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読んだり、書いたり、編んだり 

福岡伸一『もう牛を食べても安心か』文春新書、2004年

<消化の生物学的意義>
 …タンパク質の機能は、そのアミノ酸配列によって決定される。つまり、アミノ酸配列は情報を担っている。しかし、他の生物のタンパク質情報は、捕食者にとっては必要がないばかりか、有害ですらある。なぜなら、外部から入ってくる情報はノイズとして、自らの情報系に不必要な影響をもたらすからである。したがって、消化とは、食べ物を吸収しやすくするため細かくする、という機械的な作用よりも、もとの生物がもっていたタンパク質の情報をいったん解体して、自分の体内で自分に適合した形で情報を再構成するための出発点を作る、という重要な意味をもっているわけである。これが消化の生物学的意義である。

 この情報解体のプロセスが十分でないと、本来、別の生物がもっていた情報が自分の身体に干渉することになる。そのため、動物の消化システムは、非常に多種類の消化酵素を用意して臨戦態勢を敷いている。特に、タンパク質の構造には最も多くの情報が含まれるので、これを速やかに解体するために、特異性の異なる消化酵素、つまり違う攻撃部位をもつタンパク質分解酵素が準備されている。…

 タンパク質のもっている情報は、そのアミノ酸配列である。これは言語における文章にたとえられる。消化酵素は、文章を切断して文脈を壊し、単語に切り分け、最終的には単音節(単一のアミノ酸)にまで分解して、情報を解体する。

 タンパク質を言語にたとえるアナロジーは興味深いことを示唆してくれる。つまり、自分と近い種、あるいは同種の動物がもっていた情報というのは、それだけ近接した言語であるからそれがそのまま体内に取り込まれればそれだけ干渉が起こる可能性が高い、ということである。基本的にすべての生物は単音節(アミノ酸)のレベルでは同じ言語を使っている。だからこそ情報の再構成が可能となるわけだが、種が遠ければ遠いほど、構成のための文法や語法が違う、というふうに捉えることができる。フランス語しか読めない人が日本語で落書きされても何も感じないが、同じロマン語圏のスペイン語なら相手が悪意をもっていることが感じ取れる。そのような構造が異種間のタンパク質にもある。

→「遠いところのものを食べよ」

(99-101ページ)

福岡伸一『もう牛を食べても安心か』文春新書、2004年

…タンパク質が常に流れているからこそ、生物は環境に適応的に応答でき、体内に蓄積するエントロピーを排出でき、かつ時間に沿ったリズムを刻めるのである。タンパク質の動的平衡状態そのものが"生きている"ということと同義であるとわかるのである。(69ページ)

 食事の中のタンパク質は消化管で消化酵素によって単に分解されるだけではなく、そのプロセスで情報が検出され、その情報は、変換されて、生体に様々なレベルで適応を引き起こす。もし、栄養学的に等価だからといってタンパク質をそれにそうとするアミノ酸混合物に置き換えると、モニターペプチドのシステムは作動しないことになり、その結果、一連の適応的な反応も惹起されないことになる。

 このことは、食品の評価、食品の安全性を考える上である教訓を私たちにもたらす。それは、私たちの体のなかに入ってくるものは、スタティックな成分比較だけではうかがい知れない、ダイナミックな、かつ時間軸にそった、異なるレベルでの様々な相互作用と影響とを生体に与える、ということである。

 その意味でも私は、実質的同等性という概念に反対である。遺伝子組み換え作物と普通の作物を比較したとき、形や重量、主要栄養成分などがほぼ同じであれば、これを「実質的に同等」と見なし、後は、遺伝子組み換えで新たに生成する物質の安全性が毒性試験などによって確認されさえすれば、全体の安全性がもとの作物と同じであると結論する考え方である。そもそもこの緩い基準は、アグリバイオ企業からの圧力に後押しされる形で、アメリカ政府が経済推進政策として打ち出した安全性基準の考え方であるが、この思考法は、要素はすべて繋がっており、動的な平衡系のなかにあるというシェーンハイマーの教えから何ごとも学びとっていない。(98-99ページ)

福岡伸一『もう牛を食べても安心か』文春新書、2004年

<生命のジグソーパズル>
 シェーンハイマーは、この事実に、身体の「動的平衡」という素敵な名前をつけた。彼はこう述べている。「生物が生きているかぎり、栄養学的要求とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物質もともに変化して止まない。生命とは代謝機械の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である」。新しい、動的な、生命観の誕生の瞬間だった。(62ページ)

<動的平衡のもつ意味>
 生体を構成しているタンパク質はすべて高速で合成され、同時に分解されて置き換わっている。工学的に見れば、丈夫で長もち、という機械本体の"耐久性"こそがその性能の高さを示すものである。生物を機械として見た場合、本体もろともが常に作り変えられている、というのは非効率的、浪費的に見える。しかし、タンパク質が高速に代謝回転していることには、それなりの合理性がある。それは外界(環境)の変化に応答して、自らを変えられる、という生物の特性、つまり生物の可変性、柔軟性を担保するメカニズムとなるからである。…
 
 タンパク質が動的平衡状態にあることの合理性は、可変性の担保に留まらない。常に合成と分解を繰り返すことによって、傷ついたタンパク質、変性したタンパク質を取り除き、これらが蓄積するのを防御する働きがある。また合成の途中でミスが生じた場合の修正機能も果たせる。生体は様々なストレスにさらされ、その都度、構成成分であるタンパク質は傷つけられる。酸化や切断、あるいは構造変化をうけて機能を失う。…動的平衡はこのような異常なタンパク質を取り除き、新しい部品に素早く入れ換えることを保証するのである。結果として生体は、その内部に留まりうる潜在的な廃物を系の外に捨てることができる。つまり、動的平衡は、生物の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能をになっていることになる。

 しかし、この仕組みは万全ではない。ある種の異常では、廃物の蓄積速度が、それをくみ出す速度を上回り、やがて蓄積されたエントロピーが生命を危機的な状態に追い込む。これはタンパク質のコンフォメーション病として最近注目されるようになった。その代表例がアルツハイマー病やプリオン病である。(67-68ページ)

福岡伸一『もう牛を食べても安心か』文春新書、2004年

…体内に取り込まれたアミノ酸(この場合はロイシン)は、さらに細かく分断されて、あらためて再分配され、各アミノ酸を再構成していたのだ。つまり、入れ換わっているのは、アミノ酸よりも下の分子レベル、ということになる。

 この間、ネズミの体重は変化していない。これは、身体のタンパク質は、三日間のうちに、その約半分が、食事由来のアミノ酸によってがらりと置き換えられ、もとあった半分は捨てられた、ということである。もし15N[重窒素]を三日間与えた後、ネズミをもう三日間、今度は重窒素を含まない餌で飼った後、同じ測定を行えば、身体に取り込まれた重窒素の大半は捨てられ、新しいアミノ酸に置き換わっているはずである。外から来た重窒素は、ネズミの身体の中を通り過ぎていったのである。しかし、通り過ぎた、という表現は正確ではない。なぜなら、そこには物質が"通り過ぎる"べき入れ物があったわけではなく、ここで入れ物と呼んでいるもの自体を、"通り過ぎつつある"物質が、一時形作っていたに過ぎないからである。つまりここにあるのは、流れそのものでしかない。

 この事実はもちろんネズミだけのことではない。私たちの身体を構成しているタンパク質は、絶え間なく、かつ驚くべき速度で入れ換わっているのである。

 よく私たちは、「ご無沙汰しておりましたが、全然お変わりございませんね」などと挨拶を交わすが、数ヶ月も会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ換わっていて、もとの実体は無くなっているのだ。全く変わっているのである。

 肉体というものについて、感覚としては、外界と隔てられた個物としての実体があるように私たちは感じているが、分子のレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている、分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ換わっている。この回転自体が「生きる」ということであり、常にタンパク質を外部から与えないと、出ていくタンパク質との収支が合わなくなる。それがタンパク質を食べ続けなければならない理由である。(60-62ページ)

葱葱フォー

 クソバカ同居人のおかげで、朝からダルイ。

 暑い。が、事務所内はクーラーが入ったりもして、午後になって冷えてきた。今日は上司Yさんが 出張で不在だったので、Yさんの机でパソコンも借りて仕事。いただいた原稿があふれ気味で、どうにかして1枚におさめようと苦心する。もらった原稿の編集だけは仕上げてしまいたいと6時半までやって帰る。

 買い物しようとカゴをもってまわりはじめたところで、同居人に会う。会社ではみんな「ダルイ」と今日は早く帰ってきたそうだ。フォーをつくろうと思うというので、ああつくってくれと任せる。葱を2束買うので、えらいようけ使うんやなと思っていたら、ほんまに葱葱。フォーに鶏団子をつくって入れるのだと買ってきた鶏胸肉をミンチにしはじめた同居人は、そこへたっぷりの葱と生姜をぶちこんでこねている。さらに残りの葱は具として入って、葱葱のフォーができあがる。
 カット野菜をあわせただけの手抜きサラダを添えて、晩ご飯。フォーはちょっとしょっぱかったけど、ウマかった。

出社日

 青空。気温高し。私は出社日だが、休みのはずの同居人は仕事が忙しすぎるとかで今日も出るという。先週はセールの手伝いで土曜に出て、そのときの代休も2月の代休もとれてないのに、また土曜に出るのかよ?

 午前中は地学のゲラがあがってきたので、校正。午後は地学の原稿書き。

 弁当持たずに出たので、昼は斜め後ろに座っているYKさんと会社の近くで蕎麦を食べる。「仕事でも、天気がこれだけいいと気持ちいいですよねえ」とYKさんと歩く。

 定時で退社。いつもネコの世話をしているOさん宅へ晩ご飯をよばれにいく。同居人がなかなか帰ってこず、2人で先に食べはじめて、半分ほど食べたころに同居人も到着。

 つけっぱなしにしていたテレビでは新日本紀行のアーカイブスみたいなのをやっている。新日本紀行のこの音楽がホンマに懐かしい。
 広島で卒業記念に自画像を描くというのをずーっとずーっとやってる小学校の話。「自分をしっかり見つめて、自分のこと、将来のことを考えてほしい」という取り組みなのだという。もう校内の壁という壁は自画像でいっぱいで、掲示しきれないので、倉庫に保管されているのもあるという。

 私も小学校6年のとき自画像を描いた。卒業文集の表紙になった。本番の前に練習ということで最初に描いたほうが自分では気に入っていた。みんなにも「そっくり」と言われた。本番の紙に描いた自画像は緊張したのか、いまいちの出来で、(授業で最初に描いたほうがいいねんけどなあ)とずいぶん思った。

 そんなことを思い出しながら、食べるだけ食べて、ハライッパイで帰宅。

切り絵

 土曜まで出社だったのと、原稿を書きまくった1週間だったせいか、つかれ気味で昼までウトウトする。ウトウトしながら『謀殺 下山事件』を読んでしまう。

 図書館へ行って、買い物して帰ってきて、昼はかたやきそば。同居人はダルくて昼寝するというので放置して、私はなんばまでTさんの切り絵展をみにいく。行きしなに、朝借りてとりあえず読んだ1冊を返す。

 Tさんの切り絵は、5年前に神戸でも個展があって、そのときに原画をみた。そのときは昔ばなしを題材にしたのが多かったが、今回は風景やニューヨークのゴスペルシンガーの切り絵、それから立体作品まであった。見てまわって、それからTさんとしばらく話す。もとは母とつきあいのあったTさんともう6年になりますねえと母の話をする。帰りに、いいからいいからと買おうとした絵はがきをそのままいただく。この秋には横浜でニューヨークの切り絵作家と2人展をするそうだ。ちょっと遠いけど、そのニューヨークの人の話をいろいろ聞いているとおもしろそうなので、行けたら行きたいなあと思う。

 晩ご飯は、蒸し鶏をつかって、エスニックご飯と、人参とワカメと玉ねぎのサラダ。今日も暑かった。

 夜の日曜美術館をみる。今日はヤン・ファン・エイク。「アルノルフィーニ夫妻の肖像」をねっちり検証していた。琥珀の描き方とか、画面のなかに3つの焦点があるとか、へぇ~と思う内容であった。いつかは現物を見てみたいのう。

半月ぶり

 今日も汗ばむような気温だった。事務所内にクーラーがひや~っと入ったりして、くしゃみが出る。

 半月ぶりに、元同僚iとKさんと3人で晩ご飯を食べようという約束になっていた。たぶん定時にあがれるからと言っていたのに、今日に限って発送作業がたてこんで、定時であがれず。6時半過ぎに急いでアジアのおばんざい屋へ向かう。
 
 半月ほど前には一緒に働いていたのが、もうずっと前のことのような気がする。2人とも元気そうでよかった。

 会社の人と通り抜けに行って、飲んでくると言っていた同居人が夜中の1時になっても帰ってこんので、放置して寝る。何時だったか分からないがガラス戸にぶつかってがしゃんがしゃんと派手な音をさせて同居人が帰ってきた。「ええかげんにせえ、バカタレ、まっすぐ歩けんくらい飲むな、バカタレ、繰り返すなよ、バカ」。

 起こされてしまって、すげえ不愉快。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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