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読んだり、書いたり、編んだり 

福岡伸一『もう牛を食べても安心か』文春新書、2004年

…タンパク質が常に流れているからこそ、生物は環境に適応的に応答でき、体内に蓄積するエントロピーを排出でき、かつ時間に沿ったリズムを刻めるのである。タンパク質の動的平衡状態そのものが"生きている"ということと同義であるとわかるのである。(69ページ)

 食事の中のタンパク質は消化管で消化酵素によって単に分解されるだけではなく、そのプロセスで情報が検出され、その情報は、変換されて、生体に様々なレベルで適応を引き起こす。もし、栄養学的に等価だからといってタンパク質をそれにそうとするアミノ酸混合物に置き換えると、モニターペプチドのシステムは作動しないことになり、その結果、一連の適応的な反応も惹起されないことになる。

 このことは、食品の評価、食品の安全性を考える上である教訓を私たちにもたらす。それは、私たちの体のなかに入ってくるものは、スタティックな成分比較だけではうかがい知れない、ダイナミックな、かつ時間軸にそった、異なるレベルでの様々な相互作用と影響とを生体に与える、ということである。

 その意味でも私は、実質的同等性という概念に反対である。遺伝子組み換え作物と普通の作物を比較したとき、形や重量、主要栄養成分などがほぼ同じであれば、これを「実質的に同等」と見なし、後は、遺伝子組み換えで新たに生成する物質の安全性が毒性試験などによって確認されさえすれば、全体の安全性がもとの作物と同じであると結論する考え方である。そもそもこの緩い基準は、アグリバイオ企業からの圧力に後押しされる形で、アメリカ政府が経済推進政策として打ち出した安全性基準の考え方であるが、この思考法は、要素はすべて繋がっており、動的な平衡系のなかにあるというシェーンハイマーの教えから何ごとも学びとっていない。(98-99ページ)

福岡伸一『もう牛を食べても安心か』文春新書、2004年

<生命のジグソーパズル>
 シェーンハイマーは、この事実に、身体の「動的平衡」という素敵な名前をつけた。彼はこう述べている。「生物が生きているかぎり、栄養学的要求とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物質もともに変化して止まない。生命とは代謝機械の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である」。新しい、動的な、生命観の誕生の瞬間だった。(62ページ)

<動的平衡のもつ意味>
 生体を構成しているタンパク質はすべて高速で合成され、同時に分解されて置き換わっている。工学的に見れば、丈夫で長もち、という機械本体の"耐久性"こそがその性能の高さを示すものである。生物を機械として見た場合、本体もろともが常に作り変えられている、というのは非効率的、浪費的に見える。しかし、タンパク質が高速に代謝回転していることには、それなりの合理性がある。それは外界(環境)の変化に応答して、自らを変えられる、という生物の特性、つまり生物の可変性、柔軟性を担保するメカニズムとなるからである。…
 
 タンパク質が動的平衡状態にあることの合理性は、可変性の担保に留まらない。常に合成と分解を繰り返すことによって、傷ついたタンパク質、変性したタンパク質を取り除き、これらが蓄積するのを防御する働きがある。また合成の途中でミスが生じた場合の修正機能も果たせる。生体は様々なストレスにさらされ、その都度、構成成分であるタンパク質は傷つけられる。酸化や切断、あるいは構造変化をうけて機能を失う。…動的平衡はこのような異常なタンパク質を取り除き、新しい部品に素早く入れ換えることを保証するのである。結果として生体は、その内部に留まりうる潜在的な廃物を系の外に捨てることができる。つまり、動的平衡は、生物の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能をになっていることになる。

 しかし、この仕組みは万全ではない。ある種の異常では、廃物の蓄積速度が、それをくみ出す速度を上回り、やがて蓄積されたエントロピーが生命を危機的な状態に追い込む。これはタンパク質のコンフォメーション病として最近注目されるようになった。その代表例がアルツハイマー病やプリオン病である。(67-68ページ)

福岡伸一『もう牛を食べても安心か』文春新書、2004年

…体内に取り込まれたアミノ酸(この場合はロイシン)は、さらに細かく分断されて、あらためて再分配され、各アミノ酸を再構成していたのだ。つまり、入れ換わっているのは、アミノ酸よりも下の分子レベル、ということになる。

 この間、ネズミの体重は変化していない。これは、身体のタンパク質は、三日間のうちに、その約半分が、食事由来のアミノ酸によってがらりと置き換えられ、もとあった半分は捨てられた、ということである。もし15N[重窒素]を三日間与えた後、ネズミをもう三日間、今度は重窒素を含まない餌で飼った後、同じ測定を行えば、身体に取り込まれた重窒素の大半は捨てられ、新しいアミノ酸に置き換わっているはずである。外から来た重窒素は、ネズミの身体の中を通り過ぎていったのである。しかし、通り過ぎた、という表現は正確ではない。なぜなら、そこには物質が"通り過ぎる"べき入れ物があったわけではなく、ここで入れ物と呼んでいるもの自体を、"通り過ぎつつある"物質が、一時形作っていたに過ぎないからである。つまりここにあるのは、流れそのものでしかない。

 この事実はもちろんネズミだけのことではない。私たちの身体を構成しているタンパク質は、絶え間なく、かつ驚くべき速度で入れ換わっているのである。

 よく私たちは、「ご無沙汰しておりましたが、全然お変わりございませんね」などと挨拶を交わすが、数ヶ月も会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ換わっていて、もとの実体は無くなっているのだ。全く変わっているのである。

 肉体というものについて、感覚としては、外界と隔てられた個物としての実体があるように私たちは感じているが、分子のレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている、分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ換わっている。この回転自体が「生きる」ということであり、常にタンパク質を外部から与えないと、出ていくタンパク質との収支が合わなくなる。それがタンパク質を食べ続けなければならない理由である。(60-62ページ)

葱葱フォー

 クソバカ同居人のおかげで、朝からダルイ。

 暑い。が、事務所内はクーラーが入ったりもして、午後になって冷えてきた。今日は上司Yさんが 出張で不在だったので、Yさんの机でパソコンも借りて仕事。いただいた原稿があふれ気味で、どうにかして1枚におさめようと苦心する。もらった原稿の編集だけは仕上げてしまいたいと6時半までやって帰る。

 買い物しようとカゴをもってまわりはじめたところで、同居人に会う。会社ではみんな「ダルイ」と今日は早く帰ってきたそうだ。フォーをつくろうと思うというので、ああつくってくれと任せる。葱を2束買うので、えらいようけ使うんやなと思っていたら、ほんまに葱葱。フォーに鶏団子をつくって入れるのだと買ってきた鶏胸肉をミンチにしはじめた同居人は、そこへたっぷりの葱と生姜をぶちこんでこねている。さらに残りの葱は具として入って、葱葱のフォーができあがる。
 カット野菜をあわせただけの手抜きサラダを添えて、晩ご飯。フォーはちょっとしょっぱかったけど、ウマかった。

出社日

 青空。気温高し。私は出社日だが、休みのはずの同居人は仕事が忙しすぎるとかで今日も出るという。先週はセールの手伝いで土曜に出て、そのときの代休も2月の代休もとれてないのに、また土曜に出るのかよ?

 午前中は地学のゲラがあがってきたので、校正。午後は地学の原稿書き。

 弁当持たずに出たので、昼は斜め後ろに座っているYKさんと会社の近くで蕎麦を食べる。「仕事でも、天気がこれだけいいと気持ちいいですよねえ」とYKさんと歩く。

 定時で退社。いつもネコの世話をしているOさん宅へ晩ご飯をよばれにいく。同居人がなかなか帰ってこず、2人で先に食べはじめて、半分ほど食べたころに同居人も到着。

 つけっぱなしにしていたテレビでは新日本紀行のアーカイブスみたいなのをやっている。新日本紀行のこの音楽がホンマに懐かしい。
 広島で卒業記念に自画像を描くというのをずーっとずーっとやってる小学校の話。「自分をしっかり見つめて、自分のこと、将来のことを考えてほしい」という取り組みなのだという。もう校内の壁という壁は自画像でいっぱいで、掲示しきれないので、倉庫に保管されているのもあるという。

 私も小学校6年のとき自画像を描いた。卒業文集の表紙になった。本番の前に練習ということで最初に描いたほうが自分では気に入っていた。みんなにも「そっくり」と言われた。本番の紙に描いた自画像は緊張したのか、いまいちの出来で、(授業で最初に描いたほうがいいねんけどなあ)とずいぶん思った。

 そんなことを思い出しながら、食べるだけ食べて、ハライッパイで帰宅。

切り絵

 土曜まで出社だったのと、原稿を書きまくった1週間だったせいか、つかれ気味で昼までウトウトする。ウトウトしながら『謀殺 下山事件』を読んでしまう。

 図書館へ行って、買い物して帰ってきて、昼はかたやきそば。同居人はダルくて昼寝するというので放置して、私はなんばまでTさんの切り絵展をみにいく。行きしなに、朝借りてとりあえず読んだ1冊を返す。

 Tさんの切り絵は、5年前に神戸でも個展があって、そのときに原画をみた。そのときは昔ばなしを題材にしたのが多かったが、今回は風景やニューヨークのゴスペルシンガーの切り絵、それから立体作品まであった。見てまわって、それからTさんとしばらく話す。もとは母とつきあいのあったTさんともう6年になりますねえと母の話をする。帰りに、いいからいいからと買おうとした絵はがきをそのままいただく。この秋には横浜でニューヨークの切り絵作家と2人展をするそうだ。ちょっと遠いけど、そのニューヨークの人の話をいろいろ聞いているとおもしろそうなので、行けたら行きたいなあと思う。

 晩ご飯は、蒸し鶏をつかって、エスニックご飯と、人参とワカメと玉ねぎのサラダ。今日も暑かった。

 夜の日曜美術館をみる。今日はヤン・ファン・エイク。「アルノルフィーニ夫妻の肖像」をねっちり検証していた。琥珀の描き方とか、画面のなかに3つの焦点があるとか、へぇ~と思う内容であった。いつかは現物を見てみたいのう。

半月ぶり

 今日も汗ばむような気温だった。事務所内にクーラーがひや~っと入ったりして、くしゃみが出る。

 半月ぶりに、元同僚iとKさんと3人で晩ご飯を食べようという約束になっていた。たぶん定時にあがれるからと言っていたのに、今日に限って発送作業がたてこんで、定時であがれず。6時半過ぎに急いでアジアのおばんざい屋へ向かう。
 
 半月ほど前には一緒に働いていたのが、もうずっと前のことのような気がする。2人とも元気そうでよかった。

 会社の人と通り抜けに行って、飲んでくると言っていた同居人が夜中の1時になっても帰ってこんので、放置して寝る。何時だったか分からないがガラス戸にぶつかってがしゃんがしゃんと派手な音をさせて同居人が帰ってきた。「ええかげんにせえ、バカタレ、まっすぐ歩けんくらい飲むな、バカタレ、繰り返すなよ、バカ」。

 起こされてしまって、すげえ不愉快。

ねむくてへなへな

 金曜は掃除当番なのですこし早めに行く。今日は事務所内に掃除機をかけてまわった。いろいろなことを少しずつおぼえていく。

 社会科学の原稿は来週になりそうなので、今日もひたすら地学の原稿書き。4月納品分の原稿は全部できて、5月分にとりかかる。朝からずーっと原稿を書いて書いて書いて、次の単元のぶんもほぼできあがるというところまでして、今日は退社。合間に校正とか何とか、別の作業をはさみたいが、それがないのがキツい。さすがに一日ずっと原稿を書くのは、ほんとーーーにキツかった。かすかすになった感じで帰る。

 同居人はまた何時に終わるかわからんというメールをよこす。昔は「週に1日働くだけでいい」などとぬかしていたのに、いつの間に「仕事だから帰れない」などと言うようになってしまったのであろうか!!!「まだ終わらない、明日も出勤する」とまでメールがきて、ヒトゴトながらちょっとムカつく。

 へなへなに疲れて、とりあえずしばらく寝る。10時頃、ご飯を食べる。あーつかれた。

フォーラム実行委員会

 なんだか、へんな夢をみた気がする。が、起きるなり忘却の彼方。ヘンな感じだけが残る。
 今日も朝からみっちり仕事。待ち原稿はまだこないので、自分が書いていく理科の原稿をどんどんすすめていく。来週の仕事として予定していた分までほぼ終わる。来月分の原稿もとりあえず書いていく。今月はこれにかかりきりで構わないと言われているが、ホントにこれだけやっているのでいいのだろうかとフト思う。けど、進められるところまで進めておくようにという指示もあるので、どんどんすすめていく。

 15時頃、強い眠気におそわれる。かなりネムイ。あーーーーネムイ。お茶を何度かのんでみたり、ガムをかんでみたり、眠気とたたかいつつ、原稿を書く。17時頃になると眠気もおさまって、今日はここまでと決めたところまで、こりこり原稿を書く。定時になって、今日はこれこれをやりました、明日はここまでやる予定ですと上司Yさんに報告して退社。

 今日はWeフォーラムの実行委員会。なので、退社した足で、そのまま会議の場所へ向かう。「前の職場をクビになったのか」と失敬なことを言われるので、「こっちから辞めてやったんです」と言う。

 フォーラムにどれだけ人をよべるか、『We』購読者をどこまで増やせるか。

 帰って、軽くたべて、頭のフタ原稿を書く。あーーーーネムイ。

定時退社

 今日もひやっとする。

 福岡伸一『もう牛を食べても安心か』がおもしろい。とくにシェーンハイマーの動的平衡論。

▽よく私たちは、「ご無沙汰しておりましたが、全然お変わりございませんね」などと挨拶を交わすが、数ヶ月も会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ換わっていて、もとの実体は無くなっているのだ。全く変わっているのである。
 肉体というものについて、感覚としては、外界と隔てられた個物としての実体があるように私たちは感じているが、分子のレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている、分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ換わっている。この回転自体が「生きる」ということであり、常にタンパク質を外部から与えないと、出ていくタンパク質との収支が合わなくなる。それがタンパク質を食べ続けなければならない理由である。
 …シェーンハイマーは、この事実に、身体の「動的平衡」という素敵な名前をつけた。彼はこう述べている。「生物が生きているかぎり、栄養学的要求とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物質もともに変化して止まない。生命とは代謝機械の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である」。新しい、動的な、生命観の誕生の瞬間だった。(61-62ページ)

 今日も仕事をさくさくすすめ、定時で退社。原稿書きをずっとやってるせいか、定時であがってもへなへなに疲労。一日ずっと原稿書きをするのはかなりきつい仕事である。“予定”では、初校ゲラがあがってきて、原稿書きと編集の合間に校正をやっていく予定だったのだが、ゲラがまだまったく戻ってこないので、待ち。

 帰りに図書館へ寄って返して借りてから、手話サークルへ行く。今日は人数が少なかった。まだまだ知らない手話がたくさんある。
 

辛い

 雨まじり。ひやーっとしてさむい。

 職場では、地学の原稿書きと、原稿があがってきた社会科学の編集。レイアウトができたものをテキストデータとともに制作部へ渡していく。定時で退社。

 晩ご飯は珍しく、久々にほぼほぼ定時退社してきたシェフ同居人によるタイ焼きそば。これが辛い。以前から愛用しているタイ焼きそばセットなのだが、何が変わったのかめちゃくちゃに辛い。かつての甘酸っぱさはなくて、ひたすら辛い。ひーーと思いながら食う。ビールもちょっと飲む。
 辛くてちょっと参ったが、帰ってきて、つくってもらったご飯を食べるのはエエなあ。

 夜はWeの原稿書き。ねーむーいー

ぎりぎりの納品

 水曜くらいから仕事の相棒Kさんは「土曜も出勤かな…」と気弱なことを言っていたのだが、私は「何いうてんのッ、土日は休むデ」と気合いを入れて校正やら解答確認やらをやっていた。やはり待ち時間も長かったのだが…

 制作部ではMさんのほか数人がかかってくださって、なんとか発送できるものができた。
 もうへなへなになって私が退社したのが10時半。
 イヤーつかれた。

 へろへろだが、土日は休める。よかったよかった。
 
 
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乱読ぴょん

Author:乱読ぴょん
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本ネタのミニコミ誌『ブックマーク』を編集発行しています(1990年9月創刊~ 昔は隔月発行でしたが、今は年2回発行で、現在92号)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2014年4月(313号)より「本の道草」を連載中(現在、第69回)。

月刊誌『ヒューマンライツ』で、2004年3月(192号)より2014年3月(312号)まで、本ネタ「頭のフタを開けたりしめたり」を連載(全119回、連載終了)。

『くらしと教育をつなぐWe』誌で、1999年4月(71号)より2014年2月(188号)まで、本ネタ「乱読大魔王日記」を連載(全118回、連載終了)。

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