読んだり、書いたり、編んだり 

当事者の体験から学ぶメンタルヘルス市民講座 回復への希望の種がいっぱい ひとりぼっちにはさせないよ


当事者の体験から学ぶメンタルヘルス市民講座 回復への希望の種がいっぱい ひとりぼっちにはさせないよ
クッキングハウスメンバーとスタッフ(編集)
松浦素子(イラスト)
クッキングハウス会
\500
2008年

行ってみたかったクッキングハウスのレストランと、ティールームへ、月曜日に行ってきた。そこで、新しくできていたガイドブックを購入。
「クッキングハウスモデルの元気になれるメンタルヘルスガイドブック PART I」ということなので、またPART IIとかこの後も出るのだろう。

クッキングハウスでは当事者メンバーと市民が一緒に学びあう講座がひらかれている。
あとがきにあるように「共に学べば、理解が深まり偏見がとれていく」。
出会うこと、知識をもつことって、大事やなーと思いながら読む。

松浦素子さんのイラストがいつもながらたいへんイイ。

クッキングハウス
http://www.cookinghouse.jp/index.shtml

(7月30日読了)

女50歳からの東京ぐらし


女50歳からの東京ぐらし
石野伸子(著)
佃二葉(絵)
\1,680
産経新聞出版
2008年

私はこの本のタイトルを、勝手に変換しておぼえていた。
「東京ひとり暮らし」

私の頭の中では、この本は、ええ歳になってから東京でひとり暮らしを始めたシングルおばちゃんの話、ということになっていた。
シングルで、ええ歳になってから東京へ出ていって、家賃も高いっていうし、どういうワケが?とも思っていた。

もちろんそういう要約で全く間違いというわけではないが、石野さんは、仕事をもつ夫がいて、子どもはもう成人して、それで東京転勤にともなって、夫の職場は大阪だから、それなら私は単身赴任!と、東京へくりだしてきたのである。

石野さんは新聞記者で、この本は、単身赴任した東京での暮らしを、あれこれと綴ったもの、だった。

勝手に思いこんでいた内容とは違っていたが、いや~おもしろかったな~
おいしそうな話も多く、本ネタもあり、街ネタもあり。

聾教育の脱構築


聾教育の脱構築
金沢貴之(編著)
\3,360
明石書店
2001年

これも、べろべろと付箋をつけながら読んだ本。


▽聾教育が抱えている根本的な問題とは何か。それは一言でいえば、「教育関係者が聾者と話ができない」ということにつきる。そのため、「教育的ニーズの把握」の根本のところでつまづいてしまっている。(p.341)


聾者、聾児をもつ親、聾教育に関わる人、聾教育や手話言語の研究者…いろいろな人が書いている。

とりわけ、聾者本人と、聾児を育ててきた親の書いた章が印象にのこる。
聴覚口話法での教育がずっとずっとずっとおこなわれ、インテグレーションがおこなわれ、そのなかで聾児は「私は誰?」という状態に、宙ぶらりんの状態に置かれてきた、そのことがよくよくわかる。

決して昔むかしの話ではなく、今もまだこういう教育が支配的だというから、驚く。

(7月23日読了)

女は何を欲望するか?


女は何を欲望するか?
内田樹
\740
角川Oneテーマ21
2008年

この本の単行本はもっていたが、このたび新書サイズで出るにあたり、相当の加筆修正をおこなったそうで、言っていることが「単行本と逆」という部分もあちこちあるらしい。

となると、こっちも別バージョンとして読みたくなるもので、とりあえず図書館で借りてきた。

『子どもと話す 言葉ってなに?』を読んだり、これと並行して『聾教育の脱構築』を読んで、手話という言語のことを考えたり、そういう状況下で読んだせいもあるのだろうが、「フェミニズム言語論」は、まさしく言語論やなア、言葉の問題やなアと思った。

付箋をべろべろ付けながら読んだこれと、単行本とを、つきあわせてみたいような気もするが、次は単行本をさらっと読むか。

単行本は既読だが、どこが「単行本と逆」かは、わからなかった。

(7月23日読了)

OL進化論 16


OL進化論 16
秋月りす
\441
講談社漫画文庫
2002年

久しぶりに読みたくなり、図書館にある漫画文庫の、一番最後の巻を借りてきた。
それにしても、図書館のマンガ本はじつに汚い。

(7月22日読了)

蟻の兵隊 日本兵2600人山西省残留の真相


蟻の兵隊 日本兵2600人山西省残留の真相
池谷薫
\1,470
新潮社
2007年

映画「蟻の兵隊」のDVDが近々出る。
それにあわせてこの本も出るのか…と勘違いしていた。
図書館で借りてよくよく奥付をみると、去年の夏に出た本だった。

池谷の『人間を撮る』、奥村和一の『私は「蟻の兵隊」だった』の2冊を読んで、それだけでも「山西残留問題」のことはだいぶ分かったように思っていた。が、映画完成後に池谷がまとめたこの『蟻の兵隊』を読んでみると、奥村が集め続けてきた資料や残留兵たちの手記を「まさに編纂するような作業であった」と池谷が書くように、奥村に焦点をあてた映画とはまた違って、どのような状況下で「山西残留」が既成事実として動いていったのかが、よりいっそう分かった。

たとえば、兵隊たちの故郷への思い、家族への思い、早く帰りたいという思いを翻して残留させるための、謳い文句として、「日本人の立場」というパンフレットが作られた。
作ったのは、第一軍情報参謀の城野宏だという。
こんなことが書かれていたそうだ。城野の『山西独立戦記』(雪華社、1967年)より。

▽日本は連合軍に占領され、主権を喪失し、被支配国家となった。その辿る道には三つの可能性がある。一つはアメリカ化の道である。米軍占領下に、政治的に骨抜きにされ、経済的に命脈を握られ、文化的に植民地化され、第二のハワイと化してゆく可能性がある。二つには、ソ連化の道である。戦後の混乱と疲弊の中から、民衆の左傾化が進み、社会主義人民共和国になってゆく可能性もある。三つには、日本独立の道である。主権を恢復し、再び繁栄した強国として世界の舞台に登場することである。我々の反対するのは前二者であり、もっともこい願うものは後一者である。そして日本が速やかに独立を恢復し、祖国の復興をなしとげるためには占領軍の急速な撤退をはかるとともに、主要な経済復興資源を日本自身の手に掌握し、独立経済の建設をはからなければならぬ。これが祖国復興の正道である。我々が山西に残留し閻錫山にまず協力するのは、この目的を達成せんがためである。戦後必ず米ソは対立し、第三次世界大戦は避け難いであろう。その時我々山西残留軍は再建日本軍の先遣部隊として、もっとも早く復興日本の旗をかかげて戦うであろう (p.59)

そして、軍の高級幹部も複数が残留した。
自由意志で残留したと後に言われるものの、上からの残留「説得」は、残留「命令」といえるものだった。
当然のことながら残留軍は、上意下達にはじまる日本軍の規律をそのままもっていた、まさに日本軍といっていいものだったという。

残留した幹部の一人、今村方策大佐は兵を前にこう語ったという。

▽我々が熱望するのは、無条件降伏によって危殆に瀕している天皇制をあくまで護持することであり、焼野原と化した祖国日本を、早く復興させるということに外ならない。天皇制誤字と祖国復興--この二つの悲願を、我々は中国側に訴え、やがて強大になるであろう中国の国際的発言力に頼って、その実現を図るのが、賢明な近道なのだ(p.86)


奥村和一をはじめ、山西に残留し、中国の内戦を戦い、捕虜となって抑留された後に帰国した「蟻の兵隊」たちを待っていたのは、アカのスパイという視線とともに、「逃亡兵」という扱いだった。

そのことについて、奥村が防衛庁防衛研究所資料閲覧室で発見した極秘電報の起案用紙にはこう書かれていた。

▽一、誠字三〇七号ニヨリ日本軍民ノ中国残留ハ許可セラレサルコトゝナレリ
    就キテハ本命ニ従ハスシテ今後山西側ニ脱走セル者ニ対シテは日次ヲ遡リ三月十六日以降三月二十五日迄間ニ於ケル除隊者トシテ処置セラレタシ(但現役将校ノ転役ハ認メラレス)
    但シ今迄ノ間ニ於テ逃亡シ特務団等ニ入リタル者ニ対シテハ逃亡者トシテノ手続ヲ採ルモノトシ其ノ官等氏名ヲ改メテ速カニ報告セラレ度
                                   依命
 二、本電直チニ焼却ノコト

(p.116)


つまり、残留を画策していた山西へ、軍の総司令部から「全員帰還の方針」が伝えられたので、なんとかして残留を実現するために、残留させる者については「脱走」「逃亡」したとして、日付をさかのぼって「除隊」扱いとし、逃亡して特務団(残留軍)に入ったのだ、というかたちをとれ、という内容である。

当然のことだが、残留した兵たち本人は、このような扱いを打診されたわけでもなければ、了解したわけでもない。

山西残留の問題の一つは、このことなのだ。

(7月20日読了)

こどもの体温


こどもの体温
よしながふみ
\530
新書館(Wings comics)
1998年

まえまえからよみたいと思ってたやつを、今日立ち寄った古本屋でみかけて買ってきた。
父子家庭の父と息子を中心に、そのまわりの人もえがかれた物語。

よかったなーー



吉村昭
\660
中公文庫
1989年

「休暇」という映画が公開されている。
見にいってみようかな…と思っている間に、行きそびれた。

知り合いのFさんが「休暇」の原作本を探していたので、調べて、『蛍』という文庫に入っているらしいと知らせた。
Fさんは先日「休暇」を見にいったそうだが、重くて、気持ちがどんよりして、最後まで見ていられずに途中で出たという。
そして、『蛍』を貸してくれた。

冒頭に「休暇」が収録されている。
たしかに…これを映像で見るのは、重いかも…

死刑執行の際に、刑死する死刑囚を支えるという看守が出てくる「休暇」はともかく、他の短篇は、どれも吉村個人の経験がうつされているようだった。結核とか、肋骨を五本とった手術とか…

「史実にこだわる作家」だともいうので、別の小説もなにか読んでみようかなと思う。

〈子育て法〉革命 親の主体性をとりもどす


〈子育て法〉革命 親の主体性をとりもどす
品田知美
\777
中公新書
2004年

今では“当たり前”になっているらしき「子ども中心」の育児法。
泣いたら乳をやり、泣いたら抱いてやり、母乳がベストだと言われ、こういう育児法が浸透したおかげで(?)、とりわけ母親たちは赤ん坊がこの世にやってきたら、ふりまわされてへとへとのようだ。

でも、こういう「子ども中心」がずっとずっと当たり前だったわけではない。
いったいいつからこうなったのか?

母子健康手帳の副読本(ものすごい刷り数で、影響力も相当なもののよう)で、なにが“望ましい育児法”と書かれてきたか、その変わりっぷりと、そうした育児法の影響と思われるものを、こまごまと調べた本。

「親主導」の育児が、「子ども中心」の育児になり(例えば、親が決める「断乳」ではなく、子どもが飲みたくなくなるのを待つという「卒乳」という違い)それは、親が子育てにかけなければいけないエネルギーを増大させた。
親は疲れ切っていると著者は言う。
そうかもしれない。

サブタイトルにもあるように、著者のすすめは「親の主体性をとりもどす」こと。

いまどきの「子育て=大変」というのが、ちょっと分かったような気がした。

(7月18日読了)

イトウの恋


イトウの恋
中島京子
\1,680
講談社
2005年

最近、文庫化された『イトウの恋』
読んでみたいなと思ってたところ、図書館に単行本があったので借りてきた。

これは、イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を素材にした小説なのであった。さすが『蒲団』を『FUTON』に仕立てなおしただけのことはある。

イザベラ・バードの『日本奥地紀行』はむかし読んだが、そこに「イトウ」、バードの通訳をつとめた伊藤亀吉が出てきたおぼえが私にはまったくない。

イトウがそんなに出てきたのか…。
『日本奥地紀行』も最近文庫になった。
久しぶりに読んでみようと思う。

いや~それにしてもおもしろかったな~
『日本奥地紀行』を読んだら、また読んでみるかな。

(7月18日読了)

子どもと話す 言葉ってなに?


子どもと話す 言葉ってなに?
影浦峡
\1,260
現代企画室
2006年

「子どもと話す」シリーズのうち、なぜか近所の図書館に入ってなくて、リクエストしたら買ってもらえた一冊。

これが、ちょっと小難しいところもあったけど、かなりおもしろかった。

ひとつは母語のはなし。

「…母語は規則を通して教わるものではない。そうじゃなくて、母語を身につけることが規則や約束を身につけることなんだ。」(p.25)

というのを読んで、あああ、なるほど、そうか!と思った。
続けてこう書いてある。

「将棋だったら、この駒はこう動かすことができるといった規則を通して将棋のやりかたを説明することはできるけど、説明のためには、いつだって言葉が必要になる。ところで、最初の言葉を身につける前には、人はそもそも言葉を持っていないんだから、規則を説明されることで母語を学ぶっていうのは論理的に不可能だ。だって、説明のために必要な言葉がないんだから。だから、規則を説明されることによって母語を身につけるのではなくて、母語を身につけることが母語の規則を身につけることでもあるとしか言いようがない。それ以外の、言葉で説明される規則は、将棋でも法律でも、最初の言葉を身につけた以上につけ加えられたものであって、母語の規則を身につけることとは、基本的に違う。」(pp.25-26)

こういう話の発端は、著者の姪っ子が、「小さいときから親がエイゴを勉強やらせてくれたら、日本語と同じくらい楽にエイゴを話せていたかも」云々と言うところ。
そこから、第一言語と第二言語、母語とそれ以外のことばの話になっていく。

もうひとつ、いま「日本語」とラベルがつけられている言葉が、そもそもいつ頃できたか。どこからどこまでが日本語か。

「日本語に限らず、いま、私たちが、『何なに語』と言っているものの多くは、近代の新しいものなんだ。」(p.108)

「言文一致の運動というのは、話し言葉と書き言葉を一致させるというよりは、それじたい、新しい言葉を作っていくプロセスだった。それから、大量の翻訳によって、単語にも、言い回しや文型にも、表記法にも、はっきりしたかたちができていった。
 こうして、日本語という純血種ができあがってきたわけ。こんどは、そうしてかたちができてきた『日本語』を広めなきゃいけない。そのために大きな役割を果たしたのが、印刷出版と新聞、そしてとりわけ義務教育だった」(p.111)

この「純血種」という例えが、イヌの犬種を例にして、説明されている。
「むちゃくちゃ混血なのに純血種」
「犬種は、対象そのものに自然に備わっている特徴から分類されるものではなくて、人間が勝手に決めつけた特徴によってつくられた分類」
で、犬種が、血統なら減ることはあっても増えないのだろうが、犬種は増えている。「こういうのが『何なに犬』として、登録されるわけだ。

へぇぇぇぇぇ

ほかにも、共通語の話や、公用語の話、言葉とコミュニティの話など、へぇぇぇが沢山。
しばらくしたら、また読んでみようと思う。

(7月17日読了)

ツアー1989


ツアー1989
中島京子
\1,680
集英社
2006年

調子に乗って、中島京子の読んでない小説を借りてきた。
これは、連作だった。

バブル崩壊前、香港への「迷子ツアー」?
話者が変わる4つの章は、「迷子ツアー」の参加者とその周りにいたと思しき人たちを語っていくが、なんだかどこかがズレている。

その頃のことや、一緒にいた人のことなど、まったく記憶にないという人もいる。

フシギ~~な読後感。

 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第37回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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