読んだり、書いたり、編んだり 

昼寝

 私のシゴトは週4日のはずだが、シフトの具合で、今週だけみれば6日も出勤。日月火+木金土。今日はやっと中休み。

 このところ一気に暑くなって、ほんまにつかれる。今日も暑くなりそう…朝から、返却期限が昨日だった『731』をもって急いで図書館へ行く。リクエストしていた本がわらわら届いていて、そのなかで、こないだ仕事がらみで読んでおもしろかった『まだまだはらぺこオオカミ』を読む。これに出てくるまぬけなオオカミが、あの『いやいやえん』のオオカミのようでおかしくて、読んでいてにやにやしてしまう。

 それから『わすれられないおくりもの』を読む。

▽長いトンネルの むこうに行くよ さようなら アナグマより

 さらに、長いことリクエスト待ちしていた徳永進の『死ぬのは、こわい?』を読む。いい話だった。

 あと、昨日ネットで調べものをしていたときに偶然目にした『日本の空襲』の第六巻「近畿」篇のなかの、豊中空襲、吹田空襲、池田空襲のあたりを読む。いまちょうど朝の連ドラ「きらり」で、主人公・有森桜子が、恋い慕う松井達彦のために千人針に立っているところ。『日本の空襲』があった書架の近くに、森南海子がまとめた千人針がらみの本があって、それもぱらぱらながめた。
 青木冨貴子の『731』を読んで、むかし(中学生の頃だったか)読んだ『悪魔の飽食』をまた読んでみたい気もしたが、また読むのはちょっとこわい気もした。生きたまま、麻酔を打たれ、身ぐるみ解剖されてしまった少年の話は、今も強く印象に残っている。

 お腹が減ったので、帰ってきて、昼ご飯を食べる。朝は曇っていたが晴れてきたので、洗濯して干す。それから布団しいて、ごろごろして本を読んでいたら、いつの間にか寝ていた。2時間ほど寝てから起きて、今日は休みをとっているというTkちゃんと待ち合わせて、オヤツを食べに喫茶店へいく。

 夜は手話。今日は教え役の人がみんな休みで、手話のビデオを見て、読みとりの練習。一度ではほとんどわからず、何度かみてようやく読みとれる。それでも、何度見てもわからなかったのもあった。

 窓を開け放していてもウチのなかがあまりにも暑いので、今日から扇風機をつける。

第一次集約の署名数:444,022通

★署名用紙による署名が43万通余り、ネットからの署名が12万通余り、合計444.022通の署名が集約されました。

★てもとに署名された用紙が残っている方は、事務局へお送りください(第二次集約も検討中だそうです)。

★6/30に厚生省へ提出、その際に多田富雄さんが記者会見をする予定だそうです。

「リハビリ医療の打ち切りに反対する署名活動」

 むかしハハがお世話になっていた言語聴覚士の方から、今春の診療報酬改定により、リハビリ医療が大変なことになっていると教えてもらいました。知らんかった…

 今年4月の診療報酬改定により、病院でリハビリを受けられる日数に上限が設けられ(発症から最大で180日間)、それを超えると保険診療外となりました。人によって症状もリハビリの効果も違うものを、一律に日数によって打ち切られる事態になっています。この日数上限の撤廃をもとめる署名活動がおこなわれています。

===賛同していただける方はぜひご協力をお願いします===

 ★ネット上からも署名できます
 ★診療報酬改定にかんするさまざまな記事も閲覧できます
  ↓ ↓ ↓
 http://craseed.net/

※このかんの新聞報道についてまとめられたリンク集などがあります。

日曜出勤

 昨日とうってかわって、雨がしとしと降るなか、日曜出勤。蒸し蒸ししてホンマにつかれる。昨晩、寝入りばなを酔っぱらいに起こされたせいもあって、ぐっすり寝た気がせん。

 昼は同居人と待ち合わせてうどんを食べた。たいしてうまくもないのに高い。
 帰りも待ち合わせて、買い物。晩ご飯はいただきものの干物を焼く。今日はきんめだい。
 おいしくて、ご飯がすすむ。うーまーいー

 今日は坪内祐三の『古本的』を読んでしまって、それから酒井順子の『その人、独身?』というお笑いのような本を読む。
 酒井順子は、自分自身の“偏見”を観察し描写できるところが、いい。

ランチ→歴博→お茶会

 天気予報では雨続きだったはずが、ぴかーっと晴れ。なので、洗濯して干す。
 同居人は今日は会社の人の結婚式で、私はN子と昼を食べる約束なので、別行動。らんぷで待ち合わせてランチ。N子が遅れてきたので、待つあいだ『変わる家族 変わる食卓』という本を読みふける。食行動も、他のいろいろな言動と同じで「常識」も変わっていく。著者は、主婦を批判するつもりではなく、子持ちの専業主婦を一つの切り口にしている。彼女たちとその家族の食行動(調理、外食などを含めて)が、現実にどのような実態であり、そういう食卓になったことについて、どのような語り(言い訳であったり、理由付けであったり)がなされているか、そこからどのような意味が読みとれるか、というのをせっせと解いていく。
 著者はかなり冷静に記述しようとしているが、それでも、ふとしたところで(こうなってしまっているのか…)という慨嘆めいたものが見え隠れする。そこがおもしろいといえばおもしろいし、私も共感できるところがあったし、一方で、(え、著者の常識はそうなのか)と思うところもあった。

 ランチはいつもながらウマい。外は暑い。
 食べたあと、夕方のお茶会まで、隣駅の歴博見物にいく。日陰を歩くとそうでもないが、直射日光のもとを歩くのはかなりツラい天気。

 歴博の特集展示「あのころ、こんな子どもの本があった-戦中・戦後の絵本から教科書まで-」が目当てだが、ついでに常設展示も見る。N子は初めて歴博を見るそうだ。特集展示の会場で、むかし私が通っていたA文庫に関わるNさんにばったり会う。A文庫のMさんから今回の特集展示の案内をもらったこともあって来たのだが、Nさんもやはりこの展示企画に関わっていたそうだ。
 墨塗り教科書の、塗ったものと、塗る前のものとがあったり、今なら(著作権は?)と思うようなUSAの本をパクった副読本や、むかしの雑誌、絵本などがあった。原爆についての検閲あとが見られるものや、自主規制したと思われるものも見た。

 お茶会めざしてらんぷへ戻る。今日は阿里山烏龍茶と西湖龍井茶と凍頂烏龍茶。店主のSさんが気前よく茶葉をつかったせいか、今日は七煎も八煎もいただいて、ゆっくりと6時半すぎまで過ごす。オヤツもおいしい。
 たぷたぷとして、ゆるりとしたお茶会のあと、N子と腹ごなしに梅田までぶらぶら歩く。日が落ちてきて風があると、歩くのもそうつらくない。
 
 同居人は午前様の帰館。寝入りばなを起こされて、ちょっと迷惑。

はり(鍼)きゅう(灸)

 昼から、友だちに紹介してもろた(タダ券もろた)はりきゅう院へ行く。

 まず問診。じっくり問診。「気になるところは?」と言われたので「虫さされ!」と水ぶくれをみせたら、ちょこっとお灸をしてもらえた。米粒くらいのもぐさがチッと熱い。(これがお灸か~)

 あれこれと、これまで身体にどんなことがあったとか、仕事がどうとか、そういう話をしながら、「こういう頃にこんなかんじだった」というのが、「それはこのあたりの調子がいまひとつだったから、そういう風に出てたんでしょうね」と解釈されていく。過去をよみなおすようで、それがおもしろかった。

 顔の色をみて、舌をみて、それからお腹を触診して、背中のツボをみてもらって、その見立てを聞く。

 ものすごく悪いところはないけど、腎臓や肝臓がちょっと弱ってて、左右の
バランスもややくずれているらしいので、そういうのを補っていきましょうというような話であった。さらに、目をよく使うのと気を遣うのとで、血(栄養)が足りなくなってるのかもと言われた。自分では自覚がなかったけど、「ちょっと風邪が入りかけてるようです」とも言われ、へ~そんなんもわかるのかと思う。
 
 鍼は足のツボにコンコンと刺されていく。腎臓と、大腸と、子宮のツボだというとこに鍼やってもろたんが、じんじんした。そのあたりがやはりちょっと弱っているのであろうか。鍼は頭にもぷすっとやられ、風邪対応で左手のあっためるツボというのにもぷすっとやられ、そのままウトウト放置。20分か30分ほどしてから、鍼はぬかれ、「先がまるい鍼」というのを木づちでコンコンとお腹まわりにあてられて、それで今日の治療はしまいであった。
 
 うつらうつらときもちがいいので、そのまま1時間ほど寝かせてもらう。五味子茶をいただきながら、のんびりアンケートにこたえて、帰途につく。ほげほげのぼよよ~んとキモチがエエのであった。からだがまるーく落ちついたような感じ。

 帰ってきた同居人にこうでああでと話をすると、こんど一緒に行ってみたいなあという反応。

 晩ご飯にサンマの干物を焼いて、ご飯、味噌汁(長ネギとエノキダケ)、キュウリともやしとレタスのサラダ。

激しく眠い…(II)

 そこから3分とか1分とか15分とか、講師は時間を区切って叫んでいたけど、なんだかイマイチなまま終わってしまった。ほんまにこの講座を担当してる人は「初心者さんいらっしゃい」と思ってるのか?出てくる人はもう10年以上やってる人ばかりで、そういう人が話すよさもあるのかもしれんが、「自分がすっかりわかっている内容を早口で話す、相手をあまり考えずに話している」という印象ばかりが強く、毎回毎回(おもろない…つまらん…)と思いながら帰る羽目になる。
 いっそ、経験2~3年くらいの職員が担当したほうが、エエような気がした。

 
 帰りは寄り道しようかな♪と行きには思っていたが、ひじょうにつかれてそのまま帰る。雨もまだ降っている。
 電車で角田光代の『これからはあるくのだ』(再読)を読んでしまう。まえに単行本を図書館で借りてよんだが、これは文庫本で、解説を三浦しをんが書いている。かなり笑わせる解説。その解説も読んでしまったので、借りてきた田辺聖子の『ジョゼと虎と魚たち』を読む。これは映画にもなったし、1冊まるまる長篇だと思い込んでいたら、表題作を含む短編集だった。
 うまいなあ、田辺聖子。

 同居人は会社の人と飲みにいったので、ウチでニラともやしとネギと鶏肉を具に、フォーのようなのをつくる。今日はけっこう早い時間に、かなり酒臭い同居人が帰宅。なんばで豚足を食べてきたそうで、おいしかったとご機嫌。

激しく眠い…(I)

 雨の木曜日。先週も雨だった。
 午前中は職場でカウンター当番して、昼ご飯食べてから、ドーンセンターへ研修に行く。(今日こそはマシであってくれよ!)と思いながら同僚さんと行く。これまで3度、正直おもろない研修で、これを受けて、私の行動や思考になんか変化あったっけなと思ったり。反面教師、と思う部分が多い。

 先週も、時間の前半は早口トーク、後半がグループワーク。私はその早口トークでふれられていた内容は、過去に本を読んでいたので、だいだいのところはわかったけれど、言葉ひとつとっても聞き慣れないものがあるだろうに、あの早口でつっぱしられては、眠くてたまらんかった人もあっただろうと思っていたら、一緒に行ってる同僚さんは眠うてたまらんかったという。
 グループワークは、何らかのことを調べるときに、どういう情報源にあたるか、その情報源は妥当かどうか、ってな内容で、「情報源はいろいろあるのね」くらいしか私には印象に残らず、同僚さんと行きの電車で話していてもやはり「あれをやって、結局なにがしたかったのかわからんかった」という意見であった。

 今日と来週は2回続きで、「講座企画をやってみる」というもので、ワークショップだとチラシにも書いてあったから、前回までよりはマシだろうと思って行った。いつになったらワークするんかいな~と思っていたら、1時間半ほどはずっと講師の「しゃべり」で終わり、これが激しく眠かった。空気がわるかったのか、あくびが止まらず、ほんまにまいった。1時間半しゃべった講師は、時間配分がやばくなったのか、そこから大急ぎでワークに入っていったが、私が「トイレ休憩ないんですか」と言うたら、「今からワークをするので、ワーク中に、同じグループの人にことわって行ってください」と言われる。

 この講師はついさっき「人間がいちどに目に入る文字は75」とか言うていたのだ。「どんなにおもしろい話でも人間の集中力は90分」というのも、そういう生理的なものとして、勘案してほしいものよのう。2時間半のワクで休憩なしというのもキツいよ(休憩がないことにも気づかず、あっという間に終わってしもた、という内容でもなかったし)。

ネコの世話

 今日も天気がいいので洗濯して干してから、朝のネコの世話。とはいうものの昨晩2匹とも外泊のままだったので、戻ってくるかと玄関開けて、1時間ほど本を読んでいたが、戻ってこないので、あきらめてとりあえず2駅向こうのO図書館へ行く。Oさんちで読んでしまった藤原和博の『サクラ、サク』を返す。フィクションで経営(マネジメント)のエッセンスを書いてみた、という試みはわかるけど、なんかイマイチだった。「男でしょっ」とか「PTAのお母さんたち」とか、そういうのは“リアル”なことなのかもしれないけど、読んでいてちょっといらついた。

 ふだん使っているH図書館に私がなじんでいるせいもあるのだろうが、O図書館のカウンター接客が感じわるい。H図書館は蔵書点検で休館やのに「予約されてる本はやくとりにいってください」とか言うし(開いたら、すぐ行くっちゅーねん)。1冊返却して「いま、私何冊借りてますか?」と聞いたら、(わかってないんか、こいつという風情で)「先に利用者カードを出してくださいっ」と鼻息荒く言われるし。あ~感じわる~。

 予約してた本を2冊とあと2冊借りて帰る。ネコの様子をみに立ち寄る。1匹がいったん戻ってきてエサをがつがつ食ったが、またぷいと出ていってしまった。もう1匹はよんでみるが、見当たらず。

 買い物して帰宅。昼ご飯を食べて、また洗濯して干して、晩ご飯のコメをしかけて、夕方のネコの世話。ネコが戻ってこんので、玄関開けて、なかで本を読んでいたら、いっぱい蚊にくわれてしもた。かゆ~
 横森理香の『母を送る、母に贈る』を読んでしまう。

 それから手話にいく。来ていた人に、リハビリの署名をしてもらった。

鳥女/ハルカ・エイティ(II)

 昨日は雨だったが、今日は晴れ。
 晩ご飯は、同居人がジンギスカンジンギスカンとさわぐので、タレ漬けラム肉を買ってきて、それを野菜と炒めたやつ。あと鰹のたたき。そんなんを食べながら、ビールを飲む。

 同居人はそのままサッカー観戦で、うーとかあーとか騒いでいたが、私は読みはじめた『ハルカ・エイティ』が面白くて、ずっと読みつづけ、サッカーの試合が終わるまで、ずっと読んでて読み終わってしまった。姫野カオルコ、これもエエなあ。関西弁が駆使されているあたりは、田辺聖子を思わせる。

 いやーーおもしろかった。

鳥女/ハルカ・エイティ(I)

 朝は日曜美術館が始まるころに起きる。眠い。今日は小山田二郎の話で、「鳥女」がいくつも出てきた。かつてのご近所さんということで、ねじめ正一がゲストに出ていた。小山田は、ある日「ラーメンを食べてくる」と出かけたまま、妻の前から姿を消し、そのまま死ぬまで、友人にも知らせず、家族にも知らせず、住まいを転々として、画廊に絵を送るだけで、他との関わりをほとんど絶っていたという。一緒に転々とした、イトコのような女性がいたそうだ。

 鳥女といい、他の作品といい、テレビで見るかぎり、怪しくてちょっとこわいかんじ。でも見てみたい。ねじめ正一の父上は、小山田から月賦で絵を買ったそうだ。結婚するまえの小山田は、のちに妻となった女性を「ダリヤ、ダリヤ」とよんでいて、ダリヤ、ダリヤと書かれた、絵のハガキもうつされていた。

 軽く昼ご飯を食べてから、水曜日に休館だった大阪市の近美へ「現代美術」を見にいく。カバンに入れていったのは角田光代の『みどりの月』。今日は同居人が障害者手帳をどこかへ忘れてきたので、お金を払って入る。ここのコレクションなので、別の機会にみたことあるやつも多かったけど、初めて見たのもいくつか。鉛筆で真っ黒に塗ったやつとか(ここまで念入りに真っ黒にするには、どれくらいの手間暇がかかっているのか)、キャンバスを染めて切り開いたやつが、おもしろかった。チラシやポスターにも使われていた「ピンク・バルーン」は、思っていたよりうすよごれていて、野外展示でもしたのかなあと思う。波の作品をナナメから見たのもおもしろかった。

 今日は歩かず、梅田まで電車で戻り、同居人が来週出る結婚式用に、靴を新調し、スーツを引き取って帰る。靴は、シューフィッターのような人が計測をすすめてくれたので、同居人が大層な機械に足をつっこんで計ってもらった。本人は「25.5」と思い込んでいたらしいが、ここのメーカーのものだと「24.5」がちょうどよさそうだと言われ、はいてみた同居人も納得してそれを買った。こんど私も靴を買うときには計ってもらおう…と思った。

健康維持に膨大な時間を費やして(II)

 健康維持は、父ちゃんにとって生きていく大部分の時間を費やすものとなっている。「最近はだいぶ暑くなってきたけど、あいかわらず一万歩、二万歩くらい歩いてんの?」と尋ねたところ、はたして、この暑いなか、やはりいまも一日一万五千歩くらい歩いているらしい。
 父ちゃんがそしてぽろっと言ったことが、おかしいような、せつないような。「歩くことや健康維持に膨大な時間を費やしていて、ゆっくり本を読んだり、手紙を書いたりする時間がとれない」と言うのである。私は内心(それは本末転倒ではないのか)と思ったけれど、言わないでおいた。父ちゃんは「毎日これくらい歩いていないと、やめるのは不安だ」とも言ったから。

 母ちゃんのお弔いについては、7年たって、だいぶ気もちも落ちついてきて、一段落したような気がしていた。そして、父ちゃんは自分の「健康維持」にやや強迫的になりながら、暮らしている。この「やめると不安」な心持ちというのは、「安心して老いる」にはちょっと遠いということだろうか。

 帰り、父ちゃんも散歩がてら出るというので、暑いなか帽子をかぶって、駅まで一緒にぶらぶら歩いた。年寄りは喉の乾きに気づきにくいと聞くから、散歩の途中で水分とりやとりやと数年前からくどくど言ってみるものの、父ちゃんは帽子をかぶるだけで、すたすたと歩く。汗かきのくせに、脱水症状おこさんといてやーと思い、水筒を持ってもらおうかと思案する。

 リハビリ打ち切り反対の署名を、父ちゃんにもしてもらう。ヨソの国を見ていると、すぐデモや暴動が起こっているけど、日本はそんなのが全然なくなってしまったなあ、昔は学生がいちばんにこういう運動をしたものだけど、豊かになったからかなあ、組合も力がなくなった…てなことを父ちゃんはひとしきり語っていた。そして、毎年わずかずつではあるが、この団体とこの団体とこの団体に寄付をしたり、会費を払ったりしていると語り、どこそこの団体はこれこれの対応が気に入らないので止めた…などと信条を語るのだった。

 父ちゃんと駅でわかれて、私は帰りに久しぶりにTKちゃんちへ寄り、一緒にオヤツを食べて、夕方までごろごろする。またネコの世話をして、買い物して帰宅。

 晩ご飯は同居人が2日前から仕込んだカレー。それにモヤシとレタスとセロリとトマトのサラダをつくる。
 寝る前に、坪内祐三の『古本的』をまた途中まで読む。

健康維持に膨大な時間を費やして(I)

 今日もよく晴れている。洗濯して干して、近所のOさんちへネコの世話(エサやり、トイレ掃除)に行き、そのあと父ちゃんちへ行く。いっとき「もう飽きた」と言ってた父ちゃんは、またまたパン焼きに凝っていて(そのわりにはバサッ、バサッという擬音語が多用されるくらいテキトーな配合)、ずっとパン焼きが焼いてくれるままのかたちの「食パン」ばかり焼いていたが、こんどは「まるめてオーブンで焼く」という小さいパンに移行したらしい。

 ページをひらいてあるのは、バターロールの巻き方が書いてあるところ。そこまでひらいてあるんやったら、もうちょっと見ながらつくってみろよ、とツッコミたくなるくらいの成形で、発酵させたあとの生地を、フライ返しでぶつぶつとちょんぎっただけ、丸めもせずに、そのままの「ゆがんだオニギリ」のような物体がならんでいる。こういうのを見ていると、適当な時期(若いころ?)の学習機会が少なかったせいだろうかと考えてしまう。父ちゃんの料理は何でも「バサッバサッ」とろくに計りもせずに進行し、「砂糖は一切入れない」というこだわり(と同時に、健康によさげなものを投入する)がどういう状況であろうが貫徹され、結果として「…あまりうまくないよ」という食いものができあがったりする。「バサッバサッ」と目分量とか経験値でやるほどには、父ちゃん、あなたの経験は多くないよ。

 それでも焼きたてパンはそこそこウマかったので、「生地を切ったあとは、もうちょっと丸めるくらいはしたらどうか」と提言するにとどめ、深くは追及しないことにする。

 父ちゃんが最近つくったという新生姜の酢漬けもまあまあいけた。しかし、新生姜はけっこう値が張るという認識から、「年中つくろうと思うから、次はフツウのひね生姜でやってみよう」と実行してしまいそうな勢いだったので、「薬味程度の量ならともかく、ひね生姜をそれだけで食べるのはキツすぎるらしいよ」と助言。

 父ちゃんの新たな「健康によさそうな食いもの」になったのは、「カカオ99%のチョコレート」のようで、冷蔵庫に十も二十も買いだめしてあった。「砂糖が一切入っていない」というのが気に入ったらしいが、この苦いバターのようなのをボリボリ食べるのは大丈夫なのだろうか。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在87号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第42回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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