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読んだり、書いたり、編んだり 

貧乏人の逆襲! タダで生きる方法


貧乏人の逆襲! タダで生きる方法
松本哉
\1,260
筑摩書房
2008年

大学時代に「法政を貧乏くさくする会」をやってた人、どんな表現もオッケーだからと選挙に出て、毎日まいにち高円寺の駅前で大騒ぎをした人、リサイクル屋をやってる人… というくらいのことは、どこかで読んで知っていたが、この本は、ほんまにぶっとんでいてオモロイ。

楽しくおもしろく生きることのほうが、いいだろうという本。

「はじめに」から、こんな調子だ。

▽だが、「好き勝手に生きていく」などと言い出すと、どうも「もっと努力しろ」だの、「世の中のために」だのと、こうるさい説教をたれる奴らが出てくるので、一応これだけは覚えておいてもらいたい。「社会のために苦労して頑張る→世の中が栄える→そのおこぼれを頂戴する」生き方ってのは、金持ち連中の口車に乗せられているか、よほど優秀な奴隷。ウソウソ、やめたほうがいい。散々苦労させられたあげくに、最後にスズメの涙ほどの小遣いでももらう程度だ。
 それに対し「好きなことをやる→困ったことが起こる→もめる→何とかなる(何とかする)」という考え方だったら、世の中の成り立ちとしても生き方としても最適。それにこっちの方がどれだけ人間らしく楽しいか。

 よ~し、こうなったら好き勝手に生きてみようか! やい! もう、くだらない奴らの言うことは聞かないで、のびのびと生きてしまおう。我々貧乏人が、ちょっと世にのさばりまくってしまおう!
(p.9)



雨宮処凛との対談では、こんなこともしゃべっている。

▽雨宮 この本で面白いと思ったのは、「なんか面白いことをやってくださいよー」とか言うな、ということが書いてありますよね。「虫の居所が悪かったらぶん殴られるかもしれない」って(笑)。でも、ほんとにそのとおりで、「自分で起こせよ」という話ですよね。そこの突き放し具合がいいなと思いました。素人の乱の人たちは、助け合って生きていくと言いながらも、全然依存し合っていないですよね。

 松本 まあ、困ったときはお互いに助け合うのは当然としても、確かに、「この人がいないとダメ」みたいになっちゃうと、世の中ダメというか、そんな生き方するんだったら、会社とかに全部依存したほうがどれだけ楽か。

 雨宮 そこなんですよね。
 
 松本 いろんな保障もしてくれるし、退職金もくれるし…。でも、それじゃあ生きてて面白くないから、自分たちで勝手に生きていったほうがいいんじゃないかということですから。

 雨宮 最近「反貧困たすけあいネットワーク」という、月に300円払えば、とりあえず1万円貸してもらえるみたいなシステムができて、私は顧問になったんですけど、それでやっと死なない方法がわかったみたいな感じなんですね。とにかく死にそうな人が、そこや。「もやい」(※自立生活サポートセンターもやい)に行けばお金を借りられたり生活保護が受けられると。もう一つの死なない方法として、素人の乱はありますね。

 松本 短期的に、もう死にそうだからなんとかしてくれと言われても、1回メシを奢るかもしれないけど、それはなんの解決にもならなくて、もうちょっと長い目で見た時に、今の企業とかで働くのも、とてもじゃないけどアホくさくてやってられないし、という人は、こういうコミュニティの中でいろいろ遊んでいくうちに、自分で店を持ったり、どこかの店を使って物を売らせてもらったり、生きていく手段はいくらでもある。あとは、労働運動と違うのは、いかに金を使わないで生きていくか、ということで社会を成り立たせたい、というのがすごくありますね。そして、こっちは、今のマヌケな世の中からいかに離脱するかという話ですね。労働運動は、今の社会の中で賃労働して生きていくというのが大前提にあって、そのなかでいかにちゃんとした待遇を勝ち取るかということだけど、こっちはもうバカバカしいから全部やらない、と。「会社とかで働かないよ」「もう勝手に生きていくから」ということですからね(笑)。
(pp.171-172)


いや~おもしろかった。
面白いこと、マヌケなこと、意味の分からないことをどんどんやってしまいたい!

(8月22日読了)

ピンクの神様


ピンクの神様
魚住直子
\1,575
講談社
2008年

魚住直子の新しい本。
読んでみたら、ちょっと新境地で、へ~こんなのも書くのかと驚く。
ちょっとこわいような話もあった。

前後して読んだ大道珠貴の小説に、似た印象を受ける。

(8月21日読了)

わが指のオーケストラ1、2



わが指のオーケストラ 1
山本おさむ
\770
秋田書店
1991年

わが指のオーケストラ 2
山本おさむ
\770
秋田書店
1992年

大阪市立盲唖学校の教師であった高橋潔先生を主人公としたマンガ。
高橋先生の娘・川淵依子さんの『指骨』が原作。
手話サークルの人から久しぶりに借りてきてよむ。

ろう教育から手話が追われ、口話主義がのしていこうとする中で、手話での教育を守ろうとした高橋先生を描いている。

1、2巻では、聴者ばかりの家族のなかで、言葉を知ることができず、殴られて育った一作の話がすさまじい。

(8月20日読了)

明治少年懐古


明治少年懐古
川上澄生
\780
ウェッジ文庫
2008年

これもたしか「新刊案内」で見て、リクエストした本。
去年、山荘美術館でやっていた川上澄生の版画展を見てから、この人の名前をおぼえていた。
http://www.asahibeer-oyamazaki.com/tokubetu/syosai_14.html

『明治百話』風の、川上少年が暮らした「明治」が描かれている。

「大橋図書館」「時計」「靖国神社のお祭り」が印象に残る。

▽私は小学校尋常科の生徒の時分、よく大橋図書館に行つた。…[中略]…
 カードの中から自分の見たい本を見当つけてその書名を書いて貸出し係りの所へ出す。その見たい本が空いて居ればいヽなと思ひながら腰もかけないで立つて待つて居る。すると直[すぐ]に自分の名を呼ばれて、ほつとするのであつた。誰か見て居て借りられない時はがつかりした。
 借りることが出来ると空席を見つけて、そこをその日一日の自分の場所として楽しく過すのであつた。…[後略]
(「第三十一 大橋図書館」、pp.78-79)

▽家庭といふものには八角時計が壁にかかつて居て長火鉢には鉄瓶に湯がちんちん沸いて居ておばあさんが煙管でタバコを吸つて居る。といふのが私の脳裡に浮ぶ家庭なのである。柱時計は大抵私共の生まれないうちから家庭にあるものなのだ。だから文字板の上の蓋の硝子には埃がついて中の文字が霞んで見えるのである。…[後略]
(「第五十二 時計」、p.140)


この『明治少年懐古』は、『少々昔噺』の題で版画莊より刊行(1936年)されたものを、改題して明治美術研究所より刊行され(1944年)、さらに栃木新聞出版局(1976年・『新版明治少年懐古』)、冬至書房(1975年・明治美術研究所版の復刻)より刊行された。

というものらしい。

川上澄生は1895(明治28)年、横浜市うまれ。いくつかの職を転じたのちに、栃木県立宇都宮中学校(現在の宇都宮高校)の英語教師となっている(のちに「へっぽこ先生」を名乗っている)。
1926年には、第五回国画創作協会展に「初夏の風」を出品し、棟方志功に強い影響を与えたそうだ。

亡くなったのは1972年。

栃木県の鹿沼市に川上澄生美術館がある。
http://www.city.kanuma.tochigi.jp/Kyouiku_a/Kawakami/index_kawakami.htm

後ろ向きで歩こう


後ろ向きで歩こう
大道珠貴
\1,450
文藝春秋
2005年

いつも図書館への予約リストが10件ぎりぎりいっぱいになっていることが多いので、そのうち図書館で借りようというような本はさらさらとその辺の紙片にメモして、机の付近にころがしてある。

私の住む自治体では、予約が無制限に入れられないので(貸し出し上限の10冊と同じだけしか予約できない)、しばらく待つ本や、なかなか届かない本があるときには、やりくりが大変。妹の住む自治体では、予約がなんぼでも入れられるそうでウラヤマシイ。といっても一度でも延滞したら予約の全取り消しだそうですが。

で、この本のタイトルを書いた紙が目に入ったので、珍しく予約リストも短いし、予約して借りてきた。

短篇が3つ入った小説集。読み終わって、なんでこれを借りようと思ったんやったっけ…と記憶を探る。
たしか、「新刊案内」で文庫リストのなかにこれがあり、その場で検索してみて、ちょっとおもしろそうかもと思ったんだったような。

そのときに読んだ紹介文は、こんなのだった。

「だんなさん、高校生の娘とともに大塚に暮らす主婦・小鳩さんは、19年前に離婚した元・夫と偶然再会する。
彼は昔と変わらず、唐突に変わった歩き方を始めるのだった…。
近いようで遠い、夫婦という関係の機微を描く表題作のほか、ちょっとヘンな男と女をユーモア溢れる文体でつづる、おかしくてせつない三つのストーリー。」

たしかにおかしな話であった。
小鳩さんの元・夫というのが、そういう趣味なのか、後ろ向きですたすたと歩いたりするのである。

なんともふしぎーな小説。

ほかの作品も読んでみるかな。

ろう教育が変わる! 日弁連「意見書」とバイリンガル教育への提言


ろう教育が変わる! 日弁連「意見書」とバイリンガル教育への提言
小嶋勇(監修)
全国ろう児をもつ親の会(編)
\2,100
明石書店
2006年

ろう児が置かれている状況や、日本のろう教育の歴史、その問題点などを書いたテキストとともに、2005年4月に公開された日弁連の「手話教育の充実を求める意見書」の内容を検証したテキストをおさめた本。

日弁連が「意見書」を出すことに先立って、人権救済申立があった。その中では救済を求める人権侵害について

・ろう学校における人権侵害の具体的事実(学習進度の遅れ、ろう児の学力の伸び悩み、大学進学率の低さ、就職職種の限定、ろう児への心身発達の阻害、ろう児及び親への加重な負担、第一言語獲得機会の喪失など)は日々生じており、無視することはできない。
・人権侵害の原因はろう教育において『聴覚の活用』を第一目標に掲げる文部科学省の基本的な立場にある。
・人権侵害の原因は、ろう教育制度の構造的問題(教員の手話能力と配置、教員免許制度)にもある。

という内容が述べられていた。

この申立に対し、日弁連は勧告は出さず、「意見書」を出した。
「意見書」が出された意義は大きいが、「意見書」のなかで申立内容の根幹ともいえる「日本手話」概念が採用されなかったのはなぜなのか、そこが問われている。

この本のIII章「明治後期の東京盲唖(聾唖)学校における教育内容の歴史的一考察」のなかで、

▽この意見書を読むとき、昭和九(一九三四)年二月四日に、新潟県東頸城郡小黒村の村長になった横尾義智(一八九三~一九六三)のことを思い出さずにはいられない。彼は、耳が聞こえないし話すこともできない生粋のろう者であった。しかし横尾は、昭和二一(一九四六)年一一月一二日、公職追放(パージ)に遭うまでの一二年間、多難な村政をこなしてきた。時代は違っても、ろう者が自治体の長になることは大変なことである。(p.64)

という人のことと、手話と書記日本語を中心とした教育がおこなわれていたことについて書かれていて、高橋潔先生以外にもこんな人がいたのだなあと思うのであった。

横尾義智記念館があるそうだ。
http://www.city.joetsu.niigata.jp/yasuzuka/sightseeing/yoko.html

われわれはどこへ行くのか?


われわれはどこへ行くのか?
松井孝典
\735
ちくまプリマー新書
2007年

『「科学的」って何だ!』がおもしろかったので、一つ前のプリマー新書も借りてみた。『「科学的」って何だ!』では、南伸坊との掛け合いで、「わかる」と「納得する」の違いについて、ずいぶん語られていた印象があるが、こっちの本の最後には

▽この本で述べたことはぜんぶ「わかる」世界の話です。それを「どう納得するか」というのは読者の皆さんの問題です。「わかるとは何ぞや」ということがわからない人に、「わかる」ことは本当は説明できません。ルールの問題ですから。(p.141)

と書いてある。これが、次の本へバトンされたのかもな~と思う。

「レンタルの思想」についても、ふれられていて、

▽ものごとの考え方としていちばん問題だと思うことは、やはり人間圏をつくって生きはじめたときから、われわれは地球を所有していると思い込んでしまったことです。
 とくに物質循環をコントロールするようになってから、地球はわれわれのものだという感覚が基本になってしまいました。…[中略]…われわれが人間圏をつくって生きていなければきっと所有という感覚はないはずです。人間圏をつくって以来、特にストック依存型人間圏になって以来、われわれがたまたまそう思いこんでやっているだけのことです。
 
 結局、地球やモノを所有しているというその発想がおかしいということです。
 重要なことは機能を利用しているということで、このことはじつはモノとしてはレンタルしているということを示唆します。「モノとしては借りているのだけど、その機能を利用している」というふうに考えることが重要なのです。

 人間圏の未来を考える時に、したがって「レンタルの思想」という考え方がこれからは重要だろうと私は考えます。すべて借り物なのだと考えて暮らしていけば、時間を速めて物質的豊かさを手にしている云々の問題解決も、後からついてくるのではないかと思います。
 …[中略]…
 「レンタルの思想」というのは、ある意味で資本主義という制度の考え方とは矛盾します。資本主義というのは個人の欲望を刺激するうえに成立しています。モノを買おうという個人個人の欲望を拡大するから発展するのであって、みんなが節約をしたり借り物で済ますようになったら、いまの資本主義が成り立たないのは自明です。

 勘違いしないでいただきたいのですが、私は資本主義がよくないと言っているのではありません。これも生き方に対する考え方の問題です。
(pp.52-57)

このあとに「経済的な考え方では人間圏は安定に保てない」とか、どこかこないだ読んだ『ビジネスに「戦略」なんていらない』に通じるものを感じた。

おもしろかったな~

(8月18日読了)

コミュニティ・カフェと市民育ち あなたにもできる地域の縁側づくり


コミュニティ・カフェと市民育ち あなたにもできる地域の縁側づくり
陣内雄次
荻野夏子
田村大作
\2,000
萌文社
2007年

こないだ読んだWACの本より、いっそう実務的な本であった。
宇都宮大学近くに拓かれた「ソノヨコ」というコミュニティ・カフェ、そこができるまでの話や、ソノヨコを日替わりで共同経営していった話のいろいろ。
とくに荻野夏子さんが書かれた「できるまで」の部分がおもしろかった。

学生中心と思って考えていたが、学生にはできないよ!という話とか、運営コストの話とか、トラブルの話とか。

実際に飲食店をもち、維持している人のことを思い浮かべながら読むと、こういう目に見えない「大変」がいろいろあるんやろうなーとよく分かった。


誤字がけっこう多かったのが、ちょっと残念。
(8月17日読了)

ルポ貧困大国アメリカ


ルポ貧困大国アメリカ
堤未果
\735
岩波新書
2008年

今年に入ってから、じわじわとずっと売れているという本。
たしかもう10刷か11刷になっているはず。

買おうかな~と思っていたら、父ちゃんが買っていたので、借りてきて読む。父ちゃんのところにあったのは5刷。

アメリカで、貧困の「穴」に落っこちてしまう理由のひとつは医療費、そしてサブプライムローン。マイケル・ムーアが映画「シッコ」で描いた話が、ここでも書かれている。

貧困と肥満がつながっているという話。学校給食にむらがるジャンクフード製造の大企業。大学へ行く金を出すとか将来のための勉強ができると“貧困からの脱出”で釣って貧困層から前線兵士をリクルートする軍隊、そして今や戦争の最前線の仕事は派遣社員で担われているのだ。

エピローグに、ビリー牧師の話が出てくる。

「ショッピングをやめましょう!」
「子どもに物を買うより、一緒に過ごす時間をプレゼントに!」
「メディアは急きたてる、消費しなさいと。でも買い物をするたびに、海の向こうでは貧しい者たちが搾取される、そんなことに加担したいのか」
「それは大企業を太らせる。すると環境は破壊され、食べ物はますます安く手に入る代わりに農薬だらけになる。そして私たちの仕事はなくなり、彼らのように貧しくなるんだ!」
「気がつきなさい子どもたち、目を覚ますんだ。君らが見ているのは幻想だということに。これは、多国籍企業という名のモンスターが作り出した、にせのおとぎの国なんだよ…ハレルヤ!」

1998年からニューヨークの街を中心に、ゴスペルを使ったパフォーマンスで「不買運動」をしているパブティスト教会の牧師・ビル・タレン。

「物をまったく買わないというのではありません。現代社会で暮らす以上、そんなことは不可能でしょう。ですが、賢い消費者になって、買う物を注意深く選択することはできる、そしてそれが実は、私たちが直面しているこの大きな流れを動かす鍵なんですよ」


5刷での誤字

*14p.最後の行 除々に → 徐々に
*79p.表3-1 1列目の4行目 病院の場合 → 入院の場合

(8月15日読了)

教師が街に出てゆく時 松葉杖の歌

教師が街に出てゆく時 松葉杖の歌
浅田修一
\1,260
筑摩書房
1984年

康玲子さんの『私には浅田先生がいた』の、浅田先生の本。
ところどころ、これは康さんのことだろうと思われる生徒の話が出てきた。

浅田先生は映画をよく見た方だそうで、『神戸最後の名画館』などの本もある。これもそのうち読んでみたい。

ミリー・モリー・マンデーのおはなし


ミリー・モリー・マンデーのおはなし
ジョイス・L・ブリスリー(さく)
上条由美子(やく)
菊池恭子(え)
\1,470
福音館書店
1991年

どこかで紹介されていたのを読んで、図書館で借りて読んでみた。
ミリー・モリー・マンデーという女の子の話。短い髪、短い足に、短い服を着たげんきな子。

昔むかし、お話を読んでもらったのを思い出すような、なつかしい印象の残る文体で(訳者のおかげか)、おもしろかった。

この作者は19世紀の生まれで、原作は1920~30年代のもの。へええと思う。

東京ファイティングキッズ


東京ファイティングキッズ
内田樹
平川克美
\1,680
柏書房
2004年

平川克美の本を読んだので、えーと何かあったっけなと本棚をみまわしたら、ちょっと前のこの本があったので、また読んでみる。

内田樹と平川克美が、公開でメールによる往復書簡をやって、それを本にしたもの。
あっちへこっちへ話が脱線するところが、この本のいいところ。

まず内田樹が、「はじめに」で、こんなことを書いている。

▽相手の話が「わかる」ということは、ふつう、相手の話の理路が知性的に理解できたり、相手の気分に情緒的に共感できたり、他者のうちに自分と同一の考想があることを「再認する」プロセスとして理解されている。

 私はそういうふうに考えない。

 「わかるというのは、むしろ、「わからないもの」を受け容れ、自分の中に未聞の言明や心性をむりやりねじ込んでゆくプロセスではないかと想うのである。

 未知の考想が収まるだけの「スペース」をむりやり押し広げるわけだから、受け容れる側の知的秩序はあちこちで破綻をきたす。結果的には、そうすることでフレームワークが拡大され、それまで自分になかった考え方や感じ方を取り込んだ新しい知的秩序が再構築されるわけだけれど、話はそれほど簡単にはゆかない。古い秩序から新しい秩序への移行の過渡期には必ずある種の「知的無政府状態」を一時的に通過することになるからだ。

 …[中略:胎児が母体内でへその緒から酸素を得ている状態から、産道を通りぬけて肺呼吸へ切り替えるという、呼吸システムの切り替えの話が例示される]…

 ある知的フレームワークから別の知的フレームワークへの過渡も、構造的には胎児の呼吸システムの切り替えと似ている。過渡期には、どちらのシステムにも依存することのできない、致命的な「酸欠」状態が必ず介在する。

 あまり問題にする人はいないけれど、この「どちらのシステムにも依存できない酸欠状態」をどう生き延びるかというのは、人間の知的成熟にとってかなり重要な問題だと想う。

 私はこの「酸欠状態を息を詰めて走り抜ける力」を「知的肺活量」と呼んでいる。
(pp.12-13)


内田が書くような「わからない」ものを受け容れて、自分のなかにそれが収まる場所をつくっていくプロセスのことや、物語のことや、その他あれやこれやを2人がそれぞれに書いていて、再読しても、しみじみとオモロイ。


平川が、往復書簡のなかでいまオファーがあって、書いているという戦略志向やゴール志向を批判した本、てのが、新書として装い新たになった『ビジネスに「戦略」なんていらない』の親本である。

「おわりに」で平川はそれに関してこう書いている。

▽ビジネスにおいて最も大切なことのひとつは「繰り返される」ということであるとぼくは思っている。

 戦略を駆使して得られた一発のヒットや、一回の大商いというものは博打としては大きな勝利だがビジネスにとっては「あだ」とならない保障はない。競争相手はさらに高次の戦略で返り討ちをねらうようになる。しかしビジネスは明日もあさっても続くのである。

 ささやかであっても繰り返し注文をもらうこと。繰り返し雇ってもらえること。繰り返し声をかけてもらうこと。こういった繰り返しがなければ、ビジネスそのものが成立しないのである。

 そして、この「繰り返される」ことを担保するのは、戦略という好戦的なものではなく、むしろ見えない資産である「信用」というものである。

 どんなに精緻な戦略的言辞を弄しても、「だまされた」と思えば顧客は二度と買ってはくれない。逆に「信用」が増えれば、この繰り返しは必ず拡大再生産される。あたりまえのことのようだが、戦略的な思考をしているとこの道理が見えないのである。
(pp.273-274)

 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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