。同じクラスの仲間として、あれこれと工夫する。特別な時の特別な交流ではなく、ふだんのつきあいからうまれる育ちがある。

ユイのクラスでは、ソウちゃんと一緒に教室に入るにはどうしたらいいかと出しあった。

▼いままではあんまり人のことを考えなかった。ソウちゃんがいるといろいろ考えなくてはならない。でも、これって、そんなにいやなことじゃない。人のこと考えるって、少し自分がおとなになったみたいだもん。(p.31)

自治体によっては、“障害のある子”は、養護学級や養護学校にいくことになっていて、家の近所の学校に行けない場合がある。分けられることで、得るものもあるのかもしれないが、子どもたちが失うものも多いように思える。

分けられてしまうことが、“障害のある子”をもった親に「この子は不幸だ」という思いをさせ、絶望感さえ抱かせることがある。この子の将来はどうなるのか、どこかの施設へ入ることになるのか、この“障害”のために、この子の生きる場は限られたものになるのではないか…

人として、うまれた地域のなかで生きていく、それがアタリマエではない現状が今もある。
豊中市も小中学校では統合教育はすっかり定着したといっていいが、その先となるとおぼつかない。障害をもつ人の生きる場、働く場として親たちが次々とつくった作業所の数が、市内の小学校の数よりも多いところにもそれはあらわれている。

豊中市でも、みんな近所の学校へ行くのが最初からアタリマエだったわけではない。親たちの運動があり、教育委員会との交渉があり、学校の先生たちとの話し合いを積み重ねてきて、今のすがたがある。

「子どもは子どもの中で育つ」という。
分けられた子どもたちは、分けられた子どもたちの中で育つ。
分けられた向こう側のことを、たがいにほとんど知らないままに、知り合うことも、つきあうこともほとんどないままに育つ。…そう思うと、やはりこわい。

この本のタイトル『ぼくもぼくのことすき』は、お兄ちゃんのクラスのカイくんが、小学校卒業を前にした気持ちを書いた作文からとられている。ママが参観のときにカイくんが作文を読むところをみて、書きとってきた。

▼「わたし、聞いていてなみだが出そうになったわ。カイくんはその中でね、『ぼくもぼくのことすき』って書いてるの」
 ママが、書きとってきたカイくんの作文を読み上げた。

 ママすき パパすき
 あゆすき。(カイくんのおねえちゃん)
 ぼくもぼくのことすき。
 みんなすき。
 ともだちもすき。
 ありがとう。
 これからもよろしくおねがいします。
 みんないっしょに中学校いこうな。
             六年一組 田辺海樹


 パパは、聞きながらだんだんまじめな顔になっていった。
 それからゆっくりといった。
 「自分をすきになれるって、一番大切なことだ。すばらしいよ。カイくんしあわせなんだなあ」
(pp.118-119)

豊中の障害をもつ子をモデルに描いた作品には、『トモ、ぼくは元気です』というのもあって、こっちも久しぶりに読みたくなった。

トモ、ぼくは元気ですトモ、ぼくは元気です
(2006/08/24)
香坂 直

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超公民館!? NPOによる管理・運営 私たちは「米原」から何を学ぶか?(埼玉社会教育研究会)

米原公民館のことは、おもしろいことをやってるらしいという噂は聞いていた。
その「米原」から何を学ぶか?という 合同シンポ&レポートの本を11月に某所で集まった『We』読者のHさんにチラッと見せてもらった。

こ、これはハンズオン!埼玉の『だいじ本』にまさるともおとらぬニオイがする…と、注文する気マンマンでいながら、どたばたと12月がすぎゆく間に、この『超公民館!?』の初版は売り切れで、その初版は初版もとい諸般の事情というやつか、あちこちに修正?がかかり、削除やら書き直しもあって?いまは修正版しか手に入らないという知らせが入った。

えええええ!
ハンズオン!埼玉の『だいじ本』も2刷で変化はあったが、それは増補というようなものだったはず。
削ったり直したり??

いったい『超公民館!?』に何が??

その売り切れたという貴重な初版と、修正版の両方をもっているHさんに、比較対照したという2冊を送ってもらい、さっそく読む。

いろいろと心に響く箇所がたくさんあるなかで、今日はここを引く。
「『米原』から考える公民館の未来像」という合同シンポジウムの中で、この本を出した埼玉社会教育研究会の副会長だという岡幸江さんが、米原公民館について語っている箇所。

▼空間・市民・歴史と公民館
 以上が私の視点ですが、これにかかわって私は今回米原で沢山のことを学びました。一つは先程申しあげた「わたしと公共」をつなぐ試みを、米原公民館の「たまり場」的実践に改めて感じたことです。それは言葉でなく、場で表現していくものだと強く思いました。施設を管理するのではなく、開いていく、みんなのものとして場を成り立たせていくという姿勢が館全体に流れていました。姿勢を空間が示している。公民館を訪れた人は、子どもも大人もその姿勢をぱっと雰囲気でつかみとります。あ、ここは私が来てもいい場所だ、いけない場所だ、と。(p.30)

※とりあえず私が読んだのは初版。Hさんがこまやかに“修正”箇所をチェックしてくれているので、適宜修正版を参照しながら読みました。

▼『超公民館!? NPOによる管理・運営 私たちは「米原」から何を学ぶか?』の入手先
(連絡先)埼玉社会教育研究会
Tel&Fax 048-858-3150
メール 



▼ハンズオン!埼玉の通称『だいじ本』(=『わたしのだいじな場所 公共施設の市民運営を考える』)は、こちらを参照

この『だいじ本』も、なんど読んでも発見のあるイイ本。わたしたちにとって、公共の場とは何なのか?と考える手がかりになります。

で、『米原本』の合同シンポの最後にしゃべっている西川さんは、ハンズオン!埼玉の人でもあり、『だいじ本』の編集長でもあり、この春まで『We』で「ひと・まち・NPO」という連載をしていた人。

この西川さんの連載も、過去にさかのぼってゆっくり読みかえしたくなる好著です。

勝間和代の日本を変えよう Lifehacking Japan(勝間和代)

勝間和代は去年くらいからやたら売れている。だいぶ前から、ワーキングマザーのサイト「ムギ畑」をやってる人なのは知っていた。
『お金は銀行に預けるな』とか『年収10倍アップ…』とか、私にはあまり興味のないタイトルの本がばんばん出ていて、どんなんかいなと図書館でぜんぜん予約のついてなかったちょっと古い本を借りて読んでみた。今年のはじめ頃だったか。

今はタイトルが替わって『インディペンデントな生き方ガイド』になってる本の親本『インディでいこう!』というやつである。

さらさらさらーと読んだのだが、なんかもう読むだけでオナカイッパイになる本だった。「インディ」な生き方=「精神的にも、経済的にも、周りに依存しない生き方」 ってのをするには年収600万いるのだとか、つがいになる男の年収は1000万以上だとか、はぁ?と思うようなことがいろいろ書いてあって、その600万てのは何なのか? なんで男の年収は1000万なのか? 逆はないのか?などと思った。

なんや縁のなさそうな人であり本であるなぁと思って、本屋ではばかすか売れてるようだが、まったく手を出さずにいた。

そんなところへ『勝間和代の日本を変えよう』という本が出た(この人の本には、出版社の戦略もあるのか、やたら著者名が入っている)。チラッと見たら、サイバラとの対談(これは前にwebで読んだことがある)と雨宮処凛との対談が入っている。ぱらぱらっとナナメに見たら、真っ当な提言も書いてある。

へぇぇ、と思って借りてきて読む。

サイバラとの対談はやはりオモロイ。

▼世界の貧困、何とかなるかも

-- 西原さんはお金の話を結構する人だし、勝間さんもお金の専門家。お金のことを言うというのは日本人的に、何となくはしたないとか、そういう感覚ってあるじゃないですか。しかし大事なものですよね。
西原 うち、子どもが「おかあさん、お金とぼくらと、どっちが大事なの?」と聞くんだけど、「両方」って答えるんですよ。
勝間 お金と子どもと。
西原 両方ですよ。だって金なきゃさあ、親が人じゃなくなっちゃうもの。自分の親がね、金がなくてホントいやなケンカをしてたんです。数万円で殺すのなんの言って。人であるためにはお金が必要。だからお母さんは常に働くの。だから私はあんたたちのためじゃなく、自分のために働いてる、といつも言ってるんですよ。
-- そのカネにがめつい西原さんが(笑)、グラミン銀行の話を目を輝かしてしてくれたことがありましたね。(グラミン銀行は、貧困層に低利で融資するバングラデシュの銀行。2006年のノーベル平和賞を受賞)
西原 グラミン銀行って本当に私びっくりしました。貧困って、治らないと思っていたから。でも、もしかして治せるの、って。
勝間 治せると思いますよ、教育とお金で治せるんですよ、貧困は。当たり前ですけど。その2つしかないんです。
西原 グラミン銀行はもっとも貧しい人にお金を貸しているうちに、それが途上国の女性だった、特に子どもを抱えた女性だった、と聞いたんですが。グラミン銀行の話を聞く前から、お金は絶対に女性の教育のために使わなければ、といつも思っていたんですよ。
 男の人の教育にお金を使っても世界は絶対に変わらないって。女性が教育を受けて字を覚えて人になれば、初めてその子どもが人になるんです。牛や馬と同じような扱われ方をしているから、牛が牛を生む、馬が馬を生む、そういう状況にしかなっていないから。だから、ああグラミン銀行はすごいいいな、もしかして何とかなるのかも、と思いまして。
(pp.103-105)

あと、さすがサイバラ、勝間さんの言うことはすきやけど何で600万?まわりをみてたら300万がやっとやけど、とつっこんでいて、それに対して勝間は、子ども2人の教育費を考えたらその額になる、教育費がこんなにかからなければ300万でもいけると思いますと答えていた。

私もそれで納得。
パートナーにエエ男をつかまえて、その男が1000万てのは今も謎ですが。

「最強ワーキングマザー対談」西原理恵子×勝間和代

巻末の「15の提言」は具体的で、インディ本の印象もあって勝間和代はもひとつなーと思ってたけど、見なおした。

勝間和代の日本を変えよう Lifehacking Japan勝間和代の日本を変えよう Lifehacking Japan
(2008/09/27)
勝間 和代

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ハメルンの笛吹き女 (岩井志麻子)

岩井志麻子といえば『ぼっけえ、きょうてえ』?たしかこのタイトルは「めっちゃコワイ」という意味の岡山弁だったと思うが、ホラーというから読んでいない。(コワイのきらいなので)

その岩井志麻子の本で最初に読んだのは、『オトコ・ウォーズ』というエッセイであった。なぜこれを読んだかというと、その前に私は『ブックストア・ウォーズ』という小説を読んでいて、さらにその前には『ワーキングガール・ウォーズ』という小説を読んでいて、その『…ウォーズ』という本を返したあとに図書館をぶらついていたら、『…ウォーズ』の本が目に留まった、というわけである。

そのときはヒマだったので、図書館の椅子に座って、どんな本かいなと読んでみたら、これがもとは「オトコジョウズ」(←お床上手、もしかして男上手?)というタイトルのどっかの連載だったそうで、そういう方面のエッセイなのであった。

私は借りて帰るまでもなく、さらさらと『オトコ・ウォーズ』を図書館で読んでしまった。
岩井志麻子って、中村うさぎと内田春菊を足して2で割ったみたいな感じ…というのが私の印象。

で、その岩井志麻子のなにやら楽しげなタイトルの文庫が出ているのをみつけて、ちょっと待って図書館で借りてきて読んだ。なんでも、「東スポ」で連載されていたものだそうである。「東スポ」いうたら、ウソかホンマかわからんけどネタやろネタ、っていうのが載ってる新聞でしょう、たしか。

私がオモロイなーと思ったのは「修正美女」という一文。週刊誌のグラビア担当の若いもんに、役得じゃろう、タダできれいな裸や乳や毛や筋が拝めて…とイワイが言うていると、若いもんが修正が大変なのだと力説する。

▼修正美女
…(前略)…
 「あと、可哀想ですが繊細というか不安定な子が結構いて、いわゆるリストカット、手首を切った跡がザクザクあったりして、これの修正が大変です」
 「うひゃー。でも修正といえば、手首の傷よりアソコでしょ」
 「いえ、グラビアアイドルは豊胸してるんで、毛より乳の周辺の傷痕隠しが大事です」
 「…ある有名AV女優は、下の筋より帝王切開の跡を隠す処理が大変と聞いたが」
 「はい。でももっとすごいのが『ヘソの差し替え』。おなかがぽっちゃりしていれば、座ったときヘソが横に広がるでしょ。それを男どもは許せないんです。すっきり縦長のヘソでなくちゃ。編集部にはあらかじめ、『グラビアアイドル×子のヘソ』『セクシー女優○美のヘソ』など各種ストックしてあります。撮影の後、コンピューター処理し、用意してあるヘソに差し替えるんですよ」
 「すっげーな、最近の画像処理というか修正技術は。そんならイワイのずどんと太い胴回りも、きゅっとくびれさせられるんかいな」
 「はいっ。某有名女優さんはスルメみたいなぺったんこのタレ乳でしたが、わが社の技術を総結集し、ツンとした美乳に仕立てました。あと、足の長さも伸ばせられますよ」
 エロいカラダにぞくぞくしている、スケベな読者諸氏よ。あなたが見ているのは、○子ちゃんの裸ではなく、編集部のコンピューター処理の成果なのですぞ。なんかコワッ!(pp.108-109)


私は、ここを読んで「メディア・リテラシー」という言葉を思いうかべた。
こないだ読んだ内田樹の『ひとりでは生きられないのも芸のうち』には、こんな箇所もあった。

▼現代におけるメディア・リテラシーとは、メディアが報道することの真偽を吟味する能力ではなく、メディアが「何を報道しないのか」を推察する能力のことなのである。(p.129、『ひとりでは生きられないのも芸のうち』)


「メディア」とは、現実とか意味が乗る「乗り物」でもあるが、自分たちが見ているものは何なのだろうかと、ときどき考える。男どもが横に広がったヘソが許せないものかどうか、それはようわからんけど。

ハメルンの笛吹き女ハメルンの笛吹き女
(2008/09)
岩井志麻子

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オトコ・ウォーズ
ブックストア・ウォーズ
ワーキングガール・ウォーズ
ひとりでは生きられないのも芸のうち
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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