読んだり、書いたり、編んだり 

だれか、ふつうを教えてくれ!


だれか、ふつうを教えてくれ!
倉本智明(著)
100%ORANGE(装画・挿画)
\1,260
理論社よりみちパン!セ
2006年

「ふつう」は、相対的なもの。
見る位置、見る場所によって、「ふつう」の位置もかわる。

あと“障害”の重度/軽度という分け方や、そういう分け方をしてカタマリで人を見るという暴力について書いてあるところも、そうそうそう!と思った。

失敗の愛国心


失敗の愛国心
鈴木邦男(著)
100%ORANGE(装画・挿画)
\1,260
理論社よりみちパン!セ
2008年

「日本のためによかれと思い、四十年間「右翼」をやってきました」という著者による、パン!セの一冊。
鈴木は、執筆依頼がくるまでも、パン!セのシリーズを読んでいたそうだが、執筆を依頼されて、執筆者の礼儀として「よし、書く前に、このシリーズを全巻読破しよう」と思い、改めて全巻読んだそうである。エライ!

▽愛国心とは、その言葉にある通り「心」のことだ。だから各自の心の中にしまっておけばいい。大声で言い合うものではないし、その大きさをくらべるものでもない。誰かに強制されるものでもない。実は、僕だって最近そう思うようになった。以前は、強制してでも「愛国心教育」をすべきだと思っていた。また、この国のためなら命をかけるのは当然だ、国のことを考えない人間は許せない、と思っていた。
 ところが、四十年も右翼運動をしていると、多くの人を見ることになる。「自分こそ愛国者だ」と言っている人の中にもくだらない人はいる。一方、「愛国心なんか必要ない」と言っている人の中にも立派な人はいる。「何を語るか」ではなく、「何をやるか」だ。
 そんなことがやっと分かった。「思想」ではなく、人間だ。そんな簡単なことが分かるのに四十年もかかった。その、迷い、悩み、失敗してきた経過を書いてみよう。
 …批判、反発もあるだろう。「ここは違うよ」「考え方が偏ってるよ」「お前はおかしいよ」。どんどん批判しながら読んでほしい。(pp.5-6)


奥付にはこう書いてある。

▽…みずからの著作活動についてどのような反応・反響へも言葉でもって応えることを「覚悟」とし、著書のすべてに自宅の住所と電話番号を記しつつ、講演や対談をはじめ、求めがあれば思想や立場をこえて旺盛な発言をつづけている。言論の場が容易に奪われ、その自由がないがしろにされる現代の状況に厳しく警鐘を鳴らしながら、思想書からサブカルチャーまでジャンルを問わず、柔軟でみずみずしい好奇心の赴くままに本をひもとき、さまざまな価値観と出会うべく広く対話を行う日々。


ホームページ「鈴木邦男をぶっとばせ!」はここ
http://kunyon.com/


本もたくさんあるようなので、読んでみよう~

気分はもう、裁判長


気分はもう、裁判長
北尾トロ(著)
100%ORANGE(装画・挿画)
東陽片岡(本文漫画・イラスト)
\1,260
理論社よりみちパン!セ
2005年

北尾トロといえば、『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』や『裁判長!これで執行猶予は甘くないすか』などの、裁判傍聴をもとにした本がある。のは知っていた(読んでないけど)。

パン!セにも一冊あったので借りてきた。
表紙などは100%ORANEGEなのだが、本文に挟まれている漫画は東陽片岡という人のもの。青木雄二風の、ちょっとくどい感じの絵である。

パン!セの一冊として、なかなかよかった。

気になったのは、北尾トロが想定している裁判官なり裁判長が「男性」らしいということだ。たとえばこんな風にさりげなく、その想定がみえる。

▽法廷では神様のような立場だけれど、裁判官の制服(法衣)を脱いだら、ひとりの人間にすぎない。
 居酒屋でビールを飲むのが大好きなおじさんかもしれない。休みの日にはいつまでも寝ていて、「お父さん、いい加減に起きなさい」とお母さんに叱られているかもしれない。子供とキャッチボールするのが楽しみなパパかもしれない。出世のことで悩んでいるかもしれないし、家を建てるのが夢かもしれない。(pp.165-166)

北尾トロはかなりの裁判を傍聴しているようだが、女性の裁判官にあまり(まったく?)当たっていないのかねえ。

ちょっと統計を調べてみたら、昨年(2007年)の裁判官(判事、判事補)に占める女性の比率は14.6%で、実数でいうと、全体で3416人に対して女性が499人。多いとはいえないかもしれんが、検察官の女性比率(10.9%)や弁護士の女性比率(13.6%)に比べれば、少しは多い。


気分はもう、裁判長


気分はもう、裁判長
北尾トロ(著)
100%ORANGE(装画・挿画)
東陽片岡(本文漫画・イラスト)
\1,260
理論社よりみちパン!セ
2005年

北尾トロといえば、『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』や『裁判長!これで執行猶予は甘くないすか』などの、裁判傍聴をもとにした本がある。のは知っていた(読んでないけど)。

パン!セにも一冊あったので借りてきた。
表紙などは100%ORANEGEなのだが、本文に挟まれている漫画は東陽片岡という人のもの。青木雄二風の、ちょっとくどい感じの絵である。

パン!セの一冊として、なかなかよかった。

気になったのは、北尾トロが想定している裁判官なり裁判長が「男性」らしいということだ。たとえばこんな風にさりげなく、その想定がみえる。

▽法廷では神様のような立場だけれど、裁判官の制服(法衣)を脱いだら、ひとりの人間にすぎない。
 居酒屋でビールを飲むのが大好きなおじさんかもしれない。休みの日にはいつまでも寝ていて、「お父さん、いい加減に起きなさい」とお母さんに叱られているかもしれない。子供とキャッチボールするのが楽しみなパパかもしれない。出世のことで悩んでいるかもしれないし、家を建てるのが夢かもしれない。(pp.165-166)

北尾トロはかなりの裁判を傍聴しているようだが、女性の裁判官にあまり(まったく?)当たっていないのかねえ。

ちょっと統計を調べてみたら、昨年(2007年)の裁判官(判事、判事補)に占める女性の比率は14.6%で、実数でいうと、全体で3416人に対して女性が499人。多いとはいえないかもしれんが、検察官の女性比率(10.9%)や弁護士の女性比率(13.6%)に比べれば、少しは多い。


「美しい」ってなんだろう? 美術のすすめ


「美しい」ってなんだろう? 美術のすすめ
森村泰昌(著)
100%ORANGE(装画・挿画)
\1,470
理論社よりみちパン!セ
2007年

パン!セがおもしろくて、次々と読む。
森村のコレは、図版多数。しかも連載中に寄せられた質問に答えたのが挟まっていて、それも読み応えがある。

▽人間というのは、まったく単純ではありません。男は男、女は女と、きっちり分類なんてできはしません。どんな男の子のなかにだって、女の子がいます。女の子のなかにも男の子がいます。ひとりの人間のなかには、じつにたくさんの可能性がひそんでいるものです。それらの可能性のタネをできるだけいろいろとさがしだし、みつめなおし、どのタネを育てていくかをじっくり考える。「勉強する」とは、そういう行為をさすことだと私は思います。フリーダ・カーロは、まさにこの「可能性のタネを育てること」を一生やり続けた画家だったといってもいいのではないでしょうか。(228p.)


森村はこれから、若冲に取り組むらしい。どんなんが出てくるのか、たのしみや~

悶絶スパイラル


悶絶スパイラル
三浦しをん
\1,470
太田出版
2008年

三浦しをんのお笑い方面エッセイ。
図書館でこれもしばらくリクエスト待ちしてたのがきた。
だははと、あちこちで笑いつつ読む。

「難問もんもん」というお題の一文は、結婚披露宴でもんもんとしてしまう三浦しをんの図。

▽結婚披露宴は、しばしば私の血圧を上げる。なんでなのかと考えるまでもなく、結婚という制度のまえに、思考停止状態になるひとが散見されるからだ。フツーに新郎と新婦という各個人を祝福すればいいのに、無邪気に無神経に「制度万歳!」を謳いあげる神経が謎だ。と憤る私の神経が謎だ、と相手が思うであろうことはわかっているのだが。と悶々とする人間がいることに、ちょっとは気づいてほしい。ああ、悶々地獄。
 私が思うに、披露宴のスピーチで避けるべきなのは、
  一、子どもに関すること
  二、夫唱婦随をほのめかすこと
  三、これからは社会のために的展開
 である。(pp.215-216)

このほかにも、お笑い物件多数。

ライオンの飼い方 非日常実用講座2


ライオンの飼い方 非日常実用講座2
非日常研究会
\1,325
同文書院
1995年

『ライオンの飼い方 キリンとの暮らし方』というナンセンス本が新潮OH!文庫にあると知り、文庫オリジナルかと思ったら、親本があったので、そちらを図書館で借りてくる。

ワンルームマンションでもしライオンを飼うとしたら?キリンを飼うとしたら?ゴリラを飼うとしたら?…ゾウ、コビトカバ、コアラ、パンダ、ナマケモノ、ペンギン等々を飼うとしたら、このようにワンルームマンションを改造し、それにはこの程度の費用が見込まれ、エサはこういうもので、それを調達するにはこういう配慮が必要、などと、しごく真面目に飼育法を教授しようとする本。

この非日常研究会には、この類のオカシな本が山とあるらしい。

(4月28日読了)

いのちの食べかた


いのちの食べかた
森達也(著)
100%ORANGE(装画・挿画)
\1,050
理論社よりみちパン!セ
2004年

こないだ職場で、「部落問題について、分かりやすい本、とっつきやすい本」を何かと訊かれ、話を伺うと、偏見をもってしまっていて、子どもに「あそこの子と遊んだらダメ」などと言っている(こういう実例が今も本当にあることに、ちょっとショックを受けた)友人に、自分としては「それ、おかしいよ」と言いたいのだが、いざ話そうと思うと、自分の知識もあやふやで、何がダメか?というとうまく説明できなくて…とのことだった。できることなら、友人にも読んでもらえるものがあればということだった。

その場では、同僚さんと共に自治体が発行している「人権白書」とか、「一問一答」みたいなのを紹介したが、その後も、何かないかなーと考えていて、他の人にも訊いてみて、森達也の『いのちの食べかた』や、角岡伸彦の『被差別部落の青春』などもよいのではないかという話になり、久しぶりに森達也の本をよむ。

「いのちの食べかた」、これと同じタイトルの映画はまだ見ていないが、それも見てみたいと思っている。

森達也の『いのちの食べかた』は、「知ることが大事だ」と、しつこいほどに書いていた。それと同時に、この本で書いているのは、ぼくが見て聞いて文字で表現した「一つの見方」だということも念押ししていた。

森達也の最近の本は読んでないのが多いので、まとめて読みたいなと思った。

(4月28日読了)

イジ女


イジ女
春口裕子
\1,680
双葉社
2008年

「イジる女、イジわるな女、イジめる女、イジっぱりな女、イジ女がいっぱい…。私はいい人でいたいのに、なぜ悪意を向けてくるの? 女社会の大変さを描いた傑作短編集。」という紹介をみて、どんな小説や?とリクエスト待ちしてたやつがきた。

「次の方がお待ちです、早めに」と貼ってあったので、ソッコー読む。

タイトルは「いじおんな」と勝手に読んでいたが、表紙をよくみると「IJIME」とローマ字で書いてあり、奥付のタイトルにも「女」の上に「め」とルビが振ってあった。

ちょっとキツい話もあったが、一気読み。
いや~よく書けてるな~
“女社会の大変さ”という紹介でよいのかどうか分からんが、(ありそう…)と思わせる小説であるのは確か。

(4月28日読了)

教育してます?


教育してます?
内田春菊
\1,365
角川学芸出版
2007年

マンガかと思っていたら、ほとんど字の本だった。
「生活教育」という雑誌に連載していたエッセイをまとめたもの。
子ども4人を育てながら、内田春菊が(なんじゃこりゃあ?)と思ったことやら、(それでええんかい!)と思ったことやら、あれこれ書いてある。

かなりよかった。

「生活教育」はこういう雑誌だそうです。
http://www.izumito.com/sk/

冷蔵庫のうえの人生


冷蔵庫のうえの人生
アリス・カイパース(著)
八木明子(訳)
\1,260
文藝春秋
2007年

冷蔵庫に貼ったメモだけで話が進む小説。
産婦人科医の母と、高校生の娘が、お互いメモを貼りあう。

母は仕事が忙しくて不在が多い。
娘ともすれ違いが多い。
娘も、思春期まっただ中で、友だちやボーイフレンドとのつきあい、また母と離婚した父との行き来などで、母とすれ違いになることが多い。

ちょっとその設定は無理ではないの?と思ったところもあったが、とにかく冷蔵庫に貼ったメモだけで話が進む。

母が乳ガンだと分かり…
最後はちょっと泣いてしまった。

(4月27日読了)

「傾いて候」ブログより

http://www.opyh.jp/blog/2008/04/post_533.html

「傾いて候」ブログより


十七歳のとき
作家 小檜山博

 ぼくは中学を出たあと出稼ぎに行くことになっていたのが、
妻も子どももいる二人の兄が仕送りしてくれることになって、
実家から汽車で十時間もかかる街の高校の寄宿舎へ入った。
 毎月、兄や親から送られてくるおカネで寄宿舎の食事や授業料、
生徒会費やPTA会費を払うと、パン一個分の十円も残らなかった。
 寄宿舎の食堂で出される食事は朝が茶碗一杯きりのご飯と味噌汁、
小さなカレイ半分の煮つけとタクアン二切れだけ。
昼はコッペパン一個と牛乳一杯。夕食も朝食と似たり寄ったり。
食べざかりの十七歳がこれで間に合うわけがなくなった。
ぼくらは一年じゅう腹をすかせていた。
 それで夜中、ぼくらは近くの農家の畑へ行って
ジャガイモやカボチャを盗み、部屋で煮て食べた。
寄宿舎の生徒六八人のほとんどが盗むのだから、
農家はたまったものではなかったはずだ。
しかし馬鹿なぼくらは、ばれないことをいいことに次の年の秋も盗み続けた。
 それから四十九年たち、ぼくは小説を書くのを仕事にしていた。
ある日、僕は地方での講演を終え、
主催者など三十人ほどの人たちといっしょに食事をした。
 やがて、その中の一人の女性が
「私は、小檜山さんが高校生のときに入っていた寄宿舎のそばの農家の娘です」
と話しかけてきた。
ぼくは仰天し、息が詰まった。今六十二歳だという彼女が話しだした。
「当時、私は中学二年生でした。ある日、父は、作物を盗むのが寄宿舎の
生徒だとわかって、校長先生と舎監に抗議に行くため怒り狂って玄関を出たんです。
そのとき母が父に
『父ちゃん、やめとき。寄宿舎の子どもらは地方からきて、みんな腹すかせてるんだから、
仕方ないのよ。来年からイモもカボチャももっとたくさん作ったらいいべさ』
と言ってたんです。
父は玄関でしばらくぶつぶつ言ってたんですが、やがて家へ入ってきたんです。
そして次の年から、イモもカボチャもいままでの倍くらい作りだしたんです」
 彼女が話し終わったとき、ぼくは天をあおいだ。何てことだ、と思った。
あの農家の人たちは、ぼくらが盗むぶんまでも作ってくれていたのだ、
ぼくらは、あの農家の方々によって生かされていたのだ。
 ぼくは言葉を失い、顔を上向けつづけた。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第39回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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