読んだり、書いたり、編んだり 

ターン


ターン
北村薫
\620
新潮文庫
2000年

『スキップ』を読んだあと、間があいたが、久々に北村薫を読む。

冒頭では、いったい主人公は誰と話をしているのか、天の声か?と思っていたが、そのことも含め、次第に主人公の真希が置かれた状況がわかってくる。

「今日」の15時14分59秒が過ぎたら、また「昨日」の15時15分に戻る。
「今日」書いたものも、「今日」の怪我も、「今日」買った服も、「今日」借りた本も、すべてが「昨日」に戻り、「今日」の痕跡はかききえる。

そんな状況で、人はどうやって生きのびられるのか。

そんななかで、ひとりで、3ヶ月もすごした真希。
時空のねじれか何かで、順当に時間のすぎてゆく「あちら」の世界と電話が1本つながった。

もう一作の『リセット』も、近々読みたい。

問い続けて


問い続けて
半田たつ子
\1,470
文芸社
2007年

昨年暮れに出た半田さんの本を見逃していた。
『WE』をつくるまでの半生は、根津公子さんにもどこか似ていた。

「美しい人たち」の章のなかで、言及された一人目が干刈あがたさん、二人目が山本幡男さん。『ゆっくり東京女子マラソン』を、そして『収容所からの遺書』を、また読み返したくなる。

(5月30日読了)

ブエノス・ディアス、ニッポン 外国人が生きる「もうひとつの日本」


ブエノス・ディアス、ニッポン 外国人が生きる「もうひとつの日本」
ななころびやおき
\2,000
ラティーナ
2005年

『月刊ラティーナ』という雑誌に連載されていたものを、加筆修正してまとめた本。

筆者が「まえがき」に書いているように、日本における「外国人問題」には問題点が多い。そのことは、本文のさまざまなエピソードや、それらの事案に対して筆者がどう取り組んだか、どんな感想をもったか、を読んでいくことでも分かってくる。

▽筆者は、日本における「外国人問題」については、一般に以下の四つの根本的な問題点ないし認識の不足があって、それが建設的な、そして思いやりのある議論の発展を、そこなっているように感じている。

 それは「『専門知識、技術を持った人材のみ積極的に受け入れる』という政府の方針はタテマエにすぎず、実際の外国人労働者の大半はいわゆる単純労働者で、不法滞在者も含めて彼らから日本の企業社会は多大な恩恵を受け、もはや彼ら抜きでは日本経済は成りたたないのに、事実を正面から認めたうえで、これまでの経験や問題点をじゅうぶんに検証することをしないこと」、「幼少のころから慣れ親しまない限り使いこなすのがほとんど不可能、という漢字の特殊性が、特に漢字圏以外の国から来た外国人の社会的な地位の向上を決定的にはばんでいる点の自覚が乏しいこと」、「外国人が異質な存在であることを前提に、外国人の在留をコントロール(=管理)しなければならない、コントロールできる、と考えて、在留期間や在留中の活動に細かな条件を付し、過剰な手間をかけて条件の違反に制裁を加えようとすること」そして「日本の外国人の問題を、外国への出稼ぎ、という現象が持つ時間的、空間的な広がりのなかで相対的に位置づける視点がないので、彼らの母国や国を離れなければならない事情、外国人を必要としている日本の状況をかえりみることもないまま、『彼は善良』だの『こいつは悪質』だのといった価値判断を押しつけて外国人を選別するのを当然としていること」である。
(pp.4-5)


いい本だった。
残念ながら、近所の図書館にはなく、新たに買う予定もないようで、近隣のヨソの図書館から相互貸借でまわってきた。

『月刊ラティーナ』はこんな雑誌らしい
http://www.latina.co.jp/html/magazine/revFRM.php

週刊ダイヤモンド 2008/5/24 裁判がオカシイ!


週刊ダイヤモンド 2008/5/24 裁判がオカシイ!
\570
ダイヤモンド社
2008年

「裁判がオカシイ!」という特集。

Prologue裁判所へ行こう!
Part 1裁判が日本を壊す?
Part 2裁判官の生態
Part 3裁判員制度のすべて
Part 4裁判・法律活用法

チームJの『日本をダメにした10の裁判』とか、元判事で弁護士の井上薫の本など、特集のなかで紹介されてた本も読んでみようかなと。

裁判大噴火 若手芸人渾身の裁判傍聴記


裁判大噴火 若手芸人渾身の裁判傍聴記
阿曽山大噴火
\1,260
河出書房新社
2004年

北尾トロなどの傍聴記と同じ頃に出ている本。
「推定無罪」という原則からすると、冒頭の「裁判傍聴マニュアル--入門編」に

▽法を犯したアナーキスト「被告人」と、そのサポーター「弁護人」、この二人が悪玉です。府政を許さない正義漢「検察官」が善玉。そして被告人VS検察官による壮絶なバトルを裁く長老が「裁判官」というわけ。(pp.11-12)

てなことが書いてあるのは、どうよ?と思わなくもないが、「密室で人を裁いてはいけません」てことで、もっと裁判をみにいこうぜという姿勢はよいと思う。

いま公刊されている傍聴記の類は、東京地裁に行ったのがほとんどだが、阿曽山大噴火(これは芸名)は、「サイバン旅行」として、松本、甲府、静岡へも行ってみて、その報告も書いている。

ずいぶん違うのだなーと驚く。

裁判員に選ばれる確率も、1位の大阪と再会の金沢では6倍も違うらしいから、こういう地域格差は、今後も気をつけて見ていたいと思う。

娘と映画をみて話す 民族問題ってなに?


娘と映画をみて話す 民族問題ってなに?
山中速人
\1,365
現代企画室
2007年

ハワイ生まれの高校生ナニ(これは著者の娘をイメージした登場人物らしい)は、空港ですっころんで足がぱんぱんに腫れて、ベッドで一週間の療養。
その一週間に、父親が選んだビデオを見てナニ自身がいろいろ考え、父の教えを受けたりもする、というかたちをとった、民族問題を考えてみる本。

もとは、こないだの森達也の本でルワンダ虐殺にまつわるツチとフツの記述が逆なんじゃないか?を調べていて、この本にも「ホテル・ルワンダ」が載っていたから借りて読んだもの。


「極北のナヌーク」をみて話す 異民族との最初の出会い
「地下の民」をみて話す 西洋が侵入し支配した時代
「アルジェの戦い」をみて話す 独立を求めて民族は闘う
「ぼくの国、パパの国」をみて話す 人びとが移動する「ひとつ」の世界
「クラッシュ」をみて話す 自己主張し、衝突するエスニック
「ライフ・イズ・ミラクル」をみて話す、創られる「民族」という神話
「ホテル・ルワンダ」をみて話す 民族問題の影に隠れるものの正体


タイトルだけは聞いたことがある映画もあるが、残念ながら見たことない映画ばかりだった。それでも、「民族」をどう考えていったらいいのか、どういうことに注意してものごとを見たらよいか、ちょっと分かってきた気がする。


この本のほかに「娘と話す…」「子どもと話す…」の同一シリーズ本がけっこうたくさんあり、何冊か読んでみようかなと思う。

愛ってなんだろう 子どもだって哲学


愛ってなんだろう 子どもだって哲学
渡辺えり子
秋元康
渡邉美樹
諸富祥彦
大澤真幸
\1,260
佼成出版社
2007年

『えり子の冒険』もおもしろかったし、渡辺えり子が入っているので借りてみた。
…けど、これはあまりおもしろくなかった。

『「レズビアン」という生き方』を読んだところ、ってのもあるかもしれんが、愛の相手はデフォルトで異性かぁ~~??と読みはじめてツッコミを入れてしまった。

そして不思議なラインナップの執筆陣。
この本“小学生”向けらしいが、大澤真幸のは、ルビがついていても、言葉が難しすぎるんじゃないのかと思った。

えり子の冒険 早すぎる自叙伝


えり子の冒険 早すぎる自叙伝
渡辺えり子
\1,575
小学館
2003年

渡辺えり子の自叙伝。
口述筆記か、インタビューのテープ起こしか、そんなのでまとめられた感じ。

おもしろかった。
芝居が好きで好きで好きで、という渡辺の半生。こういう本が女性センターとかに入ってるといいよなーと思うが、近所の女性センターには入ってないぜ。

渡辺えり子が、「おしん」にも出ていたとは知らんかった。


戯曲「光る時間」にまとめたものの根にあるのは、父の体験。
渡辺の父は、戦争体験があったからこそ、教師という道を選んだ。

もうちょっと渡辺の本もよみたいし、芝居もみたいし、「光る時間」ももう一度よみたい。

(5月27日読了)

「レズビアン」という生き方 キリスト教の異性愛主義を問う


「レズビアン」という生き方 キリスト教の異性愛主義を問う
堀江有里
\2,310
新教出版社
2006年

クリスチャンであり、レズビアンである、そのことを引き受けて生きようとする著者。
キリスト教のなかには、こわいくらいの「同性愛者への差別」がある。
「同性愛は病気だ」と言い、同性愛者が牧師になるのはどうかという人もいたりする。

もとは『福音と世界』という教会の雑誌に連載されたもの。

▽「なにか」が足りないために、予期せぬ出来事が起こったとき、“わたし”という存在自体が、根底から揺るがされてしまうことがある。自己肯定の出発点は、まず自分の心のなかにあるクローゼットの扉を開放していくことなのではないだろうか。流されるままに生きているのであれば、隠蔽されてしまうもの--それを、陽の光に当ててみることなのではないだろうか。(34p.)

▽いまさらではあるが、読者の皆さんが、「セクシュアル・マイノリティ」と聞いて思い浮かぶイメージは、どのようなものだろうか。近年、大学の講義でアンケートを取ると如実に伝わってくることがある。まず、圧倒的に多いのは「性同一性障害」という単語。TBS系ドラマ「三年B組金八先生」(シリーズ六、二〇〇一~二年)で、上戸彩が「性同一性障害」の役を演じてから、それに言及する学生も少なくはない。おそるべし、マスメディアの影響!
 それにしても、そもそも、医療名である「性同一性障害」が流通し、当初、当事者たちが選び取っていた「トランスジェンダー」という言葉が抹消されそうになっている事態は、黙って通り過ぎることのできない問題であるような気はする。
 そして、「セクシュアル・マイノリティ」のイメージとして、つぎに多いのは、ゲイのイメージ。やはりこちらも昨今、マスメディアでカミングアウトしている人々のイメージである。それは、いわゆるオネエ--「男らしさ」と社会が認識している像から「逸脱」したあり方--のイメージでもある。つまり、ゲイと言っても、オネエという限定されたイメージであることに注目する必要はある。
 学生たちが提示するものをみると、圧倒的多数は、この「二大イメージ」であることに気づく。本来、様々な性のあり方を包括的に表現していこうとする「セクシュアル・マイノリティ」という言葉。しかし、実際には、その思惑から離れ、固定化したイメージを再生産しているに過ぎないのではないか、というのが、ここ数年のわたしの懸念である。(pp.154-155)

(5月26日読了)

女子の古本屋


女子の古本屋
岡崎武志
\1,470
筑摩書房
2008年

PR誌「ちくま」の連載が本になったもの。
連載時のタイトルは「古本屋は女に向いた職業 女性古書店主列伝」だそうな。

それぞれの店主さんたちの「古本屋をひらくまで」の話がかなりオモロイ。
ふうううううううん。

事情があって、連載されたうち、大阪の「ベルリン・ブックス」さんだけは収録できなかったというので、「ちくま」のバックナンバーで読みたいな~

沖縄独立を夢見た伝説の女傑照屋敏子


沖縄独立を夢見た伝説の女傑照屋敏子
高木凛
\1,575
小学館
2007年

図書館で借りて途中まで読んだところで、ページに傷を見つけたので、その旨を図書館へ言うと、「交換する」ということで回収され、交換されたキレイな本がやっと届いて、やっと読む。

奥野修司が書いた『ナツコ』、その金城夏子の名も一ヶ所登場する。

補助金頼みではなく、沖縄は自立できる、自立するのだと次々と事業を興し、その収益をさらに次の事業へとつぎこんでいった敏子。
そのパワーはスゴイ。

1984年4月4日に敏子は亡くなった。
4月4日か、と思う。

若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か


若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か
赤木智弘
\1,575
双風舎
2007年

雑誌『論座』で「「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」という、ちょっと(かなり)目を引くタイトルのテキストを発表した赤木の、本。

このタイトルの「希望は、戦争」というあたりをめぐって、ずいぶんいろんな人がいろんなことを言ったり書いたりしているような気がするが(ほとんど見てないのでわからんが)、赤木が「こんな平和はウンザリ」と書く平和に対置されるものとして、戦争が引き合いに出されている、ようだ。
 赤木の筋立てを、読みちがえた批判がなされているのかもしれない。
 『論座』では、この「希望は戦争」に対する、応答特集もあったらしい。そうそうたる顔ぶれが書いているそうだ。
 赤木は、おめーら、目のつけどころが違うんや!と、そうじゃないそうじゃないそうじゃないとまた書いている。

▽安定労働層の経済を守るために、貧困労働層が犠牲になる平和。
 家族を守るために、家族を持てない人間が不幸になる平和。
 強者女性の人権を守るために、弱者男性が差別される平和。

 そんな平和はもうウンザリです。
 私から見た「平和」とは、いつだって他人のものでした。他人の平和を守っていれば、いつかはそれが認められて、自分の平和も守ってもらえることになる。そう信じていました。
 しかし、そうではなかった。
 だから、私は平和との闘争を繰り返していかなければならないのです。
 そして、「平和を守ろう」という人たちにとっての「九条をどうするのか」という議論が、平和を達成するための方法論でしかないように、私にとっての「希望は戦争」、すなわち戦争という希望も、「平和」との闘争のための道具にすぎません。
 「希望は戦争」で私は、戦争という道具によって「現状の平和」を打ち壊し、新しい秩序や平等な平和を達成できるかもしれないという希望を書きあらわしました。その希望は、現状の平和が、私にとっては平和でもなんでもないという現実があってこそ、生まれた希望です。(pp.340-341)


で、赤木がひたすら言ってるのは、ものすごくコンパクトにまとめてしまえば、

 現状は私にとって平和ではない、私が平和に過ごせるように「金くれ!」「仕事くれ!」

だろうか。

第二章「私は主夫になりたい!」はおもしろかった。
たしか雨宮処凛の本にのってた座談会でも、「主夫という選択肢」のことを赤木が語っていた気がする。

それにしても、誤字が多い。
ちょっと多すぎる。

p.22 ピークを向かえ → 迎え
p.62 キャノン → キヤノン
p.85 向かえ入れる → 迎え入れる
p.136 現象の一途 → 減少の一途
p.142 被害に合う → 遭う
p.174 恩恵に預かる → 与る
p.294 吉野屋 → 吉野家

(5月21日)
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第43回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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