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読んだり、書いたり、編んだり 

STAND 立ち上がる選択


STAND 立ち上がる選択
大藪順子
\1,575
いのちのことば社フォレストブックス
2007年


▽Stand. this matter belongs to you. Be strong and do it.
(立ち上がりなさい。これはあなたの仕事です。わたしはあなたを助けます。心を強くしてこれを行いなさい。 エズラ記一〇章四節)
(19p.)


大藪さんが撮ったレイプサバイバーたちの写真は見たことがあった。
この本のことも知っていた。なかなか読めずにいたが、読んだ。

USAでフォトジャーナリストとして働いていた大藪さんは、ある夜、自宅でレイプ被害に遭う。犯人は逮捕され、大藪さんは私のような被害者を出さないためにと裁判所へステートメントを出し、弁護士同士の交渉でふつうは6年の刑だと言われていたところを、家宅侵入とレイプのそれぞれで10年ずつ、計20年の刑を犯人に与えることができた。

新たな土地で、新たな仕事をみつけ、新たな出発をはじめた大藪さんは、けれど、それからもパニックアタックにおそわれ、苦しんでいた。

牧師の家庭に生まれた大藪さんには、聖書と神はいつも近くにあった。新たな土地で、自分の通う教会をみつけようとしながら、合うところをなかなか見つけられず、たまたま仕事で訪れた“ギャング・チャーチ”とよばれる教会にようやく安心できる場をみつけた。

その“ギャング・チャーチ”のバーロー牧師のすすめで、大藪さんは犯人に対して手紙を書く。そのことによって、大藪さんは精神的に解放された。

同じように傷つき、生きていく人の姿を伝えたい、隠れている被害者は多いけれど、被害者は統計の数字のなかにいるのではなく、それぞれの顔をもった人間だと、自分の写真をいかして、サバイバーの素顔を撮影するプロジェクトを大藪さんは始めた。

▽ふとカレンダーを見ると、来週が私のレイプ事件の八回目の記念日であることに気が付いた。聖書では七という数字は完成を意味する。そして、八という数字は新しい始まりだと、バーロー牧師が言っていたのを思い出す。(352p.)

八日目の蝉、八年目の出発。新しい始まり。

迷える娘と励ます母の往復書簡 遠回りでもいい 自分の道を探して!


迷える娘と励ます母の往復書簡 遠回りでもいい 自分の道を探して!
相磯まつ江
芹澤眞澄
\1575
学陽書房
1995年

『道遠くとも 弁護士相磯まつ江』という本が出るというので、とりあえず他の本はないかと探したら、これと、『女性弁護士の歩み』が出てきた。

相磯まつ江さんという弁護士は、朝日訴訟や砂川訴訟などに関わった人であるらしい。
『道遠くとも』という本には、きっとそっち方面の話が書かれているのだろうが、この本は、娘が大学在学中、USAへ、逃げ出すように留学した際に、「一週間に一回はどちらも必ず手紙を書くこと」を条件として、留学を認めた親としての相磯まつ江が登場する。

いまみたいにe-mailやネットで地球の裏側のことがほぼリアルタイムで分かるような時代ではなく、出した手紙に返事がくるまで、どんなに早くても2週間ほどかかっていた。


娘からの手紙が2週間ほど途絶えたときに、大騒ぎして電話をかけたらしい母。
忙しい仕事の合間を縫って母が書く手紙には、叱咤激励だけでなく苦言やたしなめ、いらだちまであらわれていて、赤裸々だ。

娘からの手紙も同じように、勉強の進み具合や迷い、悩み、決意などを率直に書いたものだ。

読んでいて、千葉敦子を思い出す。
往復書簡というかたちではなかったと思うが、千葉敦子が母にあてた手紙を、敦子の没後に母がまとめた本を読んだことがある。


娘は、一年余りの留学を終え、迷いの末に、司法試験を受けて、母や父と同じく弁護士の道を歩んでいる。

*誤字はちょっと多め

八日目の蝉


八日目の蝉
角田光代
\1,680
中央公論新社
2007年

角田光代のこの小説は、ちょっと気になっていながら、読んでいなかった。
図書館や本屋でこの本を見かけると、『八日目の蝉』というタイトルがかってに「八月の蝉」に見えたりして、夏休み小説のような気もしていた(書評などは全然読んでなかったので、内容をよくわかっていなかった)。


読み終わってから知ったことだが、これも『光の指に触れよ』や『すばらしい新世界』同様、読売で連載された新聞小説だった。
連載が始まるにあたり、角田は「家族、結婚といった社会制度や血縁を超える、人と人とのつながりを描いてみたい」と語ったそうだ。


奥野修司の『ねじれた絆』を思い出す。
子どもを育てることと血のつながりとは関係あるのかないのか。


▽「自分が悪くないときは謝らなくてもいいんだよ」

「誘拐犯」に育てられた「薫」は、この言葉が自分にとっての呪文のようだと、閉じこめられた場所から出ていくための呪文のようだと、思う。


タイトルは、夏休み風に誤読していたが、一週間の寿命だという蝉が、もしも何かの拍子に「八日目」を生きることになったら…ということからきているのだと、読んでいてわかった。

カミングアウト・レターズ 子どもと親、生徒と教師の往復書簡


カミングアウト・レターズ 子どもと親、生徒と教師の往復書簡
RYOJI(編)
砂川秀樹(編)
\1,785
太郎次郎社エディタス
2007年

ゲイやビアンの子どもから親きょうだいへの手紙、それへの返信、ゲイやビアンの生徒から先生への手紙、それへの返信…往復書簡をあつめた本。

ゲイやビアンの子をもつ親の座談会も収録されていて、それもよかった。

びくびくしたり、不安になったりせずに、だれもが安心して笑顔で暮らしていける関係を、少しずつ少しずつ広げていけたら…と思えた本。

▽よく言われることですが、カミングアウトは、たんなる告白ではありません。突然のびっくりするような強風で片付けられるものではありません。された側とした側が、そこからさらに新しい関係を築くことが、最終的な目的だと思うのです。たがいの存在そのものが響きあうことなのです。(p.137)

ここがホームシック・レストラン


ここがホームシック・レストラン
アン・タイラー(著)
中野恵津子(訳)
\790
文春文庫
1998年

どこかの書評で(どこだったか思い出せないが、たしか何かの雑誌)ちょっと古い(文庫が出たのだって10年前、原作は1982年)この本が紹介されていた。
読んでなかったので、借りてきて読んでみた。

「家族」という人間関係の年代記、と解説で桐野夏生が書いている。ほとんど500ページある小説だが、ぐいぐいと読ませる。

もうガマンできない!広がる貧困 人間らしい生活の再生を求めて


もうガマンできない!広がる貧困 人間らしい生活の再生を求めて
宇都宮健児(編)
猪股正(編)
湯浅誠(編)
\1,365
明石書店
2007年

湯浅さんのインタビュー記事を読んで、とりあえず図書館にあった本を借りてきた。「当事者の声」と、「論点」をセットにして、シングルマザー、多重債務者、障害者、高齢者、労働の貧困化、新たな労働運動、セーフティーネット、「生きること」の困難さ、外国人女性、メディアと貧困、人間の再生という11章で構成されている。

 セーフティーネットがスカスカで、どっかの穴に落ち込んでしまったら、なかなか這い上がれない一方で、“貧困ビジネス”(消費者金融、日雇い派遣、レオパレス21のような)ネットが張り巡らされている。貧困ゆえに割高な利率でカネを借りることになり、貧困ゆえに低賃金とわかっていても日払いの仕事につくことになり、割高な家賃の住まいを選ぶことになる。そうした“貧困ビジネス”が襲いかかると、「貧困というのはお金のかかるもの」となり、これらの“貧困ビジネス”は、貧困へ転がり落ちないようにというブレーキではなく、より貧困なところへ送り込むアクセルとなる。


湯浅さんの『貧困襲来』は、図書館に所蔵がなかったのでリクエスト中、次はこれも所蔵のない『働けません。』という本をリクエストしようと思う。



▽貧困とたたかう社会運動としての“反貧困労働運動”の可能性

…労働者が企業に対してモノを言おうとするとき、企業側は個別の労働者との話し合いを拒否しても何ら違法性はないが、労働者が労働組合に加入して団体交渉を申し入れれば別である。労働組合から団体交渉を申し入れられた企業は、正当な理由なく団体交渉を拒否することはできない。団体交渉権は、憲法28条と労働組合法に定められた労働者の権利であり、それを活用することによってはじめて企業と労働者は対等のテーブルにつくことができる。貧困とたたかおうとする私たちは、この団体交渉権を活用することが不可欠である。つまり、“団体交渉権をどんどん使う社会運動”として労働運動を展開していくことが求められている。逆に言うならば、「社会運動の側が労働組合という武器を使いこなす」ことが重要ともいえるだろう。(pp.106-107、河添誠「貧困に立ち向かう新たな労働運動」)

▽…低賃金、不安定雇用、長時間労働という厳しい労働環境におかれている労働者が、待遇改善をはかり「人間らしい生活と労働」を取り戻すためには、企業と直接交渉ができる労働組合の結成が最大の武器となる。いわば労働組合も社会的セーフティーネットの役割を担っているといえる。現行の労働基準法では、従業員の過半数を超える労働組合があれば、この組合と労使協定(三六協定)を結ばない限り、企業は時間外労働(残業)を一切させることができない。まずは、困難な状況におかれている労働者自身が、団結して全国の職場・地域に労働組合の旗を立てることが必要である。(122p.、小島茂「社会的セーフティーネットの再構築に向けて」)

▽…生活保護を受けることができ、生活を立て直す足がかり[ママ]得ることができました。
 病気を治療する時間を得ることができました。考える時間を得ることができました。
 そして気づきました。

 私自身が、今まで何も見ず、何も聞かず、誰も助けようとしなかったということに。無責任な政治家や官僚、自分の利益しか考えない資本家たち。彼らの目には利益しか見えず、彼らの耳にはもうけ話しか聞こえず、彼らの口は詭弁と自己責任の追及しか発しない。そんな彼らと自分が同質であると気づいたときに、心に誓いました。

 今はまだ、なんの力もない病人だけど、かならず病気を治し、社会に復帰しよう。悪事を見逃さないように目を見開き、悪巧みを聞き逃さないように耳をすまし、詭弁を論破するために口を開こう。困ってる人を見逃さないように、助けを求める声を聞き逃さないように、励ましの声をかけられるように、そして、一緒に歩いていけるように。
 
 新自由主義社会の中で、ほとんどの人は自分しか見えていません。自分がいくらもうけられるか。それしか考えていません。そんな社会は変えていかなくては、もっともっと苦しむ人が増えていくのです。

 だからこそ皆さん、隣にいる人を見てあげてください。自分の幸せを願うのと同じように、隣の人の幸せを願ってください。それが、最初の一歩になると思います。憎み合わなくても、ねたみ合わなくても、奪い合わなくてもいい社会。それが私の理想です。

 そんな社会を、いつかみんなで肩を並べて歩けるように。 
 (pp.177-178、金城一史「憎み合わなくてもいい社会へ」)




*誤字
 90頁、4行目
 …格差を利用した再現のない法的保護の買い叩きを…
→…格差を利用した際限のない法的保護の買い叩きを…

コーヒーハンター 幻のブルボン・ポワントゥ復活


コーヒーハンター 幻のブルボン・ポワントゥ復活
川島良彰
\1,785
平凡社
2008年

「ブルボン・ポワントゥ」というタイトルが見えたので、図書館で借りてきてみた。去年、ちょっとだけ飲んだことがある。甘味のある、固い豆のコーヒーだった。

去年、じつに希少なコーヒーが復活した。「ブルボン・ポワントゥ」という、レユニオン島(かつてはブルボン島とよばれ、ブルボン種のふるさとでもある)で復活したコーヒー。その復活には、日本人が関わっていた。

川島さんの「サステイナブル・コーヒー」の考え方は、『すばらしい新世界』で林太郎が考えようとしたものと、似ている気がする。

▽…ブラジルの大霜害以来、コーヒー価格の国際相場は三回、大きく上がりました。一回はやはり霜害、もう一回は干魃の後でしたが、最後の一九九七年は投機筋による実態のない価格の暴騰でした。天災が原因の価格変動は、実際にコーヒーの供給量が減るので自然の摂理といえるでしょう。しかし投機筋が介入して価格が上がった九七年は、供給量がそれまでと変わらないのに世界中でコーヒーの増産がはじまり、その結果、過剰生産のため二〇〇一年には「コーヒー・クライシス」(コーヒー危機)を引き起こしました。生産国によってもコストは違いますが、一般的に損益分岐点といわれる一ポンド(四五三g)八〇~九〇セントを大きく下まわり、四〇セント台まで国際価格が下落したのです。山地の生産者たちの生活は惨憺たるものでしたが、当時、僕が日本に一時帰国して驚いたのは、仕入れ価格が下がったと喜ぶコーヒー業界の姿でした。これは何も日本に限ったことではありません。アメリカでもまったく同様でした。しかし生産者が健全にコーヒー栽培を持続できなくなれば、そのつけは必ず消費国にまわってきます。幸い二〇〇三年後半以降、価格は持ち直しました。これは、生産国でもコーヒーを飲むようになり、消費量が増えたからです。しかしもっと大きな理由は、東欧や中国などの新しい市場が開けたためだといえます。

 生産量が半減してしまったエルサルバドルでは、内戦のときに子供だった世代がコーヒー生産者になってきました。彼らは、親たちが犯した失敗を繰り返すまいと、サステイナブル・コーヒー(持続性可能なコーヒー)の実践に乗り出しています。労働者の人権を守り、労働者の子弟の教育にも取り組み、そして自然環境を守りながらコーヒーを育てています。他の生産国より積極的に取り組んでいるのは、彼らが身をもって体験した内戦の記憶があるからです。(pp.246-247)


川島さんが、長年つとめたUCCを辞めて、現在かかわる「日本サステイナブル・コーヒー協会」
http://suscaj.org/

すばらしい新世界


すばらしい新世界
池澤夏樹
\2,415
中央公論新社
2000年

こないだ読んだ『光の指で触れよ』の前編というか、林太郎、アユミ、森介という同じ登場人物たち(ただし林太郎とアユミの間の下の子はまだ生まれてない)の出てくる小説だ、というので借りて読んでみた。

こっちもえらいごっつい厚さの小説。
もとはこちらも新聞小説。

ところどころに、筆者の言い訳のような、解説のようなテキストが混じるところが、不思議な構成。

いんてりげんちゃん小説というか、風力発電のことや風車のことなど読んでいてベンキョウになるなーと思う部分も多い。チベット仏教の話やチベット族の話も出てきて、いま、新聞で連日のように載っている話でもあるので、そういう風にみることもできるのか、と思ったり。

林太郎と、友となったチベット人・プチュンとの会話。

▽「しかし、政治とはもともとそういうものではないか? 正義ではなく、力なのではないか?」
 「不当な力を排除して、正義を立てるのが、俺にとっての政治だ」とプチュンは言った。
 「しかし、きみはチベット系ネパール人であって、中国のチベット自治区に籍を持つ者ではない」
 中国のチベット政策に憤慨するプチュンに林太郎はそう言った。
 「チベットは一つだ」
 「本当にそうか? つまりさ」林太郎は声の調子を落として言った、「チベットは一つだ、というのはスローガンとしてはいい。国境を越えて団結しなければならない、というのもいい。そういうことだろう?」
 「そうだ」
 「現チベット自治区とネパールとインドとブータンにその他にいるチベット人が、チベット語で生活しているチベット仏教を信仰する民が、チベットに完全自立の国を建てればいいのか?」
 「そのとおり。それが理想だ」
 「本当にそんな国ができるか?」
 「いつかできる」
 「しかし、その国だって国民全員がチベット人ではないだろう。漢民族だって入っている」
 「そうだ。中国は数の支配を目指して、大量の漢人を移民として送り込んだ。数の上ではチベット人を上回りかねない。みんな住み着いている」
 「彼らをどう扱う?」
 「恩恵の政治を施す」
 「それは異民族支配ではないのか?」
 一瞬、プチュンは罠にかかったような顔をした。
 「ずるいぞ、おまえは」
 「ずるくない。国というのは結局のところ、異質の要素がたくさん混じっているものだ。人類だっていろいろ、思想だっていろいろ、宗教もいろいろ。それをゆるやかに束ねるようにして運営されるべきものだ。一つの色に染めるわけにはいかない」
 (pp.430-431)

『光の指で触れよ』を読んでいるだけに、この家族が、ばらばらになっていくのか…と思いもする。

インディでいこう! ナチュラル&インディペンデントな生き方実践ガイド


インディでいこう! ナチュラル&インディペンデントな生き方実践ガイド
ムギ
\1,365
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2006年

著者のムギさんとは、勝間和代さん。
「ムギ畑」というサイトをやっていたのは知っていたが、最近ブーム?
よく売れてるのは、『お金は銀行に預けるな』でしょうかね(読んでないけど)。

『お金は銀行に預けるな』をはじめ、勝間さんの本は、図書館でえらいことリクエストがついていたので、一番リクエスト数が少なかったやつを借りてみた。

さらさらとすぐ読める。いろいろ引っかかるところもあるが、とにかく「行動を変えよう!」と言ってる本だった。

「インディ」=「自然体で自立した人生を歩む女性のこと」(勝間さんの造語)

「インディな生き方」=「精神的にも、経済的にも、周りに依存しない生き方」

「インディ」の具体的な3つの条件
1 年収600万円以上を稼ぎ、
2 いい男がパートナーにいて、
3 年をとるほど、すてきになっていく。

「インディ」になるために必要なのは2つの法則
1 丈夫なこころ
2 学び続ける力

この2つの法則のための6つの約束は
「丈夫なこころ」のために
1 愚痴を言わない
2 笑う、笑う、笑う、
3 姿勢を整える

「学び続ける力」のために
4 手帳を持ち歩く
5 本やCDを持ち歩く
6 ブログを開く


「自立」ってなんだろう?と、そもそも考えたりしていたら、このスピードにはついていけないのかも…


とりあえず勝間さんの3つのブログ

日々の生活から起きていることを観察しよう!!
http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/point_of_view/

CD、テープを聴いて勉強しよう!!
http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/audio_book/

私的なことがらを記録しよう!!
http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/private/

ちょっとお腹イッパイ感が…

夫が男に恋をした


夫が男に恋をした
beathorice
\1,050
ダイヤモンド社
2007年

「夫が男の恋人をつくった」…夫はゲイなのか。私はどうすればいいのか。離婚か、継続か。
答えの出ない苦しみのなか、ベア(beathorice)さんは、ブログを始めた。

一人で抱えきれない思いを、どこかに打ち明けたくて、そして自分はどうすべきか考えたくて、だという。

そのブログから、この本ができた、そうだ。

http://ameblo.jp/beathorice/


夫と、その恋人と、自分と。
考えぬいて綴られた内容。

刺繍


刺繍
川本晶子
\1,365
筑摩書房
2005年

同僚さんと本の話をしていたら、「こないだ教えてもらった川本晶子の刺繍を読んだよー、なかなかよかった」と言われて、「は?刺繍?へ?教えた?」と記憶をたどるが、まったく思い出せない。

『刺繍』、といえば『ペルセポリス』と同じマルジの本のタイトルでしょう、と思うが、別の『刺繍』だった。

川本、刺繍と検索して、書誌情報を確かめるがやはりまったく思い出せない。
が、「39歳バツイチ子なし。うんと年下の恋人あり。痴呆の母と老いた父と暮す家で年下の恋人も同居を始める。母が彼に恋をしたからだ…。微妙な年齢の揺れる心のうちを描く。」という紹介文をよんで、図書館へ予約。

『カソウスキ…』を書いた人と同じく、この人はこれで太宰治賞をとったらしい。

記憶がうすれ、軽く小さくなっていく母、家事と介護にいそしむ父。
2ヶ月にいちどくらい顔を出していた実家へ、エリは戻ることになった。
自分の年の半分くらいの若さの敏雄は、ちょくちょく出入りして何かと手伝ってくれる。「敏雄君がいてくれた方が、何かと母さん…」という父からの頼みで、恋人の敏雄が同居することになった。ささやかだがお礼の気持ちを渡し、アルバイトのつもりでと頼んで。

敏雄は母の面倒をよくみてくれた。


▽「あんなあ、エリ」
 急に敏雄が真面目な声を出した。
 「俺、アルバイトって言われると、すげぇむかつく」
 湯飲みから立ち上る湯気をじっと見据えて、敏雄は言った。
 「アルバイト、じゃないから、俺。年寄りの面倒みるのって、アルバイトでやれることじゃないぜ」
 それから敏雄は、眦[まなじり]を決して、私を睨み付けた。
 「エリの親じゃなかったら、誰が汚ねえババアの面倒なんかみるかよ」
(145p.)


急な肺炎で入院してから、家に戻ることなく、それでも何度か奇跡的にもちなおした母は、入院して一年たとうという頃、次の春がもうこようかという朝に、静かに静かにエリの母は死んだ。

住宅喪失


住宅喪失
島本慈子
\735
ちくま新書
2005年

島本の本を続けて読んでいる。
「雇用」と同様、「住宅」についても、政策がおかしな方向へむかいそうになっている。

▽…あえて簡単にいおう。九八年当時の日本は、「みんなが家を買うことで、国の景気をよくしましょう」という政策をとっていた。現在の日本は、雇用の流動化を進め、国民の間に貧富の差を拡大し、「家を買える人にはどんどん買ってもらい、買えない人には“家賃を支払う存在”として経済に貢献してもらいましょう」という政策をとっている。
 かつての持ち家政策が良かったとは言わない。しかし、少なくともそこに「弱者切り捨て」の発想はなかった。けれどいまは、恥じることなく公然と、弱いものを利用するだけ利用して強いものがさらに強くなるという「弱肉強食」の論理が語られる。(8p.)


「家がほしい」「マイホームがほしい」という感覚や、何十年ものローンを背負って生きるということを私はずっと理解できずにいたのだが、やっと分かった気がする。
「追い出される心配なく住める場所」「安心していられる自分の場所」「精神的な保険」だという理由。

ただ、家をもつことは高い買い物だから、ローンを背負えるかどうかも、今は「働き方」によって怪しくなっている。派遣や契約で働く人たち、自営業で食べている人たちは、銀行の融資をまず受けられない。あるいは、受けられたとしても、常用雇用や終身雇用で働く人に比べて、高い利率を適用される。リスク回避のためである。

一方で、不安定な雇用である人ほど、切実に住まいを欲しいと願う様子が書かれている。


雇用形態と住宅ローンについて、土地や住宅の値段について、公営住宅について、借家で安心して住めるかどうかについて、分譲マンションでの区分所有法の改正について、地震と住宅について・・・・・読んでいくと、不安になると同時に、こんな立法が、政治がおこなわれているのかと腹が立ってくる。

その腹立ちは、選挙での投票率の低さや、国会への関心の薄さにもむかう。
島本は、自分たちが生きて、住んで、食べて、働くこと、そういう何もかもに国会での議論とその結果の立法が関わっているのだと、もっと国会に関心をもち、投票率があがってほしいと強く願っている。


補章では、5つの政党に依頼した「住宅に関するアンケート」の、各党からの回答が、そのまま掲載されている。少なくとも「住むこと」に関して、どの政党の意見が自分の意見に近いのか、よくよく確かめておこうと思う。


読みすすめながら、請負という働き方が、労働者の統計に入らないことに気づいた。「見えているもの」「見えないもの」「見えなくされているもの」に注意していなければと思う。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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