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読んだり、書いたり、編んだり 

生きながら火に焼かれて


生きながら火に焼かれて
スアド(著)
松本百合子(訳)
\1,680
ソニー・マガジンズ
2004年

白いマスクをかぶった女性の顔が表紙になったこの本のことは、出たときからずっと知っていた。“名誉の殺人”(家族の恥となり、家族の名誉を汚した女は身内の人間によって死をもって罰される)問題をあつかった本だということも分かっていた。

が、読むのは気が重くて、読んでいなかった。

職場で、ときどき「なんかいい本ない?」と訊いてくるおっちゃんから、「これは、ええ本やったで、読み!」と強くすすめられ、借りてきて、読む。おっちゃんは「ひどい話やなぁ…ほんまに今もこんな野蛮な国があるんやろうか」とも言っていた。

▽動物や赤ん坊まで、日常的にあまりにたやすく死に至らしめる両親の姿を見ているうちに、いつか自分もあっさりと殺されるのではないかと怯えるようになってしまったのだ。私は心の中でよくつぶやいていた。いつか私の番、あるいは妹の番がくる。両親は殺そうと思えば、好きなときに私たちを殺すことができる。成長していようが子供だろうが、そんなことは問題ではない。私たちに命を与えたのは両親なのだから、彼らにはその命を消す権利もあるのだ、と。(p.28)


女に生まれたという、そのことで、日々殴られ蹴られ髪をひきずられバンドで鞭打たれ、死の恐怖につねにつきまとわれながら、女は育っていく。


▽村の男たちは、女の子ひとりと牛一頭、どちらかを選ぶとしたら、皆、例外なく牛を選ぶ。父は私たち女の子がどれだけ役立たずかということを、たえず繰り返していた。「雌牛は乳がしぼれる、子牛もできる。乳と子牛で何ができる? 市場に売りにいける。家に金を持ってこられる。つまり、牛は家族の役に立つんだ。しかし、娘はどうだ? 家族のどんな役に立てるというんだ? 何もないじゃないか。羊は家に何をもたらすと思う? 羊毛だ。羊毛を売って、家に金を持ち帰れる。牛にしろ羊にしろ、娘よりずっとましだ」
 私たち女の子は、さんざんそう聞かされているうちに、本当にそうなのだと思い込んでしまう。そもそも、牛や羊たちは私たちよりずっと扱いがよかった。牛も子羊も、殴られることなどないのだから。(p.30)


だから、十四人子どもを産んだはずのスアドの母は、生き残っている子ども(5人か7人か)のほかは、産まれてすぐに羊の皮で顔をふさいで窒息死させている。その子どもが女の子だったから。スアドは、母が子どもを殺す場面も見てしまった。
弟が、妹を絞め殺す場面も見てしまった。

ずっと記憶から消してしまっていたが、そうだったのだ。


近所の青年に恋をしたスアドは、妊娠したことに気づく。野原で3度セックスした結果だ。結婚前の性交渉は家族の恥。いや、そういう事実があったかどうかは問題ではなく、あの女はそういうことをしたらしいという噂であっても、憶測であっても、女が家族の名誉を汚したと両親や男たちに認定されれば、それは罪となる。そして、女は身内の手によって殺され、殺した男は英雄とされる。


スアドは、姉の夫からガソリンをかけられ火をつけられる。


瀕死の重傷を負ったスアドは、病院でジャックリーヌに出会い、助け出される。朦朧とした意識のなかで産みおとした子ども・マルアンも、ジャックリーヌは探し出してくれ、スアドはスイスでの治療を経て、マルアンとともにヨーロッパへ渡る。


生きながら火あぶりにされた村での生活と、救出後の第二の人生について、スアドが語ったものをまとめたのがこの本である。


スアドの傷は深い。今でも火は恐ろしい。

うちへかえろう


うちへかえろう
小川内初枝
\1,470
小学館
2008年

装幀だけみると、絵本かなと思わせる。
大阪市のど真ん中にある1DKに住む野村圭、35歳。派遣社員としてクレジットカードの申込書の不備欄を照会して埋める仕事をしている。ある日、書類のなかに十数年も生き別れ状態の姉の名前をみつけて、両親にも連絡し、逡巡のあげく、姉に電話したら、つながった。

電話でときどき話す関係がしばらく続いてから、圭と姉は14年ぶりに会う。
姉が思い出す子どもの頃のおそろしかった思い出は、母親が育児ノイローゼのようになったため、伯母のところへ預けられにいくときにクルマが崖から落ちかかったことだ。

▽「…それにしても、お父さんって、昔から運転が下手やったんやね」
 下手もいいところよ、と大きく頷いてみせた姉は、そのまましばらく黙り込み、そして、
 「それでも人の子の親っていうだけで、まともにみられるのかな」と呟いた。話の脈絡がつかめず、私は姉の様子を見つめるばかりだった。
 「私らはいったい何なんやろう。子どもを産めへんのは半人前や、って言われるくらいならまだええよ。せやけど、少子化だの何だのって、まるで罪人扱いされることもあるやん?でも、私が子どもを産んでも、私みたいな、誰にも愛されへん歪んだ子が育つに決まってるねん。どうやて愛したらいいのか分かれへんねんもん、お母さんと同じことを繰り返すだけやわ、そんなん、子どもがかわいそうなだけやん。その歪んだ子が、誰か殺してみ。人口はプラスマイナスゼロやんか。いや、私自身が自分の子どもを殺してしまうかもしれへん。せやから私は、自分の良識でもって子どもを産めへんことに決めてん」(p.141)

姉が指摘する、母親についての殺伐とした思い出はこんなものだ。

▽そうなのだ。私たち姉妹には共通の、殺伐とした子どものころの思い出がある。風邪を引くたびに母から、「体調管理は自己責任の問題」だと、とても子どもに浴びせる言葉とは思えないような小難しい言葉で罵られたり、「私にうつったらどないするの?」と責められたりしたものだった。
 「せっかく育ててやってるのに」
 最後に決まって言われるのはこの言葉で、ことに姉は、何につけても母のその言葉に責めたてられていた。ある日のこと、学校から帰ってきた姉に、母が「お風呂掃除をしなさい」と言いつけた時のことだ。私は居間のソファに座って夕方のバラエティー番組を見ていた。
 「ちょっと熱っぽいから、今日は無理」
 と、姉は珍しく母に逆らった。目の前のテーブルで年賀状を書いていた母の手がぴたりと止まり、顔つきがみるみる変わってゆくのが分かった。
 「それなら、この家から出て行きなさい。せっかく育ててやってるのに」
 母の怒鳴り声に弾かれたように、居間の戸口に立っていた姉が、ばたばたと走り寄ってきて、私たちの目の前に仁王立ちになったのだ。
 「お、お母さん」
 姉の声はぶるぶると震えていた。
 「何よ」
 「日本の女の人の平均寿命は八十くらいやろ。お母さんが私を育ててくれた年数と同じだけ、私もお母さんの老後の面倒を見るから。二十年育ててくれたら、八十から二十引いて、六十から面倒見る。二十二年育ててくれたら、五十八から面倒見る。私も義務やと思ってお母さんの老後の面倒見るから、お母さんも義務やと思って私のことを育ててよ。いちいち、育ててやってるなんて、言わんといて」
 それだけを一気にまくしたてると、姉はわあっと声をあげて泣きだした。おそらく、姉が前々から懸命に考えていた言葉なのだろう、と私は思った。(pp.78-79)


お姉ちゃんと妹の話でもあるし、家族の話でもある。

世界人類がセックスレスでありますように


世界人類がセックスレスでありますように
目黒条
\1,470
マガジンハウス
2007年

この小説を何で知ったか忘れたが、あらすじも知らずに読みだしてみたら、なんだか不思議なつくりの小説で、同じバス停からコドモを幼稚園バスに乗せる幼稚園ママたちが順繰りにしゃべり続け、そのなかで「セックスレスを考える会」みたいなのをつくる。

その会の活動をいろいろ広げようとしてるあたりまでは、幼稚園ママってこんなんか?! 専業シュフってこんなだったりするのか?! などと思っていたが、中盤を過ぎたあたりから、なんだか音羽事件と浅間山荘事件とテルマ&ルイーズを足して3で割ったような雰囲気になって、えええええええ、どうなるん?と思っているうちに終わった。

不思議な小説であった。
けったいな小説というか。

女たちの内言がこってりテンコモリ小説だったので、この著者に書けるのかどうかは分からねど、サイドストーリーとして登場する男たちの内言小説も読んでみたい気がした。

著者は、文学や芝居の翻訳もしている、女性らしい。

仏果を得ず


仏果を得ず
三浦しをん
\1,575
双葉社
2007年

まだしばらくは借りられんなーと思っていた※三浦しをんの『仏果を得ず』が、ひょんなところからまわってきた。よく小説話をする同僚さんが「これとこれを借りてきたけど、すぐには読めないから、読む?」と“又貸し”をしてくれたのである。
「土曜には返します!」と借りて、昼休みに読み始めたら、うおおおオモロイ。帰ってきて、ご飯をすませてから、また読みふける。

で、読み終えてしまった。はぁぁぁぁおもしろかった。文楽を久しぶりに見にいきたくなるのぅ。

惜しまれるのは、というか残念だったのは「父兄」。三浦しをん、あなたがこの言葉を使うのですか…むむむむうう

※ウチの近所の図書館では36人待ち…待ち人が5人以下になるまでは原則として予約をいれない。なぜなら予約はひとり10冊までしかできず、あまりに待ち人が多い本を予約すると待ち時間が長くなりすぎて、その間に予約したい本が予約できなくなるからだ。

天使などいない


天使などいない
永井するみ
\1,890
光文社
2001年

そうくるか--と思わせる9編。
思い込みとか嫉妬とか、そういうのがちょっとしたとば口となって、事件がおこる。ちょっとコワイ。

とちゅう変な誤字をみつけてしまったが、文庫が出てるようなので、直ってるかな~

ロック母


ロック母
角田光代
\1,365
講談社
2007年

真っ黒な本。表紙が黒いだけじゃなくて、天地も小口も黒い。

「あとがき」によると、巻頭の「ゆうべの神様」については、角田自身も編集者も「本にするには値しない」という認識があり、これまでどの本にも収録されずにきたという。書いた本人がそう思っていた小説が、1992年の芥川賞候補になったりもした(落ちている)。

発表された年でいうと、1992年の「ゆうべの神様」から、1998年の「緑の鼠の糞」、「爆竹夜」、2002年の「カノジョ」、2005年の「ロック母」、2006年の「父のボール」、2007年の「イリの結婚式」まで、1992年から2006年のあいだに書かれた小説がおさめられている。

▽あ、迷ったかも、と思うとき、いったん立ち止まって正しい道を考える人と、とりあえずそのまま歩きながら考える人とがいると思うが、私は完全な後者で、迷ったかもと思えば書き、ここはどこだと不安になれば書き、もうだめだと絶望すれば書いた。書くことでしか、どこへもいけないし何も解決されないと思っていた。いや、今も、思っている。(p.261)

ドロップス


ドロップス
永井するみ
\1,575
講談社
2007年

連作の小説。
夫から「ママ」と呼ばれるようになり、そのことに内心いらだつ夏香。離婚したあと、中学の同窓会で久しぶりに会った原澤とつきあいながら、どこかで元夫と比べている自分に気づく遼子。年下のピアニストの伴奏で、きもちよく歌えるオペラ歌手のリリア。古い実家をコンサートスタジオに建て替えた際の建築家と一緒になった科子。

ぐるぐると視点をかえながら、物語はすすむ。
とくに30代後半の3人(夏香、遼子、リリア)がよく書けていると思う。
佳作。

元気になれるSST クッキングハウスモデルの楽しいSSTガイドブック


元気になれるSST クッキングハウスモデルの楽しいSSTガイドブック
松浦幸子(編集)
田村陽子(編集)
松浦素子(イラスト)
\500
クッキングハウス会
2007年

クッキングハウスの活動のひとつがSST(Social Skills Training)。べてるの本を読んでいてもしょっちゅう出てきた「SST」。ロールプレイを通して自分の気持ちを伝える練習、まわりの人との関係をつなぎなおしていく練習をするトレーニング。

こうして、すこしずつすこしずつ、みんな回復していくのだなあと思う。

クッキングハウス
http://www.cookinghouse.jp/index.shtml

生きてみようよ! 心の居場所で見つけた回復へのカギ 不思議なレストランの20年


生きてみようよ! 心の居場所で見つけた回復へのカギ 不思議なレストランの20年
松浦幸子(編著)
\1,785
教育史料出版会
2007年

『不思議なレストラン』、『続・不思議なレストラン』を読んだのはいつ頃だったか。
東京の調布で、松浦幸子さんが、食べることを通じて、心の病気でつかれている人たち、回復していこうとしている人たち、地域の人たちが共に集い、語りあえる場「クッキングハウス」を開いて20年。

精神障害の当事者メンバーが書いた原稿とともに、スタッフやボランティアの原稿、そして松浦さんの原稿が編まれた本。

「助けられる側」「助ける側」という仕切りはなくて、スタッフがどう接していいか思い悩んだ様子や、メンバーとのやりとりの中で「こうすればいいんだ」と気づいていった様子もわかる。

久しぶりに『不思議なレストラン』、『続・不思議なレストラン』を読みたくなった。
松浦素子さんの挿し絵も、いつもながらほんとにイイ。

そろそろくる


そろそろくる
中島たい子
\1,260
集英社
2006年

30代、「そろそろくる」頃にドカ食い、涙滂沱、ネガティブ思考…などなどに陥ってしまいがちな岩崎秀子。
イラストの仕事をしている秀子は、ときに小学生の頃の絵を思い出し、自分はいま、どうしてこの絵を描くのだろうかとわからなくなったりする。
PMS小説。

PMS=premenstrual syndrome(月経前症候群)

▽…会って、聞いてもらいたい。子供の時の絵を、なんで今リメイクするのか。昔の私、今の私、そして変わらない私。女とか子供とか大人とか、そういうことを超えたもの。色々なことに左右されても、持ち続けているもの。そんなものを、絵で表現できたらいい。伝えたいことが見えてきて、駅も見えてきた。(p.126)

マザコン


マザコン
角田光代
\1,470
集英社
2007年

久しぶりに図書館で、「あ、角田光代のあたらしい本」と、みつけたので借りてきて読む。
母をめぐるいろいろ、母との関係、母と父との関係、母と息子の関係、母と娘の関係など、とにかく母モノ。8編収録。

▽…私が結婚しないのは母を見ていたからだった。結婚というものがいかに人を不幸にするか母にくりかえし教えられたからだった。電話をかけ母の異変を嘆くような親しい友だちがいないのは、人は悪意に満ちていると母に言われ続けたからだった。絵を描くのが好きだったのに美大ではなく女子大に進んだのは母に反対されたからだし、二十二歳から八年間で職場を三度変わったのは母にそう勧められたからだった。
 ずっとそう思っていた。ずっと思っていたそのことが、母の思考回路とまったく同じであることに、窓のない暗い階段で気づく。今さらながら気づく。たしかに私もすがるように母のせいにしなければ、今の自分を肯定できないに違いない。もしその言い訳をすべて手放さなければならなくなったとしたら、私に見えるのはいったいどんな世界なのだろう。(「パセリと温泉」、p.109)


あとがきで、角田光代はこんなことを書いている。

▽…まったく奇妙な符合だが、母についての小説を書いている四年間のあいだに、私の母が病に倒れ、二カ月もしないうちに亡くなってしまった。その死の前と、死のあとで、私の、母に対する考え方や思いといったものも、ずいぶんと変わった。現実の母親というものだけでなく、母という存在一般に対しても、である。母親が生きているからこそそこにある関係というものもあれば、死を介在してしか分かり合えないこともあるらしいと学んだ。しかしながら、何を体験しようと何を学ぼうとも、母とはいったいだれであるのか、それはあいかわらず茫漠としてわからない。母が亡くなってますますわからなくなったような気がする。ただわかるのは、私と母との関係は、失敗も悔いも苦々しさをも含め、代替のきかないものであることで、母、と思うとき、つまりはこの関係のことを私は思うようである。(pp.226-227)

漢方小説


漢方小説
中島たい子
\1,260
集英社
2005年

表題作のみで一冊つくろうとしたせいか(勝手な推測)、本文のまわりの余白がひじょうに大きい。ページの天地左右が3センチずつくらいある。

元カレが結婚すると知った日、ロデオマシーンのようにぶるぶると震えだして収まらず、救急車をよんでしまった川波みのり。31歳。原因がよくわからないドキドキとふるえを治したいのに「異状なし」と言われ続け、原因を知りたくて、ドクターショッピングの挙げ句5つめの医者にいく。こんどは漢方だ。

脈をみて、腹をみて、漢方医の阪口先生は「ドキドキするのはここでしょ」と一発であてた。理屈はよくわからないし、阪口先生が言ってることももひとつわからないが、何千年かの臨床の積み重ねが漢方の威力なのか!

漢方で調子をととのえつつ、自分の不調の原因を直視できるようになり、「変化をおそれない自分」にたどりつけたらと思うみのりの物語。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在91号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第65回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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