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読んだり、書いたり、編んだり 

 雨が続く。朝ウチを出たときは(傘いらんかも)と思ったが、会社の最寄り駅についたらざーざーとけっこうな雨。

 小論文教材の原稿を今月分全部upして制作へ渡し、生物の原稿にかかる。今月は「生殖と遺伝」「反応と調節」。図書館へ行きたいので、当然定時であがって帰る。

 晩ご飯は延期していた「岩手ホルモン鍋」。制作はシェフ同居人。これがなかなかウマかった。箸休めにゴーヤの酢の物をつける。

 結局ぎりぎりになったWe原稿をこりこりと書き上げて、送る。

空腹でしおれる

 原稿書きと書類整理などに追われる。ちょっとだけ気をつかって、30分だけ残業して書類整理。チョコレートを食べて、さらに飴をなめなめ作業をしていたが、6時半をすぎて、もう空腹でしおれてきたので、帰る。「6時をすぎると空腹で仕事ができない」というのが定着してきたし、「定時に帰る」のも定着してきてるし、この路線でいきたい。

 晩ご飯はシェフ同居人による「テキトーなサラダうどん風」。そのうどんも、松山で買ってきたでっかいうどんを茹でたやつ。きしめんが幅2倍厚さ3倍になったようなやつだ。あとお中元でもらったハムを切って出す。うまい。ご飯のあとに、さくらんぼを食べた。

 ちょっと読んでみようと思って『プロカウンセラーのコミュニケーション術』というのを借りてきて読む。けっこう誤字が多い。解き放つほうの「解放」を使うだろうと思うところが、軒並み「開放」になってるし、「プロカウセラー」とか書いてあるし、「血液型と性格」の話のところは「血液と性格」になってるし、なんか笑える。

 Weの校正を送る。
 いくつか書いてたら、ついまた寝るのが遅くなる。

手話のよみとり

 今日もばたばたと忙しい。校正して、書類つくって、発送作業して、原稿書いて、定時にあがる。天気予報では夕方から雨と言っていたが、昼間は影ができるほど晴れて、蒸し暑い。そのぶん、電車のクーラーやら室内の冷房がさむいくらいで冷える。

 『三毛猫ホームズの傾向と対策』を読んでしまって、今日の2冊目は図書館の新着コーナーで見かけた『公教育の未来』by藤原和博。なかなかおもしろい。

 図書館へ寄って、返して借りて、手話サークルへ。2週目はビデオをみて読みとりの練習。沖縄の聾の女性が戦争体験を語る、というビデオは、ごく断片的な単語がわかるくらいで、手話をみていても話がほとんどわからなかった。字幕と通訳の音声が入っていたので、それで話はわかったけど、ほんまにわからんかった。でも、今日きてた聾者のMさんは「わかる」という。音声日本語で、多少方言があっても他の地方のことばがだいたいわかるのと、同じようなことなのだろう。
 今日何本か見たなかで、聾者のKさんが「これがいい」とすすめるのでサークルで買ったというビデオは、沖縄の手話とは別のいみでほとんどわからなかった。すすめたはずのKさんも、実際に見て「これはむずかしい」と言ってたそうだ。
 左利きの人の手話も、あまり見慣れてないせいか、ちょっとわかりづらかった。
 
 晩ご飯は別メシ。半額になってたお寿司を買って帰って、それとモズク豆腐ですませる。昨日より蒸し暑く、ウチに帰ると汗が出る。

ジョイス・キャロル・オーツ『アグリーガール(Big Mouth & Ugly Girl)』理論社

▽本屋で、ジャーメイン・グリーアの『障害物競争 女性画家、作品の財産』を手にとった。グリーア、たぶん聞いたことはある。本をさっとめくっていたら、こんな文章が目にとびこんできた。
 「教師の酷評より、賞賛のほうが、はるかに信用できない。どんな美術学校でも、女性は安直な栄誉に翻弄される……女性はこういったたぐいの成功と、真の芸術的な成就とかをかんたんにとりちがえる。学校という環境において、凡庸な女性が賞賛されることはめずらしくない。なぜなら、真に芸術的な才能は反体制的[トラクレント]な面をもっていることが多く、温情主義的な教師には受け入れがたいからである」
(177-178ページ)

▽部屋に入ると、マンハッタンで見つけたジャーメイン・グリーアの女性画家についての美術評論『障害物競争』を読んだ。ロッキーリバー公立図書館から借りてきたけれど、自分でも買うって決めた。
 どんな困難にぶつかっても、自分自身を保って才能を維持することを、グリーアは“障害物競走”と呼ぶ。作者がいうには、多くの困難は男性が女性を抑圧しようとするために生じる。でも、あたしにはわかる。女は、年齢に関係なく、自分たちでも足かせをはめてきた。
 どうしてなんだろう?
(211ページ)

また仕事が増えた・・・

 週末ともなると、へたり気味。
 昼から"部門会議"があり、上司Yさんがあまりにも忙しいので仕事を分担するとこになって、担当の仕事がまた増えた。
 それでも「6時目標で帰ってねっ」とYさんは言うし、私も定時にあがりたいので、そうすることになるだろう。
 
 仕事を定時すぎにあがって、同居人の会社近くで待ち合わせ。仕事がちょっと長引きそうというので、会社近くの本屋をぶらぶらする。かなり大きな本屋で、品揃えもけっこうよくて、ふだん他の本屋ではあまり見かけない岩波文庫や講談社学術文庫、平凡社ライブラリーなどをしげしげと見てまわる。(でも学陽の女性文庫はないようだった。)

 30分ほどぶらぶらしていたら、仕事帰りの同居人がやってきた。私は腹減って不機嫌になりかけ。同居人が一緒に行きましょうと言っていた居酒屋へ行ってみると、なんと満席で当分空きそうにないと言われる。仕方ないので出て、どこで何を食べるかとしばらくうろうろする。腹減ってだんだん機嫌がわるくなってくる。同じ居酒屋がもう1軒あるというので、そこへ電話をかけてみるがそちらも満席。うーがー、ハラヘッタハラヘッタハラヘッタ。

 同居人が、あそこは・・・とのぞきにいってみた沖縄料理屋も満席。で、結局、なんとかさんのトマトを入荷してます!と入口に書いてあったらイタ飯屋へ入る。

 なんとかさんのトマトはうまかった。甘海老のカルパッチョも変わってて美味しかった。ポモドーロも、なんとかさんのトマトを加えたペペロンチーノもうまかった。味の濃い、皮がしっかりしたトマトは、実は加熱するとウマいということをこのペペロンチーノを食べて発見。そうか、こんど炒めてみるか。

 もう1軒どっか行く?と思案するが、おなかも満たされたので帰途につく。帰りに甘夏のゼリーとグレープフルーツのゼリーを買って帰って食べる。
干刈あがたの『11歳の自転車』を読み終える。

引っ越し?

 妹!号が「誕生日のお祝いに」とランチをごちそうしてくれるというので、同居人と心斎橋へ向かう。妹とおちあって入った店は、ベトナム料理屋。開店直後で準備がまだだったらしく、階段はまだ暗かった。
 
 バーバーバーを1本ずつと、ランチのセットを頼む。あたりまえのことながら、店によってゴイクンの味もフォーの味もちがう。3人でつつきながら食べる。たいへん満足。
 雨が強くなってきたので、コーヒーも飲んでいこかと頼む。妹1号は初めてベトナムコーヒーを飲むという。

 妹2号のところへ遊びにいくという妹1号に、"パンのお土産"を託して、駅でわかれる。青森・秋田・岩手の物産店へ寄って、ついでに大阪市の近美をのぞいていこうと思ったら、展示替えで休み。晩ご飯用にと「岩手ホルモン鍋」を購入。雨はぱらぱら。

 ハンズをのぞいて、梅田へ戻って、豊中へ出る。すぐ近所のマンションの家賃がだいぶ下がっているので、まだ空いてたら引っ越すか!と思って行ってみたが、残念ながらもうふさがった後だった。あー残念。
 不動産屋の営業のにーちゃんが愛想良く近隣の物件をあれこれ調べて出してくれる。だいぶ出してもらって、その中から2件見せてもらいにいく。1件は4階建ての4階の角部屋。もう1件は3階建ての2階。端の部屋だが、周囲の建物が迫っていて息苦しいかんじ。なので、それはパスして、4階の物件を「家賃もうちょっと交渉できます」と営業のにーちゃんが言うので、「この値段やったら入ります」と申込書を書いて、申込金をわたして、大家と交渉してもらう。その場で電話をした感じでは、即決とはいかないもよう。

 ほかにも営業のにーちゃんは物件情報を出してきて、すっかり日が暮れてしまったが、予選落ちですねと断って、家賃交渉をまかせて帰る。
 いけるかなー、あかんかなー、どうかなー。
 帰って晩ご飯をつくる気をなくし、久々にニラそばを食べにいく。一杯のニラそばを2人で分けて、あと餃子3人前。

 また雨が降り出したので、駅まで戻って電車で帰る。駅の向こうに新しくできた「24時間営業の百均」へ散歩がてら寄ってみる。食品や雑貨など9点買う。“あたり前田のクラッカー”の実物を、この百均で初めて見る。「こ、これがあたり前田のクラッカーか~!」

 帰って、一風呂浴びて、干刈あがたの『ワンルーム』所収の「裸」を読む。こんな話やったっけ。「今日、彼らはカトマンズ」という繰り返しのフレーズはおぼえていたが、話の筋はまるでおぼえていなかった。

べとべと

 雨が降ったりやんだり。湿度が高く、じっとりしてぐったりする。
 家賃交渉は希望額で折り合えず、同居人と「今回は見送るか」と決める。

 朝から晩ご飯用の豆カレーを仕込む。昼は同居人によるお好み焼き。「キャベツを炒めていれてみる」というのはどうかとチャレンジ同居人。しっかりキャベツがつまっているようなお好み焼きになった。

 昼ご飯を食べて、散歩がてら、昨日不動産屋に預けた申込金を返してもらいにいく。

 石けんシャンプーを買おうとドラッグストアまで歩いてみるが、石けんボディソープはあるものの、シャンプーは見当たらず。ちょっとくたびれたので、マクドで同居人がソフトクリームを食べ、私はブレンドコーヒーを頼む。このコーヒーがまるで白湯のようで笑ってしまう。まったくコーヒーの香りや味が口の中に残らない。どうやったらこういういれ方ができるのか、感心する。

 買い物して帰宅。本を眺めながらしばらく昼寝。借りてきた永江朗の『不良のための読書術』を読んでしまう。
 
 晩ご飯は豆カレーと、モヤシとモズクとワカメの酢の物。食後に桃を食べる。生唾をごくんと何度ものみこみながら、桃の皮をむいて、じゅぶじゅぶとかぶりつく。冷やした桃がうまいー。

 それからジョイス・キャロル・オーツの『アグリーガール』を読んでしまう。訳者は私と同い年らしい。

 

ジャーメイン・グリア(II)

 1970年、『去勢された女性』の出版で、彼女は女性解放運動家として、国際的な脚光を浴びることとなる。 『オズ』での経験がメディアの仕事に役立った。 ノーマン・メイラーと会見したり、プレイボーイに文を書いたり、写真誌サックにヌード写真を載せたりした。 『去勢された女性』以来、彼女のフェミニズムの姿勢は一匹狼的であり、出版物でもそれを堅持している。 Sex and Destiny (1984)とThe Change(1991)は、両方とも西洋医学に対する批判的立場で書かれ、本質主義的・急進的フェミニズムの傾向をもつ。 The Obstacle Race(1979)から Slip-shod Sibyls(1995)までの女性の芸術や文学に関する著作では、近年のフェミニストの批評家によるパトリアーキーに対する批判とは一線を画している。
 彼女は、今日まで、一貫してジャーナリストであり、独立の学者として仕事をしてきた。 主に英国の主要新聞に記事を寄稿し、テレビにレギュラー出演し、トークショーではホステス役もこなしている。 1978年から1983年には、タルサ大学で女性学を監修した。 最近では、母校ケンブリッジのニューナム・カレッジの理事に選ばれている。
 オーストラリアの市民権を得ていたが1960年代以降はイギリスとイタリアに住み続けている。  
 安井倫子00
http://www.ajf.australia.or.jp/aboutajf/publications/sirneil/dict/GreerGermaine.html

ジャーメイン・グリア(I)

グリア、ジャーメイン Greer, Germaine 1939-
メルボルン生まれ。
フェミニスト、作家。
 フェミニスト、作家として有名である。 『去勢された女性』The Female Eunuchの著者。 ジャーナリストとしては、Stamp Cross Booksを監修している。 ニューナム・カッレジのフェロウでもある。
 メルボルンに生まれ、ヴィクトリア州のカトリック系の女学校を卒業後、メルボルン大学で学士、シドニー大学で修士、そして1968年にケンブリッジ大学で博士となる。
 彼女の派手できらびやかな人柄は大学で培われた。 学生運動に係わり、メルボルン、シドニーの両大学では、演劇部で活躍、またFarragoやHoni Soitといった学生新聞にも寄稿した。 シドニー大学でのアンダーソニアニズムにも彼女は大いに刺激されている。 ケンブリッジ大学では、論壇とドラマで名を馳せた。 彼女はケンブリッジ・フットライト・スモーカーに登場した最初の女性であった。 博士号修得の後は、ウォリック大学において教鞭をとった。 その後左翼的な新聞である『オズ』Ozに記事を書き始めた。 『オズ』は国外追放されたリチャード・ネヴィルが編集していた。 反体制的な活動の中で、彼女はいっそうその個性の並外れた面を発揮したといえる。 グラナダテレビのナイスタイムという番組に出演したり、カウンターカルチャーの「事件」には必ず顔を出して、「有名人」となっていった。 1968年、ポール・デフォーという建築労働者と短期間結婚生活をする。 この夫とはパブで知り合ったという。 夫は後にこの関係をLet's Hear It For the Long Legged Women (1974)の中で著わしている。

内田樹、鈴木晶『大人は愉しい メル友おじさん交換日記』冬弓舎

▽前にも書いたことですけれど、「何かを学ぶ」というのは、「コミュニケートする」ということとほとんど同義です。コミュニケーションには基本的な「型」があります。(あらゆる技術がそうであるように。)それは自分の前にいる人間が有しているはずの情報やスキルに対する「レスペクト」と、それを獲得するために「教わる側」が儀礼的に示す「ディセンシー」です。それを欠いている人間は、どれほど野心的であろうとも、どれほど知的ポテンシャルが高くとも、他人から何かを学ぶことはできません。いま、家庭においても学校においても、知識やスキルの伝授がほとんど行われていないのは、おそらくこの「型」が崩れてしまったからだと思います。
(133-134ページ)

▽まず型から入る。これは精神論ではなくて、純粋に技術的な議論です。心からの経緯なんて持たなくていいし、自発的な礼儀正しさなんて誰も求めていないのです。「自分の内面」というようなものを「無視する」ところから、あたかもそのようなものは存在しないかのようにして始まるコミュニケーションによってのみ、人は「自分の外部」にあるものを体系的に「学習」できる、と張良の故事は教えているのです。
(136ページ)

▼内田樹→鈴木晶「凡人変人教育論」2001/01/29

内田樹、鈴木晶『大人は愉しい メル友おじさん交換日記』冬弓舎

▽レヴィ=ストロースは『親族の基本構造』で、親族の基本構造が「父母と子」の三人ではなく、「父母と子と伯叔父」の四人であるという卓見を示しました。「父母と子」の核家族では親族システムは機能しない。そこに「父と逆の価値観」を持ち込む「おじさん」がからんできて、はじめて親族システムは「開放系」になるというのです。
 『親族の基本構造』を家族論とした[て]読んだ人がいるかどうか分かりませんが、私はレヴィ=ストロースの理説は家族論として正しいと思っています。「親」は必ず何かを欠いているか、何かを過剰に有しており、そのせいで子どもの健全な成長を妨げます。それを補正するためには、「もう一人」の親族が必要です。この考え方を私は経験的に支持します。(『寅さん』シリーズなんか、「日本の親族システムにおける伯叔父の役割」についての貴重な第一次資料だと思いますけど。)
(105-106ページ)

▽「親は甘やかしすぎるか、厳しすぎるかどちらかであって(それはそれでぜんぜん構わないのであって)、それを補正するためには、もう一人(伯伯父に相当する機能)を介在させて四項関係にすればよいのである」というのが、たぶん人類学的な叡智であろうかと私は思います。
(107ページ)

▼内田樹→鈴木晶「フェミニズムとありうべき親」2001/01/08

稲川方人「ざわめく書物」『脱文学・超文学』所収


 ちなみに、時間経過・時間差のない他者との関係の試みをほんとうは「コラボレーション」というのではないだろうか。

 稲川方人(いながわまさと)「ざわめく書物」
 斎藤美奈子編『脱文学・超文学』岩波書店、113ページ
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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