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図書館の話

図書館の話
森耕一
至誠堂選書
\1785
1981年

たしか、こないだ読んだ『ず・ぼん』で、ライプニッツの図書館観について栗原均(大阪府立図書館で長く勤めていた人)が語っていたのを読んだときに、この森耕一の名前も出ていて、それでこの本を予約したのだったと思う。

もう四半世紀も前の本だが、なかなかおもしろい。
図書館学の教科書としても使われてきたらしいが、へぇーと思うこともいろいろある。
この古い本に「協働」ということばがすでに使われていたりして、ふーんと思う。

▽図書館システムとは、なんでしょうか。ひとことでいえば、複数の図書館が協働して目的を達成する、有機的な組織ということになりましょうか。(p.284)

▽印刷術といえば、その発明者としてグーテンベルクの名を思い出す人が多いかも知れません。しかし、中国では、すでに九世紀に多くの印刷された書物が現われています。印刷術は、実は中国で発明されて、その後全世界に広まったものです。(p.38)

たしかに、印刷の発明というたら「グーテンベルク」と思っていた。

▽…このヨーロッパ最初の活版技術が、中国の印刷術から影響を受けたものか、それともグーテンベルクが独自に着想を得たものか、この点は、なお新しい資料の出現をまたなければ確定できません。しかし、中国の印刷術からなんらかの示唆を得ていたとしても、グーテンベルクが使用した、鉛活字・油性の印刷インキ・印刷機(プレス)の三者は、中国には見られなかったもので、そこにはグーテンベルクの独自性を認めなければなりません。(p.41)

さらに、印刷術が発明されて以降、図書館はもっぱらコミュニケーションの受け手側にたつように分化していったが、それ以前は、図書館内部で写本や訳本づくりなど、造本がおこなわれていた。

▽本をつくる、造本という仕事は、現代でこそ図書館とはほとんど無関係に進められています。…このような分化現象は、印刷術発明以後の近々五〇〇年間のことで、それ以前には、造本そのものがしばしば図書館の内部で行なわれ、図書館外であっても、図書館と非常に近い関係のところで行なわれていました。この点は、近世以前の図書館の一つの特色といえましょう。(p.52)

そして、ライプニッツ。

▽ライプニッツ(一六四六-一七一六年) 哲学者・数学者として有名ですが、かれの職業、くらしを立てるための表むきの職業は、ほとんど全生涯を通じて図書館員でした。単に職業としてそうであるというだけでなく、すぐれた図書館観をもち、図書館経営の面でも幾多の功績を残しています。(p.102)

▽…ライプニッツの理想は、管理の行届いた完全な図書のコレクションにありました。かれは、図書館を単なる読書施設とみる観念をこえて、人間のための「百科事典」、「全科学の販売店」、「すべての科学の宝庫」とよび、また「全知の教師」であることを強調し、「人類の魂の宝庫」とまで賛美しました。あるいは、図書館は「あらゆる時代・あらゆる民俗の、もっとも偉大な人物たちが、われわれにそのすぐれた思想を語り伝える場」であるとも表現しています。(pp.103-104)

時代は下り、18世紀になって新しいタイプの図書館が誕生する。その一つが、“新大陸”でベンジャミン・フランクリンが設立したフィラデルフィア図書館会社。

▽…内容は、会員が一定の金を出しあって、図書を共同購入し、共同利用しようとする組織です。(p.112)

▽…フィラデルフィア図書館は、財産もなく、収入も決してよいとはいえない、いわば中流の下層に属する人びとが、乏しい金を出しあって、共同で経営した図書館なのです。したがって、図書館の所有者は個人ではなく、会員みんなの図書館でした。そして、フィラデルフィアの場合、非会員にも利用の道を開いていたことから、会員の図書館から市の図書館、市民の図書館へと、徐々に発展していきます。(p.119)

「第三章 図書館のはたらき」の「第一節 図書館とはなにか」には、ピアス・バトラー(一八八六-一九五三年)の『図書館学序説』(一九三三年)という著書からの引用がある。バトラーはこの本の冒頭でこう述べているそうである。

▽分化は、本質的には経験の社会的蓄積であるから、それは個人を超越する。このことによって、各世代の人びとは、先人が学んだことを、少なくとも潜在的に保有するようになる。図書は、人類の記憶を保持する一つの社会的メカニズムであり、図書館とは、これ〔人類の記憶〕を現に生活している人びとの意識に移す社会的装置である。(p.171)

バトラーはこうも語っているそうである。

▽バトラーは、『図書の生涯』と題する講演の中で、「図書は、三重の意味で生きている。話をするし、旅行をするし、長生きをする」と語っていますが、まったくその通りです。(p.174)

「第四章 市民と図書館」では、日本でのいろいろな実践が紹介されている。なかでも、浪江虔[なみえけん]の農村図書館構想がいい。

▽都府県立図書館長など、図書館界の有力者たちによって図書館法案が検討されているころ、自らの経験をふまえながら、農村図書館の構想を切々と語りかける人がありました。その人は、一九三九年一月、東京都南多摩郡鶴川村に居を定め、同年九月から南多摩農村図書館(現・私立鶴川図書館)を経営していた浪江虔[なみえけん]氏です。…

 浪江氏の図書館論は、「その必要を誰よりも強く感じている人自身によってつくられるべき」であるという点において、それまでの多くの図書館人の考え方とは根本的に相違していました。一つの部落で、数人の人が心をあわせて、本を持ち寄り、多少は金も出しあって新刊を購入し、文庫をつくる。そういう部落文庫こそが、ほんものの農村図書館であると主張します。文庫を利用して、本のありがたさを知れば、文庫に対する熱意を増す。「文庫は利用者の共有財産だとの感じが生れ、……さらに文庫は自分たちの一生を通じての学校なのだ」と、みんなが考えるようになれば、それこそ本格的な農村図書館の完成であるといいます。

 図書館といえば、多くの人は、すぐ建物と本を考えます。しかし、浪江氏は「図書館と本の倉庫とは全然別のものである。読む人がいなければ本の倉庫はあっても図書館はないのだ」といいきります。(p.242)

長野県のPTA母親文庫という運動も興味をひかれる。

▽これは、一九五〇年に、信州大学教育学部付属長野小学校PTAの求めに応じて、県立図書館が一種の団体貸出を行なったのが、ことの始まりです。…母親たちは、四人で一グループをつくります。PTAの代表者は、毎月(農繁期は隔月)一回きめられた日に県立図書館または配本所に出かけて、前回に借りた本を返却し、新たにグループ数だけの本を借りて持ち帰ります。本は一グループに一冊ずつ配られ、グループ内では、あらかじめ定めたじゅんばんに、一人一週間ずつ本を回覧します。回覧のための本の移動は、こどもを通じて行ないます。

 当時、県立長野図書館長であった叶沢清介[かのうざわせいすけ]氏は、PTA母親文庫の構想について、「読書という領域での底辺は、普遍的には男性よりも女性、しかも農村の、そのうちでも母親という線がまず浮かび出たこと。しかも母親の教養の向上なくしては、児童生徒子弟の教育、ひいては文化国家の建設などは思いも及ばない。したがって母親をいつまでも不読者層であらしめてはならないと考えられた」と述べています(『図書館雑誌』四八巻一二号)。(pp.248-249)


 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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